
AI Agentの特徴と製薬企業における活用事例
生成AIの利用機会の増加に伴い実現可能なこと・不可能なことが明確になる中、実施困難なタスクや業務を解決するテクノロジーとしてAI Agentが注目を集めています。製薬企業において期待される活用事例と合わせ、AI Agentの特徴を解説します。
2022年から大きな関心を呼んでいる生成AIはディープラーニングの一種であり、大規模な学習モデルを使用することで与えられた学習データに類似した新しいデータを生成することが可能になりました。近年、生成AIの利用機会が増えたことにより、生成AIの得意・不得意や企業の業務に適用する上で実現可能なこと・不可能なことが明確になってきました。そうした中、生成AI単独では実施が困難なタスクや業務を解決するテクノロジーとしてAI Agentが注目を集めています。今回のニュースレターでは、製薬企業において期待される活用事例と合わせ、AI Agentの特徴を解説します。
まず、タスクの実行に必要なユーザーからの指示、外部システムへのアクションの有無、アウトプットを生成するために参照する情報、記憶の引き継ぎの4つの観点から生成AIと比較することでAI Agentの特徴を明確にしていきます(図表1)。なお、近年の生成AIは追加機能*1が組み込まれることでAI Agentと類似した機能を持ちつつありますが、本稿では生成AI単独の機能とAI Agentの機能を比較します。
*1 特定のタスクを実行するために生成AIに追加する機能を指します。例えば、ウェブ検索機能を追加すると最新情報の収集が可能になり、表計算ソフトのファイル形式で出力する機能を追加すると表計算ファイルの出力が可能になります。
図表1:生成AIとAI Agentの比較
1つ目の「タスクの実行に必要なユーザーからの指示」で生成AIとAI Agentを比較すると、生成AIでは期待するアウトプットが得られるよう、ユーザーが具体的にタスクの内容を指示する必要があります。一方で、AI Agentはタスクの目的やゴールのようにユーザーからの指示が抽象的であっても、自律的にプロセスを検討しタスクを実行することが可能です。2つ目の「外部システムへのアクションの有無」で比較すると、生成AIはプロンプトへの回答のみ実施し、外部システムに対してアクションすることはできませんが、AI Agentはタスクの実行に必要な場合、システムなどの外部システムへのデータ入力やデータ変更などを実施することができます。3つ目の「アウトプットを生成するために参照する情報」では、生成AIは事前に学習した情報を基にアウトプットを生成するため、最新情報に基づきアウトプットを生成することは困難です。一方でAI Agentは任意の追加機能を組み込むことができるため、タスク実行の都度外部情報を参照し、最新の情報に基づきタスクを実行することが可能です。4つ目の「記憶の引き継ぎ」では、通常生成AIの記憶はセッション内に限定され、他セッションには引き継がれませんが、AI Agentは過去の行動と結果を記憶し、継続的に行動を最適化します。これらの特徴を持つAI Agentは生成AIと比較してより複雑な業務にも適応可能となることが期待されています(参考文献1、2)。
ウェブサイトへのアクセス数を増やしたい場合を例に生成AIとAI Agentの具体的な差異を見ていきます。1つ目の「タスクの実行に必要なユーザーからの指示」では、生成AIでは「特定のターゲットに読まれるようブログ記事を書いてください」などと具体的に指示する必要がありますが、AI Agentでは「ウェブサイトへのアクセス数を20%増加させてくだい」と指示するだけで自律的に最適なプロセスを検討しタスクを実行します。この場合、AI Agentはウェブサイトへのアクセス数を20%増加させるために最適なプロセスを検討するため、特定のターゲットに読まれるようブログ記事を書く可能性もありますが、異なるプロセスを実行する可能性もあります。2つ目の「外部システムへのアクションの有無」では、生成AIはブログ記事を作成することしかできませんが、AI Agentはブログ記事の作成に加えウェブサイトへの掲載まで実施することが可能です。3つ目の「アウトプットを生成するために参照する情報」では、生成AIは学習した時点までの情報に基づきブログ記事を作成するため、対象とするターゲットの最新の動向を捉えることができません。一方で、AI Agentであれば最新のターゲット動向や競合動向をふまえたブログ記事を作成することができます。4つ目の「記憶の引き継ぎ」では、生成AIでは過去の施策や結果を毎回プロンプトから入力する必要がありますが、AI Agentでは作成したブログ記事とアクセス数を分析し、次のブログ記事を作成する際に参照することでより効果的な記事の作成が可能となります。
将来的にはAI Agentを複数組み合わせることで、多面的な情報整理や論点の設定・検討が可能になり、1つの業務やタスクに対する総合的な判断が可能になると期待されています(参考文献3、4、5)。具体的にはAgentマネージャーと専門家Agentが構築され、ユーザーがAgentマネージャーにタスクの実行を依頼すると、Agentマネージャーはタスクを実行するために最適な専門家Agentを選択し、専門家Agent同士が議論を重ねることで結論を導き出すことが可能になると予想されます(図表2)。このようなAI Agentが企業に実装され業務適用された場合、各業務に要する時間が大幅に削減され、意思決定が高速化することで働き方が抜本的に変革されることが期待されます。
図表2:AI Agentによる働き方の変革(例)
AI Agentはその特性上、ほぼ全てのバリューチェーンの業務に対して適用可能と想定されます(図表3)。本稿ではタスク実行方法における特徴から複数のステークホルダー(観点)が関与し、議論・合意形成が必要となる業務の変革事例を2つ例示します。
図表3:製薬業界のバリューチェーン別 AI Agent活用余地(例)
1つ目の事例はR&D部門におけるTarget Product Profile(TPP)作成業務です。通常、TPPを作成する際はR&D部門が主導して各ステークホルダーからデータを収集し、議論を通してTPPの各構成要素を決定します。各領域の専門家の役目を担うAI Agentが実装されると、TPP作成担当者は専門家Agentと議論することで追加検証が必要なデータを早期に特定することが可能になり、さらに変革が進むとTPP作成担当者は専門家Agent同士が議論することで作成した適切なTPPを受領することが可能になると期待されます。
2つ目の事例はMA部門におけるメディカルインフォメーション(MI)業務です。MI業務では患者やHCPから直接受ける問い合わせ、MRやMSLを介した間接的な問い合わせが存在し、それぞれの問い合わせに対してMI担当者が適切なデータを選定して回答を作成し、電話やメールで回答を送付しています。AI Agentが実装されると、これら全ての問い合わせを受け付け、添付文書、適正使用ガイド、医薬品リスク管理計画(RMP)、論文などさまざまな情報から必要な情報を選定し、生成した回答を問い合わせ元に伝達することが期待されます。
AI Agentは今後ますます技術的に進化し、議論が活発になることが予想されます。一方で、現時点ではあらゆる業務に対して自律的に思考し、行動する汎用型のAI Agentを実装することは技術的に困難であるため、個別の業務ごとにAI Agentの実装を検討していく必要があります。その際、AI Agentを実装する業務、当該業務において将来的に目指すAI Agent像に加え、現在の技術で実装可能なAI Agent像を含めた3つの観点から慎重に検討し、どの業務に対してどのようなAI Agentを実装すべきかを十分に議論することが重要です。
PwCコンサルティングではテクノロジーの知見を有するチームとヘルスケア業界の知見を有するチームが密に連携し、ヘルスケア企業向けにAI Agentの検討・実装を支援するサービスを提供しています。
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