対米投資の今日的意義と潮流

地政学リスクが高まる中、重要パートナーであり続ける米国への投資のヒントを探る

  • 2025-01-28

2024年10月23日、地政学的リスク分析を専門とするユーラシア・グループが主催する「GZERO SUMMIT Japan 2024」に筆頭スポンサーとして協力したPwC Japanグループは、シンポジウム開催の機会に合わせ、サイドイベント「対米投資の今日的意義と潮流」を開催しました。地政学リスクの高まりに伴い、各国の政府および企業において経済安全保障が強く意識される中、日本企業が同志国であり長きにわたる経済パートナーである米国への投資をどのように捉え、課題を克服し、自社のビジネスの成功に結び付けていくか、官民の有識者から講演いただきました。

日米経済関係の現状と今後について
――経済産業省 大臣官房審議官(通商政策局担当) 小見山 康二氏

貿易摩擦を契機に日米間の相互の投資が進み、日本企業は真の意味でグローバル企業に成長し、米国にとって一番の投資国にして、一番のパートナーとなりました。これは産業界による投資、ビジネス、地域社会への貢献によるものと敬意を表します。
第二次世界大戦後の自由で開かれた国際経済秩序の中で、日本は経済成長を実現しましたが、21世紀に入って地政学リスクが高まり、Gゼロの時代に突入。こうした国際経済秩序が揺らぎを見せています。

ここで問われるのが、日米がどのような形で自由で開かれた国際経済秩序の構築を主導していくことができるかということです。近年、特定国への過度な依存がもたらすサプライチェーンの脆弱化が広く認識されています。この課題に対応すべく経済産業省では、価格以外の価値を持った製品が適正に評価される仕組みづくりを行っています。例えば供給安定性、適切な環境配慮、サイバーセキュリティの確保などを通じ持続可能性や信頼性を確保された製品を評価する取り組みです。これを進めていくには、価値観を共有する同志国間の連携が不可欠であり、互いに唯一無二のパートナーである日米が主導すべきであると考えています。

経済産業省 大臣官房審議官(通商政策局担当) 小見山 康二氏

日米協力の新時代:対米投資の魅力と支援政策
――駐日アメリカ合衆国大使館 商務担当公使 アラン・ターリー氏

日米両国は共通の関心分野、例えば防衛、地域安全保障、テクノロジー、サプライチェーンの強靭化、クリーンエネルギーの分野において、かつてないほど緊密に取り組んでいます。日本は真の意味で米国のグローバルパートナーであると言えるでしょう。
日本の投資は米国の経済成長に素晴らしい価値をもたらしています。2023年の対米直接投資残高は7,830億米ドルを超え、100万近い雇用が米国でつくられております。半導体、クリーンエネルギー、先端電池、医薬品、重要鉱物、化学品や食品に対しても日本企業は高い関心を示しています。米国は日本や同志国と協力し、インフレ削減法、CHIPSプラス法などを通じてインセンティブを提供し、さらなる投資を呼び込んでいきたいと思っています。

米国の州や地方自治体も海外のパートナーに興味を持っています。複数の州知事が訪日を果たし、同行したスタッフは州の優遇措置や地域資源について情報を提供しました。JETROも米国との連携を図る上で大きな役目を果たしています。私たちは米国50州全てが参加する「セレクトUSA投資サミット」を毎年実施しています。昨年は参加者が5,000人を超え、90カ国から外国企業を代表して2,500人が来米し、各州の投資優遇措置やプログラムについて直接話す機会を設けています。市長や州知事は、海外からの投資の価値やそれがもたらすメリットを理解し、歓迎しています。こうしたことからも、米国は非常にダイナミックな海外直接投資先であり続けることを強調したいと思います。

駐日アメリカ合衆国大使館 商務担当公使 アラン・ターリー氏

駐日アメリカ合衆国大使館 商務担当公使 アラン・ターリー氏

「日米企業の対米投資と課題」に関する意見・見方
日本企業の対米投資動向およびJETROの取り組み
――日本貿易振興機構(JETRO) 理事 河田美緒氏

日本は米国にとって最大の投資国です。雇用も多く創出しており、特に製造業では雇用者数で国別1位、日系企業による最近の大型の対米投資案件は、自動車・バッテリー関連、ライフサイエンス関連、半導体関連、食品や繊維など多岐にわたっています。JETROが毎年実施している「海外進出日系企業実態調査」北米編2023年度によると、米国に進出している企業で黒字見込みと回答したのは64.8%。今後1~2年について事業拡大を検討していると回答した企業は約半数。現地市場のニーズの拡大がその理由のトップです。一方で経営上の課題については、上位の多くが人手不足に関するもので、深刻な課題となっていることが伺われます。

JETROが近年、米国において最も力を入れているのが草の根事業です。州政府との関係強化を図ることを目的とした事業ですが、3つの取り組みがあります。1つ目が日本企業を対象としたビジネス投資環境調査ミッションです。現地視察のご案内や説明会を開催しています。2つ目が来日された州知事にビジネス環境についてご説明いただく対米投資セミナー。3つ目が個別企業の対米投資支援で、米国に工場や拠点を作る際の情報収集をお手伝いしています。JETROでは今後も企業と州政府との良い関係づくりに貢献していきたいと思っております。

日本貿易振興機構(JETRO) 理事 河田美緒氏

政治的分極化時代のアメリカ投資:リスクの管理と成功戦略
――ユーラシア・グループ シニアアドバイザー マーク・シーゲル氏

いま、世界はまるで政治ドラマのような変化の激しい時代となっています。特に米国は顕著です。どの国に投資しようとも、米国のドラマティックな影響から逃れることはできないでしょう。対米投資に伴うリスク管理の見通しについては、長所と短所があると思います。
まずは長所、米国の投資環境については非常に重要な市場であり続けるということです。州や自治体は外国からの大規模な投資を呼び込むために競い合い、米国の消費者は困難な時期にあっても消費し続けます。米国の景気回復のレジリエンシーは歴史でも証明されています。
一方で短所は、管理しなければならない複雑な層が加わったことです。すなわち関税と非関税貿易障壁、対米外国投資委員会(CFIUS)とインバウンド投資の監視強化、二重用途物品に関する輸出規制です。

米国、あるいはグローバルに投資を行うときに、知っていただきたいことが5つあります。
第一は、厄介な経済ナショナリズムは存在し続け、私たちはそれに対処する準備をしなければいけないこと。第二は、米国の経験豊かな政治家や官僚は、関税や投資制限、輸出規制が成長の妨げになることを知っていること。米国政府の中枢部には、親身になって話を聞いてくれる人が大勢います。第三は、非常に厳しい環境に対応するためには、積極的に前に進む必要があること。民間企業は、米国の政策立案者に対し米国市場での活動の目的や利点を理解してもらうために、外部専門家も活用し働きかけを強めることが有効です。第四に、まだ時間があるということです。経済情勢は通常それほど早くは変わらず、アグレッシブなことをしようと政権に就いたリーダーも、制度的要因を無視できない現実に直面します。第五に、やはり目標を見失ってはなりません。米国市場は長所を失っておらず、複雑な環境を航海するためには、環境に応じて自分たちを組織化し、関わり続けていくことが重要なのです。

ユーラシア・グループ シニアアドバイザー マーク・シーゲル氏

米国各州による投資誘致と日本企業の支援利用:実績と戦略
――PwC税理士法人 パートナー 山口晋太郎、PwC米国マネジングディクレクター ジョン・フロック

山口:
私は米国税務を専門としており、日頃から米国における日系企業のM&Aおよび組織再編を支援しております。近年、買収などを活用した米国での事業拡大案件が増えていることを肌で感じます。プッシュ要因としては、中国の経済の減速、中国およびグローバルサウス諸国のリスクの高まりがあり、プル要因は、米国市場の安定的成長と米国市場で育んだ日本企業への信頼があると思います。米国税務の観点から考えますと、近年は国内産業の強化、国内の雇用創出を支援する政策が非常に増えてきています。

この8年間にも画期的な出来事が2つありました。
1つは2017年、トランプ政権下での抜本的税制改正。連邦法人税率が35%から21%に下げられ、大企業に米国への回帰が呼びかけられました。2つ目が2022年のバイデン政権のもとでのインフレ削減法です。
その一方、州では税制優遇を活用した投資誘致を行っています。州の政策自由度は日本の自治体より高いので、企業は長期にわたる高額かつ多彩な優遇を期待できますが、優遇を受けるための手順は定まったものでなく、受ける額は交渉次第。したがって、交渉にあたっては相手、内容、時系列を戦略的に検討し実施する必要があります。そこで、企業が念頭に置くべきこと、足場を拡大するにあたり注意すべき点について、PwC米国で州政府の税制優遇に精通したチームを率いるジョン・フロックからご説明します。

フロック:
最も効果的に優遇措置を得るためには、交渉タイミングを間違えないことが重要です。州政府や地方政府の担当者と時間をかけてインセンティブの交渉ができれば、その価格は大きくなります。討議する時間と価格は正比例することを忘れないでください。
また、交渉のファーストステップで、何をどう交渉したいのかを明確にすることも重要です。投資額、創出される雇用者数、平均賃金、プロジェクトにおいて必要なインフラ、例えば道路や電力、水、排水設備などを確定した上で討議するプロセスを踏まなくてはなりません。さらに、コミュニティにとってどれくらいメリットをもたらすかについても準備しておく必要があるでしょう。単に雇用を生むだけではなく、間接的な形でサプライヤー、例えば施設や従業員へのサービスを提供するレストランやホテルなどにどんなメリットがあるのか。さらには州にどれくらいの税収入が期待できるのか。有利な交渉を引き出すためには、これらを十分に検討することが重要です。

PwC税理士法人 パートナー 山口晋太郎

PwC税理士法人 パートナー 山口晋太郎

PwC米国マネジングディクレクター ジョン・フロック

PwC米国マネジングディクレクター ジョン・フロック

米国から見た日本の対米投資、台湾・韓国企業との比較
――ジャパン・ソサエティー 理事長 ジョシュア・ウォーカー氏

日本と米国はいま最も良い関係を築いています。しかし残念ながら、これはリーダーレベル・政府レベルであって、市民レベル・地域社会レベルではありません。
州レベルでのビジネスの視点・関係構築が必要だと思います。

日本企業は米国のビジネス・コミュニティに多大な貢献をしている米国最大の投資家ですが、米国国民の多くはそのことを知りません。日本はそのストーリーを語らず、米国全体に対して戦略的にその価値を伝えていないのです。これとは対照的に、韓国や台湾の企業は自分たちが一番投資をしていると、非常にアグレッシブにPRしています。日本には政策だけでなく、芸術や文化、教育、スポーツなど提供できる価値がたくさんあります。自信を持ってアピールしていただきたいと思います。
Gゼロの世界においては、日本がやはり牽引役になってほしいですし、ワシントンDCの政治家もそれを望んでいます。私たちには日本が必要であり、日米は運命共同体です。民間企業が果たせる役割が必ずあります。今後5~10年は日米にとって最も大きなチャンスです。後になって過去を振り返り、チャンスを逃したと思わないようにしていただきたいと思っています。

ジャパン・ソサエティー 理事長 ジョシュア・ウォーカー氏

ジャパン・ソサエティー 理事長 ジョシュア・ウォーカー氏

主要メンバー

山口 晋太郎

パートナー, PwC税理士法人

Email

ピヴェット 久美子

ディレクター, PwC Japan合同会社

Email

南 大祐

マネージャー, PwC Japan合同会社

Email

藤澤 可南子

マネージャー, PwC Japan合同会社

Email

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