急加速する経済社会のDXが迫る新たな銀行像―デジタル戦略推進のための提携・再編も選択肢に

2020-09-15

超低金利環境が続くなか、これまでも銀行は広域の店舗網と豊富な人員を生かした預貸金業務中心の伝統的な収益モデルからの転換を試み、デジタル戦略に取り組んできた。しかし、コロナ禍によって収益力は一層低下し、また経済社会のDX(デジタルトランスフォーメーション)が急速に進んだ結果、特に地方銀行はDXの時間軸を早める必要が生じている。そこで本稿では国内外の銀行のDX事例を紹介しつつ、ウィズコロナ時代に対応する銀行の新たなデジタル戦略を考察する。

コロナが浮き彫りにする貸出先の構造改革の遅れ

コロナショックを受け、取引先企業からの資金繰り支援要請に応える銀行の姿は、銀行の社会的役割の大きさを再認識させた。他方、それによって銀行のリスクアセットは増加し、与信費用の増加は避け難く、2021年3月期は純利益の下振れ懸念がある。

企業の借入れ意欲は依然旺盛である。全国銀行協会によれば、7月の全国銀行の貸出金残高(末残)は前年同期比6.9%増と、5月の同6.4%増、6月の同6.8%増に引き続き伸びている。貸出金残高の増加は貸出金利ザヤの縮小と有価証券の運用難に悩む銀行にとって、21年3月期の資金利益を下支えする要因として期待される。

日銀によるマイナス金利導入後、銀行は本業の預貸金業務の収益力低下に苦しむ一方、与信費用の減少(戻し入れ益の計上)と政策保有株の売却益によって、ボトムラインを底上げしてきた。足元では与信費用が戻し入れ益から費用に転じ、政策保有株の売却益も逓減しており、20年3月期決算を振り返っても、地方銀行を中心に本業の収益力(業務純益)の弱さが浮き彫りとなる決算が目立つ(図表1)。

今後、銀行の収益力低下に拍車を掛けるのが、コロナショックによる与信費用の増加である。企業の財務体力は、リーマンショック時や東日本大震災時と比べて強化されてきたものの、コロナショックを契機に、既存貸出債権のクレジット悪化に加え、緊急的な資金支援分のクレジット悪化が予想される。特に地方銀行の21年3月期の会社予想では、コロナショックに伴うクレジット悪化を与信費用に織り込んでいないケースが多く見られ、期中の与信費用の増加と純利益の下振れ懸念は払拭できない。

われわれが懸念するのは、(1)ホテル、観光、運輸等、人の移動の急減が直撃する産業、(2)デパート等の小売り、アパレル等、売上げ消失によってオンライン化をはじめとする構造改革の遅れが一気に露呈した産業、(3)海外向けの原油関連――などの貸出先である。構造改革の遅れという点では、CASE(注)対応が待ったなしの自動車部品産業も注視が必要だろう。

オンラインとオフラインの主従は逆転しつつある

構造改革を迫られるのは銀行も同様である。マイナス金利導入後、銀行は本業の預貸金業務の収益力低下に苦しんできたが、コロナショックで金利では稼げない業務環境がさらに長期化する見通しが高まった。店舗網を広域に展開し、人員を張り付けて預貸金業務を展開する銀行のビジネスモデルは、コロナ以前から見直しが不可避であったが、消費や仕事のオンライン化・リモート化といった社会のDXがこの数カ月で急加速した結果、見直しの時間軸が大幅に早まった。

図表2は、主な銀行のDXの取り組みを項目別に整理したものである。金融機関のDXは、(1)支店のミドル・バックオフィスの業務効率化、(2)顧客への提案や事務処理におけるデジタル端末の活用、(3)インターネットバンキング・モバイルバンキングの利用促進――などに力点が置かれてきた。これらの問題意識自体はコロナショックを経ても大きく見直されるものではなく、戦略の方向性は間違っていない。

〔図表2〕主なデジタライゼーションの強化項目

一方、特に支店の最前線では、2月下旬に報じられた銀行の支店における新型コロナウイルス感染者の発生から緊急事態宣言の解除に至る3カ月間で、支店の混雑回避、ATMの衛生管理、金融商品販売や貸出・ローン商品のオンラインシフトなど新たな課題が生じた。仮に、インフルエンザの流行期でもある今年の秋口から来年の春先にかけて新型コロナの感染が現在よりもさらに拡大すると想定すれば、同様の問題が生じる恐れがある。

現時点では、感染症対策の「検査と隔離」への抜本的転換は見込み難く、その際には、国民は再び自宅籠城せざるを得ないためである。銀行はすでに取り組んでいる項目と並行して、これらの課題への対応を加速する必要がある。

この数カ月間で、新型コロナの感染拡大に伴って生活のあらゆる場面でオンライン化・リモート化が進んだ結果、企業や個人、そして社会でDXが加速した。企業が顧客へサービスを提供する際も、オフライン(リアル空間)とオンライン(ネット空間)の関係が大きく変化している。従来は、オンラインはオフラインを補足するものであったのが、その後、両者の最適なバランスを模索する動きへ移行し、「オフラインがオンラインを補足する」方向へ急速にシフトしている。

この変化を金融面で支えているのがクレジットカードによるキャッシュレス決済である。三井住友カードが5月7日に発表した「コロナ影響下の消費行動レポート」によると、特にこの間、50代以上の中高年層、特に男性のEC利用が増加しており、この動きは今後も加速するだろう。一般に50代以上の中高年層は金融資産の蓄積も進み、銀行にとって収益が見込める顧客セグメントである。このセグメントで金融取引のモバイル化とキャッシュレス化が進み、感染症対策からコンタクトレス(非接触)化が定着すれば、「低採算取引はATMとモバイルバンキングで、高採算取引は支店の対面取引で」という銀行の店舗・オペレーション戦略は再構築が必要になる。加速する社会のDXに気付き、事業構造改革をいち早く進めることができるかが、銀行の未来を左右しよう。

こうしたなか、銀行にとっては、急速なDXの進展に対応するための提携や再編が今後の重要な経営の選択肢となろう。われわれは、業績悪化に伴う「追い込まれた」提携・再編よりも、DXの進展を契機とした提携・再編の方がトップの経営判断を強力に推進すると考えている。ただし、これは「未来を先取りした」提携・再編ではない。喫緊の経営課題の解決に向けた「時間を買う」提携・再編と捉えるべきである。

国内外の銀行のDX事例

クラウド化を軸に「来店不要」を目指す北國銀行

国内銀行のDXの先行事例として、数年前からカード事業とシステム投資の分野で先進的な取り組みを行っている北國銀行を取り上げたい。

カード事業では、同行はビザのプリンシパルメンバーとして、銀行本体で加盟店業務を手掛け、ビザデビットを展開している。クレジットカード子会社ではなく、経営資源に勝る銀行本体が取り扱うことで、カード事業が銀行リテール業務の本丸であるというメッセージを行員に植え付けるとともに、加盟店(法人顧客)とのリレーションの強さを生かした事業展開が可能となる。銀行本体での加盟店業務はコロナショック以前からの同行の先駆的な取り組みだが、キャッシュレス化・コンタクトレス化を銀行本体が推進する観点から、銀行のDXの文脈で捉えることができよう。

同事業の実績は順調に拡大している。20年3月期のデビットカード発行枚数(累計)は、前期比5万2,000枚増の20万6,000枚、カード加盟店数(累計)は同2,035件増の6,113件と、石川県を中心に北陸圏のキャッシュレスプラットフォームの整備をハイペースで進めている。

20年3月期のカード決済額は同2.2倍の329億円、カード業務利益は同42%増の7億6,200万円と、同行の役務取引等利益の13%を占めた。同様の事例は、GMOあおぞらネット銀行等でも見られ、今後の動向に注目したい。

北國銀行はITシステムの重要性を強く認識する地方銀行の一つである。昨年、計画期間が18年4月〜21 年3月の3カ年から24年3月までの6カ年に延長された新中期経営計画では、ITシステムを軸に戦略を構築している。同行は、ITシステムのクラウド化をインターネットバンキングから始め、その後は基幹システムへ段階的に進めていく計画である。並行してサブシステムの統合・内製化も進め、システム償却、更改投資、運用・保守コストを削減し、システムコストの軸足を保守から戦略的開発にシフトする計画である。また、すべての店頭取引をインターネットバンキングで完結可能とする計画で、将来的には取引だけでなく相談もウェブで完結し、顧客の来店を不要にする体制を目指している。

同行が打ち出したITシステムのクラウド化は、当初は銀行業界で異端視されたが、今や業界の認識自体が変わってきた。クラウドサービスの活用による開発費用の削減と開発期間の短縮化の効果が無視できないためである。足元でも、大手IT企業がAPI(Application Programming Interface)をクラウド経由で提供するサービスをリリースし、システムの要件が共通する場合には複数の金融事業者によるAPIの共通利用が可能となる。業界内のシステム連携のニーズに対応することが狙いで、今後、クラウドサービスの活用が広がることが見込まれる。また、中堅中小企業においてもコロナショックを契機にITシステムのクラウド化を進め、リモートワークを進める動きも活発になっている。

DXを契機に再編を行った米銀持ち株会社

DXを起点に銀行がデジタル戦略を転換する動きは、今後の再編の重要なトリガーとなると考える。実際にDXが再編の契機になった米国の事例を紹介したい。Truist Financial Corporation(トゥルイスト)は、米国ノースカロライナ州シャーロットに本社を置く銀行持ち株会社である。19年12月にノースカロライナ州のBB&T(Branch Banking and Trust Company)(資産規模で全米11位)が、ジョージア州のサントラスト・バンクス(同12位)を買収し、トゥルイストが設立された。トゥルイストは資産規模で全米6位に位置付けられている(19年12月末時点)。

BB&Tとサントラスト・バンクスはいずれも優良地銀として知られ、合併は業績不振や資産の質の劣化によるものではない。両行を合併に導いた動機にはDX、すなわち、IT投資の捻出がある。トゥルイストの合併後のIRプレゼンテーションを見ると、人件費、システム・バックオフィスの統合、支店の統合等でコスト削減を進める一方、テクノロジー&デジタルイノベーション、従業員、ブランディングへの投資を進め、差し引き16億米ドル(約1,700億円)のコスト削減を実現する計画とある。

トゥルイストはヒューマンタッチとテクノロジー (touch and technology) の適切な組み合わせを顧客に提供することを目標としている。DXによって導かれた合併は早くも成果を上げている。例えば、トゥルイストのモバイルバンキングアプリ(前身はBB&Tの「U by BB&T」)は20年6月にJDパワーの米大手銀行モバイルアプリ満足度調査 (2020 U.S. Banking Mobile App Satisfaction Study) で第1位となった(第2位はCapital One)。同様に、オンラインバンキング満足度調査 (2020 U.S. Online Banking Satisfaction Study)ではJPモルガン・チェース銀行に次いで第2位となった。

DXの加速を誘因とした金融機関の提携・再編は今後も増加する可能性が大きいと考える。特に地方銀行は、「モバイル、キャッシュレス、コンタクトレス」という顧客のニーズ変化のスピードに追いつくため、他の金融機関やテック企業を含む非金融業との提携を経営の選択肢に入れることが望ましい。

また、社会のDXの加速は都市の在り方も変える。わが国では1970年代以降、大都市圏への「過度の集中」を制御する政策が採られてきたが、21世紀以降は、これが東京を始めとする大都市の生産性を低下させたとの指摘から、大都市の生産性と魅力を高める政策へ転換した。しかし、コロナショックとDXはこうした政策を再度転換させる可能性を秘めており、デジタル戦略の巧拙が地域の生産性や魅力を左右する時代となるだろう。金融機関、とりわけ地方銀行がそこで果たす役割は大きい。

(注)
Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の各領域における技術革新。

執筆者

守山 啓輔

ディレクター, PwCアドバイザリー合同会社

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※本稿は、金融専門誌「週刊金融財政事情」8月31日号の寄稿を一部加工の上転載したものです。

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