
【第10回・完】企業報告の未来~保証、情報の信頼性、そして統合思考~
企業報告全体の信頼性向上が期待されており、財務報告とも整合する非財務報告の保証基準の開発・利用と継続的な進化が期待されます。また、 非財務情報の発信増加に伴い、信頼性を高めるためにデジタルなどを活用した内部統制の整備・運用の強化が求められます。
2022-10-21
※本稿は、「旬刊経理情報」2022年7月10日号(No.1649)に寄稿した記事を転載したものです。
※発行元である株式会社中央経済社の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
※一部の図表に関しては「旬刊経理情報」に掲載したものをPwCあらた有限責任監査法人にて編集しています。
企業が統合報告作成にあたり踏むべきステップの詳細について解説する前に、前回解説した統合報告の始め方、統合報告へのロードマップから、統合報告に必要な3つの基本要素、統合報告への5つのステージについて簡単におさらいしよう。
統合報告を価値あるものにするためには、統合報告書という成果物を出すことが重要ではなく、統合報告について会社全体で「誰に向けて何を発信していくか」ということを突き詰めて考えなければいけない。つまり、会社全体で発信していく統合報告とは、成果物を作成する部署だけでは統合報告を完成させることができず、経営層含めた全社での取組みが非常に重要となってくる。
統合報告を始めようとしている企業からは、何ページぐらいがよいかという質問をいただくことが多い。50頁くらいがよいという投資家もいれば、80頁がよいという投資家もいる。統合報告を始めるうえで大事なのはボリュームではなく、外部はどのような情報発信を求めているか、会社として伝えたいこと/伝えるべきことは何かに焦点を当てて統合報告に取りかかることが望ましい。
統合報告を作成していくうえで、重要性分析、価値創造、インパクト評価という3つの基本的要素を基盤に統合報告を検討することをPwCでは提案している。
投資家や自社にとって重要なステークホルダーから得た意見や示唆に基づいて、自社の事業にとって重要な課題を把握する。
自社にとって重要なステークホルダーに対して、自社のビジネスや組織の取組みがどのように価値を生み出しているかを把握する。
自社の戦略や事業活動が与えるインパクトを示す指標を設定、監視し、その指標を使って自社の価値創造ストーリーについて投資家や自社にとって重要なステークホルダーに報告する。
*これら3つの基本的要素を組み込んだ統合報告を作るために5つのステージを用意している。
どうすれば自社にとって重要なステークホルダーと効果的に関係を構築し、組織が持続的に成長していくうえで解決すべき重要な課題を特定することができるかについて説明する。
どうすれば自社および特定の組織の価値創造プロセスを把握することができるか、その概要を示す。
統合報告に必要な経営情報、リスクやパフォーマンスに関する指標、および自社のプロセスへの潜在的なインパクトについてみていく。
必要なすべての経営情報を統合する統合ダッシュボードを構築するための4つのステップを示す。
最後に、これまでのステージで行ったすべての作業をつなぎ合わせて、自社独特の価値創造ストーリーを適正かつ十分に物語る統合報告書をどうやって作成するかについてみていく。
*本稿では5つの統合報告ステージのなかで、ステージ1から3までについて詳しく解説していく(図表)
統合報告作成にあたり、ステージ1から3までにおいて、踏むべきステップは次のとおりである。
パンデミック、データの利活用、気候変動、資源の有効活用など、企業を取り巻く経営環境が大きく変化しているなか、事業活動を取り巻く多様なステークホルダーと切り離して事業を推進することは難しくなっている。ステークホルダーは、メガトレンド(長期的かつマクロレベルの外的環境の変化)に対して企業がどのように対処するかに着目している。メガトレンドには人口構造の変化、急速な都市化の進行、経済力のシフト、テクノロジーの変革、資源不足と気候変動、水ストレスといった要因も含まれる。
ステークホルダーのなかで、統合報告の主な読み手となる投資家は、こうした変化はリスクにもなり得るが、企業がメガトレンドの特定、評価、管理を効果的に行い、競争優位を生み出すために活用すれば、機会にもなり得ると考えている。
統合報告には中期経営計画を策定する過程において把握した経営環境を記載することが多いと思う。これは、これから統合報告を作成しようとしている皆様には理解いただきたい点でもある。〈IR〉(※)では組織が短、中、長期的に価値を創造するために外部環境および資本と、どのように相互作用するかについての説明を目指すものと定義されている。統合報告を作成するうえで、中期経営計画よりもっと長い視点での環境の変化も考慮することが期待されている。たとえば、気候変動は企業へ与える影響は大きい。しかし、中期経営計画の時間軸と、10年後、20年後に与える影響は異なってくる。その時間軸も考慮した変化の特定を行い、リスクと機会を認識することが重要である。
次の問いが挙げられる。
|
(※)2013年にIIRC(International Integrated Reporting Council (国際統合報告評議会))がまとめた「国際統合報告フレームワーク(The International 〈IR〉 Framework)」であり、2021年に改訂された。2021年5月に、IIRCとSASBの合併が承認され、Value Reporting Foundation(VRF)が設立された。
投資家およびその他のステークホルダーとの体系的な関係構築のための計画を策定し、統合報告を作成していくプロセスに組み入れる。その計画に基づきステークホルダーと定期的に対話を持ち、自社が特定しようとする重要な課題の抽出や重要性の評価を行うときの参考意見として取り込むことができるように、統合報告におけるプロセスの一環とする。
自社を取り巻くメガトレンドのデスクトップリサーチの結果に基づいて、自社のステークホルダーに関係する、影響を及ぼす可能性がある「重要な課題候補リスト」を作成する。
重要な課題は競合企業の動向や自社の事業環境、将来の財務に及ぼす影響も考慮して分析していくことが望ましい。
重要な課題候補リストについて全社を巻き込んで検討、評価を行い、課題の数を20件~30件程度に絞り込んだ「ロングリスト」を作成する。検討、評価のプロセスではアンケートを実施する企業が多くみられる。一般的には担当部門にて一次スクリーニングを行い、マネジメント層はアンケートを実施することが多い。しかし、一部の会社では担当部門から各事業部門へヒアリング、アンケートを実施しスクリーニングされた課題を経てマネジメント層へアンケートを実施されているケースもみられる。
この選定プロセスで重要な課題になる可能性の低いものは除外する。そうすることで、ステークホルダーと焦点を当てた対話を実施することができる。
自社にとっての主要ステークホルダーを特定し、なぜ主要なのか、その主要たる理由を明らかにする。主要なステークホルダーに重要とみなされる可能性がある課題はどのような問題かについて議論し、ステークホルダーへの影響を分析する。ステップ3で除外された課題のなかで、自社で除外してよいものか悩んでいるものについては、ステークホルダーからの意見を確認することも1つの手である。
主要ステークホルダーとの構造化された対話を通じて、自社が最も大きな価値を創造できる分野に関する見識が高まる。また、最も大きな価値が失われる可能性のある分野を特定することもできる(価値創造と価値毀損)。
レポーティングにおいて期待される改善効果は、ステークホルダーとの関係構築プロセス、事業環境と競合企業の分析、重要な課題の認識をすることである。
*次のステージでは、自社がどのように価値を創造しているかをよりよく理解し、自社の見識をさらに深めていく。
ステージ1では、ステークホルダーとの対話に基づいて、最も大きな価値を創造できる可能性があると思われる重要分野を特定した。このステージでは、どうやって価値を創造し、ステークホルダーに対してどのような提案をしていくのか、そしてその最も大きな価値を破壊することになりかねないリスクとはどのようなリスクなのかを検討し、自社の価値創造プロセスをより明確にする。
このステージで検討がされる価値創造プロセスは、自社らしさを打ち出すことができる統合報告において最も重要である。しかし、統合報告作成担当部門が完成した価値創造プロセスをマネジメント層へ上申したときに見直し指示を受けることもよく耳にする。
筆者らがこのステージで大事にしているのは、担当部門だけが価値創造プロセスを検討するのではなく、検討の過程で他部門・マネジメント層を巻き込みながら、何度も繰り返し対話を続けて進めていくことであり、これを推奨している。そのようなステップを踏むことで、完成後の見直しも回避でき、また同時に社内における統合報告の理解が向上するとも考えている。
次の問いが挙げられる。
|
ステークホルダーに対する価値提案を決定するためには、まず、各主要ステークホルダーグループにとっての価値を定義しなければならない。価値提案を定める根拠として、ステークホルダーとの関係構築(ステージ1で示したもの)を通じて検討した重要な課題を利用すべきである。価値は常に「共創」されるものであり、他者との関係を通じて生み出されるものである。したがって、価値創造プロセスを調査するためには、関連性を有するすべての相互依存関係をしっかりと分析する必要がある。重要な課題を特定したからといって、直感にまかせて一足飛びに価値提案やインパクト評価ができると期待せずに、何度も検討と対話を繰り返し、作り上げるものである。
特定した重要事項は最も大きな価値を創造できる可能性のある分野を示しているが、最も大きな価値が失われる可能性のある分野を特定することもできる。したがって、重要な課題はリスクと関連づけられ、定期的なリスク評価プロセスに組み込まれるべきである。重要な課題に関連するリスクを特定するうえでは、リスク管理部門が手助けしてくれるはずである。このように価値を損なうおそれのある重大なリスクを把握するために、各組織は、どうすれば重要な課題をリスク評価手続に組み入れられるか検討する必要がある。
価値を創造するためには、重要な課題および機会とリスクのつながりを理解できていなければならない。重要な課題が機会とリスクに与えるインパクトには、直接的に将来財務へ与えるものと、人財が確保できないことなどにより事業活動へ影響を及ぼし、間接的に将来の財務へ影響を及ぼしてくるものがあり、どちらも価値創造を分析するための要素として含まれていると考えられる。
これができたら次のステップに移り、価値創造プロセス、つまり自社の資本を活用して何をどのように実施し、その成果として社会に何を提供することができるかを把握し、表現することを考えよう。価値創造プロセスでは次の内容を熟考し、社内で議論していく。
|
取締役が直感的に理解できる資料になるまでに数回程度、改良版を作成する必要がある。価値創造とは、他の企業と差別化を図り、自社の独自性に重きを置くことが最も重要である。そうすることで、その独自性をステークホルダー(革新的な製品やサービスに喜んで対価を払ってくれる顧客など)にとって価値あるものであると理解することができる。
どうやってステークホルダーにとっての価値を創造するか、そして、どのようなリスクが存在するかが明確になる。また、価値創造プロセスのモデルについても、より明確に理解できるようになる。ただ、こうしたモデルが十分に強固なものとなり、ステークホルダーにも認められ、さらにデータ分析に基づいて精緻化するのに2~3年を要するかもしれない。
レポーティングにおいて期待される改善効果は、価値の定義、リスク報告の改善、価値創造プロセスである。
組織における持続可能な戦略と整合する「統合された経営情報」が統合報告の基盤となる。
「統合された経営情報」とはいかなるものだろうか。
PwCあらた有限責任監査法人では次のように定義している。
「統合された経営情報(Integrated Management Information)とは、財務面および潜在的財務面(最近ではプレ財務と呼ばれることが多い)に関する主要業績評価指標(KPI)をバランスよく互いに関連付けて組み合わせた一群の情報であり、価値創造要因との整合性が図られ、組織のシステム、プロセス、支えとなる組織文化に組み込まれ、組織を運営するために利用される」 |
最近の統合報告では、そのKPIを選定した理由などを記載する企業が少しづつ増えている。
ただ、統合報告を始めたばかりの企業では、集計しやすい非財務情報を発信しがちで、なぜ重要か、自社にどのような影響を与えるからマネジメントすべきKPIかも打ち出さないと、〝K〟PIではなく数あるPI(Performance Indicator)としてみられてしまう。
本ステージの進め方を参考に、なぜそのKPIが重要か、自社の財務情報にどのような影響を与えるかについて、深く検討を行っていくことが望ましい。
|
組織の戦略目標を明確に理解する。ここでの目標は定性的なものに加えて、定量的な目標まで具体化して落とし込まれるとよりよい。つまり、事業活動の結果として生じた、社会的・環境的な変化や効果を示す指標(インパクト指標)まで検討が進んでいると、ステップ2以降の検討が進みやすい。
(例)定性目標:すべての人を健康に定量目標:健康寿命を〇年延ばす、疾病患者数を〇人減らす など
戦略目標を達成するためにどういう活動で優位性を確保すべきか検討する。
どの程度の測定をしたいか、そもそも測定が可能か否かも含めて検討する。測定することが難しい指標の場合は継続して続けていくことも難しくなってくる。
目的を思い出し、戦略目標と整合性があり、何が実際に起きているかがわかるような指標を選ぶ。したがって、次が重要になる。
|
ステップ3で選定したKPIについて、収集するタイミング(年一回、四半期)と収集する手続(誰が、どうやって)を整理していくことが望ましい。これからは非財務情報の重要性が高まり、信頼性の高さも求められてくる。KPIは投資家にとって重要な意思決定の指標であるがゆえに、決められた手続で開示をしていることや、第三者保証を受けることなども考慮に入れておくことが重要である。
設定されたKPIを各チームや個人のパフォーマンス測定の目安となるようにブレークダウンをする。組織・各チーム・個人に落とし込むことによって実施すべきことが明確になる。
ターゲットを達成するために行動計画を策定する。
*潜在的財務情報のための新たな手法を検討する必要はない。むしろ問題は、戦略、財務、持続可能性を担当する各部門のスタッフをどうすれば結びつけることができるか、その方法を見出だすことである。そのためには、時間をかけて互いの語る言語を学び合い、明確な形で相互に関わり合うことが必要である。
ステージ3を終えることによって、社外向け報告に盛り込むべき具体的な内容も明らかになった。レポーティングにおいて期待される改善効果は、価値創造要因、関係性に関する
定性的情報の開示、組織文化との整合性を図るための手がかり、適切なKPIが設定されることである。
ここまでステージ1から3までについて考え方と進め方について紹介をしてきた。
ステージ1では自社を取り巻く外部環境を把握し、その外部環境に対してステークホルダーが自社にどのような期待をしているか、対話を通じて課題を特定した。ステージ2では特定した課題を解決するためにどのような戦略を立て、主要なステークホルダーへ価値を提供するかを検討した。ステージ3では策定した戦略そして価値提供をどのようなKPIでマネジメントを行っていくかについて論じた。
本文でも触れてはいるが、各ステージを進めていくうえで統合報告作成の主管部門だけで検討を行うのではなく、価値創造に必要な各部門そしてマネジメント層を積極的に巻き込み、そして議論を重ねていくことが最も重要である。なぜ最後にもう一度記載したかというと、たとえば事業部門でないとステークホルダーが何を自社へ期待し求めているかわからない点もある。また、価値創造プロセスを考えるうえで、事業部門が中心になると個別最適になり、統合報告の主管部門が検討すると事業部門への配慮や理解不足により自社が創造している価値創造プロセスが充分に反映されない可能性がある。
これらのことから、各部門に加えてマネジメント層が積極的に関与し、自社のあるべき/ありたい価値創造を落とし込むことが重要であると筆者は考えている。
企業報告全体の信頼性向上が期待されており、財務報告とも整合する非財務報告の保証基準の開発・利用と継続的な進化が期待されます。また、 非財務情報の発信増加に伴い、信頼性を高めるためにデジタルなどを活用した内部統制の整備・運用の強化が求められます。
統合報告に限らず、企業が伝える情報の種類・量は拡大しています。「開示」のみならず「対話」を進化させるうえで、デジタルトランスフォーメーション(DX)は大いに役立ちます。
2022年に入り、政府や省庁から様々な報告書等が数多く公表されています。これらの中から、統合報告を行うに当たって参考に資する内容について、「経営の8要素」に則して解説します。
統合報告を作成するための具体的な手順とスケジュールについて、統合思考が進んでいる会社が行っているポイントを交えて解説します。
統合報告のロードマップの5つのステージのうち、ステージ4は統合ダッシュボードの構築、ステージ5は投資家とのよりよい対話のための報告の統合となります。
統合報告のスタートは、企業における様々な情報発信の主体が、企業内において開示・対話を始め、どのようにデータを整理するかを考えることにあります。
グローバルな視点で統合報告・情報開示に取り組むヒントとして、海外における当局の動向や表彰制度を紹介します。
「よい開示」に向けて参考となる金融庁の好事例集や国内の各種表彰制度を紹介し、開示の読み手との対話をすることの有用性について解説します。
統合報告の意義や最新動向を考察し、統合報告を展開する際のポイントと、参考となる情報開示発信物を紹介します。