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PwC弁護士法人のタックスローヤー(税法を専門とする弁護士)は、税務コンプライアンスを意識した経営を志向される企業の皆様のニーズに応えるため、付加価値の高い総合的なプロフェッショナルタックスサービス(税務アドバイス、事前照会支援、税務調査対応、税務争訟代理等)を提供しています。PwC Legal Tax Newsletterでは、当法人のタックスローヤーが、企業の取引実務や税務上の取扱いに影響し得る裁判例・裁決例その他税法に関するトピックを取り上げて、その内容の紹介や解説をします。
上場会社の事業再生局面においては、債務超過の解消や資金調達を目的として株式が発行され、会社の実情を踏まえて、その発行価額が市場株価を下回る事例も散見されるところ、実務上、かかる株式の引受人における有利発行課税の問題に焦点が当たることは少なかったように思われます。
しかしながら、近時、かかる問題が争点となった事案について裁判所が判断を示し、有利発行課税を内容とする更正処分が適法である旨判示されました。
かかる判示は、事例判断ではありますが、今後の実務に影響し得る判示も見られるため、その内容をご紹介します。
東京高判令和5年8月2日未公表(以下「令和5年東京高判」という)に係る事案の概要は、以下の通りです。
(ア) A社は、マザーズに上場していたが、平成21年7月期に債務超過に陥り、平成22年7月期末までに債務超過を解消できない場合には、上場廃止となる状況に陥った。
(イ) かかる上場廃止の回避のため、同年6月29日、A社についての事業再生ADR手続(これに係る事業再生計画を「本事業再生計画」という)が成立した。
(ウ) 本事業再生計画に基づき諸施策が講じられたものの、A社は、再度、平成24年7月期に債務超過に陥り、平成25年7月期末までに債務超過を解消できない場合には、上場廃止となる状況に陥った。
(エ) そこで、A社は、大株主であり、代表取締役等を歴任した控訴人に対して融資を要請し、平成25年3月から同年6月に掛けて、控訴人からA社に対して、合計4億5,000万円の貸付が行われた。
(オ) その後、A社は、平成25年7月期末までに債務超過を解消するために、控訴人に対して追加出資を要請し、下記の内容の株式発行(以下「本件発行」という)が行われ、A社の債務超過は解消された。
・募集株式の種類/数:普通株式/8,955,224株
・払込価額:1株につき134円(以下「本件払込価額」という)
・出資の目的とする財産の内容及び価額:控訴人のA社に対する4億4,999万9,872円の債権及び750,000,144円の金銭(合計1,200,000,016円)
・払込等日:平成25年7月31日
(カ) 本件発行の決定について、A社の取締役会決議は平成25年7月3日(以下「本件取締役会決議日」という)に行われ、株主総会決議は同月30日(以下「本件株主総会決議日」という)に行われた。
(キ) 本件払込価額は、東京FA(令和5年東京高判にて用いられている略称である。以下同じ)が作成した株式価値算定報告書(以下「東京FA報告書」という)記載のA社普通株式(以下「A株式」という)の評価額の下限値であった。
(ク) 東京FA報告書は、平成25年5月31日を基準日として、A株式の価格の算定結果を報告したものであるところ、市場株価法に基づき算定した価格の幅とDCF法による算定した価格との平均値により、A株式の価格の幅を算定したものであった。
(ケ) A株式の市場株価の終値は、平成25年7月3日(本件取締役会決議日)前の1ヶ月間の平均値が約398円であり、同月30日(本件株主総会決議日)前の1ヶ月間の平均値が約414.25円であった。
(コ) その他、A社の資金繰り、財政状態、経営成績及び事業の見通し等並びにA社による情報開示の内容についても、詳細な事実認定がされている。
令和5年東京高判に係る事案においては、本件払込価額が所得税法施行令(平成28年政令第145号による改正前のもの。以下同じです)所定の「有利な金額」に該当するか否かが問題となりました。
「有利な金額」への該当性の判断基準についての判示の概要は、以下の通りです。
令和5年東京高判は、上場株式の払込価額が「有利な金額」に該当するか否かの判断基準について、次のように判示します(以下、この基準を「原則基準」といいます)。
「決定日現況価額から払込価額を控除した差額が決定日現況価額の10%相当額以上であるか否かをもって『有利な金額』といえるか否かを判定することが所得税法施行令84条5号の解釈として合理的なものである」
その上で、「決定日現況価額」(以下「決定日現況価額」といいます)については、「払込価額決定日における市場価格を重視する一方で、これが異常な値動きにより一時的に形成された価格である可能性があることを踏まえ」て、次のように判示されています。
「両者〔筆者ら注:払込価額決定日における市場価格と同日前1ヶ月間の平均株価〕のうちいずれか低い額」
この点、払込価額決定日前1ヶ月間の平均株価を参照する点は所得税基本通達(以下「所基通」といいます)23~35共-7における例示を踏まえたものであり、「10%相当額以上であるか」との点(以下「10%基準」といいます)は金融商品取引所の実務において採用されている第三者割当増資指針(以下「第三者割当増資指針」といいます)を踏まえたものである、とされています。
また、払込価額決定日における市場価格と同日前1ヶ月間の平均株価のうちいずれか低い額を用いる点については、それが「謙抑的な判定方法である」と判示されています。
但し、令和5年東京高判においては、原則基準の使用について、「そこで〔筆者ら注:決定日現況価額として〕用いられる市場価格(終値)が異常な値動きにより一時的に形成されたものであり、これを払込価額の決定の基礎とすることができない特段の事情がない限り」との留保が付されており、「特段の事情」(以下「特段の事情」といいます)の有無については、次のように判示されています。
「終値が、異常な値動きにより一時的に形成されたもの、すなわち、当時の株式市場の合理的な期待を反映したものとしておよそ説明することができないものといえるか否かを検討すべき」
なお、特段の事情が存する場合の「有利な金額」への該当性の判断基準については、特段判示されていません。
令和5年東京高判に係る事案は、原則基準を使用する場合には本件払込価額が「有利な金額」に該当することは明らかな事案であったため、特に特段の事情の有無が問題となりました。
この点、結論としては、「特段の事情があるということはできない」と判示されているところ、かかる結論に至る過程においては、概要、以下の点等が考慮された上で、「A株式の市場価格は、株式市場で形成された合理的な期待を反映したものとしておよそ説明することができないほどに高騰していたということはできない」と判示されています。
① A社の財政状態等が、その時々における将来の見通し(業績回復の見込み等)も含めて、どのように推移したか。
② 前記①の財政状態等(将来の見通しを含む)が、投資家に対して適時に開示されていたか。
③ (決定日現況価額として参照される期間の前後も含めて)株価及び出来高がどのように推移したか。
更に、令和5年東京高判においては、控訴人の主張を排斥するために諸々の判示がされているところ、以下、かかる判示のうち、特に注目すべきと考えられるものを引用します。
① 「市場価格法による算定結果とDCF法による算定結果とを単純に足し合わせて2で除した幅としてA株式の価値を算定する東京FA報告書の算定方法は、最も客観性の高い市場価格(終値)を不当に軽視するものといわざるを得ないし、東京FA報告書の算定結果には1株当たり134.41円から243.41円という幅があるにもかかわらず、あえてその下限値を払込価額として決定することについて十分な合理性があるとは認められない。また、東京FA報告書の採用するDCF法には将来FCFや割引率等についての種々の仮定が置かれているにもかかわらず、そうした仮定がどの程度客観性のある数値によって基礎付けられたものであるかは必ずしも明らかでないことに加え、本件発行後のA株式の市場価格の推移…に照らしても、上記DCF法により算定された1株16.21円という価格は余りに低廉であり、株式市場における実際の終値以上に十分な客観性を有するものであるとは認められない。これらのことからすれば、東京FA報告書の算定結果の下限値をもって本件株式の払込価額としたことは、当時のA社の財政状態、経営成績、事業の見通し等に照らして合理的であったとはいえない。」(以下「本件判示①」という)
② 「本件発行等に係る議案が本件臨時株主総会において圧倒的多数で承認可決されたという点は、A社の既存株主の圧倒的多数において、本件発行等により株式価値の希釈化が生ずることになるとしても、A社の上場廃止を回避することを望んだということを意味するにとどまり、そのことによって1株134円という本件株式の払込価額が『有利な金額』であるといえなくなるわけではない。」(以下「本件判示②」という)
③ 「控訴人は、…上場会社のM&A取引事案、とりわけ、破綻寸前である会社を救済するためのM&A・事業再生事案においては市場取引を前提としていないから、市場株価法を原則として株式の客観的交換価値を算定すべきではない旨を強調するが、このような事案であっても、租税公平主義の観点からは、上場企業の株価の算定は、恣意的な要素が混入しにくい市場株価法によるのが所得税法施行令84条5号の解釈として合理的である。控訴人…の主張は、独立した当事者間において、DCF法等の評価方法を併用した評価結果を踏まえて払込価格交渉・合意される発行価額こそが、発行体と引受人の需要と供給の一致する金額であり、客観的交換価値が実現した価格(時価)であることを前提とするが、発行体及び引受人とが当該発行価格の合意に至る過程には、発行体及び引受人のそれぞれが置かれた状況や目指すべき目的等の個別的な事情の影響を受けることは否定できず、市場原理の下で不特定多数の市場参加者によって形成される価額と比べて客観的交換価値(時価)を反映した価格であるということはできない。市場においては当該企業の実態を知ることがないとの控訴人が指摘する点は、本件判定方法〔筆者ら注:原則基準及び特段の事情の有無を指す。以下同じ〕において、『払込価額決定日前1か月間の平均株価』を考慮することのほか、『払込価額の決定の基礎とすることができない特段の事情(異常な値動きにより一時的に形成された価格である可能性など)』の有無として考慮することが相当である。」(以下「本件判示③」という)
④ 「控訴人が…主張するような会社法及び証券取引実務に基づく上場会社の事業再生・救済案件の実務〔筆者ら注:事業再生・救済を求める上場企業は、市場株価から10%以上のディスカウントをしなければスポンサーを集めることができないとの実務〕については、当該実務の存在が立証されているとはいい難い点を措くとしても、当該実務は飽くまで現状の運用にすぎないのであって、そのような運用の存在によって、租税法の解釈や運用を変更すべきものとはいえないし、市場原理の下で不特定多数の市場参加者によって形成される価額を踏まえた本件判定方法の合理性が否定されるものではない。」(以下「本件判示④」という)
⑤ 「仮に、本件判定方法により課税されることを前提として、1株の価額を市場株価法に基づき算出される金額(…400円前後となることが想定される。)として決定することになったとしても、控訴人が現物出資及び払込みをする総額は、約12億円と端数以外に変わりはなく、それによって控訴人が取得するA株式の数が減少するにすぎないから、…控訴人においては、当該条件であっても、A社の債務超過を解消するために、平成25年7月31日に払込価額総額約12億円で第三者割当増資に応じた蓋然性が高かったと評価すべきである。そうすると、少なくとも控訴人に関する限り、本件判定方法によることによっても第三者割当増資が成立するから、ひいてはA社の事業再生・救済が成立しなくなるとはいえないし、控訴人による有利発行課税に関する上記主張が採用されなかったとしても、その他の事業再生・救済案件について、それらが経済活動として成立しなくなることが直ちに認められるものともいえない。」(以下「本件判示⑤」という)
⑥ 「控訴人は、…会社法199条3項が規定する『払込金額が…特に有利な金額である場合』と、所得税法施行令84条5号が規定する『株式と引換えに払い込むべき額が有利である場合』との文言の類似性をいうものと解されるが、その文言の相違点や条文構造等に照らして、後者の公法上の概念が前者の私法上の概念を借用したものであると解すべき必然性は見当たらず、控訴人の同主張は採用するこができない。」(以下「本件判示⑥」という)
まず、事業再生局面ではなく、平時を想定した場合、上場株式の払込価額が「有利な金額」に該当するか否かの判断基準として、原則基準を使用することについては、所基通23~35共-7に倣うものであり、実務上、大きな違和感は無いと考えられます。
但し、以下の通り、原則基準及び特段の事情について、留意すべき点があります。
まず、原則基準に含まれる10%基準は、日本証券業協会が公表する「第三者割当増資の取扱いに関する指針」を踏まえたものであり、この点以外に、10%相当額以上の乖離が存するか否かを基準とすべき理由は存しないと考えられます。
言い換えれば、専ら、取引実務を阻害しないかとの観点から、租税法が解釈されています。
この点、所基通23~35共-7において、「その株式と引換えに払い込むべき額を決定する日の現況におけるその発行法人の株式の価額に比して社会通念上相当と認められる価額を下る金額である場合をいうものとする」〔下線・強調は筆者ら。以下同じです〕と規定されており、この「社会通念上相当と認められる」か否かは取引実務を阻害しないかとの観点から判断される、との整理であるとも考えられます。
続けて、原則基準を使用すべきではない特段の事情の有無について、令和5年東京高判は、「終値が、異常な値動きにより一時的に形成されたもの、すなわち、当時の株式市場の合理的な期待を反映したものとしておよそ説明することができないものといえるか否かを検討すべき」と判示しています。
「およそ説明することができない」との表現からも明らかな通り、かかる特段の事情が認められる場合は限定的であると考えられ、令和5年東京高判における考慮要素(前記3.ご参照)を踏まえると、例えば、①会社の財政状態等が投資家に対して適時かつ適切に開示されていない、又は②株価若しくは出来高の推移に異常性が見られる、といった事情が存しない限り、特段の事情は認定され難いと考えられます。
この点、令和5年東京高判の各種判示を踏まえると、例えば、次に掲げる事情が存することのみをもって特段の事情が認定されることは期待し難い点に留意が必要です。
① 市場株価とは異なる価額を是とする株式価値算定報告書の存在(本件判示①ご参照)
② 株主総会における株式発行の承認可決(本件判示②ご参照)
③ 独立した当事者である発行体と引受人が交渉し、払込価額について合意したとの経緯(本件判示③ご参照)
事業再生局面においては、スポンサー企業による救済への期待込みにて株価が推移する中、多額の資金の出資により多大なリスクを負担するスポンサー企業としては当該株価を(大きく)下回る価額(いわば事業再生を考慮しない現状ベースでの価額等)でない限り第三者割当増資に応じられない事案も想定されます。それにも拘らず、平時と同様に判断した場合、救済への期待込みの株価が「株式市場で形成された合理的な期待を反映したもの」と判断される結果(前記3.ご参照)、特段の事情は存しないと判断され、故に、原則基準の下での有利発行課税が肯定される事態(ひいては事業再生が阻害される事態)となりかねません。
この点、本件判示⑤の通り、本件払込価額を超える払込価額(原則基準を適用する場合に「有利な金額」に該当しない価額)であっても控訴人は第三者割当増資に応じた蓋然性が高かったと評価されており、令和5年東京高判は、当該事案のかかる特徴を踏まえて、「事例判断」として有利発行課税を肯定したものと考えられます。
他方で、「控訴人による有利発行課税に関する上記主張が採用されなかったとしても、その他の事業再生・救済案件について、それらが経済活動として成立しなくなることが直ちに認められるものともいえない」と判示されていること(本件判示⑤ご参照)を踏まえると、令和5年東京高判は、「(原則基準を適用する場合に「有利な金額」に該当する)払込価額での第三者割当増資を行わなければ、発行会社の事業再生・救済が成立しなくなる事案」についてまで、直ちに有利発行課税を肯定することは意図していないものと考えられます。
このような事案の検討において重要な着眼点の一つとなるのが、そもそも、原則基準に含まれる10%基準自体が、租税法上の時価に係る考え方から導出されたものではなく、専ら、取引実務を阻害しないかとの観点から導出されたものであるという点です(前記5.(1)ご参照)。即ち、かかる趣旨からすれば、10%基準に拘泥することで事業再生局面における取引実務を阻害することは、趣旨に反して背理であるとも考えられます。
従って、少なくとも、(原則基準を適用する場合に「有利な金額」に該当する)払込価額での第三者割当増資を行わなければ、発行会社の事業再生・救済が成立しなくなる事案については、事業再生局面における取引実務を踏まえて、10%基準を絶対的な基準と捉えることなく、所基通23~35共-7所定の「社会通念上相当と認められる価額」を柔軟に捉えて検討すること(前記5.(1)ご参照)が一案として考えられます。
以上を踏まえると、本件判示④における、「当該実務は飽くまで現状の運用にすぎないのであって、そのような運用の存在によって、租税法の解釈や運用を変更すべきものとはいえないし、市場原理の下で不特定多数の市場参加者によって形成される価額を踏まえた本件判定方法の合理性が否定されるものではない」との判示(本件判示④ご参照)は、原則基準に含まれる10%基準自体が取引実務から導出された点を看過したものであり、行き過ぎた判示であったとも考えられます。
以上の通り、令和5年東京高判は、当該事案の特徴を踏まえて、「事例判断」として有利発行課税を肯定したものと考えられますが、他の事案における租税法の解釈及び税実務に影響を及ぼし得る判示も存するため(前記5.及び6.ご参照)、上場会社の新株発行に係る課税関係を検討する際には念頭に置くべき裁判例であると考えられます。
なお、本稿では、特に注目すべき判示をご紹介しており、その他の、払込価額の決定日の捉え方、「有利な金額」に該当する場合の収入金額の計算、会社法と租税法における有利発行概念の異同(本件判示⑥ご参照)等の問題は省略している点、ご留意下さい。