【2020年】PwCの眼(9)自動車・モビリティ産業に求められる「両利きの経営」

2021-01-12

新たな競争軸を有する製品・サービスの導入を通じて新規市場が創造される「破壊的イノベーション」への順応方法として、既存事業を維持しながら、イノベーションを起こす「両利きの経営」が着目されている。本稿では、自動車・モビリティ産業において両利きの経営が求められる背景、取り組みの意義、移行する上で想定される課題を論じたい。

両利きの経営が求められる背景には、必需品相当かつプロダクトライフサイクルが長い自動車・モビリティ産業がCASE・MaaSといった破壊的イノベーションを迎えていることがある。日本自動車販売協会連合会、米国自動車イノベーション協会、中国汽車工業協会、ドイツ自動車工業会によると日米中独の2020年1~9月の累積新車販売台数は、前年同期比で7%から25%程度落ち込んでおり、翌年以降も先行きは不透明である。しかし、逆にいうとこれは産業にとって大きな打撃となる事象が発生したとしても一定の需要が存在し続けたということだ。10年単位のプロダクトライフサイクルも相まって、既存完成車・部品事業の多くが直ちに消失することは想定しにくい。一方で5G化、将来的な内燃機関車の販売禁止などCASE・MaaSを後押しするマクロ環境が着実に整いつつある。すなわち、自動車・モビリティ産業では、既存事業の収益回復・維持を図る「深化」と、新規事業の「探索」を両立することが求められているのである。

両利きの経営に取り組む意義は、変革を全体最適に推進する上でのメルクマール(指針)となることだといえる。前稿までに述べたように自動車・モビリティ産業では、①既存自動車事業の顧客体験を見直し、顧客生涯価値を獲得する「CX」②異業種間競争・共創を通じてモビリティ関連市場を獲得する「MX」③レジリエンスを持つオペレーティングモデルの構築に向けてデジタル技術を活用する「DX」などの変革が進められつつある。ただし、指針が無い中では3点が個別最適のもとに進む可能性が高く、特に新しい領域への挑戦である「MX」などは短期で収益化を達成することが難しいため、他領域に比して軽視される懸念があるだろう。

両利きの経営に移行する上では、経営陣の戦略、管理指標、共通のアイデンティティーを形成することが前提条件となる。まず、両利きの対象を明確化するためには既存事業の競争環境だけでなく、産業構造変化に基づく新規事業機会にも着目した戦略が求められるだろう。次に、既存事業と新規事業それぞれの特性に応じた管理指標となるKGI(Key Goal Indicator)およびKPI(Key Performance Indicator)が必要だ。最後に、管理指標に基づき最適に再配置・獲得した社内・社外リソースが協業する上で、企業体として共通のアイデンティティーを形成することが望ましい。長期的視点に立った戦略立案や新規事業を包含した共通のアイデンティティーを描く上で、経営者は、「自動車完成車メーカー」「自動車部品メーカー」などというプロダクトの枠を超えた自社の存在意義を改めて再定義することが求められる。

上記のような両利きの経営は「内科的療法」と言えるが、そのような打ち手に加えて事業再編といった「外科的療法」も時に必要となる。次稿では自動車・モビリティ産業における事業再編について論じたい。

執筆者

寺島 克也

阿部 健太郎

シニアマネージャー
PwC Strategy&
kentaro.abe@pwc.com

※本稿は、日刊自動車新聞2020年12月26日付掲載のコラムを転載したものです。

※本記事は、日刊自動車新聞の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

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