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PwCはこのほど、「インシュアランス・バナナ・スキン2019」の結果をまとめた。「インシュアランス・バナナ・スキン」は、世界各国の保険業界の実務家からの回答に基づいて、保険業界が直面しているリスク、すなわちバナナ・スキンを特定するための調査で、2年に1度、PwCとCSFI(英国の非営利の研究機関)が実施している。本連載では、今回の調査結果から明らかになった保険業界のさまざまな課題に関する情報を提供するとともに、課題への対応策などについても提示する。第1回のテーマは「IAIS(保険監督者国際機構)のICS開発と本邦保険事業への影響」。
PwCとCSFIが隔年で実施している、保険者におけるリスク認識の調査レポート(インシュアランス・バナナ・スキン2019)によると、規制は4番目に心配されるリスクであり、2年前の6位から順位を上げている。規制は、過去の調査では1位を多く獲得し上位の常連であった。今回の順位は、IFRS 17号やより高い資本、顧客保護の要求などが背景にあるものと説明されている。
本稿では、IAIS(保険監督者国際機構)が行ってきた資本基準開発について説明する。その対象は、日本の保険会社に最も影響を与える基準と考えられる、国際的に活動する保険グループに適用されるICS(the Risk Based Global Insurance Capital Standard:国際資本基準、注1)である。
なお、本稿における見解は、筆者の個人的なものであること、執筆は2019年7月19日時点の情報に基づいていることにご留意いただきたい。また、読者の中にはICS開発について深い知識や経験を踏まれている方々が多くいらっしゃるものと承知しているが、本稿は、ICS開発に関して広汎に述べることで、読者に気付きを得ていただくことを主目的としているため、内容に凡庸な点があることに関してもご承知いただけると幸甚である。
直近では、19年4月末にICS Version 2.0完成前の最後のフィールドテストが開始されたが、ICSの概要が最初に公表されたのは14年12月の第1次市中協議である。その後、16年7月にICS Version 1.0の市中協議、17年7月にICS Version 1.0公表、18年7月にICS Version 2.0の市中協議が行われた。これらの開発の間、15年から毎年フィールドテストが行われ、今年のフィールドテストは早くも5回目である。
14年からこれまでの間で、開発全体にとっての重要なタイミングは二つあったと思われる。一つは14年の市中協議では示されていなかったICS Version 1.0、ICS Version 2.0というコンセプトが16年に示されたこと、次に17年11月にICS Version 2.0のコンバージェンスに向けた統合的な道程が公表されたことである。
ICSは保険グループに適用されるため、グループが行う事業によって、リスク量(すなわち必要とされる資本、所要資本)の計算は異なり、当該事業が他の規制を受けている場合には、その規制の枠組みを利用することとしている。例えば、グループ傘下に規制銀行業がある場合にバーゼルIIIの枠組みが利用される。その他に、資産運用業や非保険業などでも所要資本の計算が定められている。
また、グループの範囲、つまり連結の範囲も論点とされている。19年のフィールドテストでは、各グループで適用する会計の連結基準を適用しつつ、特定の場合について比例連結を用いるとする個別の調整が行われている。
ICSでは、リスク量(所要資本)と適格資本を計算し、適格資本(分子)を所要資本(分母)で割ったものをICS比率としている。これらの分母と分子の計算の前に、バランスシートの資産と負債をICSの評価方法に従って評価する必要があり、このバランスシート評価、所要資本、適格資本が、ICSの主要3要素とされる。
ICSのバランスシートの資産負債評価には二つの手法があるが、ICS Version 2.0が原則的手法としている市場調整評価方式では、主として、投資資産は時価評価、保険負債はリスクフリー・レートにスプレッドを加味した割引率を利用した評価額となる。保険負債評価では、従前より割引率のスプレッドや終局金利の水準などが議論されてきた。他国と比べて金利水準が低い日本ならではの課題に対する検討もなされてきた。
次に、ICSの所要資本(保険事業に関するもの)は、その概観が図表1のとおりとなっている。所要資本の計算前提は、保有期間1年、信頼水準VaR 99.5%とされている。これまでの議論では、いわゆる医療系の保険リスクの位置付けや、巨大災害リスクにおける内部モデル利用の許容、スプレッドリスクの明示的導入、金利リスクのモデル設定など、さまざまな論点があった。ソルベンシーIIの欧州、わが道を行く米国と比べると、日本は、当局と業界が協力して開発に携わり、その努力の成果は、例えば生損保の保険リスクの係数に表れている。
ICSの適格資本は、質の高いティア1資本と質の劣るティア2資本の二層構造である。検討の当初は、各国・各法域で資本とされている項目のICSにおける資本性が議論され、その中には日本の危険準備金などの各国固有の準備金も含まれていた。現在では、元本削減による損失吸収性を持たせるかや、子会社発行資本の資本性などのように、銀行業や特定の法域で認められているものをICSに導入することの是非や、基準としてあるべき資本を検討する方向に、その軸が移りつつある。
ICSには、これら三つの主要素以外にも、いわゆるリスクマージン(MOCE)や税効果の論点など非常に重要な項目がある。これらに加えて、今後は、内部モデルの利用の議論や、今はICSに含まれていないものの、米国が主張する合算手法の議論も生じてくるであろう。論点の詳細について網羅的に知りたい場合は、18年7月に公表されたICS Version 2.0の市中協議における質問項目が参考となる。
最後に今後の展開について述べることとする。
ICSは、国際的に活動する保険グループに対する第一柱としての適用を想定しているものである。その本格的な適用開始を前に、20年から5年間は、モニタリング期間として、試運転的に利用される。試運転のための仕様がどのようなものか、まずは、今年11月に完成するICS Version 2.0の中身に注目すべきである。
20年から24年までのモニタリング期間では、監督カレッジにおいて報告され、監督者間で情報共有がなされる。それまで基準の完成に向けて関与した基準設定者とは異なり、監督者が主体的に関与し、そこで共有される情報の質や主張のいかんによっては、ICSの仕様にも影響が及ぶ可能性に留意すべきである。
日本では、金融庁において経済価値ベースのソルベンシー規制の検討が行われている。その仕様は一般に明らかにされていないが、「国際資本基準(ICS)に遅れないタイミングでの導入を念頭に、関係者と広範な議論を行っていく」(注2)ものとされ、今年6月からは有識者会議も行われている。ICSと異なるのは、連結グループに限定せず、フィールドテストでは個社の影響についてもデータ収集がなされていることである。多くの保険会社では、すでにORSAなどを通じて、自社のソルベンシーに対するストレスの影響を継続的に測定し、評価や分析を行っているものと思われる。今後は、規制導入の準備のため、社内やグループ内の関係者を巻き込んで、より全社的なプロジェクトとしてのモメンタムをつけることにより、ICSに遅れないタイミングでの新たなソルベンシー規制導入に合わせていくことが望まれる。
本稿の最後に、IAISの動向の変化に触れておきたい。先般IAISより公表されたStrategic Planでは20年から24年の計画が示された。金融規制の世界では、金融危機から10年が過ぎて金融規制改革は終焉を迎え、今は改革の評価を行う段階に入っている。IAISにおいても、コムフレームやシステミックリスク評価の包括的枠組みを19年に完成させ、20年からはこれらの実施の評価に入るとしている。そして、今後はこうした従来の取り組み以外に、フィンテックやサイバーリスク、気候変動リスク、持続可能的な進展への挑戦といった新たな新興リスクへの対応がより必要だとしている。
IAISのかじ取りの方向が変わろうとしているこれからの時代において、24年までのモニタリング猶予を受けたICSの開発作業にはどのような恩恵が与えられるのか。正式適用に向けて、これまでの困難とは別の要素をも乗り越えなければならないところに、国際的資本基準としての産みの苦しさや、保険ならではの難しさがある。
(注1)ICSの日本語名は金融庁の公表物と平仄させている。本稿の「3.事業への影響」を参照のこと。
(注2)金融庁公表「変革期における金融サービスの向上にむけて~金融行政のこれまでの実践と今後の方針~(平成30事務年度)」より。
浦澤 俊雄
ディレクター, PwCあらた有限責任監査法人
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
※本稿は、保険毎日新聞2019年8月20日付掲載のコラムを転載したものです。
※本記事は、保険毎日新聞の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。