ヘルスケアスタートアップの現在と未来(政府/大手企業/スタートアップの目線から)

はじめに

PwCでは、ヘルスケアスタートアップを日本のヘルスケアにイノベーションをもたらす重要なプレーヤーとして認識し、積極的に支援してきました。この動きをさらに加速すべく、2022年度よりヘルスケアスタートアップ支援の専門チームを立ち上げました。

本稿では政府・大手企業・スタートアップとさまざまな立場に立って、ヘルスケアスタートアップの支援に関わった経験を踏まえて、当領域の現在と未来について考察します。

政府:国家的重点領域と位置づけ支援を強化。今後支援はさらに加速し、海外への展開を狙う

岸田政権は「新しい資本主義」の実現に向け、スタートアップ支援を強力に打ち出してきました。2021年、政権発足直後の緊急提言において「スタートアップがイノベーションの担い手である」との期待を示しています*1。2022年には、年初演説で同年を「スタートアップ創出元年とする」ことを誓い*2、11月には「スタートアップ育成5か年計画」を発表しました*3

岸田政権における スタートアップ支援政策の動向

この計画では、日本をアジア最大のスタートアップハブにするという目標および、目標達成のための支援の3本柱(①人材・ネットワークの構築、②資金供給の強化と出口戦略の多様化、③オープンイノベーションの推進)を掲げています。特に➁の「資金供給の強化と出口戦略の多様化」として、5年後のスタートアップへの投資額を10兆円にまで引き上げることを表明していますが、これは実に現在の10倍以上(2021年には約8,000億円)に相当します。実際に2022年度補正予算において、スタートアップ支援の資金源として1兆円規模を確保していることからも、岸田政権の注力具合が読み取れます。

ヘルスケア領域においても、金銭的支援だけでなく、InnoHubやMEDISOを通じて、事業の開発、ネットワークの構築、規制対応の相談窓口など、多角的な支援が提供されています*4-7

ヘルスケア領域における 主なスタートアップ支援策

また、政府は、JETROグローバル・アクセラレーション・ハブやX-HUB TOKYOなど、海外展開の相談機関を設置し、海外市場の知見や、海外企業の紹介やネットワーキングなどの機会を提供することで*8,9、スタートアップの海外市場への挑戦を後押ししています。

スタートアップ企業を国外へと羽ばたかせるための政府の支援は、端緒についたばかり。今後の成果が期待されます。

大手企業(ヘルスケア):各社がスタートアップとの連携を強化。注力領域を明確化し、独自の「色」を出せるか

大手製薬企業では、各社イノベーションの創出を促進すべく、スタートアップとの連携を進めており、取り組みは増加傾向にあると言えます。

製薬企業とスタートアップ の取り組み数推移

スタートアップとの協業は、新たな医薬品開発に向けた取り組みと、医薬品以外のヘルスケア事業展開(Beyond the pill)に向けた取り組みの2種類に大別されます。

前者は以前より多くの企業で取り組まれており、近年では特に細胞医療・再生医療における研究開発やAIを活用した新薬創出などにおいて、スタートアップとの連携が見られます。

製薬企業とスタートアップの 取り組み(新たな医薬品開発)

一方で後者のBeyond the pill領域は、近年になってスタートアップとの協業が活発化してきており、特に医療機器やITやAIなどの領域において他業種との連携が進んでいます。

中には注力領域が明確に設定されたスタートアップ協業育成プログラムやオープンイノベーションチャレンジも開催されており、既にスタートアップとの協業が各社戦略の一部に組み込まれ始めていると考えられます。また他にも、精神・神経領域におけるDTx開発など、各社の強みや戦略に沿った協業も見られることから、今後スタートアップとの協業は、さらに各社の特色が顕著になってくるのではないでしょうか。

大手企業(ヘルスケア以外):保険、通信などで連携拡大中。今後は、彼らが日本における健康・医療の一翼を担う存在に成長する可能性

ヘルスケア関連以外の大手企業とスタートアップとの連携も活発化しています。保険業界では生命保険各社が「健康増進型保険」と「自社の保険商品への付帯サービス」においてスタートアップとの協業を強化しています。

前者は、定期的に健康状態をチェックし、健康の度合いに応じて保険料の割引や還付金などの特典が受けられる生命保険などを指します。健康度合いの判断が肝になりますが、健診データを読み込んだり、食事や運動のデータを打ち込んだりすることで、健康状態を把握できるスマートフォン用のアプリをスタートアップとの協業で開発するなど、サービスの提供を実現しています。

また、後者は保険の契約者へスタートアップなどのヘルスケアサービスを提供することで、商品の競争力を高めることを目的としています。疾病のリスク予測、オンライン診療など種類はさまざまで、また、近年では女性に関連したサービスを提供している企業など、個別のヘルスケアニーズに対応したスタートアップとの連携も活発化しています。

生命保険各社の スタートアップとの協業状況

情報通信事業者の中にも健康・医療事業の分野に力を入れて取り組み始めている企業があります。以下の表は、健康増進などの「予防分野」と「診断・治療分野」のサービスの提供を開始している企業の事例です。診断・治療分野においては、スタートアップと連携し、病院の検索・予約、診療、服薬指導まで患者の行動プロセスを一貫してカバーできるサービスを提供し始めています。各社いずれも多くの顧客を獲得しており、利用者のITリテラシーが高まっていることから、今後さらにオンライン医療サービスの需要は高まると考えられます。

情報通信事業者の医療分野における スタートアップとの協業状況

また、「診断・治療分野」では、オンライン医療サービス以外に、5Gを活用した遠隔医療支援の実証実験などもスタートアップと協業する中で始まっています。

今後、テクノロジーがさらに発展していく中で、生命保険会社や情報通信会社がますます取り組みを強化し、日本のヘルスケアの一翼を担う存在になることが想定されます。

スタートアップ:これまでは順調に成長。今後はユニコーン輩出に向け、大きなビジネス展開が必要

ここからは、ヘルスケアスタートアップ自体の現状と未来について考察していきます。

世界情勢の悪化といったマイナスの要因はありつつも、日本のスタートアップ資金調達額は2013年の872億円から2021年の7,801億円へ過去10年で約9倍になるなど*10、国内スタートアップ市場への資金流入は継続して拡大しており、活性化していると言えます。

順調に成長しているスタートアップですが、さらに目線を上げて、「ユニコーン(企業価値が10億米ドル以上の未上場企業)を輩出できているか」という点で考えると、2023年1月時点では、ユニコーンに該当するヘルスケアスタートアップはありません。(1月月中平均TTM130円/米ドル*11で換算し、1,300億円以上の企業を国内スタートアップ評価額ランキング*12から抽出)

一般的に、日本にユニコーンが少ない理由として、投資額の少なさやVCの規模の小ささが挙げられますが、スタートアップ側の取り組みとして、出資したくなるような魅力的なビジネスを作り上げていくことも必要です。そのためには、海外進出や大手企業との連携などを通じて、大きく展開できる魅力的なビジネスを作る必要があります。

容易ではないですが、上記を通じてビジネスを拡大しユニコーンを輩出することができれば、ヘルスケア業界により大きなインパクトやイノベーションをもたらす未来がやってくるのではないでしょうか。

最後に:日本発ヘルスケアスタートアップは世界を変えられるか

政府・大手企業・スタートアップの3つの視点から、ヘルスケアスタートアップの現状と未来を考察しましたが、政府の支援・大手企業のオープンイノベーションに向けた取り組みや、スタートアップの資金調達環境などに鑑みると、今後さらにヘルスケアスタートアップ関連の取り組みや、市場が活性化していく可能性は高いと考えられます。

その勢いが、国内のさまざまな地域・企業にまで波及し、さらには日本を飛び出して海外にまで及ぶかについては、三領域の各プレーヤーの取り組みに掛かっています。

PwCでは、ヘルスケアスタートアップの事業をさらに加速させるために、ヘルスケアスタートアップへのアドバイザリー(事業計画・資金調達計画作成支援、海外進出支援など)のほか、大手企業との提携やM&Aに係るサービスを提供しています。

そして、大きく成長した日本発のヘルスケアスタートアップが世界の医療および健康に革新を起こすことを期待しています。

ヘルスケアスタートアップに関する取り組みの 全体像
HIAで提供している スタートアップへのアドバイザリー

出典

*1:内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局、緊急提言 概要
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/kinkyuteigen_gaiyou_set.pdf

*2:第二百十回国会における岸田内閣総理大臣所信表明演説
https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2022/1003shoshinhyomei.html

*3:スタートアップ育成5か年計画
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/sdfyplan2022.pdf

*4:内閣府地方創生推進室 デジタル庁、デジタル田園都市国家構想交付金(デジタル実装タイプ)の交付対象事業の決定について
https://www.chisou.go.jp/sousei/about/mirai/pdf/dejidenkoufukin_saitaku.pdf

*5:内閣府、革新的医療技術研究開発推進事業(産学官共同型)
https://www8.cao.go.jp/iryou/council/20230210/pdf/sankou1.pdf

*6:経済産業省、Healthcare Innovation Hub(ワンストップ相談窓口)
https://healthcare-innohub.go.jp/

*7:厚生労働省、医療系ベンチャー・トータルサポート事業
https://mediso.mhlw.go.jp/

*8:経済産業省、Japan Innovation Bridge(略称:J-Bridge)について
https://www.meti.go.jp/press/2020/02/20210218002/20210218002-1.pdf

*9:X-HUB TOKYO
https://www.x-hub-tokyo.metro.tokyo.lg.jp/#about

*10:経済産業省 第4回 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 資料3 事務局説明資料(スタートアップについて)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/004_03_00.pdf

*11:日本銀行 主要時系列統計データ表
https://www.stat-search.boj.or.jp/ssi/mtshtml/fm08_m_1.html

*12:国内スタートアップ評価額ランキング【2023年1月版】
https://www.forstartups.com/news/hyoukagakuranking-202301

執筆者

内海 朋之

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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荒木 亮輔

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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粟津 恵里

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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星名 辰信

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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