激変する購買管理実務を支えるデータ管理

はじめに

購買(あるいは調達、仕入)と呼ばれる企業活動は、製造業や建設業に特有の活動と考えられがちです。たしかに、競争優位の確保の観点で原価管理の重要度が高い製造業において取り組みが先行していたのは事実です。しかし、現在ではサービス、情報システム、金融など全ての業種において、購買業務は、サプライチェーンやバリューチェーンの「起点」となっている重要な活動です。

この「バリューチェーンの起点」という購買業務の特異な位置付けは、他の業務プロセスの管理とは違う独特の難しさの原因となっていますが、プロセスや情報システムの構築の巧拙が全社的な業務効率やコスト効率に与える影響も非常に大きくなる点にも留意が必要です。

本稿においては、購買活動管理を取り巻く環境の変化と課題をあらためて明らかにするとともに、この課題に対する対応策を古典的な手法から最近の事例まで、「データ管理」の観点から、なるべく情報システムの専門用語は使わずに俯瞰します。

なお、本稿における見解は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

1 購買業務を取り巻く変化とその課題

(1)経営資源の入口の過半を占めており、社内の購買需要を満たす必要がある

企業を支える経営資源は「ヒト・モノ・カネ」といわれますが、購買業務は「モノ」の入口の大半にかかわっており、「ヒト」についても派遣社員の発注(調達)も購買業務の一部と見なされる場合も出てきています。モノやサービスの調達なしに業務が成立する業務や部門はないとさえ言える状況ですので、購買業務は、多岐にわたる社内の購買需要に応えていくとともに、社内の多くの業務プロセスや情報システムと密に連携して進めていく必要があります。

社内の購買需要を満たすといっても、静的に現状の組織に対応するだけでは不十分で、企業活動のグローバル化や新事業への展開、新商品開発に伴い、事業買収などの際には、迅速な対応が求められるという動的な側面があることも見逃せません。こうした対応がなおざりになると、原価や経費はあっという間に高騰してしまいます。

こうした背景から、購買業務のシステムは、製造業においては工場の生産システム、建設業や情報システム業においてはプロジェクト管理システムといった基幹系システムとリアルタイムに近い緊密な連携がなされています。ジャスト・イン・タイムでの資材調達や、トレーサビリティ確保や緻密な原価計算といった経営管理の高度化は、この購買業務システムと基幹系システム間の連携で初めて実現されます(P22 図表1)。

データ管理の観点では、情報システム間の連携というのは急所の一つとされており、データフローの上流にあたる購買業務システムと、下流にあたる基幹系システムの間では、マスタデータと呼ばれる以下のような基本データが確実に共有されていることが、スムーズな連携には欠かせません。購買業務が連携すべき社内業務や拠点が多岐にわたることで、基幹系システム以外の多くの社内システムとも連携する必要が出てきますので、柔軟性の高いデータ連携の技術や手法を採用し、情報システム間連携の開発や維持にかかる投資とコストを抑制していく必要があります。


購買業務システムが、社内の情報システムと連携する必要があるマスタデータの例

  • 子会社や組織(部署・部門・工場・事業所など)のコード
  • 調達物品やサービスのコード、社内で製造する商品や部品あるいはプロジェクトのコード
  • 財務会計あるいは管理会計で設定する勘定科目
  • 従業員や協力会社社員等の職員に付与するIDやコード
  • 取引先のコード

(2)社内事情とは無関係に変化していく取引先や調達先の動向に対処する必要がある

社内で緻密かつ多様な連携が求められる業務は購買業務だけかというと、実際はそんなことはありません。しかし、購買業務の本当の難しさは、取引先あるいは調達先という社外のステークホルダーとの連携が必要な点にあります。

しかも、こうした外部ステークホルダーは、社内の事情とは無関係に変化するものですし、提供される物品やサービスはそれ以上に変化していき、社内の購買需要もこうした変化への迅速な対応を要求してくるものです。これが、社内の全部門、グローバルの全拠点で起こると考えると、対応の難しさが実感できると思います。

また、購買の最適化の観点でも、そうした外部の変化に迅速に対応することで原価や費用の低減が見込める場合もあり、購買部門自身の判断として積極的な見直しをしたいというニーズが出てくるケースも考えられます。業務のグローバル化だけでなく、サプライヤーがグローバル化していることを考えると、さらに難しさが増します。

別の観点で、社外連携が求められる業務というと、営業が真っ先に挙げられるはずですが、購買部門にはそこまで潤沢なリソースは割り当てられていないことも、当然ですが重要な考慮ポイントとなります。

ここまで課題を挙げていけば、当然ながら情報システムの活用という対策が挙がってくるわけでして、こうしたニーズを背景として1990年代後半からさまざまなeコマース(電子商取引)が企業間取引でも進められてきたわけですが、eコマースが活用されるようになって20年以上のプラットフォームの変化というのは、テクノロジーの変革の観点でもサービスや企業の興亡の観点でも驚くべきものがあります。

情報システムの構成(いわゆるシステムアーキテクチャ)の観点では、こうした変化の多い業務を扱う情報システムと、そこまで激しい変化が求められない情報システムは、分離して扱うのが望ましいとされています。購買業務システムが基幹系システムとは分けて構築されているのは、こうした理由によるものです。しかし、多くの企業では、情報システム部門のほとんどのリソースは基幹系システムの企画や開発に割り当てられていて、「基幹系以外のシステム」として扱われがちな購買業務システムには情報システムの専門家が十分にアサインされていない場合が多いのではないでしょうか。

こうしたサプライヤーとプラットフォームの変化の激しさへの対応、そしてグローバルサプライヤーとの接続の容易性を実現する手段として、購買業務システムの構築を社外の環境で行い、複数の企業で共有する「クラウド」と呼ばれる形態で構築する企業も増えており、実際、多くの購買業務システムのプロバイダーはクラウドに対応したサービス形態に移行しています。クラウド環境で提供される購買業務システムのサービスでは、さまざまなサプライヤーが提供するeコマースとの接続機能も提供される場合が多く、サプライヤーや提供される商品やサービスの変化への対応負荷の軽減が、メリットの一つとなっています(図表2)。

データ管理の観点でこうした変化の激しい外部ステークホルダーとの関係を考えると、どのデータが社内にあって、どのデータは外部サービスベンダーの環境にあるのか、データの転送はどこからどこに行われているのか、データは社内のどんな業務やシステムに使われているのか、といったデータの属性やフローをしっかりと管理していかないと、うっかり個人情報保護や各国の規制に抵触してしまう事態も起こり得るわけです。こうした管理は、「メタデータ(データの属性情報)の管理」あるいは「データリネージ(データ連関性)の管理」と呼ばれる領域ですが、昨今のデータガバナンスで最も注目されている領域の一つとなっています。外部環境の変化の多い購買業務では、こうしたガバナンスを疎かにすると、あっという間に業務そのものが立ち行かなくなります。

2 「購買したら終わり」ではない購買管理
原価や経費の統制あるいは内部統制の観点から

ここまでは、購買あるいは調達を行う上で当然求められる機能と課題について考えてきましたが、一歩引いて購買業務の管理やガバナンスの観点、あるいは経営の改善における購買という観点で、どのような課題があるのか、検討してみたいと思います。

(1)購買の集中化による購買力の強化を通じた原価や経費の削減、購買業務の最適化

昨今の経済環境の変化を考えると、どの業界においても原価や経費の削減への関心が高まってくるのではないかと考えられます。購買業務が企業の損益に与える影響は非常に大きいため、原価や経費の統制について、購買部門への経営層からの期待は大きいのではないでしょうか。購買部門主導による原価や経費の統制の手法として最も古典的な手法は、購買業務を各部門に委ねるのではなく購買部門に集中することで、サプライヤーとの交渉力を向上させるというものです。購買部門の少ないリソースで全グループの購買業務を管理していくためには、購買に関する権限の移譲だけでなく業務プロセスと情報システムの活用は必須といえます。

また、サプライヤーとの交渉力を高めるためには、モノやサービスの需要量、需要の周期とタイミングの把握は欠かせません。こうした分析のためには、購買業務システムの過去データの蓄積が欠かせません。単に購買需要を右から左にさばくだけのデータの要件と、需要分析を行うためのデータの要件は異なりますし、さらに購買対象のモノやサービスの価格変動や納品までのリードタイムまで考慮した最適化まで検討しようとすれば、さらなる外部データの蓄積も必要となります。

(2)購買を行う部門や製品、プロジェクトの把握による、原価管理、費用管理、管理会計の高度化

似たような論点になりますが、購買業務システムは企業の原価や費用の管理、あるいは管理会計の重要なデータ供給元となっています。製造業や建設業においては、こうした原価管理は厳格に行われている傾向がありますが、その他の業界においては、購買の要求の入力がバックオフィスや総務部門で「まとめ打ち」されるような、購買費用と社内のアクティビティの連携を阻害する運用が残っているケースも見受けられるようです。部門、事業、製品あるいはプロジェクトといった単位で、収益と投資や費用のバランスを把握していくことは経営管理の基礎となる活動ですが、経営を取り巻く環境がタイトとなり収益の拡大が難しくなる局面においては、その重要性がいっそう高まります。

データ管理の観点では、購買の入力単位を細かくすることでデータのボリュームが膨大なものとなる点に配慮が必要となります。しかしながら、昨今の技術革新により、ビッグデータの処理や分析のパフォーマンスは大きく向上しており、単位データ容量あたりのコストは激減しています。「管理業務のためにコストはかけられない」という従来の常識に過度にとらわれることなく、データの利活用効果も見据えた上で原価や費用の管理、管理会計の高度化を図っていくことが望ましいといえるでしょう。

(3)購買業務における社内不正の検知と防止、特に海外拠点や子会社の管理の強化

少し視座を変えて購買業務を捉えたとき、意外な課題として浮上するのは、社内の不正への対応です。実際、購買においては、少額の不正が発生してしまうことは決して珍しいケースではありません。購買だけで全ての社内不正を検知することはできませんが、過去の大規模な不正の事例においては、何らかの方法で購買のプロセスが利用されてしまっているのも事実です。特に、日本の企業においては、海外拠点や子会社の購買においては、高額な不正発生のリスクが高い傾向にありますので、集中化や統合が後回しにされがちなこうした領域こそ、可視化を進めて透明性を高めることが必要といえるでしょう。

データ管理の観点では、不正検知の検知力を上げていくためには、前述の(2)と同様に、購買の入力の「まとめ打ち」や代理入力の抑制が求められることになります。不正検知においては、「平常時との違い」をいかにして検知していくかが重要となるので、ユーザーの購買量や購買周期、システムへの入力の記録(ログ)を日頃から取得してデータとして蓄積していく必要があります。また、検知力を上げていくためには、同様の業務を行っている他部門の傾向との比較や、他のサプライヤーの提供価格単価との比較なども必要となってきますので、分析力の向上に合わせて、段階的にデータの拡張整備も検討するのが望ましいといえるでしょう。

3 調達のいっそうの最適化による競争力強化の取り組みの方向性

ここまで挙げてきた課題と取り組みは、2000年代から取り組みの事例も多く見られる古典的といえるテーマとなっています。では、先進的な企業においては、どういった点に着目して高度化やいっそうの最適化を図ろうとしているのでしょうか。

調達や購買の業務の全体像を大まかに列挙するならば、

(1)社内需要と社内在庫を把握した上で、

(2)調達計画の策定し、

(3)供給活動を回しつつ、

(4)供給が順調に行われているかをモニタリングするというプロセスを継続的に回し、

(5)先の章で挙げたようなリスク統制活動を行う、

という流れになります。

先進的な企業においては、(1)と(4)の需要・在庫・供給のモニタリングを自動化し、調達や購買のボトルネックを精緻かつ迅速に把握した上で解消することで、早期発注による価格交渉力のいっそうの強化を図ろうとしています。

ボトルネックとしては、

  • 基幹系システムや業務システム間の連携がされていないため、各業務で求められる部材やサービスの把握が手作業になっている
  • 購買の権限移譲が不十分で承認プロセスが無駄に長大化している
  • 定常的な発注に対して十分な与信枠の設定がされていない
  • 発注の入力に誤りがあるため、差し戻しが頻繁に発生している

など、さまざまなケースが考えられますが、購買発注1件ごとの処理状況を「プロセスマイニング」と呼ばれる手法で可視化し、処理過程ごとの所要時間を、部門別、商品別、入力担当者別、取引先別に分析することで、改善策が進められた場合の効果も予測しつつ改善計画を策定し、購買のよりいっそうの最適化を目指しています(図表3)。

この取り組みは購買部門だけで進められるわけではなく、全社的なプロセスや情報システム、そしてデータ管理や分析の手法の見直しが必要となります。一足飛びにこうした取り組みが進められるわけではありません。

購買部門の規模に比べて、購買業務が経営に与える影響は非常に大きなものがあります。購買の集中化、グローバル調達対応、グローバルサプライヤーへの対応、そして情報システムとデータ分析の活用といったテーマに順次、段階的に取り組みつつ、経営の高度化あるいは効率化を目指す皆さまのビジョンの整理に多少でも本稿がお役に立てれば幸いです。


執筆者

工藤 善也

PwCあらた有限責任監査法人
レギュラトリー・フィナンシャルマーケッツ・アドバイザリー部
ディレクター