G7を構成する主要先進国が指導力を失い、G20も機能しなくなる“Gゼロ”の世界へと時代は突入しつつある。このようなリーダー不在の“Gゼロ”の世界では、地政学リスクを理解することが企業にとっても必要不可欠となる。さもなければ、国境問題に始まりテクノロジーの進歩に伴う未来の仕事への不安、遠隔地の選挙を標的にするハッカーの存在など、新世代の地政学的脅威には対処できないのだ。
このような情勢を背景に「社会に信頼を構築し、重要な課題を解決する」ことをPurpose(存在意義)とするPwC Japanグループは、八年にわたるユーラシア・グループとの協業を通して、地政学リスクを正しく捉えることの重要性を日本の経営者へと伝え続けてきた。
そしてこのほど、ユーラシア・グループ社長であるイアン・ブレマー氏の「地政学リスクをテーマとした国際会議を日本で開催し、第二のダボス会議を目指す」という壮大な構想に共感し、2018年10月17日にパレスホテル東京で開催された「GZEROサミット」に協力することとなった。
本サミットの基調パネル・ディスカッションには、PwC Japanグループ代表の木村浩一郎がパネリストとして登壇。産業界からは経団連会長の中西宏明氏、政府の視点で経済産業省通商政策局長の田中繁広氏、モデレーターのブレマー氏とともに、「激変する国際競争環境 ~ジオポリティクスとジオテクノロジーのはざまで」というテーマのもとで活発な議論を繰り広げた。ここでは、ブレマー氏と木村の発言を中心にリポートする。
まず、ブレマー 氏が現在の地政学リスクの概要を説明するとともに、今回のサミットの意義を示した。国際情勢にまつわる最新のニュースの数々を紹介すると「これらの出来事は、偶然起きているわけではない。世界が地政学的なリセッション(景気後退期)に突入してしまったのが原因だ」と強調した。
振り返れば第二次世界大戦以来、およそ七年間に一度の割合で世界的な経済不況が生じてきた。前回は、言わずと知れたリーマンショックだ。この時は主要国の政府が立ち上がり、足並みをそろえて全力で世界恐慌を防いだ。「そして今、地政学的な景気後退期に差し掛かっている。この不況が大恐慌へ移行すれば、戦争のリスクが極めて高くなる。本サミットの目的はそうした事態を防ぐことでもあり、日本で開催した理由は、日本が“例外的な国”だからである」(ブレマー 氏)
世界ではリベラルな民主主義が侵食されており、中産階級の労働者の多くがグローバル経済の恩恵を受けているとは考えられず社会制度への不満を募らせている。さらにはテクノロジーの進展により情報の消費量が増え、意見の固定化が生じ社会が二分化されつつある。
ブレマー 氏は言う。「このような状況があまり見られない、例外的な国が日本なのだ。中産階級は経済状況や社会制度へ大きな不満を募らせるほどではなく、また他国ほどには社会が分断されていない」
このような日本ならではの特性によって、“Gゼロ”の世界において、日本は世界が学ぶべきモデルとしての価値を高めることになったのだという。「『リベラルな民主主義が機能するということを、日本は体現している。もっと日本から学ぶことがある』という意識が芽生えつつあるのだ。今こそ日本そして日本企業にはリーダーシップを発揮していただきたい」とブレマー 氏は力説し、日本企業が競争力を再構築するためのアクションについて議論を促した。
こうした情勢のもと、世界の政治リスクを見ていく上で、地政学に加えて、民間主導の米国と国家主導の中国の異なるシステム間で展開されるテクノロジー分野の覇権争いの行方に注目する「ジオテクノロジー」という視点が不可欠となっている。
ユーラシア・グループ 社長 イアン・ブレマー 氏
続いて、経団連会長の中西 氏、経済産業省通商政策局長の田中 氏とともにPwCの木村が登壇したセッションでは、ジオテクノロジー下の新しい競争環境に日本企業がどう向き合うべきかについて議論がなされた。
PwCが各国のCEOを対象に毎年実施している「世界CEO意識調査」の第21回の結果では、CEOにとっての脅威として「過剰な規制」「テロの脅威」「地政学上の不確実性/サイバー脅威」がトップ3となり、いずれも40%台の高い割合を占めている。一方、アジア太平洋地域に限れば「人材の獲得」「技術進歩のスピード」「テロの脅威」という順で、日本のCEOもほぼ同様の結果である。
これについて、木村は次のように総括した。「世界的に、CEOは企業側で十分にコントロールができず対応が受け身にならざるを得ない地政学リスクをより強く意識する傾向にあることが分かる。対して日本も含めたアジア太平洋に限れば、企業側でコントロール可能な脅威が目立つ。ただし、数年前までは世界のCEOも自社でコントロールできるリスクを上位に挙げており、今回の変化は地政学上の多様なリスクが高まってきたからに他ならない。日本企業にも、地政学に関するリスクを十分に理解し、それらが顕在化した際にいかにレジリエンスをもって対応できるかが求められてくるのだ」
ブレマー 氏によると、市場規模や貿易だけでなくAIとサイバー世界においても「米国と中国の二つの大国によるダブルスタンダード」の世界秩序が進行しているという。そして雇用創出を目的とした伝統的な産業保護だけでなく、デジタルネットワーク経済における覇権争いを狙い、「古い」経済と「新しい」経済の双方に障壁を有する「保護主義2.0」が生み出されているのである。こうした状況について、木村は「政治リスクにとどまらずテクノロジーの要素も加わり、企業の競争環境が大きな転換点を迎えている」と指摘した。
また、米国と中国の二大国が自由競争主義と国家主導の経済産業政策において、それぞれが自国主導のスタンダード確立を目指す中、欧州ではGDPRなどの規制を強化しながら「社会民主主義」的な自国産業の保護・育成を目論むといったように、世界には三極構造が見て取れる。「米国と中国、欧州のアプローチはそれぞれ異なっている。しかし幸か不幸か日本のマーケットというのは既にグローバル化されており、三極のうちのどこか一つのマーケットに特化しているわけではない。従来の貿易戦争にテクノロジーの要素が加わった保護主義2.0の時代に入ったと言える」(木村)
PwC Japanグループ代表 木村 浩一郎
保護主義が強まるほど、デジタルネットワーク経済下での覇権争いが熾烈になっている。木村は、デジタルネットワーク経済における三つのフレームワークを示していった(図(1)~(3))。
一つ目のフレームワークとして、デジタルネットワーク経済の流れを振り返り、これまでを「1回戦」、これからを「2回戦」というラウンドに切り分けた。過去二十年間には、「情報」の交換技術であるインターネットの台頭とともに、デジタルネットワーク技術で複製可能なテキスト、音楽、映像といったコンテンツを巡る戦いが展開された。その典型的な勝者が、FANG(フェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、グーグル)に代表されるプラットフォーマーである。これらの米国系のプレイヤーが参入できない中国では、BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)といった新興企業が成長を遂げており、両者によるプラットフォームの寡占状況がデジタルネットワーク時代の1回戦であった。
「来る2回戦では、金融資産や自動運転、遠隔医療などの人命に関わるデータをデジタルネットワークで扱うため、情報の安全性、『信頼』が鍵となる。1回戦で米国・中国企業にプラットフォームを寡占されてしまった日本企業にとって、巻き返す絶好のタイミングだ。勝利の最大のポイントは、1回戦におけるプラットフォーマーの戦い方を理解することにある」(木村)
デジタルネットワーク時代において重要となるのが、二つ目のフレームワークである「ビジネス」「技術」「法律」という三つのリテラシーだ。1回戦において米国と中国はそれぞれ法律を巧みに活用してプラットフォーマーを誕生させたが、日本ではそうはいかなかった。しかし、2回戦ではユーザーからの信頼を確保するための「法律」の重要性が、1回戦と比べて格段に増すことになる。
「ジオテクノロジーという視点での戦いでは、法律に対する国としての取り組みも大きなアジェンダとして問われてくる」と言う木村に対して、中西 氏と田中 氏からも賛同の意見が発せられた。
最後に木村は、三つ目のフレームワークとして日本企業におけるデジタル推進の段階を「調査・研究」「実証実験」「ビジネスモデル再構築」の三段階に分類。「第三段階のビジネスモデルの再構築から新しい価値創造につなげていくところのプレゼンスが、日本企業は海外企業と比較すると相対的に弱いと言える」とし、その理由として先述の三つのリテラシーのうち「技術」にフォーカスし過ぎている点を挙げた。
「三つのリテラシーに精通した人材育成に、産業界さらには国家として取り組むことが課題である」と木村が締めくくると、ブレマー 氏、中西 氏、田中 氏も同意して議論は幕を閉じた。