生成AIの活用(7)

ヘルスケア業界 暗黙知から形式知への変換カギ

ヘルスケア業界は生成AI(人工知能)がもたらすインパクトに大きな期待を寄せる業界の一つだ。背景として、医療ビッグデータの利活用などのさまざまなニーズに起因し、ヘルスケアが元来AIへの投資やサービス開発が活発な領域であることがあげられる。

さらに学術論文や臨床文書、医療従事者・患者向けの情報提供資材や関係当局への申請・報告書類といった多岐にわたる文書を法規制や業界ルールに準拠しつつ作成する機会が多いという業界特性が、生成AIの機能にマッチしていることも一因となっていると考えられる。

実際、ビッグテック各社が医療従事者向けの臨床文書作成サービスや医療・生物学分野に特化した大規模言語モデルの開発を進めていたり、米国の大手病院が生成AIによる医療データ検索基盤を試験導入したりと、具体的な取り組みが次々と登場している。弊社もさまざまな製薬企業・医療機器メーカーなどに生成AIの導入検討や検証を支援しており、一部のユースケース(活用事例)に関しては独自に技術検証やアプリケーション開発も進めている。

生成AIは医療機関・製薬企業・医療機器メーカーといったヘルスケア業界のあらゆるプレイヤーのバリューチェーン全体にインパクトをもたらす可能性がある。ごく一部の例をあげると、医療機関では生成AIが医師国家試験の合格点に達した事例や、患者とのコミュニケーションで生成AIが部分的に医師を上回る評価がなされた研究事例もあり、将来医師の業務に大きな変化をもたらす可能性が示唆されている。

製薬企業では創薬で生成AIを活用し設計された候補化合物が第2相の治験(臨床試験)に進んだ事例や、臨床開発領域で生成AIモデルを用いた治験の結果予測ツールが開発された事例がある。ほかにも営業やメディカルアフェアーズ(MA)、ファーマコビジランス(PV)の各業務領域に特化した用途やツールの開発や検討も進んでいる。

もちろんこれらの事例はいずれも初期段階であり、広く実用化されるまでには多くの課題や検証・改善の余地が残されている。

例えば、生成AIの特徴の一つであるハルシネーション(一見それらしいが誤った内容を生成してしまう現象)への対策は、人々の健康や生命に直結するヘルスケア業界では特に重要である。医療情報を生成するうえでは、仮にその大部分が正しくとも致命的な誤りが一点含まれているだけで重大な結果をもたらしてしまいかねないからだ。

また前述のように各種文書の多くは法規制や業界ルールにのっとり作成する必要があるが、法規制や業界ルールの原典は抽象的で曖昧な表現となっている場合も多く、生成AIにこれらをインプットするうえでは暗黙知をいかに形式知に変換できるかがポイントとなってくる。

加えて学術・専門用語などが難解なため、一般的な言語モデルの活用には限界があると考えられ、ヘルスケア特化のチューニングを施したモデルの開発も各所で進められている。

このように大きな期待が寄せられるヘルスケア領域での活用について、実際は何がどこまでできるのかを理解するためにも、技術・非技術の検証ポイントを明らかにし、早期に検証を進めることが重要である。

ヘルスケア業界への生成AI導入におけるポイント

ハルシネーションへの対策

医療にかかわる情報を生成するうえでは仮にその部分が正しくとも致命的な誤りが1点含まれているだけで重大な結果をもたらしてしまいかねない

法規制・業界ルールの準拠

法規制や業界ルールの原典は抽象的で曖昧な表現となっている場合も多く、生成AIにこれらをインプットするうえでは暗黙知をいかに形式知に変換できるかがポイント

難解な学術・専門用語

一般的な言語モデルの活用には限界があると考えられ、ヘルスケア特化のチューニングを施したモデルの開発が必要

執筆者

展 天承

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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※本稿は、日経産業新聞2024年2月15日付掲載のコラムを転載したものです。記事本文、図表は同紙掲載のものを一部修正/加工しています。
※本稿は、日本経済新聞社の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。


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