第2回 会計基準の開発・改定に伴う財務報告への影響(米国基準)

保険業界が直面するリスクと対応策

1.本テーマの重要性

PwCとCSFIが隔年で実施している、保険者におけるリスク認識の調査レポート(インシュアランス・バナナ・スキン2019)によると、規制は4番目に心配されるリスクであり、2年前の6位から順位を上げている。過去の調査では、ソルベンシーIIの導入などを心配した関係者の票が多かったが、今回の調査では、米国基準やIFRSの改正について懸念を示す関係者が少なくなかった。本稿は、このうち、米国基準に関するテーマを扱うものである。なお、本稿における見解は、筆者の個人的なものであること、執筆は2019年7月26日時点の情報に基づいていることにご留意いただきたい。

2.基準改定の背景と概要

米国財務会計基準審議会(FASB)は、18年8月15日に、会計基準アップデート(ASU)2018-12「長期契約の会計処理に対する特定項目を対象とした改善」を公表した。当初、国際会計基準審議会(IASB)との共同プロジェクトで保険会計の基準開発が行われていたが、米国基準独自での基準開発が行われ公表に至っている(現在、IASBもIFRS第17号「保険契約」として公表)。この新しい会計基準は、保険会社および再保険会社により発行される多くの長期契約の測定および開示の大幅な変更をもたらす。一方で、これを経営管理の高度化、システム基盤の統一、財務報告プロセスの効率化といった変革を推進できるチャンスととらえる保険会社も存在している。

3.主要な基準改定項目(図表1)

(1)将来の保険給付に係る負債

1.CF測定のアサンプションの更新

アサンプションは、過去の実績を基に、少なくとも年に1回、検討・更新されなければならないとされ、不利な変動に対する引き当て(PAD)は廃止された。更新は年1回(毎年同時期)、または更新の必要性を示す証拠がある場合にはより高い頻度での実施が必要とされている。なお、費用アサンプションは更新しない選択肢もある。

契約開始時点の純保険料率は、過去の実績と現在の最良見積もりのアサンプションを用いて契約時点にさかのぼって計算することになる(遡及的調整)。その際、利息費用と毎期の純保険料率の計算には、契約時点の割引率(ロックイン割引率)が使用される。なお、これによって、保険料不足テストを実施する代わりに責任準備金計算の際に使用される純保険料率の上限が100%に設定されることになる。

2.割引率

割引計算に使用する割引率について、現行の期待運用利回りを反映させた割引率から、各年限に応じた中高位格付け(信用リスクの低いもの:A格相当と解釈)の固定利付債利回りの使用が求められている。

3.移行措置

修正遡及移行アプローチにおいては、移行日時点における残高が変わらないように純保険率を逆算して計算がなされる。また、移行日における純保険料の計算に使用される割引率は、中高位格付けの固定利付債利回りではなく、現行の割引率が使用される。なお、一定の要件が満たされた場合には「完全遡及移行アプローチ」を選択できる。その場合、契約年度単位で適用され、契約年度とそれ以降すべての期間において、企業が保有するすべての契約グループに対し適用される。

(2)市場リスクを有する給付(Market Risk Benefit)

契約特性が、(a)市場リスクから契約者を守る一方で、(b)保険会社を実質的な市場リスクに晒す場合、資本市場のボラティリティに応じて給付が変動することにより保険会社が実質的な市場リスクに晒される場合、このような給付に対して市場リスクを有する給付が適用される。例えば、変額年金の最低保証(GMXBs)が該当する。また、測定においては公正価値で測定され、その変動はP/Lを通じて計上し、商品固有の信用リスクの変動についてはその他の包括利益(OCI)を通じて認識される。

(3)繰延新契約費の償却及び回収可能性テスト

繰延新契約費に関する償却は、実効金利法を用いる投資契約を除くすべての長期保険契約について、収益や利益の発生と関連付けた従来の複雑な償却方法から簡素化する形へと変更されている。新しい繰延新契約費の償却方法は、個別の契約については定額法、契約グループについては一定額の償却(個別契約の定額法と近似)が採用されている。減損テストは行われず、利息は付利されない。

(4)開示について

将来の保険給付に係る負債、契約者勘定残高、市場リスクを有する給付、特別勘定残高、繰延新契約費の細分化された異動明細を含め、詳細な開示事項が要求されており、開示に必要なデータの十分性について検討が必要である。

4. 財務報告への影響

以下では、今般の会計基準の変化の特徴、影響を受けるファイナンスシステムの構成、想定される対応アプローチについて見ていく。

(1)会計基準の変化の特徴

今般の会計基準の変化は、その影響の大きさから、例えば保険数理や投資といった特定の分野のみならず、データ管理、システム機能向上、業務プロセス変更を伴う報告体制の整備など、幅広い領域で取り組む必要性が予想される。そのため保険会社は、ソースデータ管理や各種の後続システム(保険数理システム、会計システム等)を含む抜本的なファイナンスシステムの見直しを迫られることになる。

(2)ファイナンスシステム

保険会社のファイナンスシステムは基幹システムや保険数理システム、開示に関係するシステムや内部的な経営指標に関係するシステムなどから構成されている。

図表2は保険会社のファイナンスシステムの構造を七つの構成要素に分け、想定される今回の会計基準アップデート2018-12が各要素に与える影響を示している。

今回の会計基準アップデートの下では、実績データをグループ単位で格納し、負債評価に使用できるように、データの取得・統合、データウェアハウスの構築が望まれる。また、CFアサンプションは遡及修正法によりアップデートされ、CFアサンプションの変更に関する影響は純損益で、割引率の変更に関する影響はその他の包括利益で認識する必要があり、保険数理システム・会計システムの開発が必要となる。

これらのシステムは、特に過去の買収が絡むケースなど、長年にわたり使用してきた既存システム(レガシーシステム)や、別個に後付けされた独立のプロセスから構成される場合を含むため、その場合はサイロ的な管理となりがちで、統合的な管理が難しい側面が見られる。

(3)対応アプローチ

このような影響が多岐にわたる変化への対応には、あらかじめ要件を固めてから動き出すのではなく、動きながら要件を固めていくアジャイル的なアプローチ(以下、「ソフトデザインアプローチ」)が有効であると考えられる。

ソフトデザインアプローチはプロジェクトの途中でも計画の微調整が可能であるとともに、以下の三つの原則に基づいていて、適用までの期間がタイトな中、時間が足りなくなるリスクへの対応が可能となる。

  1. 右から左に考える:最終ゴールを理解することなく、基準を遵守するための変更を行うことは適切ではない。そのゴールが組織にとってどのようなものであるかを明確に文書化し、システムやストラクチャー全般から報告に必要なプラットフォームに至るまで、逆方向から検討する。
  2. ガバナンスの構築:デザインがばらばらにならないように、社内の各関連部署から優秀な人材を集めてソフトデザインを任せる。すなわち、彼らに決定する権限を与えることで、責任を持たせる。
  3. 「良い」ものが何かを評価し、会社にとって適切な対応をとる:汎用的なアプローチはない。現在の業務方法に照らし合わせ、何が「良い」ものなのかを評価する。

ソフトデザインアプローチの詳細については、次々回の記事で説明する。

執筆者

武田 泰史郎

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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小玉 聡

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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鈴田 雅也

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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※本稿は、保険毎日新聞2019年8月27日付掲載のコラムを転載したものです。

※本記事は、保険毎日新聞の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

保険毎日新聞 連載寄稿

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