Space Industry Forum

グローバルにみる宇宙ビジネスの動向と国際協調

  • 2024-12-20

再び人類を月面に送る国際プロジェクト「アルテミス計画」を立案・推進したスコット・ペース氏に、グローバルな宇宙開発の実情や宇宙ビジネスの潮流、スタートアップなどとの企業連携、日本の宇宙・空間産業への期待を聞きました。

元米国家宇宙会議事務局長兼大統領副補佐官 ジョージワシントン大学エリオット国際大学院宇宙政策研究所所長兼教授 Scott Pace(スコット・ペース)氏

登壇者

元米国家宇宙会議事務局長兼大統領副補佐官
ジョージワシントン大学エリオット国際大学院宇宙政策研究所所長兼教授
Scott Pace(スコット・ペース)氏

PwCコンサルティング合同会社
執行役員 パートナー
渡邊 敏康

PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
下斗米 一明

米国の地政学的な国益に沿う宇宙開発の歴史

下斗米:アルテミス計画は、スコットさんが米国家宇宙会議事務局長を務めていた2017年12月に、当時のトランプ大統領が宇宙政策指令第1号に署名したことに始まります。アルテミス計画を推進、実行した背景や理由を聞かせていただけますか?

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 下斗米 一明

スコット・ペース氏:トランプ大統領は宇宙分野を「アメリカを再び偉大に」という取り組みの一環として捉えていました。つまり、政策の方針として、彼は宇宙を米国の安全保障や経済にとって重要だとみていただけでなく、世界において、また国内においても米国のイメージに対して重要だと考えていたのです。

一緒に取り組んだのが、私の直属の上司で国家宇宙会議の議長だったペンス副大統領です。まず、私たちは過去から学ぼうとしました。時の政権によって宇宙政策が変わることがあるからです。そこで、複数の政権にまたがる支援が必要だと考えました。宇宙計画は時間がかかり、1つの政権で支持されても十分とはいえません。

長期的な国益に沿うような宇宙計画とは何か。その結論は、昔から有人宇宙飛行の実現を後押ししているのは米国の地政学的利益です。アポロ計画の月面着陸は、ソ連との地政学的競争があります。大規模な有人飛行の取り組みが成功するには多くの場合、国益や地政学的条件が拡大することが重要です。

ただ、宇宙政策指令第1号が以前と異なるものがあります。それは国際的な商業パートナーシップです。計画の初めから国際的パートナーの役割や民間産業が果たす重要な役割を盛り込んでいます。

トランプ政権では「アメリカ第一」が強調されましたが、宇宙開発に関しては米国単独ではなく、友人やパートナーを持つことを目指しました。そのためにも、他国や民間に配慮し、皆が米国に協力したいと思うような魅力を提供しなければなりません。「早く行きたければ一人で進め。遠くへ行きたければ皆で進め」という格言がありますが、私たちはこの精神を計画に盛り込んだのです。宇宙政策指令第1号は現在の地政学的現実を映し出しており、1960年代の月面への競争とは異なるものです。

グローバル化で多様になる宇宙経済のエコシステム

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 渡邊 敏康

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 渡邊 敏康

渡邊:ご指摘のように、現在のアメリカの宇宙政策は冷戦時代のアポロ計画と異なり、宇宙ビジネスの分野でもNew Space企業やスタートアップ企業が多数参画しています。冷戦期から現在に至るまで、米国の宇宙政策はどのように変化してきたのでしょうか?

スコット・ペース氏:アポロ計画はケネディ大統領のスピーチで幕が開き、それから約10年間続きました。その後、ニクソン政権がシャトル計画に取り組み、約40年間続いたのです。アポロ計画からシャトル計画、そして現代までの間に産業界は著しく変化しました。

1960年代の初頭、宇宙船の建造方法すらよくわかっていませんでした。NASAが指揮をとり、産業界と連携して一緒に能力開発を行っていたのです。そして、産業界は可能性を高め、宇宙は民主化されていきました。グローバル化が進み、世界中の多数の国が宇宙に進出したのです。

参入者が増えたことから、宇宙経済のエコシステムは多様化し、強力になっています。通信技術やリモートセンシング技術などのように、かつては国家レベルでしか成しえなかった技術が、現在はお金を払えば手に入れられます。市場と競争圧力の両方があればイノベーションが生まれます。

その一例にGPSがあります。米国の軍事システムとして開発されたGPSの機器を発展させたのは民間企業です。当初は国家の安全を理由に政府がGPS技術を構築しましたが、イノベーションは市場に託されました。これは将来に生かせる教訓です。政府は研究開発で重要な役割を担い、技術を創造する。そして、民間部門がイノベーションと競争が託される機会を見つけることも重要です。

現在、私たちが試みているのは、市場がけん引する宇宙活動の範囲を広げることです。政府は変わらずに重要な役割を担いますが、私たちは民間に間口を広げようとしています。

米議会で強い支持が得られた宇宙軍の発足

下斗米:宇宙の防衛とビジネスは表裏一体のように見えますが、双方にどのような影響を与えているのでしょうか?

スコット・ペース氏:宇宙軍の発足は米国の安全保障にとって極めて重要な出来事であり、宇宙軍の運営方法は産業界にとって非常に重要になるとみています。宇宙軍発足の決断は大統領によって下されました。

私たちは宇宙軍の基本的要件と新たな軍に期待されることを概説した宇宙政策指令第4号を作成・審議し、これが立法化のベースになり、議会に送られたのです。議会では強い支持が得られ、両党が合意。共和党、民主党のどちらも重要事項だと考えたのです。

現バイデン政権はアルテミス計画を存続させているだけでなく、宇宙軍も存続しています。党派を超えた強い支持のお陰です。大きな国益に沿った宇宙政策の活用ということが、この教訓です。

ただ、宇宙軍が民間企業とどのように協業するか、慎重な検討が必要です。民間企業との協業では、おそらく国防省の特別部門である宇宙開発局の例が有名でしょう。

宇宙開発局はトランプ政権で創設され、主導したのは私のNASA時代の上司であるマイケル・グリフィン氏*1でした。彼は民間企業と新たな活動を望んでいました。宇宙開発局は、巨大な衛星群から構成される低軌道衛星コンステレーションを建設中です。1,000基以上の衛星で構成すれば攻撃するのが難しくなるだけでなく、衛星を製造する機会を高い頻度で創出できます。そして、打ち上げ頻度も増し、コストが下がります。

ビジネスでは、大量生産すれば単位当たりの費用が抑えられます。衛星を大量生産できる民間企業と協業するアイデアは、より弾力性のある宇宙システムをつくることの一環です。これは今後起こり得る、宇宙の敵からの攻撃に対する防衛と生存を可能にするものです。

※1 グリフィン氏は、ロケット科学者で、NASAのチーフエンジニアやCIAのベンチャーキャピタル会社(IN-Q-Tel)社長などの経験があった。NASA長官就任後、商業軌道輸送サービス(COTS)を構想し、米国の宇宙スタートアップ企業の育成に尽力した。

宇宙政策の最大の課題は予算の増額

下斗米:ホワイトハウスでスコットさんが推進したアルミテス計画はバイデン政権でも引き継がれているようです。アメリカでは2024年11月に大統領選挙と連邦議会選挙が行われますが、この選挙の影響とアルテミス計画の見通しについて、どのように見ていますか?

スコット・ペース氏:アルテミス計画は議会から強い支持を得ているので、次期政権も支持すると考えています。アルテミス計画の最大の課題は主に予算関連のものです。トランプ政権時に私たちが取り組んでいたことの1つにNASAの予算増額がありました。インフレによってドルの価値が下がっていたからです。当時の目標は、1992年頃の実質ドルと同額の260億~270億ドルに引き上げることでした。現在もインフレに苦しんでいるため、おそらく300億ドルくらいになりますが、NASAの予算がそうなるには長い道のりが必要です。

NASAにはもっとお金が必要です。効率的、生産的にお金を使う必要があるので、民間とのパートナーシップが重要です。宇宙政策の課題は、政策にあるのではなく予算にあると思います。アルテミス計画の目標には皆同意しており、何をいつ、どれくらい早く調達できるかが今後の議論になるとみています。

アルテミス計画で重要な日本の貢献策

渡邊:アルテミス計画の成功に向けて、特に産業と技術面で日本に期待することは何でしょうか。

スコット・ペース氏:まず、日本政府がこれまで行ってきた貢献について知ることが重要です。日本は国際宇宙ステーション(ISS)における最初にして唯一のアジアからのメンバーです。日本人宇宙飛行士の業績は非常に素晴らしく、時にはISSの船長を務めています。

アルテミス計画について言えば、日本はアルテミス合意の最初の署名国です。また、月面着陸への大きな貢献となる提案を行ってくれた国でもあります。月軌道の宇宙ステーションとなるゲートウエイ計画を議論しているところですが、日本は与圧ローバー(クルーザー)を担当しています。日本の提案は非常に強力で、月面に降り立つための与圧ローバーを提案してくれました。これは月面着陸を目指すパートナーのなかで最初の重要な関与でした。

私が各パートナーに伝えていたのは、「月の軌道に行くのを手伝ってくれれば、あなたが月の軌道に行くのも手伝う。着陸を手伝ってくれれば、あなたの着陸も手伝う」。これは包括的契約の一部でした。アルテミス計画は軍事的計画ではありません。安全保障の計画です。志を同じくする国家間で強固な絆を結ぶ計画の一部です。宇宙では技術と宇宙飛行士だけでなく、価値も重要です。宇宙の価値の形成もまた、日本の貢献の一部なのです。

具体的な貢献策として、例えば与圧ローバーやゲートウエイへの物流をサポートするHTV(宇宙ステーション補給機)、宇宙ステーションで任務を果たす日本人宇宙飛行士などが挙げられます。

また、私たちは新しい環境でのルールを形成するための協力体制について深く掘り下げる必要があります。宇宙には独自の安全保障の課題が存在しています。宇宙にかかわる国、人々が自発的に共通の行動規範、共通のルールや利益を共有するにはどうすればいいか。お互いに協力すれば平和的で実りある環境を形成できます。

日本の技術的貢献は最も目に見えやすいシンボリックなものです。その先にはより重要な、文化や価値、政治的な支援を通じた貢献があると思います。

深宇宙通信などの分野で期待される民間の力

渡邊:世界中で民間による宇宙開発が加速しています。アメリカではNASAのスペースシャトルの退役を受けて、COTS(商業軌道輸送サービス)をはじめとした民間の宇宙開発が進んでいます。その背景や意図、そして宇宙開発における民間の役割についてお聞かせください。

スコット・ペース氏:宇宙開発における民間セクターの役割として考えられるのは、ルーティン化している活動を引き継ぐことです。探査や高度な技術開発は非常にリスクが高く、経済的に意味がありません。政府のみができることです。

一方、打ち上げは、最初は政府のみが行っていましたが、いつしか民間も参入しました。問題は限界を探ることです。政府がやる必要があるのか、あるいは民間に任せられるのか。私たちは民営化、商業化と言葉を使い分けています。

民営化では、政府の活動を選んで民間に引き継いでもらいます。これが成り立つのは、政府が第一の顧客となり、民間にその代金を支払う場合のみです。

そして、商業化は顧客が政府以外も入るため、民営化よりも野心的です。例えば、商業化では情報技術が向いています。リモートセンシング、通信データ、アナリティクスなどの分野です。これらは民間の顧客がいます。衛星の打ち上げも民間の顧客がおり、こうした分野では民間部門の成長が可能です。

次に成長する可能性がある分野は、深宇宙通信です。NASAが立ち上げたディープスペースネットワークにより、星間空間にいるボイジャーや、火星との通信も可能です。しかし、米国が所有するインフラは古くなっており、今後の需要に対応するためには通信範囲の拡大が必要です。

そこで、現在検討されているのが、惑星間ネットワークという構想です。直接的な双方向通信ではなく、システムでネットワークをつなぐものです。ルナネットと呼ばれる国際構想にはNASAやJAXAなどが参加しています。次の段階で考えられているのは、この技術開発を政府から切り離し、学術界や民間セクターを徐々に巻き込みながら、これを構築することです。通信を民営化し、民間の活動が増えてくれば商業化の機会も出てくるでしょう。

私たちが民間に期待するのは、チャンスを見つけてチャレンジすることです。リスクもあれば、失敗もある。しかし、新たな機会創出の場になります。政府と積極的に話をして、「こんなことができるがどう思うか」と可能性の話をする企業もあります。そうした企業の方がうまくいくと思います。

政府の役割は企業の競争と参加を促すこと

渡邊:日本においてもスタートアップが増え、既存の航空宇宙関連企業との技術的な交流や連携が期待されています。輸送機器や衛星などの技術開発を進めていく上で、日本国内の企業間連携で大切なことや、政府機関が果たす役割について、どのように考えていますか?

スコット・ペース氏:日本政府ができる最も重要なことの1つは、通信衛星などの作り方を業界に指示しないことです。政府は何を購入したいのか、どういう機能が必要なのかを具体的に示し、「こんな通信サービスが必要だが、アイデアを提案してほしい」と言うべきです。

そして、競争が頻繁に起こるようにする。例えば宇宙開発局の重要な役割は、要件を満たす企業が現れるのを待つのではなく、「このように動くセンサーが欲しい」、「このように通信したい」といったように要求事項を具体的に伝えることです。するとある企業が手を挙げ、「すべては無理だが、60%はできる」と応えます。その方法が最善策であれば契約を結ぶ。契約終了の時期になると別の企業が手を挙げるというように、すべてを完璧にしなくても進められます。

政府のあらゆる計画がこうしたやり方に適しているとは言いませんが、政府は要求事項についてもっと考慮し、手を挙げる機会を頻繁につくることを考えるべきです。そして、どんなやり方が理にかなっているのか、民間セクターともっと対話をすべきだと思います。

渡邊:宇宙開発を進める上で、喫緊の国際課題は何でしょうか。そして、政府と民間はどのように連携してその課題に取り組んでいけばいいのか、聞かせていただけますか?

スコット・ペース氏:国際的な環境構築において、政府と民間が最も協力できる分野はおそらく標準化と新技術の推進です。例えば、国際電気通信連合(ITU)では今後3年間、周波数分配の承認について議論を重ねることになります。月との通信とナビゲーションのためです。これには政府と民間との連携が必要です。

政府の役割はシンプルです。民間の役割は新しいアイデアを提供し続けることと、自分たちの活動の決定事項や舵取りを認めるように政府に迫り続けることです。それが真の対話になります。

私は学生たちに商人と保護者にたとえて説明しています。商人は柔軟で適応力があり、その目的は取引の成立です。保護者は政府のような存在で、長期的な視野の持ち主です。安定感があり、規則に厳しい。

宇宙事業では、この両者の緊張関係が続いています。どちらも重要で、保護者となる政府関係者と商人となる民間・業界関係者の双方向の対話が必要です。

リーダーに必要なリスクを取る覚悟とポートフォリオ

渡邊:スコットさんはNASA時代から宇宙ビジネスをけん引するスタートアップ企業をご覧になってきたと思います。宇宙ビジネスを創出・発展させていくリーダーにはどんな資質が必要だと考えていますか?

スコット・ペース氏:かつて日本の友人に、日本の宇宙産業の商業活動を活発にするには何が必要か尋ねたことがあります。すると、その友人は「お金は準備できる。政府も協力的だ。問題は億万長者の変人がいないことだ」と。日本でも米国でも同じですが、この分野で仕事をするには多少常識外れの人が必要です。彼らは伝統を破る意志があり、リスクを取る。そして、リスクを埋めるためのポートフォリオを考えます。リスクを均衡させるためのポートフォリオがリーダーに必要です。

日本には有名な企業もあれば、無名のスタートアップもある。日本では難しいことかもしれませんが、リスクを取る文化を大切にすることです。米国では1、2度失敗したことがなければ本気とは思われません。無理のない範囲でいいので、リスクに挑戦するのを認めることが重要です。

渡邊:日本の宇宙産業をリードする皆さんにアドバイスをお願いします。

スコット・ペース氏:お伝えしたいことが2つあります。1つ目は向かう先のビジョンを持つことです。政府の言うことを待つのではなく、自分自身のビジョンを持つ。2つ目は自身のビジネスを観察、把握し、宇宙でどんな事業ができるのか考えることです。すでに多くの日本企業が宇宙事業の輪の中におり、宇宙関連の技術や情報など事業拡大に役立つ分野があるはずです。

宇宙事業はロケット打ち上げのような目に見えるものだけではありません。情報も重要です。既存の事業の強みを生かしながら宇宙事業でどんなイノベーションを起こせるかを考える。多くの日本企業はすでに宇宙事業にかかわっています。ぜひ、リスクを取り、事業拡大に挑戦してください。

渡邊:本日はありがとうございました。

(左から)下斗米 一明、Scott Pace氏、渡邊 敏康

Scott Pace(スコット・ペース)氏 略歴

2017~2020年 米国家宇宙会議事務局長 兼大統領副補佐官
2008年~ ジョージワシントン大学教授
2005~2008年 NASAプログラム分析・評価局長
(Associate Administrator for Program Analysis and Evaluation)
2002~2003年 NASA長官の首席補佐官代理
(Deputy Chief of Staff for the NASA Administrator)
1993~2000年 ホワイトハウス科学技術政策局(OSTP)
1990~1993年 米商務省副長官室 宇宙商務オフィス(OSC)
1989年 RAND研究所 政策大学院博士号取得
1982年 マサチューセッツ工科大学(MIT)修士号取得(航空宇宙工学、技術政策)
表彰・勲章など 卓越したリーダーシップ勲章(NASA)、旭日重光章受章(日本政府)

主要メンバー

渡邊 敏康

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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下斗米 一明

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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