特別対談 競争力としてのデータマネジメント―あらゆるデータからインサイトを得るために、必要なテクノロジーと人材とは

これからの時代の企業成長、イノベーションの促進には、ビッグデータを活用した「データアナリティクス」が必要不可欠であり、さまざまな業界において、データ利活用に対する注目度が高まっています。しかしながら、集めたデータを戦略的に活用して実際の経営に生かしているケースはまだまだ少ないのが現状です。データから価値や発見、ビジネスに役立つインサイトを得るためには、「データアナリティクス」やそれを支えるテクノロジーだけではなく、データ自体を整理して管理する仕組み、いわゆる「データマネジメント」が重要であり、さらには、そのデータを扱う人の問題が重要と考えられます。データの利活用を企業の競争優位性に結び付けるには、何を考え、どう行動すべきなのでしょうか。

freee株式会社 CEOの佐々木 大輔氏と、PwCあらた有限責任監査法人 パートナーの伊藤 嘉昭が、データを活用した企業変革、戦略的データマネジメントに必要な視点などについて語り合いました。

組織変革を促すクラウドサービス企業統治や働き方改革の観点からも有効

伊藤:
freee株式会社(以下、「freee」。)は、クラウド会計ソフトのパイオニアとして、個人事業主から上場企業まで幅広く会計を軸にしたプラットフォームを提供し、業務効率化や経営革新を支援されています。従来は、人が手を動かして財務諸表を作っていましたが、freeeが提供するソリューションを利用することにより、人の手が介在しなくても帳簿や決算書の作成の自動化が可能になります。もし、将来的に開示情報やその他の日常的な各種業務の実行、報告書の作成なども可能になれば、企業の経理業務をはじめとするバックオフィス業務は大幅に削減され、その結果として組織構造は大きく変わってくるのではないかと私は考えています。

今までの会社は、担当者から管理者としての課長、部長がいるという組織構造に沿って情報が収集され、その途中で管理者によるチェックが幾重にも入る形式が主流になっていましたが、テクノロジーが 進展すると、中間層によるチェックが不要になるのではないかと思っています。つまり、その点で組織はよりフラットになり、経営者と営業・販売部隊がいれば、日常的な企業経営はある程度できるようになるのではないかと思っています。そうすると、人は単純作業を行う必要がなくなり、付加価値の高い業務に時間を投資できるようになる――。freeeが開発するソリューションについて、そんなイメージを私は抱いているのですが、実際のところはいかがでしょうか。

佐々木:
我々のメインユーザーである中小企業や個人事業主については、組織をフラット化していくことを主目的としてfreeeを活用している企業は多くないのではないかと思っています。ただ、AIの活用や自動化の技術によって、単純作業が減りチェック役としての管理者が必要なくなるというのはご指摘のとおりだと思います。一方で管理者そのものが不要かどうかは別の議論で、むしろそこは、機械に置き換えることのできない管理者にならなければいけないと思っていますし、社員がよりクリエイティブに活動するための育成やそのサポートが管理者にとって重要な仕事になっていくのではないかと思っています。例えば芸能人のマネージャーのように、スタープレイヤーの力を最大限に発揮するための裏方としての役割に変わっていくのではないでしょうか。

伊藤:
役職が上がるほど現場が見えなくなる傾向にあるので、管理者がいて、そこから報告を受けて進捗を確認するというのが従来の経営の手法だったと思いますが、そういった中継役としての管理者の役割は不要になるのではないかと思っており、さらに、ツールによってタイムリーに経営の状態が可視化できると、経営者は容易に企業全体を見渡すことが可能となります。現在、いろいろな会社でガバナンスに起因する問題が起きていますが、ガバナンスを機能させるためには、経営の透明性や見える化が非常に重要と考えており、その点でもテクノロジーの活用は非常に有益だと感じています。

もう一つ、クラウドサービスという点も重要な要素かと思います。昨今の社会的に重要なテーマの一つである働き方改革を実現するためのソリューションとしても大いに期待されます。今までの経理の仕事は、毎日オフィスに来て行う必要がありましたが、セキュリティの問題さえクリアできれば、時間と場所を問わず、自宅でも移動中でも仕事ができるようになり、より柔軟な働き方が実現しやすくなるのではと考えています。

佐々木:
私もきっとそのようになると考えています。そもそも、現在でもバックオフィス部門はアウトソーシングされていて、社内にはほとんどない、ということもある程度当たり前になっているのではないでしょうか。小規模なビジネスでもそうなっていくかどうかはまた別の話かもしれませんが、時間や場所の制約がないという点は柔軟な働き方を実現する上で重要な要素だと思います。

データマネジメントは人材の問題テクノロジーだけでは解決できない

伊藤:
データの利活用が企業経営において重要なテーマとなっており、多くの企業がデータプラットフォームを構築し、さまざまなデータを集めています。しかし、それを戦略的に活用し、経営に生かしているケースはまだまだ少ないのが現状です。その理由として、部署ごとや子会社ごとでシステムが異なり、データのフォーマットや粒度もバラバラであるため、簡単に利活用ができる状態になっていないことが挙げられます。私たちが行う監査業務も、分析に多くの時間を割きたいという思いはあるのですが、従前の環境ではその前段階でデータのフォーマットを整えることに多くの時間を費やしているといったことが多いのが実情です。データから価値を見いだそうとするのであれば、データは分析に耐えられる状態で整備されている必要があり、そのためには秩序だったデータの管理、すなわち「データマネジメント」が不可欠だと感じています。freeeでは、これまでのビジネスを通じて集めたデータを、さらに活用していくという点で意識されていることはありますか。

佐々木:
現時点ではクラウド会計ソフトが中心であり、いわゆる「お金」にかかわるデータを整理することが中心でした。今後本当にやっていきたいこととしては、会計データだけではなく、例えば顧客行動や社内の生産性など、経理や決算に先行するデータを集めてきて、会計データと結合して新たな示唆を得ていければと考えています。企業の経営課題を根本的に解決するためには、結果としての会計データだけではなく、結果につながる先行指標から分析していくことが重要であると考えています。

例えばソフトウェアなどですと、ユーザーの行動自体はログに落ちてくるものの、これ自体は集計ができないものですから、分析ができるデータとはなかなか言えません。そこからインサイトを得ようとなったときには超人的なスキルが求められる点が難しいと感じています。

そのため経営者は、経営のみならず、経営指標の見方、データアナリティクス、その前段階のデータ整理の技術やプロセスを知らないといけません。そうしたデータマネジメントに必要な仕組みの整備はものすごく壮大で、なおかつ、超人でないと務まらないのが現状で、たとえ夢のように優れたツールが世の中に数多くあったとしても、超人以外は使いこなせず、結局、宝の持ち腐れになってしまう――そういうことが現状の課題だと考えています。全ての企業でそのような人材を採用・育成をしていくことは困難ではないかと考えており、徐々にでもその辺りの手助けができるソリューションが提供できればと考えております。

伊藤:
従来、企業のディスクロージャー、レポーティングは、財務諸表や関連する開示等の財務情報にフォーカスしていましたが、金融庁が2019年1月に決定した内閣府令の改正では開示内容を従来よりも広げていこうということで、経営方針や経営戦略、事業リスクなどについても記載するよう制度改正を行いました。おっしゃるとおり、これらの非財務情報や、財務情報になる前の未財務情報(プリファイナンシャルインフォメーション)が積み上がった結果、財務諸表ができ上がるという考え方とも整合するものです。開示情報の幅を広げて、投資家と深度のある対話を持つことが、より企業を成長させるという考え方が昨今注目されています。制度改正に伴い、私たち監査法人の役割も、財務諸表を会計基準に照らし合わせて、その適正性を判断するのみならず、非財務情報や未財務情報も含め、企業活動との関係性を整理し、マネジメントアクションに有用な情報を提供するという役割を担うことも重要と考えています。

佐々木:
なるほど。制度として求められても、各企業だけでは対応できないでしょうね。

伊藤:
そういった意味では、いままで「使えない」と言われていたデータを整理して、いかに集計しやすくし、企業の中で利活用しやすくするという点についても、データマネジメントに関するアドバイザリー業務としてまさに取り組んでいるところです。昨今はテクノロジーが進化して、AIなどが企業の業務プロセスに入ってくるようになってきており、経営者はビジネス以外に、データやテクノロジーについても理解しておくことが重要と考えています。一方で、経営は人がいて成り立っているわけですから、データやテクノロジー、人のバランスを図り有機的に結合した管理態勢を構築していかないと、企業価値の最大化を図ることはできないのではないかと考えています。私たちPwCでも、データやテクノロジーに加え、それらを活用する人の育成も大切だというアドバイスを行っています。

佐々木:
データマネジメントについて大事なことは、かつてのITと同じ轍を踏まないことです。日本の企業はITやソフトウェアの活用を“自分ごと”と捉えることなく、全て外注してきた結果、グローバルな競争力に結びつかなかったという経緯があります。これは国全体としての課題でもあります。データの利活用は、ITやソフトウェアを導入すればいいという問題ではないと考えています。自社のビジネスにとって意味のあるデータは何かを明確にし、その利活用から競争力につながるインサイトをいかに見いだすことができるか、という点は大きな問題です。

このときに重要になるのが、人材と意思決定のメカニズムです。競争軸となる領域に優秀な人材を配置し、権限と責任を付与して着実に実行していくことができるのかがポイントになってくると思います。データマネジメントを企業全体の課題として捉えた場合、「人」の問題として扱わない限り解決は難しいと考えています。また、こうした課題は、早期から着手して時間をかければ自然とできるというわけではなく、多様なバックグラウンドを持つ人材を集め、多様な考えを結集してこそできることだと考えています。

その際に導入するツールは既に数多く存在しますから、必要に応じて既製品と内製化して開発したツールをうまく組み合わせて使えばよいと思います。

理想は全てのデータがつながることまずはできるところから始めるべき

伊藤:
freeeでは、経理業務などに自社のクラウド会計ソフトを活用していると思いますが、佐々木社長は経営者としてどの程度会計データをチェックし、ビジネスに生かしているのでしょうか。

佐々木:
経営者には、タイムリーに見るべきデータもある一方、リアルタイムで見ないほうがいいデータも多くあります。それに追われていたのではかえって不効率で仕方がないというデータです。その辺りはメリハリをつけてやっていくということだと思います。

伊藤:
経営者が日ごろ見ている経営情報というのは、freeeのソリューションで入手できるものもあれば、非財務情報や未財務情報などもあり、これらについては自動的に集められるものもあれば、人が手動で集めてくるものもあると思います。そうした非財務情報・未財務情報も、近い将来には自動的に収集できるようになると私は考えており、一部の企業ではそのような取り組みは既に進んでいると聞いています。

情報収集はテクノロジーに任せて、人がやるべきことは、クリエイティブなことや未解決の問題にチャレンジすることであり、そのときに、ご指摘のようにデータやテクノロジーについて理解していないといけないし、今のままでは超人的なスキルを持っていないとデータが揃っていても活用できないといった事態に陥るわけですね。

佐々木:
理想を言うと、全てのデータが整理され有機的につながっていることが望ましいですが、実際には、経理・会計、給与計算、営業管理など、どこの会社でも同じようなことをやっているものの、構造化されていないデータも含めて、全てのデータをつなげることは現実的に困難であり、また「何故、全てつながっていないのか」という前提でデータを整理しようとしても、なかなか前に進まない気がしています。できるところから一つずつ取り組んでいき、何年か後に、幅広い領域でデータがつながっているということが現実的です。そのためにも、後からデータをつなげられるようにAPIが充実したサービスを使うことが大事だと考えています。freeeが早くからAPIを公開し、継続的に投資し続けていることにはこのような背景があります。

伊藤:
会計データはもちろん、非財務情報も含めたデータマネジメントは、多くの企業が重視すべきコンセプトだと思っています。規制の強い金融業界などでは、データガバナンスが金融当局から直接的に求められていて強いプレッシャーがかかるため、CDO(Chief Data Officer:最高データ責任者)を設置して専門的に対応する企業も増えています。今後はデータ品質、つまり、正確なデータを収集・保持しながら、意思決定に結び付けていくことの重要度が増していくと考えられますが、こちらについてはいかがでしょうか。

佐々木:
先進的なテクノロジーを取り入れること自体は既に差別化要因ではなく、その確度を高めることが差別化要因であり、ここに投資を行うことで競争優位性を獲得する企業も増えていくと感じています。ただし、CDOを置いたところで、CDOに絶対的な意思決定権を持たせられないのであれば意味がないし、CDOの意思を実行できるリソースがあるかどうかも重要です。つまり、その人だけの問題ではなくて、その人がやりたいことを実現するだけのタレントが揃っているかどうかも含めてデータマネジメントに投資をすると決めているのかどうかが究極的に問われているのだと思います。

CDOやCIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)を置けば問題は解決するという話ではなく、何を解決したいのか、その場合のROI(Return on Investment:投下資本利益率)も踏まえながらどこまでリソースを投資できるか、という経営者の胆力にかかっています。

伊藤:
freeeはテクノロジーで企業の業務改革を推進している企業である一方、企業経営において普遍的な哲学をお持ちの印象を受けました。本日はありがとうございました。

執筆者

佐々木 大輔(ささき だいすけ)
freee株式会社 CEO

Googleで、日本およびアジア・パシフィック地域での中小企業向けのマーケティングチームを統括。その後、2012年7月 freee株式会社を設立。Google以前は博報堂、投資ファンドのCLSAキャピタルパートナーズにて投資アナリストを経て、レコメンドエンジンのスタートアップであるALBERTにてCFOと新規レコメンドエンジンの開発を兼任。一橋大学商学部卒。専攻はデータサイエンス。日経ビジネス 2013年日本のイノベーター30人/2014年日本の主役100人/2016、2017、2019 Forbes JAPAN 日本の起業家BEST10に選出。

伊藤 嘉昭(いとう よしてる)
PwCあらた有限責任監査法人 執行役 マーケット担当 パートナー、公認会計士

国内および外資系金融機関に対して20年以上の会計監査・アドバイザリー業務を提供してきた経験を有する。特に銀行業の法規制、会計基準の諸問題等に精通している。現在は、グローバルに活躍する企業に対し、IFRS、米国会計基準、日本会計基準に関する会計アドバイザリー業務、内部統制アドバイザリー業務、金融規制関連業務、データマネジメントに関するアドバイザリー業務、統合報告に関するアドバイザリー業務を提供している。