2001年のWTO加盟を皮切りに、リーマンショックが起きるまでは年平均10%超という驚異的な経済成長を遂げた中国。2001年当時に日本の3割程度だったGDPは2010年頃に日本を抜いて世界第2位になった後、現在では日本の約3倍となっています。
2020年に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響によって世界経済の成長が滞る中、主要国で唯一プラスの経済成長を達成したことも記憶に新しいところです(図表1)。
そのような中国経済において、第二次産業の割合が約40%(米国は約20%、日本は約30%)であることも注目に値しますが、その中でも主軸産業であるといわれているのが不動産と自動車産業です。特に自動車の世界生産台数は約8,500万台ですが、その約30%である約2,700万台が中国で生産されており、中国はまさに自動車大国といえます(図表2)。
このように、中国経済や中国でのビジネスにおいては無視することのできない自動車産業ですが、中国政府は2035年に新車販売の全てを電気自動車(EV)などの新エネルギー車(以下、NEV)やハイブリッド車(HV)にする方針を打ち出しています。
2023年4月にコロナ禍を経て4年ぶりに本格開催された「上海モーターショー2023」は、開催期間中に90万人を超える人々が訪れ、世界最大規模の自動車展示会となりましたが、その会場でもNEVの最新モデルやコンセプトカーが展示され、まさに中国自動車業界の進んでいる方向性を示すものとなっていました。
このような現況から、中国という巨大なマーケットとNEVへの潮流を適切に把握し、対応するビジネスモデルの構築が、今後の日系自動車メーカーには求められています。
そこで本稿では、現在の中国自動車業界におけるデータを用いながら、NEVの一歩踏み込んだ現状を理解するとともに、今後の日系自動車メーカーとそのサプライヤーがどのような姿勢でここに向き合っていくべきかを考察します。なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人または所属部門の正式見解ではないことをあらかじめお断りしておきます。
一般に、電気自動車は総称して「EV(Electric Vehicle)」と呼ばれていますが、動力機構によって種類が異なります。最初に、動力別にどのような種類があるのか、その定義を確認しておきます(図表3)。
図表3に示したように、いわゆるハイブリッド車と呼ばれるHEVも3種類に分けられますが、「新エネルギー車(NEV)」とされるのは、PHEV、BEV、FCVです。このNEVは、中国においてはダブルクレジット※1の優遇対象となっています。
中国自動車技術者協会(China-SAE)が、2020年10月に発表した2035年ビジョン「省エネ・新エネルギー車両技術ロードマップ2.0(節能与新能源汽車技術路線図2.0)」では、中国における新エネルギー車両の発展について、2025年、2030年、2035年時点のビジョンとそのロードマップを示しています(図表4)。
同ロードマップでは、NEV以外の車両におけるMHEV/FHEV車割合、車両販売におけるNEV車割合やFCV車の保有台数に係る見通しが示されており、2035年までに内燃機関のみで走行する車両を全てMHEV/FHEV車に切り替え、NEV車の割合を全体販売量の50%以上、NEV車の95%以上をBEV車が占めるビジョンが示されていました(図表5)。
図表3:動力別自動車種別定義
名称 | 説明 | |
ICEV(Internal-Combustion Engine Vehicle) | ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関のみで走行する自動車 | |
HEV(Hybrid Electric Vehicle) | MHEV(Mild Hybrid Electric Vehicle) | 走行はエンジンがメインであり、電気モーターはその補助を行う自動車 |
FHEV(Full Hybrid Electric Vehicle) | 1つのガソリンエンジンと少なくとも1つの電気モーターにより駆動する自動車。ガソリンエンジンのサポートなしで短距離を走行可能。狭義のHEVはこれを指す | |
PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle) | 外部(プラグ)からの充電が可能なハイブリッド車。上の2種類(MHEVとFHEV)は内燃機関のエネルギーから発電している | |
BEV(Battery Electric Vehicle) | 内燃機関を搭載せず、純粋に電気エネルギーのみで走行する自動車 | |
FCV(Fuel Cell Vehicle) | 燃料電池自動車。水素やメタノール等で発電し、モーターで走行する自動車 |
出典:PwC作成
2035年のロードマップでは2025年時点でNEV車は全体販売量の約20%を占めることが予測されていましたが、中国汽車工業協会(CAAM)によると2022年のNEV車の販売割合は全販売の25.6%(約680万台)を占め、すでに予測を大きく上回る水準で販売割合を増やしており、現時点での2035年時点の見通しはNEV車が全販売の59%を占める結果となっています。
消費者にとって有利な補助金政策が購買意欲を後押ししたこともあり、このように中国市場における新エネルギー車の普及は、コロナ禍においても着実に進んできたことが分かります。この動きは新エネルギー車がすでに広く普及している欧州のような先進地域よりも急速です。この普及スピードは当初の予想を超えるレベルとなっており、2035年時点で依然としてFHEVやMHEVを含めた内燃機関搭載車がその半数程度を占めるという予測に対して、実際にどのような推移を示していくかは注目すべきポイントとなっています。
続いて、中国における大手BEV自動車メーカーごとの生産台数を見ると、1位の中華系自動車メーカーは180万台販売しており(2023年3月、PwC中国調べ)、NEVだけでなく自動車マーケット全体としても大きな存在感を示している状況です(2、3位はともに約44万台)。
さらに実際にどの価格帯の自動車が売れているのかという観点から、NEV市場の構造も見ていきましょう(図表6)。
低価格帯NEVは、コスト優位性を優先し、ターゲットを地方都市等に注力して、徐々に製品の品質を向上させる戦略を採用しています。一方で高価格帯NEVはブランド力やユーザーエクスペリエンスの強化によって、トレンド・流行を好む富裕層に切り込んでいます。
これはまだNEV市場が成熟しきる前だからできる戦略といえます。今後、NEV市場が成熟していくにつれ、ミドルエンドの市場が拡張していくという予想もあります。
ここまで、中国の自動車市場とそのプレイヤーについて見てきましたが、最近では、中華系の大手BEVメーカーの中には、エンジン開発にもリソースを割き始めている会社が出てきています。
一般に、「BEVは駆動が内燃機関から電気モーターに変わるだけだ」と思われることも多いのですが、実はそうではありません。ガソリンタンクが不要になり、エアコンやブレーキの仕組みなども大きく変わり、同じ自動車とはいえ、別製品と呼べるほど多くの機構が変わります。また、BEVは充電スタンド等のインフラ整備、部品交換等のアフターケア、中古車市場の整備など、今後の課題も多くあります。まったく新しい領域の製品であるがゆえに、新しいエコシステムを確立していかなければならないのです。
このような課題に加え、バッテリーが高価であるための高原価、資材の高騰、さらには2022年12月で中国政府のBEVへの補助金制度が終了したこともその背景として考えられます。
一方、PHEVは現在のところ、BEVと比べると低原価であり、BEVはPHEVとの価格競争になると厳しい状況です。そもそも、電気でもガソリンでも走行可能なPHEVは、機能面ですでにBEVよりも優位性があります。
このように、現在の中国自動車市場において、BEV市場は加速度的に拡大しているものの、一方でBEVだけでは利益が出しにくいと考えられているようです。
これまで日系企業はエンジン/HEV技術を武器に中国マーケットを攻めてきましたが、今後は、BEVシェアが向上する中でエンジン/HEVで利益を確保しつつ、電動化技術を中国で試し、展開していく必要があると考えられます。
2035年、あるいはそれを待たずしてかもしれませんが、ICEVが中国の自動車市場から消え去った後、「レガシーとされるHEV」対「BEV」は全体の半分の需要を取り合いながら、戦いを続けると思われます。
3で述べたような課題を抱え、かつ、HEVとBEVの双方の開発を行いながらの戦いは決して容易なものではありません。伝統的な日系自動車メーカーも中華系の新興NEVメーカーも「変化」を避けては通れない時代になってきています。さらに自動車マーケット全体を勘案すると、自動車は、部品点数が非常に多い産業であるため、部品サプライヤーも同様です。
現在、中国はこのように大きな変化を遂げているところであり、非常に厳しくも興味深い時代になっているといえるでしょう。
※1 ダブルクレジット:中国におけるCAFC規制、NEV規制の両規制に対するクレジット政策のこと。自動車メーカーは、この2つの指標の達成度合いに応じてクレジットを付与・剥奪される
PricewaterhouseCoopers
Zhong Tian LLP
シニアマネージャー 富田 賢治
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シニアマネージャー 柳澤 有哉