本年6月に閣議決定された成長戦略実行計画においては、第4次産業革命において最大の資源となる「データ」を利活用できる環境を整備し、世界に先駆けてイノベーションを生み出す必要があり、国際社会において、プライバシー保護と自由なデータ流通の両立のために、わが国が先導役として取り組むものとされています。本邦においては政府によってこれまでもデータの利活用に関してさまざまな施策が講じられてきましたが、同計画ではさらに、サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合したSociety 5.0の実現に向けて、デジタル市場のルール整備に係る対応の具体的な方向性が定められています。そこで、本稿では、データの利活用にかかわる制度や規制等について、これから計画されている取り組みも含めて、その概要や方向性を整理および説明していきます。
なお、本稿における見解は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
本邦においては、これまで、データ利活用の基本的な枠組みとして、2016年に官民データ活用推進基本法が制定され、これに基づく制度整備が進められてきました。同法においては、官民データ活用推進基本計画を策定し、官民データ活用の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進していくものとしており、これに基づき、オープンデータの推進によるデータの円滑な流通の促進や、データ流通における個人の関与の仕組みの構築等が進められています。
例えば、産業データについては、複数の事業者でのデータ利活用におけるデータの利用権限や帰属(データオーナーシップ)の明確化の観点から、2017年に「データの利用権限に関する契約ガイドラインVer 1.0」が、また、2018年にこれを抜本改訂する形で「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」が、経済産業省によってそれぞれ公表されています。このガイドラインでは、複数の事業者でデータの利活用を行おうとするときのデータオーナーシップに係る契約上の取り決めに関し、指針やモデル契約などが示されています。さらに、2018年に不正競争防止法の改正が行われています。秘密管理性等の要件を満たさないことから同法の「営業秘密」として保護されない情報に関しても、ID・パスワードなどの技術的な管理を施して提供されるものについては「限定提供データ」として保護しています。そして、この「限定提供データ」を不正に取得・使用等する行為を新たに「不正競争行為」とし、これに対する差止請求権等の民事措置が創設されることとなりました。
その他、パーソナルデータを含めた多種多様かつ大量のデータの円滑な流通を実現するために、個人の関与の下でデータ流通・活用を進める仕組みである、いわゆる「情報銀行」について、「情報信託機能の認定に係る指針 Ver 1.0」が2018年に公表されており、情報銀行の実現に向けて、民間団体等による任意の認定の仕組みを有効に機能させるための認定基準やモデル約款の記載事項等が示されています。本年6月には、当該指針を踏まえ、一般社団法人日本IT団体連盟により、第1弾となるP認定(「情報銀行」サービスが開始可能な状態である運営計画に対する認定)の付与がなされています。
一方、個人情報については、2015年に個人情報保護法の改正が行われています。同改正においては、データの利活用に関連して「匿名加工情報」の制度が創設され、個人情報についても、特定の個人を識別することができず、また個人情報を復元することができないように一定の匿名加工を施すことで、ビッグデータとして利活用することが可能となりました。他方で、人種、信条、病歴といった、特に保護の必要性の強い一定の個人情報については、「要配慮個人情報」として、原則として取得時に本人の同意を必要とするなど、厳格な取り扱いを求めることとし、また、取り扱う個人情報の数が5,000以下の小規模事業者についても規制の対象に含めるなど、併せて個人情報保護の観点からの改正もなされています。
以上に加えて、デジタル技術によってデータを利活用するデジタル・プラットフォーマーについて、その巨大化・寡占化の傾向を踏まえて競争政策および取引環境整備の観点からの検討が公正取引委員会、経済産業省および総務省などによって継続的に進められ、各種の検討結果が公表されています。例えば、競争政策やその在り方に関する報告書や「デジタル・プラットフォーマー型ビジネスの台頭に対応したルール整備の基本原則」およびこれに基づくオプション(下記2参照)がこれまでに公表されている他、報道等によれば、公正取引委員会は、これらデジタル・プラットフォーマーによるデータの取得などが、個人消費者との関係において優越的地位の濫用として独占禁止法に違反する可能性がある場合を示す指針案を、本年8月に公表する予定とされています。また、下記2に説明するように、取引の透明性・公正性を確保するためのルール整備も予定されています。その他にも、金融機関におけるデータの利活用の促進に向けて、本年5月に銀行法や保険業法の改正法が成立しており、顧客に関する情報を、同意を得て第三者に提供する業務などがその業務内容に含められることとなっています。本年6月には、官民データ活用推進基本計画実行委員会の下に設置されたデータ流通・活用ワーキンググループによる第二次取りまとめが公表され、円滑なデータ流通に向けた環境整備や、個人が安心してデータを活用できる環境整備に関して、その課題や対応方針が示されており、ここではパーソナルデータの活用に向けて企業において期待される取り組みなども示されています。
以上は、あくまでデータの利活用にかかわるこれまでの政府による施策の代表的なものですが、このように、本邦においては、第4次産業革命におけるデータの重要性を踏まえ、データの利活用に向けた制度整備が進められてきたところであり、以下に述べるように、今後もさらなるデータの利活用の推進に向けた取り組みが実施されることが予定されています。
本年6月に閣議決定された成長戦略実行計画においては、AI、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)、ロボット、ビッグデータ、ブロックチェーンといった第4次産業革命のデジタル技術とデータ活用は、全ての産業に幅広い影響を及ぼす汎用技術(General Purpose Technology)としての性格を有するという背景のもと、第4次産業革命において最大の資源となる「データ」を利活用できる環境を整備し、世界に先駆けてイノベーションを生み出す必要があることや、国際社会においてプライバシー保護と自由なデータ流通の両立にわが国が先導役として取り組むことなどが謳われています。その上で、これらを受けたデジタル市場のルール整備の対応の方向性が具体的に定められています。そのうち、データの利活用にかかわるものとして、(1)内閣官房にデジタル市場の競争状況の評価等を行う専門組織(「デジタル市場競争本部」(仮称))を設置することの他、以下に説明するように、(2)デジタル・プラットフォーム企業と利用者間の取引の透明性・公正性の確保のためのルール整備、(3)個人情報保護法の見直し、(4)データの移転・開放の促進等、および(5)DFFT(Data Free Flow with Trust)の実現に向けた国際的な組織とWTO(世界貿易機関)におけるデータ流通ルールの整備などの制度整備が掲げられています。
デジタル・プラットフォーム企業による企業結合に関連して、デジタル市場においては、企業の市場シェアが小さくても、データの独占により競争阻害が生じるおそれがあります。従って、この成長戦略実行計画では、イノベーションを阻害することのないよう留意しつつ、データの価値評価を含めた企業結合審査のためのガイドラインまたは法制整備を図ることが計画されています。
また、デジタル・プラットフォーム企業は、中小企業・ベンチャー、フリーランス(ギグエコノミー)にとって、国際市場を含む市場へのアクセスの可能性を飛躍的に高める一方で、デジタル・プラットフォーム企業と利用者間の取引において、(1)契約条件やルールの一方的押しつけ、(2)サービスの押しつけや過剰なコスト負担、(3)データへのアクセスの過度な制限などの問題が生じるおそれがあることを踏まえ、デジタル市場に特有に生じる取引慣行等の透明性および公正性確保のための法制およびガイドラインの整備を図るものとし、2020年の通常国会に法案(「デジタル・プラットフォーマー取引透明化法」(仮称))の提出を図ることが計画されています。ただし、かかるルール整備が第4次産業革命のデジタルイノベーションを阻害することのないよう、当初はcomplyor explain(従うか、または、従わない理由を説明する)といった自主性を尊重したルールが検討されることとなっています。具体的には、以下を含む項目について検討がなされる予定となっています。
なお、これに先立ち本年5月により公正取引委員会等によって公表された「取引環境の透明性・公正性確保に向けたルール整備の在り方に関するオプション」においては、その対象となる類型や規模については、オンライン・ショッピング・モールやアプリ・ストアを議論の起点としています。また、ある程度巨⼤なプラットフォーマーに限定することを検討するものとされていますが、係る規制対象の議論によって影響を受ける企業の範囲も大きく変わってくることから、その議論の状況についても注視する必要があると考えられます。
個人情報保護法については、情報通信技術の進展が著しいことなどを踏まえ、3年ごとにその内容等の見直しの検討を行うものとされており、個人情報保護委員会は、かかる3年ごと見直しの検討として、本年4月に中間整理を公表しています。かかる3年ごと見直しの検討状況を踏まえ、成長戦略実行計画においては、個人情報保護法について、個人が自らのデータの利用の停止を企業等に対し求めることができる仕組みの導入を含む、個人情報の望ましくない利用の防止措置や国内外企業への内外無差別の適用策を講じること、また、活用が必ずしも進んでいない匿名加工情報について、より利活用が進む仕組みへと見直すこと等を検討し、2020年の通常国会に改正法案の提出を図ることとしています。
なお、上記中間整理においては、個人情報保護法の見直しに関して、(1)個人情報に関する個人の権利、(2)漏洩報告、(3)個人情報保護のための事業者における自主的な取組を促す仕組み、(4)データ利活用に関する施策、(5)ペナルティ、ならびに(6)法の域外適用および国際的制度調和への取組と越境移転のそれぞれの在り方について検討が行われています。そのうち、データポータビリティやデータ利活用ガイドラインといった、データ利活用に特に関連する項目については、表1のような基本的考え方が示されていますが、結論の方向性や具体的な内容は未だ示されていないため、今後も議論の状況を注視していく必要があると考えられます。
データの移転・開放の促進等については、金融分野、医療分野といった具体的分野ごとに、データポータビリティ・API開放について具体的制度設計の検討を行い、また、レガシ規制などについて、デジタル市場に即したルールの整備を図ることが計画されています。なお、これに関連して、本年5月には公正取引委員会等により「データの移転・開放等の在り方に関するオプション」が公表されています。
プライバシーやセキュリティ・知的財産権に関する信頼を確保しながら、ビジネスや社会課題の解決に有益なデータが国境を意識することなく自由に行き来する、国際的に自由なデータ流通の促進を目指す必要があることから、DFFTのコンセプトの下、G20などの機会を活用しつつ、日本が主導権をもって国際的な議論をリードしていくこととされています。また、データの自由な流通を含む、WTOにおける電子商取引に関するルール交渉について、可能な限り多くの加盟国とともにハイレベルなルール形成に向け、国際的な合意形成を進めるものとされています。
以上のように、国内においては、データの利活用に関連して、法律や規制、制度等のさまざまな見直しや制定の検討が進められているところであり、データの利活用をビジネスとして行い、または行おうとする企業においては、これら見直し等の動向については、その情報を適時に把握・検討し、その影響を検討するとともに、これに必要な態勢整備を含めて、適切な対応を講じていくことが重要となると考えられます。
加えて、本邦のみならず海外においても事業を行い、またはサービスを提供する企業においては、当該法域におけるデータにかかわる規制にも適切に対応することが求められます。とりわけ、個人情報については、世界的に規制強化の動きが見られるところであり、欧州における一般データ保護規則(GDPR)の施行をはじめとして、カルフォルニア州やロシア、中国、また、タイ、ベトナムなど、世界各国において個人情報保護のための法制整備が行われており、GDPRについてはその施行から1年が経過し、欧州経済領域(EEA)域外の企業に対するものも含めて多くの執行事例が見られています。また、産業データについても、米国においては国防権限法(NDAA)や対米外国投資委員会(CFIUS)の審査制度の改正により、安全保障上の問題を理由としてデータの管理や移転にさまざまな規制がかかる可能性がある他、中国においてはサイバーセキュリティ法により政府・主要産業で厳格なローカライズが求められるなど、いわゆるデータローカライゼーションの動きも見られます。その他、近時の米国における巨大プラットフォーム企業に対する独禁法執行の方針変化に見られるように、データの保護や利活用にかかわる各国政府の政策や法執行の方針が変化するおそれも考えられます。
そのため、データの利活用に取り組む企業においては、会社が保有するデータの棚卸を行い、その取り扱いや管理等の状況を把握するデータマッピングなどの取り組みの他、本邦で来年予定されている前述のプラットフォーマー規制や個人情報保護法の改正についてはもちろん、海外の個人情報保護法制の他、場合によっては産業データにかかわる規制も含めて、自社のデータ利活用ビジネスにかかわる国内外の法規制の内容および動向を継続的に把握し、その影響を分析し、遵守態勢の整備および確保を含め、これらに必要な対応を行うことに対する重要性がいっそう高まってくると考えられます。