第3回 会計基準の開発・改定に伴う財務報告への影響(IFRS第17号)

保険業界が直面するリスクと対応策

1.本テーマの重要性

PwCとCSFIが隔年で実施している、保険者におけるリスク認識の調査レポート(インシュアランス・バナナ・スキン2019)によると、規制は4番目に心配されるリスクであり、2年前の6位から順位を上げている。過去の調査では、ソルベンシーIIの導入などを心配した関係者の票が多かったが、今回の調査では、米国基準やIFRSの改正について懸念を示す関係者が少なくなかった。前回は、米国基準に関するテーマを扱った。本稿ではIFRS第17号に関するテーマを扱う。なお、本稿における見解は、筆者の個人的なものであること、執筆は2019年8月13日時点の情報に基づいていることにご留意いただきたい。

2.基準開発の背景と概要

17年5月、国際会計基準審議会(IASB)は、国際財務報告基準(IFRS)第17号「保険契約」(以下、「IFRS第17号」とする)を公表した。IFRS第17号は、国際的に統一された単一の測定基準で保険契約を評価する会計基準として、保険会社の業績評価の透明性や、国際的な比較可能性の向上に寄与することが期待されている。一方、国際資本基準(ICS)や金融庁で検討されている経済価値ベースのソルベンシー規制などの資本規制でも、IFRS第17号と親和性を有する新しい資産・負債の評価基準が求められている。これらの大きな流れを踏まえると、単なる会計基準の導入にとどまらず、保険会社の財務戦略、商品設計や販売戦略など、広範囲に影響を及ぼし、ビジネスモデルに大きな変革を要求するものと考えられる。

IFRS第17号の導入に際しては、データ管理、システム機能向上、業務プロセス変更を伴う報告体制の整備など、全社横断的に取り組むことが求められる。また、資本規制やリスク管理対応との整合性を保ちながら、長期的戦略の観点からIFRS第17号導入に取り組むことで、不確定要素の増すビジネス環境の中で必要とされる経営管理の高度化、システム基盤の統一、財務報告プロセスの効率化といった変革を推進できるチャンスと捉えることもできるだろう。

3.主要な要求事項

(1)認識

1.集約のレベル

企業は最初に、保険契約のポートフォリオを認識しなければならない。保険契約のポートフォリオは、類似のリスクの影響下にあり、一括して管理される保険契約と定義される。さらに、ポートフォリオは当初認識時に以下のグループに細分化されなければならない。

▽不利な契約のグループ

▽有利であり、今後不利となる可能性が大きくない契約のグループ

▽残りの契約のグループ

これに加え、グループには、それぞれの契約の発効日の違いが1年以内である契約のみを含めることができる。

2.当初認識の時期

保険契約グループは、以下のうち最も早い時点において当初認識される。

▽カバー期間の開始時点

▽保険契約者の最初の支払期日時または、期限がない場合における実際の受領時点

▽企業が契約グループを不利な契約であると決定した時点

(2)測定

1.契約の境界

契約の境界の概念は、保険契約の測定においてどのキャッシュ・フローを考慮するべきかを決定する際に用いられる。保険契約の境界外のキャッシュ・フローは、将来の保険契約に含められる。

保険契約者が保険料を支払う義務がある期間または企業が保険契約者に保険カバーやその他のサービスを提供する実質的な義務がある期間に存在する権利および義務から生じたキャッシュ・フローは、保険契約の境界内とされる。実質的な義務は、以下の時に終了する。

(a)企業が特定の保険契約者のリスクを再評価する実質上の能力を有していて、その結果、当該リスクを完全に反映する価格又は給付水準を設定できる、または

(b)以下の要件の両方が満たされている

i.企業が契約ポートフォリオのリスクを再評価する実質上の能力を有していて、その結果、当該ポートフォリオのリスクを完全に反映する価格又は給付水準を設定できる

ii.リスクの再評価を行う日までのカバーに対する保険料のプライシングが、再評価日後の期間にかかわるリスクを考慮していない

2.測定モデル

異なる種類の保険契約のために、IFRS第17号には、以下の3種類の測定アプローチがある。

<一般モデル>

一般モデルは、原則的な測定モデルであり、当初認識時に、保険契約の履行キャッシュ・フローと契約サービス・マージンの合計で測定される(図表1)。

履行キャッシュ・フローは、将来キャッシュ・フローの見積もり、貨幣の時間価値を反映する調整、および非金融リスクに係るリスク調整によって構成される。履行キャッシュ・フローは各報告期間において、最新の測定基礎を用いて再測定される。割引率は、貨幣の時間価値、キャッシュ・フローの特性、および保険契約の流動性の特性を反映する必要がある。非金融リスクに係るリスク調整とは、保険契約の履行において非金融リスクから生じるキャッシュ・フローの金額および時期についての不確実性の負担に対して企業が要求する対価である。契約サービス・マージンは、企業がサービスを提供する過程で将来において認識される未獲得の利益を表している。契約サービス・マージンは、カバー期間にわたり認識される。

保険契約は、当該契約に配分された履行キャッシュ・フロー、保険獲得キャッシュ・フロー、当初認識日現在の契約から生じるキャッシュ・フローの合計がネット・キャッシュ・アウトフローになる場合、当初認識日において不利な契約グループとなる。その場合、直ちに純損益において認識される。事後測定において、契約サービス・マージンの減額調整額が契約サービス・マージンの残高を超える場合、保険契約は不利になる可能性がある。その超過部分については直ちに純損益として認識される。

保険契約が不利とされた残高のすべてについて、残存カバーに係る負債の損失構成要素として認識しなければならない。以下の構成要素を、規則的な方法で、損失構成要素とそれ以外の残存カバーに係る負債の構成要素に配分しなければならない。当該配分は、収益から損失構成要素に関連する金額を控除するために行われる。契約サービス・マージンが再計上できるようにならない限り、事後の期間における履行キャッシュ・フローの減少部分のすべてを、残存する損失構成要素に配分しなければならない。

▽保険サービス費用が発生したために残存カバーにかかわる負債から解放された保険金及び費用に関する将来キャッシュ・フローの現在価値の見積もり

▽リスクからの解放により純損益に認識した非金融リスクに関わるリスク調整の変動

▽保険金融収益又は費用

<保険料配分アプローチ>

保険料配分アプローチは、カバー期間が短期の保険契約の残存カバーに係る負債の測定における、適用が任意の簡便法であり、以下のいずれかの場合に適用できる。このアプローチの下でも、発生保険金に係る負債の測定は、一般モデルの考え方が適用される。

▽グループにおける個々の契約のカバー期間が1年以内である

▽保険料配分アプローチを用いたグループの残存カバーに係る負債の測定が、一般モデルや変動手数料アプローチを用いた残存カバーに係る負債の測定結果と重大な差異が生じないということが合理的に期待される

<変動手数料アプローチ>

直接有配当性を伴う保険契約とは、契約開始時において以下のすべての条件を満たす保険契約と定義されている。

(a)契約上の条件で、明確に識別された基礎となる項目のプールに対する持分に保険契約者が参加することを定めている

(b)企業が、基礎となる項目の公正価値リターンの相当な(substantial)持分に等しい額を保険契約者に支払うことを予想している

(c)企業が、保険契約者に支払われる金額の変動の相当な(substantial)部分が、基礎となる項目の公正価値の変動に応じて変動することを企業が予想している

上記の条件を満たす契約について、変動手数料アプローチが適用される。当初認識時に、保険契約の履行キャッシュ・フローと契約サービス・マージンの合計で測定される。

履行キャッシュ・フローは、基礎となる項目の公正価値と同額を保険契約者に支払う義務から、将来サービスの対価として基礎となる項目の公正価値から差し引かれる変動手数料を控除したものである。変動手数料は、基礎となる項目の公正価値に対する企業の持分から、基礎となる項目に対するリターンに基づいて変動しない履行キャッシュ・フローを減算されたものである。

契約サービス・マージンは、基礎となる項目の公正価値に対する企業の持分の変動、および基礎となる項目に対するリターンに基づいて変動しない履行キャッシュ・フローの変動(貨幣の時間価値・金融リスクの影響の変動を含む)で調整される。

4.財務報告への影響

前回も触れたが、保険会社の財務報告は、基幹システムや保険数理システム、仕訳・開示に関係するシステムなどといった一連のファイナンスシステムを通じて実施されている。図表2に示す構成要素ごとに関する会計基準の変化の影響は図表3の通りである。

このような影響が多岐にわたる変化への対応には、あらかじめ要件を固めてから動き出すのではなく、動きながら要件を固めていくアジャイル的なアプローチ(以下、「ソフトデザインアプローチ」)が有効であると考えられる。次回は、このソフトデザインアプローチの詳細についてみていく。

執筆者

武田 泰史郎

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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小玉 聡

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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鈴田 雅也

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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※本稿は、保険毎日新聞2019年9月3日付掲載のコラムを転載したものです。

※本記事は、保険毎日新聞の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

保険毎日新聞 連載寄稿

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