経理財務部門のための非財務情報開示の基礎知識 第1回 非財務情報はプレ財務情報/「週刊 経営財務」No.3594

2023-03-30

※この「経理財務部門のための非財務情報開示の基礎知識 第1回 非財務情報はプレ財務情報」は、『週刊経営財務』3594号(2023年2月27日)に掲載したものです。発行所である税務研究会の許可を得て、ウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

※法人名・役職などは掲載当時のものです。

はじめに

近年、投資家によるESG投資の急速な高まりを背景に、多くの企業が非財務情報開示の対応を迫られている。そこで、本連載では4回にわたり、そもそも非財務情報とは何なのか?なぜ経理財務部門にとって非財務情報開示が重要なのか?ということについて解説する。第1回となる本稿では、非財務情報開示を理解する上でその基礎となる企業のサステナビリティ(コーポレートサステナビリティ)の考え方などに触れながら、非財務情報開示がプレ財務情報であると考えられる旨を解説する。なお、文中における意見はすべて筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。

〈掲載予定〉

回数

テーマ

掲載号

1

非財務情報はプレ財務情報

3594

2

自然資本に関する非財務情報とは
(気候変動と生物多様性を含む)

3596

3

人的資本に関する非財務情報とは
(人的資本の潮流と人権問題を含む)

3598

4

非財務情報開示の今後
(財務・非財務のコネクティビティの必要性)

3600

日本国内におけるESG投資は急速に伸展しており、その投資判断の礎となる企業のESG/非財務情報開示の重要性が益々高まっている。一方、企業における非財務情報開示の歴史は比較的古く、1990年代前半に一部の大企業が環境報告書の発行を始めたことに端を発する。財務情報開示とは異なり、非財務情報は企業による自主的な開示として発展してきた。しかし、近年、この企業の非財務情報開示に対して、その開示情報を規定するようなスタンダード、フレームワークなどが誕生し、企業情報開示のランドスケープが大きく進展しつつある。その中で、非財務情報がプレ財務情報であるという考え方が整理されてきた。財務情報のみを取り扱ってきた経理財務部門では、ひょっとすると、非財務情報の開示は他の部門の仕事という意識を持たれているかもしれないが、プレ財務情報であるとなれば話は別になるだろう。そこで、本稿では経理財務部門の方のために、改めて企業のサステナビリティ/非財務/ESG情報開示とは何かを振り返るとともに、それを規定する新たな流れについて簡単に紹介する。なお、本稿では非財務情報、サステナビリティ情報、ESG情報は全て同義として使用した。

〈目次〉

  1. 非財務情報は企業の将来価値を示すプレ財務情報
  2. 企業が直面している新たな潮流:サステナビリティとESG
  3. 非財務情報開示基準

1.非財務情報は企業の将来価値を示すプレ財務情報

そもそもなぜ非財務情報開示が必要なのか。日本企業の多くは非財務情報を統合報告書で開示しており、統合報告書の発行社数は600社を超えると言われている。ではなぜ統合報告書を発行する必要があるのか?

米国の知的資本の専門機関であるOcean Tomo社によると、米国S&P500社の市場価値は1975年には83%が有形資産であり、残り17%が知的財産を含む無形資産であったが、それが2020年時点では10%が有形資産であり、90%は無形資産であるとのことである。つまり、企業は実行する戦略が時を経てどれだけの価値を創造するのか、そしてどのように利益を創出しリスクを管理するのかをより明確かつ簡潔に示す必要があり、それを示すために策定されたのが、2013年に発表された統合報告フレームワークである。企業は財務資本や製造資本といった有形の資本だけではなく、人的資本、知的資本や社会関係資本といった無形資本を企業活動に投入することで、社会に新たな価値を創造しており、それらの資本をどのように戦略的に投入、活用することで価値を生み出しているかについて、投資家をはじめとするステークホルダーは知りたがっている。

非財務情報とはこれらの無形資本の投入(インプット)とそこから得られたアウトプット、そしてそれらが社会にどのようなインパクトを生み出すかを示すものである。これはまさに企業の将来の財務情報に影響を及ぼすものであり、非財務情報がプレ財務情報と言われる所以である。ゆえに企業は単に非財務情報を開示するだけではなく、それらが将来の財務情報とどう結びつくのか、そのコネクティビティがあって初めて企業価値を示すことができる。だからこそ現在、経理財務の担当者に非財務情報とは何かを理解することが期待されている。

2.企業が直面している新たな潮流:サステナビリティとESG

(1)CSRからコーポレートサステナビリティ(Corporate Sustainability)へ

環境省が実施した「環境にやさしい企業行動調査」によると、国内の上場企業および従業員500人以上の非上場企業のうち52.9%の企業がサステナビリティ報告書もしくは統合報告書、環境報告書、CSR報告書などにより年次の非財務情報開示を実施している。日本企業における非財務情報開示の歴史は比較的浅く、1990年代前半に一部の大企業が環境報告書の発行を始めたことから始まる。

1992年に開催された国連環境開発会議(通称:リオサミット)を契機に、地球環境や社会が直面する中長期的な課題の解決には、各国政府だけではなくグローバル企業を中心とした産業界の役割が重要であることが認識されるようになった。そして、国内においても1993年に経済産業省(当時通商産業省)が企業に対してボランタリーアクションプランの策定を要請すると、多くの企業が環境の取組みについての中期行動計画を策定し、それを実践するとともに、その結果を環境報告書として発行するようになる。その後、1997年の環境省(当時環境庁)による「環境報告書ガイドライン」の発行により、環境報告書を公表する企業が急増した。さらに日本におけるCSR経営元年と言われる2003年以降、環境の取組みだけではなく、労働慣行や人権などの社会側面の取組みを加えたCSRマネジメントへと、その取組みは進化していった。また情報開示についても、環境報告書からCSRレポート、サステナビリティレポートへと発展するとともに、着実にこれらの報告書発行企業は増加していった。このように非財務情報開示を実施する日本企業は年々増えているのだが、なぜ企業はCSRマネジメントを実践し、その結果としての非財務情報を開示するのであろうか。

2011年に発表されたハーバードビジネススクールの調査は、1990年代より環境や社会側面での方針を持ち取組みを進めてきた企業(原文では高サステナビリティ企業と定義されている)は、そうでない企業(低サステナビリティ企業)に比べ、2011年時点で株価に1.5倍程度の差が出ているとの結果を示している。ここで言葉の定義を確認しておきたい。日本では非財務領域において、「CSR(企業の社会的責任)」という言葉がよく使われる。例えば欧州委員会では、CSRは「責任ある行動が持続可能なビジネスの成功につながるという認識を企業が持ち、社会や環境に関する問題意識を、その事業活動やステークホルダーとの関係の中に、自主的に取り入れていくための概念」と定義されているが、日本においてCSRは事業所における環境保全や労働安全衛生、社会貢献活動など社会や環境に迷惑をかけないための活動として捉えられることが多い。一方で、欧州を中心としたグローバル企業が非財務領域を示す言葉として使っている「コーポレートサステナビリティ(Corporate Sustainability)」は、より広い概念で考えられている。図表1にCSRからコーポレートサステナビリティへの変遷を示す。PwCでは、コーポレートサステナビリティを中長期的な社会の変化(メガトレンド)を踏まえて、戦略を立案し、行動をとり、パフォーマンスを測り、結果を発信し、フィードバックを踏まえ、改善や革新を行うことと定義している(図表2参照)。そしてこのコーポレートサステナビリティの実践には、通常の意思決定より長期的思考が求められるとともに、多様なステークホルダーからのインプットを考慮し、それを生かすことが求められる。そしてそのような戦略や取組みをステークホルダーに伝えることで、企業が長期的に価値を生み出す能力を持つことをステークホルダーに示すことが非財務情報開示の意味であり、昨今の統合報告の流れにつながっている。

(2)責任投資からESG投資へ

投資基準として財務面の健全性に加えて、組織の社会的・倫理的な側面の取組みも踏まえて投資先を選定する社会的責任投資の歴史は古く、1920年代に米国で発祥し、その後欧州に広がったと言われている。その後、2006年に提唱された国連の責任投資原則(UN PRI)が、「我々、機関投資家には、受益者のために長期的視点に立ち最大限の利益を追求する義務がある。この受託者としての役割を果たす上で、環境、社会およびコーポレートガバナンスといったESGの問題が投資ポートフォリオのパフォーマンスに影響を及ぼすことが可能であることと考える。さらに、これらの原則を適用することにより、投資家たちが、より広範な社会の目的を達成できるであろうことも認識している」とその役割を宣言したことから、広く「ESG投資」という概念が認識されるようになった。またUN PRIへの署名組織も年々増加しており、現在は5324の投資マネージャーおよび725のアセットオーナーがUN PRIに署名しESG投資を積極的に実践している 。

また国内においては2015年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がUN PRIに署名したことにより、ESG投資が急伸している。Global Sustainable Investment Allianceが発表しているGlobal Sustainable Investment Review 2020によると、日本国内における全運用資産に占めるESG投資の割合は2016年の3.4%から2020年には24.3%に急増している(2020年時点で欧州は41.6%、米国は33.2%)。またGPIFは2017年3月にFTSE Blossom Japan Index、MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数、MSCI日本株女性活躍指数を、そして2018年9月にはS&P/JPXカーボン・エフィシェント指数およびS&Pグローバル大中型株カーボン・エフィシェント指数をESG株式指数として採用することを発表しており、日本国内においてもESG格付けおよびその評価の源となる企業の非財務情報開示の重要性が高まっている。

(3)コーポレートサステナビリティとESG

昨今、ESGの取組みを加速させる、ESG情報開示を改善する、などと言われることがよくあるが、前述の通り、ESGとは元来は「ESG投資」という言葉の一部であり、企業が地球環境問題や社会的課題を踏まえ長期的視点で意思決定を行い実践することは「コーポレートサステナビリティ」の実践である。つまりは、図表2の全体像がコーポレートサステナビリティであり、この図の中における企業と株主・機関投資家/評価機関の間での取引がESG投資である。しかし、サステナビリティ、ESG、非財務といった言葉は現在ほぼ同意語として使用されている。

3.非財務情報開示基準

(1)非財務情報開示基準の変遷

企業にとってますます重要性が増している非財務情報開示であるが、では具体的にどのような情報が開示されているのだろうか。国内企業が非財務情報開示の基準として最も活用しているものは、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)のGRIスタンダードであり、多くの日本企業がGRIスタンダードに則って非財務情報を開示している。GRIは1997年にコフィ・アナン元国連事務総長によって提唱されたイニシアティブで、オランダに拠点を置く国際NGOである。GRIが策定するGRIスタンダードは、マルチステークホルダーを対象としたサステナビリティ開示基準であり、環境側面、社会側面、経済側面の様々な課題が網羅されている。そしてそれらの網羅的な開示項目の中から、企業は自社の中長期的な成長や発展に関連する項目を検討し、それらについて開示することが期待されている。このマテリアリティの原則は、現在の非財務情報開示における基本的な考え方となっている。また1990年代後半以降、長らくの間、企業はこのGRIスタンダードに基づいて、地域社会や一般消費者などのマルチステークホルダーに向けて開示することが一般的になっていた。

ところが2010年以降、ESG投資に対する関心の高まりを受けて、国際統合報告協議会(IIRC)やサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が設立され、マルチステークホルダーではなく、投資家を対象とした非財務情報開示のフレームワークが現れた。IIRCは、統合思考(組織内の様々な事業単位および機能単位と、組織が利用し影響を与える資本との間の関係について、組織が能動的に考えること)に基づき、組織がどのように長期にわたり価値を創造するかを説明するための枠組みである統合報告フレームワークを2013年に発表した。またSASBは、投資家にとって最も重要なサステナビリティの課題を特定・管理・報告することにおいて企業を支援することを目的に、77の産業別にそれぞれの産業における財務的に重要なサステナビリティ開示指標をSASBスタンダードとして2018年に発表した。それにより、ESG情報開示はマルチステークホルダー向けの開示のみならず、投資家向けの開示としてその重要度がますます高まってきた。

これらのスタンダード、フレームワークはいずれも強制力のない任意の基準ではあるが、PwCが2021年10月に日本を代表する日経225銘柄の225社を対象に実施した調査によると、75%の日本企業がGRIスタンダードを、また68%の企業が統合報告フレームワーク(通称<IR>フレームワーク)を、そして24%の企業がSASBスタンダードを参照し、情報開示を実践していることが明らかになっている。つまり、これら任意基準が現在企業がどのような非財務情報を開示するかを検討するにあたり、非常に重要な役割を果たしている。

そして、これらの自主的なスタンダードに加えて、近年では非財務情報開示の法制化の動きもある。欧州では、欧州委員会により企業の非財務情報開示の義務化に関する会計指令の改正(EU指令 2014/95/EU)が2014年12月に発行され、2016年12月よりEU加盟国は指令に基づく各国法規制を施行している。またこの指令がさらにアップデートされ、2023年1月には企業のサステナビリティ報告に関する指令(CSRD)が発効した。この指令のもとで、現在欧州委員会では欧州サステナビリティレポーティング基準(ESRS)の策定が進められており、一部の基準は既に公開草案が発表されている。

また2021年11月には国際会計基準を策定するIFRS財団より国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立が発表された。このISSBの設立に端を発し、先述のIIRCとSASBが合併し価値報告財団(Value Reporting Foundation:VRF)に統一され、さらにはVRFが2022年8月にIFRS財団に統合された。2022年3月にはISSBよりサステナビリティ一般および気候変動に関する開示基準の公開草案が発表され、2023年前半には基準の最終版が公表される予定である。

図表3:主要な非財務情報開示スタンダード

 

GRI

IIRC

SASB

設立

1997年

2010年

2011年

基準発表年

2000年

2013年

2018年

対象
オーディエンス

マルチステークホルダー

投資家

投資家

基本的な考え方

細則主義

原則主義

細則主義

ガイドライン/フレームワークの概要

  • 全産業共通の開示要求項目である共通スタンダードと、マテリアルな項目のみ開示する項目別スタンダードで構成
  • 一部産業(石炭など)において産業特有のスタンダードを策定
  • 統合報告書の基礎概念や内容要素を規定しており、統合報告書の作成フレームワークとして広く普及
  • 産業特有のサステナビリティ課題を考慮して77の産業別スタンダードを策定
  • 大きな特徴として主に具体的かつ定量的な指標で構成

出典:PwCあらた作成

(2)シングルマテリアリティとダブルマテリアリティ

2010年代以降、非財務情報はマルチステークホルダー向けではなく、投資家向けの情報であるという側面が強くなってきた。それを受けて、投資家向け情報開示とマルチステークホルダー向け情報開示の違いなども整理されてきており、それらはシングルマテリアリティ、ダブルマテリアリティと区分されることがある。シングルマテリアリティはフィナンシャルマテリアリティとも呼ばれ、つまりは社会や環境の変化が企業に与える財務的インパクトを意味する。一方でダブルマテリアリティとは、シングルマテリアリティの視点に加えて、そもそもの企業活動が社会や環境に与えるインパクトについても把握することが求められる(図表4参照)。

またこの考え方は図表5のように、投資家が期待するシングルマテリアリティとは「企業の価値創造にとって重要なサステナビリティの情報を報告すること」、そしてダブルマテリアリティとはそれに加えて「経済、環境、人々に重大なインパクトを与える企業活動について報告すること」と説明されることもある。

しかしシングルマテリアリティ、ダブルマテリアリティともに、非財務情報というのは企業の将来の財務情報に影響を及ぼす情報(プレ財務情報)であるというのが基本的な考え方であり、単に投資家を含むステークホルダーの意思決定に使われるということだけではなく、これらの重要な情報を企業が管理、把握するとともに、中長期的な戦略立案の意思決定に活用されることで、企業の長期的な成長つまりはコーポレートサステナビリティの実践に活用されることが期待されている。

おわりに

本稿では企業の非財務情報開示とは何か、その歴史とそれを規定するスタンダード、フレームワークの動向について概説した。

図表6の通り、1990年代~2000年代後半は、企業がマルチステークホルダー向けに「環境・CSR情報」を中心として積極的に情報開示を行っていたが、投資家がそれを基に意思決定を行うことはなかった。この時代、非財務情報の開示基準は存在したものの、財務報告からは完全に独立しており、非財務情報開示は「資本市場に向けたもの」とは言い難かった側面がある。とはいえ、基準が存在していたことから、基準策定機関もアクティブになっている。

2010年代になると統合報告フレームワークが登場し、非財務情報開示は投資家向けの側面が強くなり、投資家がアクティブになってきた。ESG投資が急速に進展する中、投資判断の際に非財務情報が重要視されるようになり、投資家が主要プレイヤーとして台頭してきた。ただ、開示基準は依然として非財務情報単独であり、基準を策定する機関が財務・非財務それぞれ乱立する一方、規制当局や証券取引所の関与はなかった。

そして、2020年代、IFRS財団のISSB設立によって財務・非財務が融合されようとしている。多くの国で非財務情報開示の法制化が議論され、まさに今「非財務情報開示に関わる全てのプレイヤーがアクティブとなった状況」が実現した。ここから真の意味で財務・非財務が統合された情報開示が行われ、それをステークホルダーが意思決定に活用していくという流れになっていくものと思われる。

①  数回の改訂を経て現在は「環境報告ガイドライン(2018年版)」が最新版。

② Robert Eccles, Ioannis Ioannou, George Serafeim(2011). The Impact of a Corporate Culture of Sustainability on Corporate Behavior and Performance.

③  Commision of European Communities(2002). Communication from The Commission concerning Corporate Social Responsibility: A business contribution to Sustainable Development

④ UN PRIウェブサイト2023年1月15日時点。

執筆者

田原 英俊

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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