何から始める? 統合報告の作り方・使い方 第7回 統合報告の作り方③ ~手順とスケジュール~

2022-10-23

※本稿は、「旬刊経理情報」2022年8月1日号(No.1651)に寄稿した記事を転載したものです。
※発行元である株式会社中央経済社の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
※一部の図表に関しては「旬刊経理情報」に掲載したものをPwCあらた有限責任監査法人にて編集しています。

この記事のエッセンス

  • 統合報告を作成するための具体的な手順とスケジュールについて、統合思考が進んでいる会社が行っているポイントを交えて理解する。
  • 統合報告を始めるにあたり理解しておくべき点はおもに次の3点である。
    • 統合報告はあくまで対話のためのツールであるため対話を通じて毎年改善することが重要
    • フレームワークや事例など参考にするものは多く存在するため有効活用すべき
    • 誰に、何を伝えたいかが重要であるため、関係する部門を巻き込み議論すべき

はじめに

前回まではPwCあらた有限責任監査法人のフレームワークを紹介し、統合報告を作成するうえでの考え方について解説してきた。第7回では実際に統合報告の作成を進めるにあたって、実務の側面から注意点や具体的なスケジュールなどを紹介していく。

統合報告作成に取り掛かるまえに

統合報告を作成するために読者の皆様に注意してほしいことは3点ある。

(1)最初から完璧な統合報告を目指さない

1点目は、最初から完璧な統合報告を目指さないことである。初年度から賞を取っている企業と同様のレベルを目指さないといけないと思っている企業が多いと感じているが、統合報告には完成というものがなく、毎年改善、改良するものである。初年度から完成度の高い統合報告を作成しようとすると、カバーしなければいけないコンテンツが増え、かつ内容も充実しなければいけない。

多くの企業では年度決算から半年後には開示しているため、初年度から完璧な統合報告を目指す場合には、短期間に多くのリソースを用意する必要があるが、それは現実的ではないと考えている。筆者は、ある評価の高い企業の担当者から、統合報告を作成し始めて数年後にようやく一定のレベルまで持っていくことができたと聞いたことがある。われわれが統合報告について支援をする場合は、初年度で完成度の高い統合報告を作成するのではなく、少なくとも3年以上のロードマップで進めていく形を取ることが多い。

(2)何のために統合報告を作るのか

2点目は、何のために統合報告を作るのかということである。国際統合報告フレームワーク(The International <IR> Framework)(1)によると、「統合報告書の主たる目的は、財務資本の提供者に対し、組織が長期にわたりどのように価値を創造、保全又は毀損するかについて説明することである」とあり、「統合報告書は、従業員、顧客、サプライヤー、事業パートナー、地域社会、立法者、規制当局、及び政策立案者を含む、組織の長期にわたる価値創造能力に関心を持つ全てのステークホルダーにとって有益なものとなる」、と説明されている。多くの企業は主な読者を機関投資家と想定し、作成されていると思う。

投資家を主な読者と想定すると、価値創造についての記載が主になると思われる。たとえば、学生をターゲットにすると会社をより深く知ってもらうために社員の活躍シーンなど人財や働き方の実態が多くなり、地域社会であると事業活動が地域に与える正(雇用面など)と負(環境面など)の影響を伝えるページの割合が多くなると想定される。このように、誰を主要な読者に設定するかで構成が変わってくると考えられるので、統合報告を作成するにあたり、最初に自社の統合報告は誰に対して、どのような時間軸を考慮して何を伝えようとしているかを設定することが必要である。筆者個人の考え方としては、統合報告は経営者が機関投資家(主に中長期視点での機関投資家)に向けてプレゼンをするツールであると考えている。

(1)2013年にIIRC(International Integrated Reporting Council(国際統合報告評議会))がまとめ、2021年に改訂された。

(3)対話のツールとして活用する

3点目は、作成することをゴールとせず対話のツールとして活用することである。統合報告は作成主担当部門(IR部門が多い)だけでは完成することができず、関係各部門に内容の作成を依頼することが通例である。最新の情報や各部門との調整を進めていくうえで発行までのスケジュールが非常にタイトになってしまうことから、統合報告を完成させることに意識が集中してしまい、当初掲げた統合報告で書くべきことから乖離してしまっている企業をみかけることが多い。

前記(1)でも触れたが統合報告は毎年改良していくものである。誰に対して何を伝えるものかをしっかりと定義したうえで作成し、完成後に読み手と対話を行い改善点を見出し、翌年の作成に活かすというプロセスを前提にして取り組んでいくことを推奨する。

統合報告を作成するためのポイント

前記においては統合報告を作成する前に注意しておくべき点を述べた。すでに統合報告を作成されている企業は読み手からいただいた指摘事項を最初に確認し、企画の出発点としている。しかし、これから作成しようとしている企業は課題が見当たらないのでどうすればよいかわからないだろう。そこで、これから統合報告の内容を企画するにあたり、多くの企業が取り入れている手法について紹介したい。すでに作成されており、改善に取り組まれている企業にも、ぜひご参考いただければと思う。

(1)フレームワークの活用

1点目は、フレームワークを活用することである。統合報告に関するフレームワークには、〈IR〉と価値協創ガイダンス(2)などがあり、統合報告に記載すべき内容要素を紹介している。これらのフレームワークを活用して、次のように分けて、今年度および次年度以降の統合報告の内容を企画することを推奨する。

(a)自社がいますぐに発信できるもの

(b)今時点では発信できないが、統合報告発行までに検討を行って発信が可能なもの

(c)今年度に発信することはできないが、2年後、3年後には発信することができるもの

(d)発信しないもの

(2)経済産業省作成の「価値協創ガイダンス」は、企業と投資家を繋ぐ「共通⾔語」として、対話や情報開⽰のあり⽅の拠り所となる枠組み。

  • 2017年5⽉に公開(※伊藤レポート2・0は同年10⽉公開)
  • 企業が中長期的な企業価値を高めるための戦略的な投資のあり方、投資家が長期的な視野から企業を評価する方法、そして企業の情報開示や投資家との対話のあり方を提⽰
  • 企業価値向上に向けて、企業経営者と投資家が対話を行い、経営戦略や非財務情報等の開示やそれらを評価する際の手引となるガイダンス(指針)

(2)国内外の優良事例の活用

2点目は、本連載の第2回と第3回で紹介した国内外の優良事例を活用することである。国内ではGPIFを始め統合報告に関する賞が存在する。海外では〈IR〉によるデータベース(3)も整備されており優良事例を参照するには充分な情報量がある。各社がどのような統合報告を作り、どう表現し開示しているかを参考にし取り入れていくことで自社の統合報告がブラッシュアップされていく。

ただし、注意してほしい点は開示されている内容を参考にすることはよいことではあるが、たとえば1ページだけを参考にするのではなく、前後のページやこの内容・デザインに至った背景なども考慮、想像しながら取り入れることが重要である。優良事例の活用方法は他にもGPIFの「優れた統合報告」において受賞理由やよい点が細かく記載されている。これらのコメントは統合報告を読むときの視点であるので、自社が統合報告を作成するときの注意点ないしアピールポイントとして活用することができる。

(3)〈IR〉が統合報告の優良事例を取りまとめているWEBサイト(https://examples.integratedreporting.org/featured-practices/

統合報告作成の手順

それでは、ここから具体的に統合報告を作成する手順とスケジュールについて記載していく。われわれは企業の統合報告作成を多数支援しているが、かける時間と他部署をどれだけ巻き込むかというところは企業によって違うものの、手順については大きく変わらない。統合報告を作成する手順は、次のようなものが一般的であると考える。

(1)課題の整理

(2)今年度のストーリーやキーメッセージ

(3)全体構成案の検討

(4)原稿作成

(5)経営層へのインタビュー

(6)原稿の確認

(7)原稿の完了

以下、詳細を説明する。

(1)課題の整理

前記「統合報告を作成するためのポイント」でも記載しているが、昨年度作成した統合報告やIR活動において外部から指摘された事項を整理していくことが最初のステップである。統合報告を作成しておらず今回初めて作成することを検討している企業の場合は、IR活動において指摘された事項、たとえば、会社にとっての重要課題は何か、中長期でどのような会社、規模を目指すのかといったものが、外部にとって関心の高い事項であると考えられるため、統合報告で回答すべき課題であると整理する。

(2)今年度のストーリーやキーメッセージ

この(2)のステップを飛ばして(3)に進む企業も多いように感じているが、統合思考が進んでいる企業はこれを特に大事にしている。ストーリーやキーメッセージを念入りに考えていくことは重要であり、統合報告の作成が進むにつれて、外してはいけない拠り所として最初に整理しておくことが重要である。今年度のストーリーやキーメッセージを考える視点としては、第5回の統合報告のロードマップで記載している重要な問いや考え方を参照いただきたい。

(3)全体構成案の検討

(2)で整理されたストーリーやキーメッセージを伝えるためにどのような流れで構成すればよいかを考える。それが目次となる。ここでのポイントは、考えたストーリーが伝わるためによりよい構成を検討することである。(2)で検討したストーリーやキーメッセージをインプットすることに加えて、優良事例の構成を参考にしたり、外部の有識者から意見を求めたりすることも考えられる。

(4)原稿作成

構成案が固まったら、各項目や各ページにおいて、伝えるべきメッセージと記載すべき要素を整理し、担当部門や担当者に原稿作成依頼をする。ここで重要なのは各部門に単純に原稿を依頼するのではないということである。各部門が書きたいことや書けることと統合報告として記載すべきことは異なることが出てくるため、各部門担当者とディスカッションをしながら原稿を完成させていくことが大切である。

(5)経営層へのインタビュー

経営層へのインタビューはこの順番で必ずしも進めなければいけないわけではなく、最初に実施することも1つの手である。重要な点は、経営層が語っていることと統合報告の内容にズレがないことである。統合報告の各ページでは伝わりにくい点も出てくるので、インタビューとして語ってもらうのも非常に有用である。特にガバナンスについては外部からは判断しにくい点もあるため、社外取締役から忌憚のないメッセージをもらい掲載することで、ガバナンスの有用性がよりわかりやすくなる。

(6)原稿の確認

原稿ができあがってきたら、(2)で検討をした全体ストーリー、キーメッセージと照らし合わせて、全体を通してストーリーが伝わりやすく整合性が取れているかという点から確認をする。ここでの原稿の確認は一度だけではなく、数回繰り返すことが望ましい。

(7)原稿の完了

最後に誤字、脱字を確認して発行へと進む。できあがった統合報告を活用してどのように対話をしていくか、対話のスケジュールを社内で確定しておきIR活動を進めていくことが望ましい。

統合思考が進んでいる企業のTipsとスケジュール

前記では具体的な手順を述べた。ここでは統合思考が進んでいる会社がどのように進めているか、(1)~(7)までそれぞれで見習うべき点をTipsとして紹介させていただき、統合報告作成において推奨するスケジュールについて紹介する。

(1)Tips

すでに統合報告を作成している企業は具体的にどのように実務に落とし込み作業を進めているのか、Tipsとして整理してみたのでご参考いただければと思う(図表1)。

(図表1)統合報告作成のTips
手順 Tips
(1)課題の整理
  • IR活動を通じて指摘事項を分類化して整理
    • 分類化の切り口は国際統合報告フレームワークや価値協創ガイダンスの項目ごとに整理していくのがわかりやすい
  • 整理された指摘事項について対応方針と対応する時期(今年度、次年度)を整理
  • 課題に対して参考になる優良事例を国内外問わず調査を実施し開示の方向性を検討する
(2)今年度のストーリーやキーメッセー
  • ストーリーを伝えるための今年度のキーメッセージ、コンセプトを整理する
  • 今年度のストーリーをスライド1枚程度でまとまるようにストーリーを洗練させる
  • 整理したストーリーの考え方との相違がないか確認
    • ストーリーの検討については第5回、第6回統合報告のロードマップ、ステージ1~5を参照
(3)全体構成案の検
  • ストーリーを伝えるための統合報告全体構成案(目次)を検討し、それぞれの項目ごとに伝えるリード文を作成する
  • 統合報告作成主担当だけではなく、原稿作成を依頼する部門担当者にも加わってもらい全体構成案を完成させる
(4)原稿作成
  • 各部門で伝えたいこと、伝えられることと、統合報告で伝えたいことが異なる可能性がある。そのときに拠り所となるのが(2)でと合意した内容であり、その合意した内容に沿う原稿を依頼する
  • 依頼する原稿内容については、⑵、⑶を踏まえて統合報告に含める内容、統合報告には含めないがWEBや他の媒体に掲載するものを明確にして依頼する
    • たとえば、コーポレートガバナンス・コードに基づく開示があるため、それらとの棲み分け、統合報告に掲載する(統合報告だから掲載できる)ガバナンス情報を熟考する企業が多い
(5)経営層へのインタビュー
  • 経営層へのインタビューを実施し掲載することで、肉声感、ライブ感を出す
  • 可能であればインタビュー内容を整理し、トップ自ら時間をかけてレビュー・修正が入るのが望ましい
  • 社外取締役のインタビューではガバナンス情報を補完する内容としてインタビュー形式で実施。そのインタビュー内容について、自社にとって現時点ではマイナスな情報でも掲載する
(6)原稿の確認
  • 原稿全体から伝えたいことが伝わっているかを、今まで関与していないメンバーに確認する
  • 内部のみならず、有識者やコンサルタントなど外部の視点でメッセージや各社固有の言葉など理解ができるかどうかを確認する
(7)原稿の完了
  • (1)の課題について今年度対応できたこと/できなかったことをアップデートし、次年度以降の対応方針を検討する
  • 完成した統合報告を使用して誰とどう対話していくか、エンゲージメントのスケジュールを確定させる

(2)統合思考が進んでいる会社の共通点

統合思考が進んでいる企業が共通しているのは、ストーリー検討に時間をかけ、キーメッセージについても充分に検討を行ったうえで構成案を検討しているということである。その一連の手順のなかで随時への報告と確認を実施している。一方で統合報告の作成で悩みが多く上手く進んでいない会社では、ストーリー検討、キーメッセージの抽出に時間をあまりかけずに構成案から着手する企業が多いと感じている。毎年作成することになる統合報告ではあるが、統合報告を作成するまえに今年度のストーリー、伝えるべきキーメッセージの整理から取り掛かることを推奨する。

また、統合報告を作成する体制としては、IR部門が主体になることが多いものの、進め方に違いはある。統合思考が進んでいる企業とそうでない企業では、統合報告を作成する体制にどれだけ他部門を巻き込んでいるか、関与してもらっているかという点に違いがある。

統合報告は主管部門だけでは進めることができない媒体であるため、関連部門にどれだけ作成に関与してもらえるかが重要である。あくまで筆者の感覚ではあるが、統合思考が進んだ企業は主管部門が多くの部署の方々と対話することが多いと感じている。関係する部門にはそれぞれのミッションがあり、開示できること/できないことがある。それらも踏まえて統合報告の構成、内容を検討していく段階で議論していくことで、より洗練された統合報告になってくる。

しかし、検討を進める段階で関係する部門(原稿を書く部門)が入っていない場合、原稿作成を依頼し作成している段階で、取組みが進んでいないことにより統合報告に記載できない等の返答があり困っている企業をみかけることも少なくない。このような問題を解消するためにもできるだけ早い段階で関係する多くの部門と一緒に取り組んでいくことが重要である。

(図表2)統合報告作成のスケジュール(3月決算企業)
  1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月~
マイルストーン     決算期末    

有価証券報告書提出

株主総会

    統合報告発  
統合報告作成スケジュール 課題の整理

キーメッセージの整理

今年度の統合報告ストーリー、価値創造ストーリー

今年度の統合報告ストーリー、価値創造ストーリー、構成案検討 構成案検討、確定 原稿作成

原稿作成

経営層へのインタビュー

原稿の確認 原稿の最終確認 発行 統合報告を活用したIR活動( 翌年も続く)

(3)推奨するスケジュール

今まで一般的な手順や統合思考が進んでいる会社の共通点について説明した。これらを時間軸に落とした場合は図表2のスケジュールになる(3月決算の場合)。

たとえば、3月決算の企業であると8月ないし9月に統合報告を発行する企業が多い。そこからさかのぼると、12月ないし1月には作成の準備に取りかかることが望ましい。

直近でいくつかの会社と議論を行ったところ、統合報告の発行後すぐに次の統合報告に向けて検討を始めるという企業もあった。積み残し課題の検討と、発行した統合報告をもとに機関投資家と対話を始め、次年度の課題を整理していくことを、まず最初に実施されているということであった。

おわりに

これまで統合報告を実際に作成していくうえでの手順や注意事項について述べてきた。

われわれからお伝えしたい点は、繰り返しになるが、完璧な統合報告はないということである。特に次の3点について理解をいただけると嬉しい。

  • 統合報告はあくまで対話のためのツールであるため、対話を通じて毎年改善していくことが重要
  • フレームワークや事例など参考にするものは多く存在するので有効活用すべき
  • 誰に、何を伝えたいかが重要であるため、関係する部門を巻き込み議論すべき

執筆者

政田 敏宏

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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