米国市場に上場している日本企業は、本稿の執筆現在(2019年4月末)14社ほどで、以前に比べて減少傾向にあります。これは、各企業が米国上場のメリットを最大限に活用できず、上場維持に係るさまざまなコスト負担を回避した結果ではないかと考えられます。
しかし、今、国際舞台で飛躍を目指す企業を中心に、米国上場への関心は水面下で再び高まりつつあると実感しています。日本企業にとって、米国上場のハードルは物理的な距離だけではありません。東京証券取引所をはじめとした日本での上場に比べて、海外投資家対応(IR)や米国証券取引委員会(SEC)による目論見書・年次財務諸表のレビューなど、さまざまな費用や負担がかかると想定される中、なぜ企業は米国上場を目指すのでしょうか。また、どのようなリスクに注意すべきでしょうか。
日本企業の米国上場に係る主なメリット・デメリットの例として、図表1が挙げられます。
デメリットが決して小さくないにもかかわらず、一部の企業が米国上場を目指すのは、事業上・財務上のメリットがデメリットを大きく上回ると認識しているからだと思われます。また、日本国外をメイン市場とする企業は今後、東京証券取引所と米国の証券取引所双方への上場ではなく、米国の証券取引所のみに上場するケースも出始めるのではないかと想定されます。
では、米国上場を目指す企業がメリットを享受するには、どのような課題を克服していくべきでしょうか。本章では、主にPwCが専門性を持つ財務報告の観点から、米国上場に係る主要な課題を具体的に概観します。
通常、米国で上場してSECに登録する企業は、米国会計基準(US GAAP)もしくは国際財務報告基準(IFRS)に準拠して連結財務諸表を作成します(日本会計基準での作成は、追加でUS GAAPへの調整表開示などを要するため、一般的ではありません)。US GAAPやIFRSでは、日本で上場する際に準拠する日本会計基準よりも広範囲な開示が要求されます。なお、SECに財務諸表を新しく提出する日本企業は、IFRSに準拠して作成することが一般的となってきています。
さらに、作成した連結財務諸表は、米国公開会社会計監視委員会(Public Company Accounting Oversight Board〈PCAOB〉)の監査基準(PCAOB基準)によって監査される必要があります。日本にある全ての監査法人がPCAOB基準の監査を行えるわけではなく、一般的にはグローバルネットワークに属した監査法人に監査を委託する必要があります。また、日本の監査基準よりも詳細・厳格なルールに基づく領域もあるため、監査業務の工数・厳格度が上がることが多いといえます。
なお、上場後は、米国外の企業(Foreign Private Issuer〈FPI〉)として、SECには年次財務諸表(Form 20-F)のみ提出が求められ、四半期財務諸表の提出は求められていません。しかしながら、通常は任意に四半期または半期の財務諸表を提出する場合(Form 6-K)が多いと思われます。
米国に上場する際は、SECにForm F-1という書類を提出しますが、それは実質的に、英文で目論見書を作成することを意味します。通常、東京証券取引所への上場で必要な目論見書よりもさらに詳細な記載が必要です。特に、営業・財務の概況と見通し(Operating and Financial Review and Prospects、一般的には、Management Discussion & Analysis〈MD&A〉ともいわれます)のセクションの記載は、日本の目論見書より詳細なものが求められます。
SECルールでは、海外投資家に、どんな事象に対して/いつまでに/何を開示しなければいけないのかが明確に定められているため、迅速に必要な開示が可能な情報開示体制の構築は非常に大切です。また、海外投資家にビジネスや業績を説明する上で、さまざまなNon-GAAP業績指標(IFRSやUS GAAPでは定義されていない財務指標。例えば、EBITDA)を使用する企業は多いですが、SECルールは厳しいため、どのNon-GAAP業績指標を使用して業績を説明するべきかの検討は非常に重要となります。
新規上場で作成する目論見書(Form F-1)は、公開前にSECにドラフトを提出し、内容について詳細なコメントを受けることになります。事前準備が十分でないと、SECコメントの対応に想定より長い期間(通常は3カ月)を要し、上場のタイミングが後ろにずれてしまうことが考えられます。従って、Form F-1のドラフト作成には十分な時間を設けることが重要です。
なお、Form F-1のドラフトやそのドラフトに関してのSECからのコメント・返答のやりとりは、上場前の時期には非公開で外部に出されることはないものの、上場後は、Form F-1のドラフトや関連するコメント・返答のやりとりが全て外部に公開されることになります。そのため、ドラフト作成において問題があれば、ドラフトを提出する前にSECに相談できますが、どのように相談するかといった戦略的検討は非常に重要となります。
米国のSarbanes-Oxley Act(US SOX)は、経営者と会計監査人に、ガバナンスと内部統制に対する宣誓を要求しています。しかしながら、新規上場企業はUS SOXへの即時対応を必要とされません。特に、Emerging Growth Companies(EGCs)の定義に合致する比較的小規模な企業は、5年間は会計監査人のUS SOXの対象となりませんが、経営者のUS SOX対応は2年目の年次報告書(Form 20-F)から必要です。
なお、もし内部統制について「重要な欠陥(material weakness)」の開示が目論見書にない場合、市場はこうした事象がないと想定します。そのため、上場後にこの開示をしなければならない場合、株価に大きな影響を与えます。従って、上場前であっても内部統制について「重要な欠陥」がないように、内部統制を設計し始めることは必要ではないかと思われます。なお、「重要な欠陥」は会計監査人の指摘により財務諸表への重要な変更をした場合も含まれるので、監査人に指摘される前に正しい財務諸表を作成する内部統制体制を構築することが求められます。
米国上場のプロセスは非常に複雑で、最短でも1.5~3年の準備期間が必要です。目論見書作成に必要な情報を集めるところから始まり、目論見書をドラフトして、それをSECに提出し、SECから目論見書の承認を受け、ロードショーと呼ばれる潜在的な投資家への説明を実施し、プライシングを経て上場となります(図表2)。これらの準備には、財務情報を集めることだけではなく、ガバナンスや内部統制構築、グループ税務戦略の高度化、IR体制の構築なども含まれ、対応しなければならないことは山ほどあります。
米国上場を成功裏に進めるためには、早期にIPO準備に特化したプロジェクトチームを組成し、準備を始めることが大切であると考えます。また、上場に向けて解決すべき課題を踏まえた上で「全体像」を把握し、下記の事例に対応した現実的なタスクプランやタイムスケジュールの作成が必要であると考えます。
なお、PwCは「IPO Readiness Assessment」というIPO予備調査サービスを提供しています。ぜひ、私たちの知見をご活用いただき、上場準備での課題認識および東京証券取引所への上場との比較検討などで貢献できれば幸いです。
経験豊かな各分野の専門家が国内および海外市場における株式上場(IPO)に関する包括的なアドバイザリーサービスを提供します。
PwCは内部統制に係る豊富な知見と実績と共に、内部統制対応に関する従来の課題はもとより、デジタル時代特有の課題の解決を支援するための多種多様なサービスを提供します。
PwCは、トランザクションに起因する会計アドバイザリーに長けた専門スタッフで構成するグループ「Capital Markets and Accounting Advisory...