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PwC Japanグループは2024年3月6日に「再生農業勉強会」を開催しました。気候変動や生物多様性に対する関心が高まる昨今、環境再生型のビジネスに注目が集まっています。特に農業は気候や自然資本への依存度が高く、また与える影響も大きいため、持続可能な形への転換が求められています。一方、今後も世界の人口が開発途上国を中心の増加が見込まれており、現在の農業・食料システムのままでその需要に応え続けられるのかが大きな課題となっています。こうした課題に対応する策の1つとして再生農業が挙げられます。
本勉強会では、再生農業に取り組むNestlé UK&Iのマシュー・ライアン氏とコンサベーション・インターナショナルのジュール・アメリア氏を交え、アグリ・フードシステム変革の必要性や、その解決策としての再生農業の効果や課題、再生農業の具体的な取り組み事例について共有しました。本稿では勉強会の様子をご紹介します。
※本勉強会にはGuillaume Charny-Brunet氏(Co-founder & Head of Ventures at SPACE10)が登壇予定でしたが、都合により欠席となりました。
PwCサステナビリティ合同会社 シニアマネージャー 市來南海子
既存のアグリ・フードシステムは環境にとても大きな負荷をかけており、持続可能でないというだけでなく、その影響が巡り巡って人類のフードセキュリティを脅かすという構造を併せ持つため問題視されています。
例えば、世界の温室効果ガスの26%が食糧生産や農業といったフードアグリから排出されており、作物の収量減少に伴う価格の上昇が懸念されています。水については、淡水の70%が農業で使用されている一方で、安全な水にアクセスできずに毎年80万人の方々が命を落としているという現実もあります。また、現状のアグリ・フードシステムを支える農業従事者はグローバルで9億人いると推計されますが、非農業従事者と比較して絶対貧困者数が3倍にものぼります。小規模農家も多く、異常気象などの影響に対して脆弱な状態に置かれており、農家の減少も懸念されます。世界の人口は2050年までに20億人増加すると予想されており、今後、世界の平均気温の上昇を1.5℃に抑えながら100億人分の食糧供給が可能なシステムへの変革が必要です。その手段の1つとして「再生農業」が注目されています。
再生農業とは、環境負荷を下げるだけではなく、土壌や生態系を「回復」「再生」させることを目指す農業のアプローチです。
再生農業は、GHG削減、生物多様性、土壌の健康、水の保全など環境面でさまざまなベネフィットをもたらすだけでなく、エネルギー使用量や肥料・農薬の減少(燃料費、農業資材費用)、不耕起による工数削減(人件費)によって、農家はコスト削減が見込まれます。一方、企業にとっては、中長期的な調達の安定化によるコスト高騰のリスクやレピテーションリスクの回避、炭素税の回避、ブランド価値の向上などが期待できます。
しかし、再生農業は万能薬・特効薬ではなく、導入には2つの難所があります。1つは、効果を創出するまでに時間と労力が必要な点です。特に、東南アジアやアフリカなど農家が小規模かつ、遠隔地に分散している地域では、集団化によるスケールメリットの創出が難しくなっています。もう1つは、既存のバリューチェーンの産業構造の中で対応しきれない点です。現状、技術的知見の獲得や設備投資のための資金アクセスが整備されておらず、農家が単独で再生農業に移行することは困難です。仮に再生農業を導入したとしても、再生農業品を価値に変えるには、再生農業品とそうでない農業品をトレースする仕組みや、新たな物流網を整備する必要があります。そのため、バリューチェーン全体が業界横断で同時多発的に産業構造を変革していくシステミックチェンジが重要です。
Nestlé UK&I(*) Regeneration Lead マシュー・ライアン氏
農業は気候変動のリスクにさらされている業界です。世界の温室効果ガスの26%は農業から排出されていることに加え、世界の淡水の7割を農業が使用していることや、広大な土地が農業に利用されていることなどを考え合わせれば、気候変動を考えるにあたって農業の問題は避けて通ることはできません。大きな問題を抱えた農業セクターとどのように対峙するかは、未来に向けた課題といえるでしょう。
先進国を中心に農場従事者の高齢化が進むなか、農業への新規参入や事業継続をしてもらうための魅力づくりが不可欠です。それには、従来型の農業を、新たな価値を創出できる状態にまで昇華させる必要があります。再生農業は、その有力な手段の1つです。再生農業の目的は、環境だけでなく、農家の生活や食の質、社会のすべてに対応していくことだと考えています。従来型の農業を短期間で再生農業に変革させることは、大きなチャレンジです。
ネスレは、「ネスレ農業フレームワーク」を公開しています。同フレームワークでは、調達先を戦略的に変革する方法や、変革の必要性などについて示しています。単に食糧の生産方法を改善するのではなく、土壌の健康や生物多様性、生態系などを1つのシステムとしてとらえて、その全体を改善していきます。
当社は、ネットゼロのロードマップを開示して2050年までの達成を約束するとともに、再生農業のターゲットも策定しています。2025年までに原材料の20%を再生農業を実践する農家から調達し、2032年にはその比率を50%まで引き上げる計画です。当社の原材料調達におけるCO2排出量は、6,500万トンとなっており、これは事業全体のフットプリントの70%に当たります。ネスレにとって農業こそがトッププライオリティであるということは、この数字を見れば明らかです。
CO2排出量を原材料ごとに比べると、乳業が全体の30%を占め、最も高くなっています。その他では、カカオやコーヒー、シリアル、砂糖に排出量削減の優先順位を付けています。まずは乳製品とカカオ、シリアルから着手し、2030年から2050年までの間にすべての原材料でCO2排出量削減に取り組む考えです。
ネスレは、プロジェクトを実施する際の行動指針も策定しています。例えば、再生農業に関するプロジェクトでは、最初から農家を中心に置いて、農業従事者がその農業に容易に取り組めるような戦略を考えます。再生農業におけるコラボレーションは、コストの低下とリスクの共有が期待できます。多くの企業を可能な限りプロジェクトにかかわらせる方法を模索するべきです。
当社のプロジェクトの一端を紹介します。Landscape Enterprise Networksの頭文字を取った「LENs(レンズ)」は、環境に依存する企業と、環境に対しアウトカムを創出できる農家や土地管理者を結びつける共同プログラムです。現在、このプログラムはグローバル食品会社や酒造会社を戦略的パートナーとして迎え、大手小売や水道会社、食料品会社からも支援を受けています。
ネスレはレンズの事業化に取り組んでおり、レンズを成長させるため、3つの柱からなる計画を策定しました。1つ目の「スケールアップとガバナンス」は、ガバナンス構造と標準化されたプロセスを開発し、ランドスケープ全体で持続的な影響と拡張を可能にする取り組みです。2つ目の「展開」は、健全な財務モデルを確立し、プロジェクトが自信を持って新しい地域に拡大できるようにします。3つ目の「データとシステム」は、取引のための合理化されたデータ収集を容易にし、現在および将来の温室効果ガス排出量を測定する取り組みです。
今後、炭素税は大きく上昇することが予想されます。サプライチェーンにおける再生農業に実施について、「行動を起こさないコスト」は、「行動を起こすコスト」よりも高くなる可能性があることからも、いま始めなければならないことだけは確実でしょう。
* 英国およびアイルランド市場におけるネスレの気候変動と再生農業の目標達成に取り組む。
国際NGOコンサベーション・インターナショナル(**) カントリ-ディレクター ジュール・アメリア氏
世界がリジェネラティブ農業に取り組むべき理由に「気候危機」と「生物多様性の危機」があります。パリ協定の目標達成に向けた世界全体の気候変動対策の進捗を評価する「グローバル・ストックテイク(GST)」の第1回GST「技術的評価」議論では、より野心的な削減目標を定めることが必要との意見が述べられており、気候が危機に瀕していることは明らかです。一方、生物多様性は農業や食品セクターを支える生態系サービスにとって不可欠であり、ここ50年でその危機が加速していることが、リジェネラティブ農業に取り組むべき理由です。
こうした流れを受け、世界のグローバル企業だけでなく、有力なスタートアップ企業もリジェネラティブ農業の取り組みを始めています。あるグローバル食品企業は、60カ国で30種類の再生農業作物を調達しています。また別の食品スタートアップ企業は、穀物のサプライチェーンにおける再生農業への移行を支援しています。いずれも、生産性アップ、コストダウンという成果を生み出しています。
CIがパートナーとともに再生農業に取り組んでいる事例をご紹介します。まずは、25年来のパートナーシップ企業であるグローバルコーヒー企業のアクションです。1998年にメキシコのチアパス州における生産者コミュニティにおいて、日陰でコーヒーを栽培することにより、生物多様性を強化するプロジェクトを実施しました。同社は、土壌の健康状態を改善することで肥料や農薬を減らし、保水力を高める栽培手法をサプライチェーン全体に展開することを決定。サプライチェーンのステークホルダーとの関係を経済面、社会面、環境面の側面から200項目で評価する認証プログラムを生み出し、2015年にはコーヒー豆の99%についてエシカル化を達成しました。その後、コーヒーセクター全体でサステナブルコーヒーを調達するためのプラットフォームも立ち上げ、コーヒー原産国に対するコミットメントと投資を最大化するためにパートナーを増やしています。
次は、傘下に数多くのハイブランドを持つグローバル・ラグジュアリー・グループの事例です。同社は、2015年にサプライチェーン全体にわたる自社の環境への影響を定量化し、金銭的価値に換算する環境の損益計算書を発表しました。これにより事業活動の環境フットプリントが明確になり、アカウンタビリティも増すことで、より多くの情報に基づいた持続可能な意思決定を行うことができるようになりました。同社は、2021年にCIとのパートナーシップにより、生物多様性の戦略の1つとして「自然再生基金」を設立しました。同基金の助成金を受けた南アフリカのプロジェクトでは、羊の過放牧をなくすプロジェクトに挑戦しました。村のコミュニティを回って保全について説明したうえで、協定を結び、村として草原の3分の1を9カ月休ませて再生しました。保全契約のインセンティブとして、羊へのワクチン投与や育成の講習、羊毛を刈る機材の提供などを行い、土地を休ませる伝統的な手法を村人に戻すことで、生物多様性を高めることができました。彼らの唯一のアセットをサポートすることで、生産者、プレーヤー、ビジネスのすべてをWin-Winの形にしています。
地球の未来の軌道をポジティブに変えるには、2030年までの10年間が最後のチャンスだといわれています。各社が自社の自然戦略やリジェネラティブ農業をパイロットし、スケールする重要な期間になると思います。
** コンサベーション・インターナショナル(CI)は、米国に本部を置き、世界100カ国で活動する国際環境NGO。
PwCサステナビリティ合同会社 パートナー 中島崇文
再生農業を普及させるためには、農家から流通を経て消費者に届くという農業の“リニア”な業界構造を、個々のプレーヤーやステークホルダーがさまざまなつながりを持つ“マルチ”な業界構造に変えていくとともに、企業同士の連携が進むことが不可欠です。企業の連携は、コストリスクのシェアにより再生農業への取り組みを加速させるだけでなく、産業構造改革を実装することで個々の企業の事業活動やパートナーシップの促進に寄与します。
私たちが担うべき役割は大きく2つあると考えています。1つ目は、産業構造の変革を見通し、企業の皆さまが知恵を出し合って検討する場を提供すること。2つ目は、イノベーションやマーケティング、投資活動など個々の企業の皆さまの具体的な活動へ落とし込むことです。
PwCは、このコラボレーションを企画、実行する場として「再生農業勉強会」を継続的に開催していく考えです。農業に関わる多様な業種の皆さまや国内外をつなぐ海外の皆さま、異業種の皆さまも含め、コラボレーションを組むための実践的な検討を支援してまいります。