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2022-10-13
昨今、パーパス経営(Purpose-driven Management)という言葉を聞くことが多いのではないだろうか。サステナビリティが重要アジェンダとなる中、あらためて自分たち・自分たちの会社は何のために存在するのかを考える、そしてその存在意義を発揮するための事業を行うことがパーパス経営の基本的な考え方となる。本号より3回連載で『顧客体験を変えるデジタルマーケティング』について寄稿させていただく。我々はどのような体験を顧客にもたらすべきなのか。それがどのような社会貢献となっていくのか。まさにこのテーマはパーパス経営とコンテクストをひとつにするものであり、本連載をとおして、今後、どのようなデジタルマーケティング戦略を構築・実践していくべきなのか、皆さんと思考を深められれば幸いである。
連載の各回のテーマは「1:顧客体験をどう考えるか」、「2:デジタルマーケティングの設計のポイント」、「3:医師の想いにどう答えるか」となり、早速、第1回の内容に入っていきたい。
はじめに、分かるようで分からない「顧客体験とは何かを」考えたい。一般的に、顧客体験とは「顧客が製品やサービスに関心を持つタイミングを起点に、顧客が自社との接点を持つ中で、その顧客が自社に対して持つ評価(体験をとおしてできあがっていく評価)」と定義できる。そして、この定義を聞いて多くの方がこう思うかもしれない。「カスタマーサクセスと何が違うのか」「顧客満足と同じではないか」「何年も前からそう考えて様々なことに取り組んできているが・・・」。
そこで、顧客体験を構成する要素を整理してみたい。まず重要なことは「顧客起点」である。顧客の行動に焦点をあてるということだ。当たり前に聞こえるかもしれないが、実は、製薬に限らず多くの企業とのお付き合いから見ても、当たり前と言える状況にはない。例えば、マーケティング戦略構築時にユーザーのジャーニーを描く際、「(戦略の対象となる)製品の存在を知り、興味を持ち、その後に第一の選択薬になるまでのジャーニー」を描いているケースがまだまだ一般的だ。しかしながら、これは顧客起点ではなく製品起点である。「いかに効率的・効果的に販売するか」というアプローチである。顧客起点で考える場合は「顧客(例えば医師)の1日や1週間、1ヶ月等の生活」という視点からジャーニーを描いていく必要がある。嗜好性を反映したチャネルミックスの最適化といった類のことではなく、MRとのちょっとした会話から、コールセンターとのやり取り(ボタン操作からその後の会話まで)、視聴した動画コンテンツの質まで、各顧客接点が積み重なってできあがる総合的な評価、つまりブランドイメージに近いものと考えてほしい。
もうひとつ重要な点は「継続的な関係性」となる。スナップショット的に一部のシーンを切り取りそこでの満足度向上を目指すのではなく、また、断続的に行われる各イベントの評価をいうのではなく、継続的な関係性の中で顧客にどう貢献し、どのような評価を得ていくのかが重要となる。例えば、友人や同僚との関係のように「人と人の関係(人間関係)」として捉えるとその意味をイメージしやすいかもしれない。
いずれの点においても、顧客体験の強化は、まさに顧客にとっての自社の存在意義を自問自答し続けていくような取り組みとも言えそうだ。
なお、顧客体験という考え方はサブスクリプション型、つまり顧客との中長期的な関係の中で利益の最大化を図るビジネスの隆盛とともに広く認知されてきているものであることを補足しておく。
上述のとおり、顧客体験が「顧客起点」であり「継続的な関係性」であるとしたとき、自社の取り組み(自社都合の表現となるが、いわゆる顧客戦略)をどのように設計することになるのだろうか。その設計プロセスへの影響を述べたい。
言い古された表現だが、「顧客起点」の実現には、まずは「顧客の立場から考える」、そのために「顧客の声を聴く」ことが重要である。例えば、消費財のマーケティングであれば、着想を得る場面でもテストマーケティングにおいてでも徹底的に顧客インタビューを行う。デジタルサービスのプロダクト開発でも同様だ。モック(模型)を作り、それをユーザーにどんどん触ってもらう。顧客が良いと言ったものが良いのである、なぜなら、評価するのは顧客だからである。ただし、ここで捕足したいのは「顧客の声を聴くことは、言っていることを鵜のみにすることを意味しない」ということである。人は自分の行動の意味を必ずしも明示的に理解していない。だからこそ、モックを触ってもらうことに意味があるのだ。顧客の行動を観察する、顧客と対話する、仮説を試してみる、そういった行動の質と量が重要となる。
なお、スタートアップ企業の失敗の原因で最も多いのは「そもそも、そのサービス・プロダクトにニーズがない」ことという調査結果もある*1。また、大手通信キャリアでデータ分析(Advanced Analytics)から離脱可能性の高い顧客を特定し、その顧客に自社のどこに不満があるかをヒアリングした上で、顧客にあったサービスを提供することで顧客離脱率10%減、ネットプロモータースコア40%上昇、新規ライン顧客数40%増等を実現した事例もある*2。
一方、筆者は20年弱、製薬の営業・マーケティングに携わってきているが、製品ローンチに際してのマーケティング戦略構築時以外に徹底的な顧客インタビューを行うケースは少ないように思う。また、自社の情報提供の「質」の評価について、インタビューのような定性分析ではなく定量分析においても、年に1度もしくは2度、ホワイトペーパー(白書と呼ばれるもの)を読んで一喜一憂するにとどまるケースは枚挙にいとまがない。
顧客のニーズ等を満たすコンテンツ(情報内容)を見つけるには、自分が顧客ではない以上、トライアルアンドエラー、つまりPDCA(仮説検証)を繰り返し、勘所を探り当てるしかないと考える。しかしながら、実際には顧客ニーズを充足する策をPDCAの繰り返しから探索する製薬メーカーは少なく、ここに大きな改善余地・成長機会があるとも言える。
なお、ディテールがウェブに移行する中でターゲット医師のカバー率の低さ(対面ディテールが当然だった数年前の同カバー率との比較)に悩む企業も多いが、「会う価値がある」と思われているか否かがカバー率として表れているとすると、このPDCAの繰り返しが目先のターゲット医師カバー率に関する問題の解決にもつながると考えられる。
ここで考えるべきことは「時間軸」の変化だろう。個々のイベントにフォーカスし過ぎることなく、中期的に(少なくとも短期的ではなく)顧客接点の積み重ねの中で目指す評価・目指す認知状態に到達することを考えなければならない。
少し遠回りに聞こえるかもしれないが、一度、皆さん自身の経験を振り返ってみていただきたい。自分にとってイメージの良い人、製品・サービス、ブランドはどのようなものだろう。筆者自身について言えば、長年愛用している電気製品メーカー、旅館、レストラン、海外に住んでいた時に使っていた某銀行等、10から15ほど、すぐに頭に思い浮かぶものがある。そして、それらに共通する要素をあらためて考えてみると「顧客(私)への思い」「良いサービスを提供しようとする姿勢(実際にそれを積極的に実行)」「それらの背後にあるストーリーや思い、そして努力」「私をサポートしてくれていることへの感謝」といったものとなる。つまり、「私を想ってくれるこ とへの感謝」と「同じプロフェッショナルとしての共感・尊敬」といった感情を抱いているように思う。皆さんはいかがだろうか。
顧客体験の設計における「継続的な関係性」を捉える際、「人間性の尊重」という視点が何よりも重要と考える。様々な顧客接点が「人と人との関係」を維持・強化していくことにつながるようなものにすべきなのではないだろうか。もちろん、顧客と関係を構築するのは営業担当者にとどまらず、会社自体も人格化してどう人間関係を強化していけるかを検討することとなる。筆者が所属するPwCコンサルティングも当然、サービスを提供する会社であり、これは自問・自省するところでもあるが、どれくらい顧客を思えているだろうか、どれくらい顧客の思いを知ろうとしているだろうか。まずは「その人を思う(思いを馳せる)」「その人の思いを知る」ことが重要であり、それが「共感・感謝・尊敬・信頼(Trust)」といった感情を生む、その一連の流れを検討するのが顧客体験の設計の最初の成功の鍵なのだろう。
筆者自身も様々な医師と関わってきたが、研修医の際に余命の短い患者さんから言われたことを胸に何十年も仕事をしてきている医師、デスクの引き出しに患者さんや患者さんの家族からもらった手紙を大切に保管している某国立大学教授(キーオピニオンリーダー)等、思いの強い方と何人も出会ってきた。医師には特にそのような強い思いを持たれている方が多いようにも思う。医学部に合格し、国家試験を突破し、その後もあれだけハードワークをしてきている方々であり、当然のような気がする。そういう医師を「自社品のユーザー」ではなく「ひとりの人間」として捉え、また、顧客接点を持つ全員がプロとして顧客と信頼関係(Trust)を構築することが、良い顧客体験の設計に不可欠なのではないだろうか。
なお、蛇足ではあるが、私たちPwCコンサルティングの製薬マーティングチームのビジョンは「患者を想う医師を支援するマーケティングの実現」であり、「医師を1人の人間と捉える」「医師のウェルビーイングへの貢献をとおして医療界に貢献する」ことを目指している。(図)
ここまで顧客体験とはどのようなものなのかを考えてきた。一般的な定義は「顧客が製品やサービスに関心を持つタイミングを起点に、顧客が自社との接点を持つ中で、その顧客が自社に対して持つ評価」であり、それを本質的に理解するためのキーワードは「顧客起点」と「継続的な関係性」だった。
次号で「顧客体験を変えるためのデジタルマーケティング」の設計のポイントについて書くが、その頭出しを兼ね、顧客体験の設計や提供(プランの実行)に関して良い事例と悪い事例、それぞれに共通する点をご紹介したい。また、それらが製薬メーカーの提供する顧客体験にどのような示唆をもたらすのかを考えたい。
先述のとおり、顧客体験が評価とすると、得たい評価を獲得するには極端なくらいの取り組みが必要だろう。そうでなければ顧客に抱いて欲しい印象を抱かせることは難しい。例えば、顧客体験に優れたレストランでは過去に訪問した際にオーダーしたメニューや好みにとどまらず、どのような会話をしてきたかまでお互いに覚えている。信頼が置ける営業に対しても同じことが言える。連綿とした会話の中に今この瞬間が成り立っている。そしてそのことが随所から伝わってくるのだ。相当な思いと準備と努力、その積み重ねがなければ自然に相手に伝わるレベルにはならないのではないだろうか。恐らく中途半端ならやらない方が良いだろう。
また、別の観点では、これもレストランやテーマパークの例えが分かりやすいと思うが、予約・購入から帰路に就くまで、どこにも期待を裏切る箇所がない(隙がない)ということも重要である。顧客はそこにストーリーを感じるし、感動を覚えるのだ。首尾一貫しているからこそ素晴らしい顧客体験を得られる・提供できるのだと考える。
なお、よく知られた事例を紹介すると、某有名テーマパークではチケット購入をオンライン化し(会員登録必須)、チケット事前購入から来場、アトラクション利用、飲食、退場、リピート購入・来場といった一連の流れを顧客単位で把握し、Advanced Analyticsも活用しながら各接点を顧客タイプ別に強化していくことで顧客体験の強化を実現している*4 。
経営者の「顧客体験を強化せよ」という掛け声で終っているケースも散見される。また、こういったケースでは「何が望ましい顧客体験なのかは、各現場で判断し、各人が自身の持ち場でベストを尽くしましょう」と言っているケースもセットとなって現れることが多い。しかしながら、それは思考停止しているのではないだろうか。経験上、こういったケースでは高い確率で顧客体験の強化へのチャレンジは失敗する。現状の延長線上でしか事業運営されないこととなる。
繰り返し述べているように顧客体験とは顧客から得られる評価であり、まさに「自分たちは顧客からどのように評価されたいのか」「顧客からどのように存在意義を認められているのか」である。そう考えると、もちろん関係者全員がそれぞれに努力すべきだが、顧客体験の強化を従業員の自主性だけに任せるという選択肢は存在しないはずだ。なお、前出の大手通信キャリアの事例はこの「従業員の自主性に任せる」ことをやめた事例でもある。
まず自分たちは顧客からどのように評価されたいのか、どのように存在意義を認めて欲しいのかを定義する必要があるだろう(存在意義自体を問い直すことが必要なケースもあるかもしれない)。
次になすべきは、いよいよデジタルマーケティング戦略の設計に一歩近づくが、製品起点ではなく、顧客起点のカスタマージャーニーを描くことである。「1人の人間」である顧客(例えば医師)が起床から就寝までどのように1日を過ごすのか、また、1週間・1ヶ月を過ごすのか。どのシーンにどういう顧客接点があるのかを可視化したい。
そして次が、各顧客接点でどのような価値を提供すべきなのか、またそれを提供する方法を具体的に設計することとなる。設計のポイントは「Who, What, How」の定義で、誰に何をどのように提供するのかを具体的に設計し、かつ、各顧客接点における提供価値は自社が得たい評価の獲得に十分なものとなっているかを確認する必要がある。各接点での体験がそれぞれに十分であること、全接点をとおして得られる体験が十分であることの双方を担保していく。
最後がPDCA、特にC(Check:効果検証)の設計である。この取り組みが顧客体験の強化につながっているか、つながっている場合、いない場合のそれぞれの要因は何で、どこを完全にすれば当初の目的が達成される可能性が高いのかを知り、継続的に学習が行われる仕組みを作らねばならない。筆者は、PDCAの中で最重要な点がどこかと問われれば、これまでの経験からCだと考える。結果の確認、つまり結果自体にこだわらないケースで、十分な質のP(Plan:計画)や十分な量のD(Do:実行)が行われているケースはほとんど見たことがない。デジタルマーケティング戦略の構築段階で成果の評価および継続的な学びの仕組みを入れ込んでいくことが肝要と考える。
次回は、先行事例からの学びも含めながら具体的なデジタルマーケティング戦略の構築方法について述べていきたい。
*1 「世界基準で学べるエッセンシャル・デジタルマーケティング」技術評論社
*2 「Harvard Business Review January 2020」
*3 Cx:Customer Experience
*4 「Harvard Business Review January 2020」
ミクスOnline https://www.mixonline.jp/
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馬場 大輔
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