「幸せとは何か-ウェルビーイング経営の変遷と実践方法」

はじめに

近年、健康や生活の質を高めるためのアプローチとして「ウェルビーイング」という言葉が頻繁に用いられるようになってきました。リーダーにとってウェルビーイングに関する会話は避けられないテーマになっており、それと同時に従業員のウェルビーイングを向上させることは、メンタルヘルスの不調を予防し、生産性を高めることにつながることから、既に多くの組織がこのテーマにコミットしています。本稿では、ウェルビーイングにはどのような概念があるのか、また、経営へどのように活かすことができるのかについて解説します。

ウェルビーイングとは

ウェルビーイングの概念にはさまざまなものがあります(図表1)。近年よく⽿にするのは、⽶国の⼼理学者セリグマンが提唱した「PERMA(パーマ)理論」です。この理論によると、ウェルビーイングを構成する5つの要素を向上させることにより、持続的で満ち⾜りた幸福感であるFlourish(⽇本語で「持続的幸福」と訳されることもある)を⾼められるとされています*1。他にも、健康経営のパフォーマンス指標として活⽤されている「ワーク・エンゲイジメント」*2や、⼈⽣の⽬的や⾃⼰受容により着⽬した「⼼理的ウェルビーイング」*3という概念もあります。
ウェルビーイングという⾔葉からは、短期的な快楽を思い浮かべる⼈もいるかもしれません。しかしそれだけでなく、⼈⽣の意味や価値のように、より⻑期的で深い肯定感もウェルビーイングの重要な要素とされています。またウェルビーイングの概念は、個⼈だけに留まらない広がりを持っていることも重要です。その影響は家庭、職場、さらには社会や国家にも波及します。良好な⼈間関係は組織や社会の結束⼒を⾼めコミュニティのサポートシステムを強化することができるのです。

経営戦略の柱としてのウェルビーイング

従来のメンタルヘルス対策は、メンタルヘルスの不調の早期発⾒、早期治療、再発防⽌を⾏うことで従業員の休職や離職を防⽌することを⽬的とした「守り」(マイナスをゼロに戻す⽅向性)の取り組みが主流でした。
しかし、社会的責任への関⼼の⾼まりもあり、仕事のパフォーマンス向上および企業業績の伸びに効果的な健康投資を⾏いたいという経営層のニーズが⾼まっていることを受けて、ウェルビーイングを経営戦略の1つに位置付けた「攻め」(ゼロからプラスに伸ばす⽅向性)のウェルビーイング向上施策が推進され始めています。
実際に、従業員の⾝体的、精神的、社会的な健康の促進をリードするチーフ・ウェルビーイング・オフィサー(最⾼ウェルビーイング責任者︓CWO)を設置している企業も出てきています(図表2)。

ウェルビーイング経営の実践

ウェルビーイング経営を実践する際は、実態把握、課題特定、施策実施、モニタリング、評価のサイクルを回すことが基本となります(図表3)。そのため、取り組みを開始する前に、⽬標や評価指標を設定することが重要です。その際は、質的および量的⽬標の両⽅について、健康指標や業績などの最終的に向上させたいアウトカムだけではなく、施策の参加率や施策実施後の⾏動変容などのプロセスも評価することが重要です。そうすることで、経営層と従業員が効果を感じやすく、ネクストアクションにつなげやすい取り組みを推進することができるでしょう。

ウェルビーイング経営における統合知の重要性

PwCコンサルティングは2024年4⽉23⽇に書籍『経営に新たな視点をもたらす「統合知」の時代』(ダイヤモンド社)を発刊しました。マクロ経済、地政学、サステナビリティ、ヘルスケアなどの専⾨領域の観点から世界のメガトレンドを捉え、今後、⽇本の私たちに求められるアクションを解説しています。

ウェルビーイングは単なる⼼理学的な理論だけではなく、経済、社会、環境、テクノロジーなどさまざまな要因から⼤きな影響を受けます。そのため、ウェルビーイング経営を推進するためには、経営戦略、オペレーション、⼈事などの経営的視点だけでなく、哲学、⼼理学、脳科学、医学、倫理、経済学、テクノロジーといった観点も踏まえた多⾯的な洞察が要求されます。本書では、⽇本におけるウェルビーイングが社会経済状況の変化によりどう変化してきたかや、今後どう変化していくかという将来像が描かれています。新型コロナウイルス感染症の拡⼤によって、⼈々の価値観が⾒直され、ウェルビーイングに注⽬が集まりました。新たな⽇常を迎えた今、この注⽬が⼀時的なものではなく、経営管理戦略の⼀貫として持続可能なものとなるよう、私たちも⽀援を続けていきます。

参考資料

*1︓⼀般社団法⼈ ⽇本ポジティブ⼼理学協会「ポジティブ⼼理学とは」
https://www.jp p anetwork.org/what-is-positivepsychology

*2︓島津明⼈「健康でいきいきと働くために︓ワーク・エンゲイジメントに注⽬した組織と個⼈の活性化」、コミュニティ形成と⼼⾝健康、2016
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhas/13/1/13_20/_pdf

*3︓東京⼤学 精神保健学/精神看護学分野「Psychological well-being尺度」
https://mhpn.m.u-tokyo.ac.jp/rs/pwb-42

執筆者

佐久間 仁朗

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

佐藤 菜々

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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