
月刊監査役 会計監査におけるAI活用の動向について
監査における AI 活用の現状と展望を踏まえ、監査役等が意識すべき点について解説しました。(月刊監査役771号(2025年2月号)寄稿)
2025-03-31
※本稿は、「月刊監査役」771号(2025年2月号)で掲載された記事を転載したものです。
※本記事は、日本監査役協会の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
(本稿は執筆者の個人的見解に基づくものであり所属法人の公式見解ではない)
2024年8月13日に日本公認会計士協会より「テクノロジー委員会研究文書第11号『監査におけるAIの利用に関する研究文書』」が公表され、ディープラーニング(深層学習)が台頭した2000年代の第三次AIブームから時間が経った今、会計監査においてAIを活用した監査手続の導入が現実になりつつある。同研究文書によれば、監査に関連する大量のデータを活用した高度な分析や、自動化による監査手続の効率化、また生成AIを利用した監査調書作成補助等、AIの導入による監査業務の品質向上、時間削減効果を想定しており、大手監査法人ではAIを活用した監査ツールの開発を行っている。そのため、本稿においては会計監査人の会計監査におけるAIの利用状況を中心に論じることとする。
監査法人がデジタル化を進める背景として、投資家や一般社会からの、被監査会社における不正案件を発見する期待が高いことや、被監査会社が自社のビジネスの多様化や複雑化に対応すべくデジタル化を推進していることも影響している。監査法人は被監査会社で導入されているテクノロジーをキャッチアップし、財務報告や監査業務への影響の評価および、それらにまつわる十分な監査証拠の入手のために、監査業務のデジタル化やAI導入は必要なものとして、日々取り組んでいる。
ただし、個別のAIツールを監査手続に導入するだけでは、大きな効果は得られない。被監査会社のシステムと連携し、監査に必要な被監査会社のデータや、第三者のデータを一元化して処理・分析する監査プラットフォームを開発することで、監査計画から期中・期末手続、そして監査完了までAIによる一貫した効果的かつ効率的な会計監査を実施することができる。
弊法人が掲げているAIを利用した次世代監査の全体像は図表1のとおりである。
データの入手・加工・分析は次世代監査プラットフォームにおいて自動で行われることを想定している。被監査会社と監査法人のシステムが自動連携され、監査に必要な会計関連のデータが常時抽出できるようになれば、即座にデータ処理・分析が可能となり、将来的にはリアルタイム監査が実現できる。その際、AIが分析することで昼夜を問わず膨大なデータに対しても適時に異常点を抽出し、恐らく今までより多く検出されると見込まれる異常点に対して、期日内での調査・検討のための時間確保に貢献するといったメリットがある。そのためリアルタイム監査が適用されれば、AIを利用したツールも力を一層発揮することができ、より高度で効率的な監査を実施できる。AIを活用した会計監査を実現することで、被監査会社にとって以下のような価値をもたらすことができる。
上述したメリットが被監査会社に存在し、また監査法人にとっても監査品質の向上は投資家等のステークホルダーの期待に資する。どの産業でも生産年齢人口が縮小する中での打開策として機械化・自動化が検討されるように、会計監査業界の発展のためにAIを前提とした次世代監査の実現は検討すべき目標である。ただし、このような次世代監査を実現するためには、単にAIツールを導入するだけではなく、まずは監査業務の標準化を実現し、その後デジタル化を経た上でAI導入に至るとスムーズである。次項において弊法人における導入プロセスや、テクノロジー活用例の一部を紹介する。
図表2は段階的なデジタル化の進捗例である。
AIを開発するためには、大量の標準化された学習データが多い方が望ましく、その準備のために業務プロセスおよびそれにまつわるデータの標準化作業が効果的である。標準化を進めた後にデジタル化、その後にAIの導入といったステップを踏む方がAIの精度向上のために有益であり、即座にAIを導入するよりも効果の上昇を見込める。特に監査法人の立場としては、被監査会社ごとに提供されるデータのフォーマットが異なるため、標準フォーマットに変換する工程は大きな課題の一つである。
弊法人の標準化の主な取り組みを2つ挙げると、①業務の標準化および、②社内データモデルの標準化である。
上記のような業務やデータの標準化を進めることで、監査現場のデジタル化やAIの導入をより効果的に進めることができる。
次世代監査の姿に近づくために、現在弊法人で活用または開発している自動化ツールやAIの一例を紹介する。
以下の記載(「現預金勘定に対する一連の監査手続」)は監査手続でAIエージェントを利用することを想定したケースである。下記が実現すると監査手続の深度が従前に比べ強化されるなど、監査時間削減だけではなく品質向上効果が見込まれる。ただし、AIエージェントを含め、AI全般の監査手続への利用については、AIが事実に基づかない情報を出力するリスク等を勘案する必要があり、弊法人では監査手続への導入について利用ケースごとに慎重な対応をすることにしている。
現預金勘定に対する一連の監査手続
期末監査においては、現預金勘定に対し、明細の通査や外貨建て預金の再計算等の追加手続を実施することになるが、AIエージェントに現預金勘定に対する手続のサポートを依頼すると、図表3のように実施すべき手続の流れを計画し、データ検証、計算等のAIが得意とする分野でのサポートを受けることができる。会計監査人はAIエージェントが提案したフォローアップ事項について追加検証や、被監査会社への質問等を実施する。
上記以外にも活用中ないし開発中のAI・デジタルツールは数多く存在する。会計監査人は過去と比較すると様々なテクノロジーを駆使して監査を遂行していくことが望まれるが、特にAIの利用においてはAI特有のリスクについて留意しなければならない。
AIの利用上のリスクについては、一般的にも様々な媒体で指摘されているが、監査業務においてもおおむねそのリスクが当てはまる。十分かつ適切な監査証拠を入手するためには、そのようなリスクに注意する必要がある。代表的な留意すべき内容として、以下の3つのケースが挙げられる。
このようなリスクが生じることを理解して、会計監査人はAIを利用する必要があり、そのためのデジタルスキルを習得することや、監査法人としても研修の充実や啓蒙活動を推進していくことが要求される。
・AIを利用する会計監査人に求められるデジタルスキル
監査法人内で最先端のデジタルツールを導入することは重要であるが、それらを使いこなせる人財の育成も重要である。特にAIを効果的に活用するために代表的なスキルについて述べる。
1. AI技術の理解と活用方法
基本的なことではあるが、AIに関する基礎知識を習得し、AIの得意・不得意を理解することが重要である。それらが監査手続の中でどのように影響するか把握しておく必要がある。
2. AIの入力データと出力結果の評価
AIも現在使われている自動化ツールと同様、出力結果の品質は入力データに依存する。どんなにすばらしいAIツールであっても、入力するデータに不備があれば、適切な結果を出力することはできない。そのため、データの正確性や網羅性を確認するスキルが求められる。
また、AIは状況変化や個別事情を柔軟に捉えることが難しいため、出力結果を利用するに当たっての会計監査人の判断が重要である。
さらに、被監査会社のビジネスを理解し、どのようなデータが存在するか把握することも重要である。その様々なデータをどのように取得し、どう組み合わせて分析することができるのか、検討できるスキルが必要である
3. AIに関するコミュニケーション能力
被監査会社とのコミュニケーションにおいて、AIに関する説明能力も重要である。相手の前提知識やニーズを把握し、監査で利用したAIに関する適切な説明を行う能力が求められる。経営者の立場を理解し、効果的なコミュニケーションを図ることが監査品質を高めるために必要である。
・会計監査人のデジタルスキル向上のための取り組み
今後、AIを利用するためにデジタルスキルの向上が必須になったとしても、現状の多忙な業務をこなしながら、新しいスキルを身に付けることは容易ではない。個人の努力だけに頼らず、組織として促進していくことが理想的である。弊法人のデジタルスキル向上、およびデジタルカルチャーの醸成の方法を一例として紹介する。
弊法人ではパートナーを含む全職員にデジタルツールを用いたデータの加工や可視化等のハンズオン研修を実施し、デジタル専門職だけでなく、すべての職員がデータやデジタルツールを扱うというカルチャーの醸成に取り組んでいる。また、生成AIについても、弊法人内の安全性の高い環境で利用できる生成AIのチャットボットサービスを全職員に展開しており、常に最新のテクノロジーに触れられる環境整備に努めている。
新しいテクノロジーの浸透が実現した要因は、トップダウン式に監査現場でのデジタル導入を推進する活動と、職員からのボトムアップでのデジタルツール提案を推進する活動を同時に進めた点にあると考えている。トップダウンだけでは実が伴わず、職員だけでデジタル化を推進するには、時間の確保やチーム全員の理解を得ること、また変革へのモチベーションを維持することが難しい。トップダウンとボトムアップそれぞれで推進する意義が存在し、組織全体として取り組むことで、デジタル化が促進される。
監査役、監査等委員、監査委員(以下、監査役等)が会計監査人を評価する際には、会計監査人が利用するツールそのものに加えて、会計監査人がそれらを使いこなすスキルを十分に備えているかどうかも評価の対象に含めるべきと考える。AIは有用なツールである反面、利用上のリスクについても懸念する必要があるため、それらを正しく理解して使いこなせる十分な能力が会計監査人に備わっているかどうかを評価することは重要である。監査役等が会計監査人のデジタルスキルを評価する際の質問例としては、下記の項目が挙げられる。
また、前項2-(2)で述べた現在の会計監査におけるテクノロジーの活用例は、監査法人だけの努力では達成できず、被監査会社からのテクノロジーを活用した監査対応への深い理解と協力が必要である。自社の監査品質を一層高めるためにも、監査役等から経営者へ、会計監査のデジタル化・AI化促進のための働きかけが重要になる。
さらには、監査役等は、独立した立場からの視点と、企業全体に対する深い理解を持ち、ガバナンスの実効性を向上させる役割を担っている。監査役等は自社のデータやAIの利用状況を理解した上で、それらが会計監査においてどのような影響があるか、また会計監査人が利用するAIや自動化ツールにおいてどのようにデータが利用されるか理解し、必要に応じて経営者と協議することで、より良いガバナンス構築の支援になると見込まれる。加えて、監査役等と会計監査人が連携することで、AIの分析結果を基にした洞察を共有し、より深い理解と効果的な監査が実現できる。会計監査人の専門知識やAIの分析結果を活かし、会計監査人だけでなく監査役等の監査の質も高めるために、これまで以上に監査役等と会計監査人のコミュニケーションや連携が期待される。
AIの活用によって、会計監査はより革新的に進化し、未来の可能性はますます広がることだろう。AIのメリットが多く存在する反面、様々なリスクについても考慮しなければならない。ただし、AIの特性を理解できれば、リスクを考慮しても余りある価値を見いだすことができる。また、会計監査の実務の中でAIがどれだけ進化しても、監査役等や会計監査人といった人間の役割が失われるわけではない。AIによって様々なデータをもとに多角的な分析が実現できたとしても、経営者の理念や企業の業績によって企業の経営方針は変化するものであり、経営者の何気ない行動や発言が違和感につながることもある。仮にAIによって被監査会社の財務報告の大部分が検証できたとしても、人間のすべての行動をAIが理解するのは難しく、またその時代や状況に合った分析結果になるとは限らない。監査役等や会計監査人が経営者と対話し、自身が持つ知識や経験をもとに次世代の監査を行うことで、AIが興隆する時代においても重要な役割を担うだろう。新しいテクノロジーと協働した会計監査人と監査役等が連携することで、企業の持続可能な成長やステークホルダーの信頼を支える重要な要素となることを望んでいる。
※1 OCR(Optical Character Recognition、光学文字認識)とは、印刷物や手書きの文字をスキャンしてデジタルデータに変換する技術である。
※2 AIエージェントとは、AIを用いて特定のタスクや目標を達成するための行動を自律的に選択するように設計されたシステムである。AIエージェントは、ユーザーと対話し、情報を収集し、分析し、意思決定を行う能力を持つ。
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