株式報酬制度―導入にあたっての主要な検討ポイント

はじめに

買収された企業の従業員がモチベーションを維持し、業務を継続することは容易ではありません。特に買収先が外国企業であれば言語や文化が異なりますし、たとえ国内企業であっても、企業文化の異なる従業員に対して同じ利益目標へ動機付けをするのは至難の業です。

そのような課題に対処する有効な方法の一つが、株式報酬制度です。同制度は、既存の従業員のリテンションだけでなく、優秀な人材をリクルートする手段にもなり得ます。

日本では、2015年に導入されたコーポレートガバナンス・コードにより、取締役報酬を金銭報酬から株式報酬にシフトする動きが顕著にみられます。これは、企業の業績や株価に連動させて取締役報酬を算定することで、取締役に利益獲得への動機付けをし、日本企業の業績を伸ばすというコンセプトに基づいた動きです。本稿では、株式報酬制度の中で最も普及しているストック・オプション制度の基本的な構造を踏まえて、効果的な制度を採用するために図表1に示している主要なポイント5点について解説します。

1 受益者の決定

まず、企業の特性や規模、目的に応じて、ストック・オプションの受益者を決定することが重要です。例えば、スタートアップ企業ではCEOから受付担当者まで、全社員が同じ条件でストック・オプション制度に参加することが広く行われています。ストック・オプションは、さまざまなスキルや利害関係を持つ人々を同じ方向に導く効果的な方法で、企業は短期的な現金支出を要求されることなく、事業を推進できます。ストック・オプション制度に一部の従業員だけを参加させることを選択した場合には、社内に文化的な問題を引き起こすリスクがあることは言うまでもありません。

また、企業の規模が大きくなるにつれ、ストック・オプション制度をアップデートすることが必要になります。ステージに応じたアップデートを行わないと、株式価値の減少リスク(受益者がストック・オプションを行使した場合、他の株主の株式価値が希薄化すること)などが起こる可能性があります。これは、上場の可能性や優秀な経営幹部の雇用の妨げになることや、株主にとって不本意な結果を招く可能性もあるため、会社の規模やニーズの変化に伴い、制度の見直しが求められることに留意が必要です。

受益者の決定方法について、こうあるべきという原則は存在しません。とはいえ、ストック・オプション制度の導入を目指す企業は、長期的に従業員・株主・経営陣に利益をもたらし、かつ、採用と雇用の維持に強力なインセンティブを与える制度の設計に焦点を当てるべきと考えます。

2 適切なパラメーターの決定

ストック・オプションは非常に複雑な金融商品であることから、付与者・受益者双方の理解が十分でない傾向があります。その結果、多くの大企業は、意図せずにイノベーションと価値創造に対するインセンティブが弱い制度など、逆効果となりかねない制度を構築してしまうことがあります。

このような過ちを避けるためには、ストック・オプションの基本的なパラメーターを理解し、その結果を認識することが重要です。ストック・オプション制度の基本的な時間軸については、図表2のとおりです。

(1)株式数

企業はまず、ストック・オプション制度に基づいて発行される株式の最大数を把握することが必要です。株式数は「過剰に希薄化させない」という観点から決定されるべきで、このパラメーターは重要です。発行総数は一般的に、取締役会が適切と考えるレベルで決定されますが、企業の発行済株式総数の5~20%となるケースが多いようです。

また、肝心なのはオプションの数ではなく、希薄化後の発行済株式総数に対する割合であることに留意が必要です。例えば、10万株のオプションが付与され、1億株の発行済株式数がある場合、これは発行済株式総数の0.1%に過ぎません。しかし、発行済株式数が100万株しかない場合、これは会社の発行済株式総数の10%に相当します。

(2)行使価格

受益者は「行使価格」と呼ばれる特定の価格で、特定の数の株式を購入する権利を個別に与えられます。通常、行使価格は、オプションが付与された時点の株式の公正価値で決定された固定価格です。もし株式の価値が上がれば、受益者はより安い価格で株式を買う権利を有することになるため、オプションは価値を持ちます。規制・会計基準に継続して準拠する以上、このパラメーターを軽視すべきではありません。また、企業は通常、オプションの行使価格を決定するために普通株式の公正価値を決定する必要がありますが、公正価値の算定合理性を重視し、外部の専門家に依頼することが多いようです。

(3)権利確定条件

受益者がストック・オプションの権利を確定させ、報酬を受け取るためには「権利確定条件」と呼ばれる一定の条件を満たす必要があります。権利確定条件には、勤務条件(受益者は一定期間会社で働くこと)および業績条件(受益者は所定の業績を達成すること)があります。このパラメーターは、従業員のモチベーションを高める上で非常に効果的で、株式と引き換えに正確なマイルストーンや業績目標を達成する機会を従業員に与えることができます。

(4)行使期間

権利確定条件が満たされれば、オプションは行使可能となり、受益者は行使期間満了までにストック・オプションを行使する権利を有することになります。ストック・オプションの行使とは、受益者が会社から所定の行使価格で株式を購入することを指し、ストック・オプションを行使できる期間を「行使期間」と呼びます。ストック・オプション制度では、行使期間を正確に設定する必要があります。通常、受益者が権利の確定したストック・オプションを行使するために5~10年の期間を設定することが多いようです。

3 長期的視点の動機付け

ストック・オプション制度では、株価と連動した報酬体系が採られるため、経営者は短期的な業績を重視しがちです。長期的な業績を重視するように、経営者へ動機付けをするには、過去の業績よりも将来の業績評価と報酬を結び付ける必要があります。

このような短期主義のリスクに対処する有効な手段の一つに「権利確定期間の長期化」があります。例えば、4年間にわたって毎年25%ずつ、段階的に受益者の権利が確定する設計とします。長期にわたって権利が確定する場合は、長期的な成果に向けて行動する経営者に報いることができる一方、基本的な経営課題に対処できない経営者には厳しいペナルティを課すことになります。

つまり、企業が経営者に対し、より先を見据えた視点を奨励したいのであれば、オプションの付与を取り下げるよりも、権利確定期間を延長することが効果的です。

4 利用可能な種々の制度

多くの企業は、オプションの付与方法に、あまり関心がないかもしれません。その結果、利用可能な代替案を検討することは稀で、代替案が存在することにさえ気付いていないケースもあります。

ストック・オプション制度の設計にあたっては、強力なインセンティブを現時点で提供することと、強力なインセンティブを将来も保証することの間の複雑なトレードオフについて、とりわけ、企業の株価が大幅に下落することも織り込んだ上で、熟慮が必要になります。

こうした中、ストック・オプションに代わる効果的な選択肢として「合成株式(Synthetic Equity)」と呼ばれるものが登場しました。最も一般的なものは「ファントムストック」または「株式増加受益権(SAR:Stock Appreciation Rights)」です。受益者には企業の株式価値の増大に応じて、実際の株式や株式の購入権ではなく、金銭が支払われる仕組みです。従って、株式の希薄化は生じず、株式の処分に制限もありませんが、企業には多額の現金が必要になる可能性があります。

ファントムストックやSARは設定・維持が比較的容易で、金融商品取引法の対象外ではあるものの、対象となる株式は、合理的な方法で評価する必要があります。また、採用にあたっては、株式報酬に関連する法律上および税務上のリスクを認識し、慎重に進めていく必要があります。例えば、この報酬制度が、退職時または将来の一定の日に支払われるように設計されている場合は「退職金制度」と見なされ、より制限された規制の枠組みで検討が必要となる可能性があります。

また、日本では近年、コーポレートガバナンス・コードの改訂に伴って役員報酬の客観性や透明性を高めるため、現金に偏っていた報酬体系から株価に連動する報酬体系に変更する企業が急増しています。人気が高いものとしては、一定期間後に売却できる条件が付いた現物株を付与する「譲渡制限付株式報酬制度(リストリクテッド・ストック:RS)」、信託銀行が企業から信託された金銭で株式を購入し、役職や目標達成度に応じて一定期間経過後に株式を交付する「株式交付信託制度」、在任中の目標達成度に応じて支給株式数が変わる「パフォーマンス・シェア・ユニット(PSU)」などもあります(本稿では、上記制度の会計処理については触れていません)。

5 会計処理の明確化

投資家が企業の現状を正確に把握するためには、当然ながら、企業の業績が同一基準に基づいて算定・開示され、比較可能性が担保されていることが大変重要です。ストック・オプション制度の評価、会計処理および開示は、特に業績条件を含む場合、複雑な基準や原則に準拠する必要があります。従って、選択したストック・オプション制度をどのように会計処理すべきかを十分に理解し、明確化しておくことが求められます。

6 おわりに

本稿では、ストック・オプション制度を中心に、株式報酬の基本的な構造を踏まえた制度導入のポイントについて解説しました。異なるバックグラウンドの従業員に共通目標を示すこと、優秀な人材のリクルートやリテンションに資することなど、企業にとって最も重要なビジョンを達成するには、株式報酬制度の各エレメントから効果的な仕組みを検討することが重要です。また、制度設計にあたっては上記の留意事項に加え、日本における法人税、個人所得税や海外税制を含む税務上の影響も考慮しながら進める必要があります。


執筆者

岡本 晶子
PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター

コロー マティアス
PwCあらた有限責任監査法人 シニアマネージャー

※法人名、役職などは掲載当時のものです。