Space Industry Forum

衛星データを活用した災害状況把握の研究と技術開発を促進

  • 2025-02-07

災害発生後の被害状況の把握に人工衛星やセンサーのデータを活用する動きが進んでいます。人工衛星の活用を最大化するワンストップシステムの動向や、民間企業におけるデータ利活用も含めた災害情報の迅速な把握・共有に向けた課題などを議論しました。

(左から)山崎 徹、田口 仁氏

登壇者

国立研究開発法人
防災科学技術研究所
防災情報研究部門
副部門長
田口 仁氏

PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
山崎 徹

災害発生直後の被害状況の把握にかかわる課題

山崎:防災領域において、衛星データがどう活用されているのか。田口さん、解説していただけますか。

田口氏:私は地理空間情報やリモートセンシングを防災に応用する研究を行い、地域の防災から災害発生後の対応を含め、幅広く研究を続けています。近年は災害発生後の被害状況の把握に、人工衛星をいかに活用するかといった研究に注力しているところです。

まず、私の研究開発の背景となる、被害状況の把握にかかわる課題についてお話しします。災害発生前には、自治体のハザードマップによる想定情報や、気象庁のキキクル(警報の危険度分布)や大雨警報、地震であれば緊急地震速報といったようにさまざまな警戒情報があるものの、災害発生後の被害状況を認識するための統一的な情報がないことが大きな課題であると考えています。

その課題を解決するにはさまざまな災害情報を活用しなければなりません。災害情報の収集だけが目的のセンサーを設置するのは大変なので、いかに非防災目的のセンサーや人工衛星を活用していくかがポイントになります。

1つの共通プロダクトで被害状況を把握

田口氏:センサーや人工衛星などのマルチソースを使って被害情報を把握するためのプロダクトが多数提供されています。それ自体は重要なことですが、バラバラのプロダクトが出てくると利用者が必要なプロダクトを理解し、情報を参照しなければなりません。その結果、さまざまな情報が提供されても、災害時の混乱した状況下では、被害状況の把握に利用されない恐れもあります。

そこで、マルチソースでありながらも、それを1つの共通プロダクトに仕立てることにより、災害対応に必要な被害状況を社会全体が把握できるようにしていきたいと考えています。とくに災害時はさまざまな組織・機関が同時並行で対応することになるので、被害状況の共通認識を持てるようなプロダクトの創出がポイントになります。

そのためには、非防災目的で常時観測しているような地上センサーを使ったり、地球を周回している人工衛星を活用することが重要と考えています。人工衛星は災害の発生後、数時間から数日の範囲で特に有効だと思います。

国立研究開発法人 防災科学技術研究所 防災情報研究部門 副部門長 田口 仁氏

衛星ワンストップシステムの開発

田口氏:人工衛星の動きで注目すべきは、地球観測を行う小型衛星の登場です。従来の地球観測衛星ではJAXAの陸域観測技術衛星「だいち2号」(ALOS-2)がありますが、民間の商用小型衛星の打ち上げは重要な転換点になったとみています。民間の商用小型レーダー衛星は国内外のベンチャー、スタートアップがどんどん打ち上げており、2020年代後半には、数十基に到達する可能性もあります。

光学衛星は日中の晴れている時間帯しか観測できないのに対し、レーダー衛星は昼夜を問わず、また天候にも左右されずに観測できるメリットがあります。つまり、さまざまなタイミングで観測できるので、いつ、どこで起きるか分からない災害発生直後に被害状況を広く把握する上で小型レーダー衛星は重要になると考えています。

問題は「いつ」「どこ」を観測するかです。1つの衛星だけでなく、災害発生直後の被害状況を把握するのに最適な衛星を多数ある衛星の中から選んで観測する必要があります。

そこで、被害状況の早期・広域把握に向けて4つのステップを提案しています。

  1. 「いつ」「どこ」を観測すべきか。観測情報や予測情報を活用して観測すべき地域を特定する
  2. どの衛星を選択すべきか。発災時刻およびエリアに基づく最適な衛星を自動で推奨する
  3. どこに災害があるか。衛星データからエリアを抽出し、具体的な被害量に変換する
  4. 災害対応オペレーションへの活用

この4ステップおよび災害状況を把握する技術開発に基づき、人工衛星の活用を最大化して統合する「衛星ワンストップシステム」を構想し、実証システムを開発。産官学が連携し災害対応への適用を通じて実践しているところです。このシステムは内閣府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)第2期において研究開発したものです。
気象情報や予測シミュレーションなどから、災害が「いつ」「どこ」で発生するかを予測・推定する。次に、「いつ」「どこ」をどの衛星が観測すべきかを推奨し、速やかに衛星観測を依頼する。そして、各衛星からデータを受け取り、解析処理を実行するといった技術を開発しました。

災害発生直後に衛星の観測データを用いて被害状況を把握できるプロダクトをつくり、災害対応する方々に提供します。1つのシステムで完結し、災害時の衛星活用のDXとなるものです。

令和6年能登半島地震の発生直後からシステムが稼働

田口氏:この衛星ワンストップシステムは、令和6年能登半島地震においても活用されています。複数の衛星運用機関と連携し、「だいち2号」や小型レーダー衛星、小型光学衛星など国内外の各種衛星のデータを集約しました。防災科学技術研究所も参画している内閣府災害時情報集約支援チーム(ISUT)を通じ、政府現地対策本部などの防災関係機関に情報を提供しています。

衛星データを集約する上で課題も浮かび上がってきました。衛星データをたくさん集めればいいというわけではなく、被害を把握するためのプロダクトの発想が重要です。このプロダクトというのは、衛星データそのものではなく、衛星データを用いて生成される解析結果を活用した情報プロダクトのことです。例えば土砂災害がどこで起きている、建物被害がどのくらいある、浸水がどの範囲であるかといった情報がいつごろ提供されるのかを定義し、災害対応する方々に使っていただくことが重要です。
いつ、どのような精度のプロダクトが出てくるのか分からない状況では、災害時には活用しにくいと思います。災害対応に必要なプロダクトを明確化することが大切です。そして、災害時に衛星観測からプロダクト提供まで一貫して実施することができる「司令塔」が必要です。

PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 山崎 徹

司令塔としての「日本版災害チャータ」

田口氏:能登半島地震の災害発生直後からさまざまな衛星が被災地を観測しましたが、衛星運用事業者はそれぞれの判断で観測し、どこを観測すべきなのか迷ったという声も聞かれました。広域災害の場合、それぞれの衛星が観測できる範囲は限られるため、どこを観測するのか、被災地の網羅的な観測を行うための調整が必要です。そこで、共通的なプロダクトの生成・提供まで一貫して行う司令塔として、「日本版災害チャータ」が重要になると考えています。

2023~2024年度、内閣府BRIDGE(研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム)の予算をいただき、「衛星観測リソースを結集する『日本版災害チャータ』の構築と実証」というプロジェクトを民間企業と一緒に取り組んでいます。災害時に衛星群の中から最適な衛星観測リソースによって被災エリアを迅速に観測し、被害状況の把握に役立つ共通的なプロダクトを生成するとともに、各防災ユーザーの方々に最適なプロダクトを提供する官民連携体制をつくるものです。
衛星データのプロダクトの利用者にとって、衛星の種類や観測のタイミングの細かいところはあまり重要ではありません。そこで、利用者の目線に合わせ、必要なタイミングでプロダクトを活用できるような仕組みをつくっていこうというのが「日本版災害チャータ」の考え方です。

災害情報の広域かつ瞬時把握・共有に向けて

田口氏:衛星は観測データの1つであり、さまざまなセンシングデータを活用する研究開発を行っています。2023~2027年度のSIP第3期のプロジェクトとして「災害情報の広域かつ瞬時把握・共有」という研究プロジェクトを立ち上げています。衛星・地上の多様なセンシングデータを迅速に収集、集約し、統合することで被害状況を常時推計します。そして、災害対応の方々が知りたいとき、知るべきときに被害状況を提供することで、瞬時把握を実現するものです。
具体的には、さまざまな衛星データを統合する衛星マルチセンシングデータ統合システムと、非防災分野のセンサーから常に観測データを収集・集約するセンシングデータ収集・集約システムを活用します。
そして災害状況の認識を統一できるようなプロダクトとして、マルチセンシングデータ常時解析・可視化・共有システムの研究開発を行っています。さらに災害情報配信サービスやアプリケーション開発により、行政・民間へのサービス化が可能になるような仕組みをつくっていくことがこのプロジェクトの狙いです。こうした研究開発を通じて災害対応に役立つプロダクトや仕組みをつくり、社会に根付くような取り組みを含め、活動を続けていきます。

非防災目的センサーの課題となる収益とプライバシー確保

山崎:プロダクトのお話がありましたが、公共インフラ企業や建設系企業などの民間企業もデータを利活用できるのでしょうか。

田口氏:被害状況把握のプロダクトは、災害対応が必要な公的機関、つまり国や都道府県、市町村、指定公共機関、ライフライン系企業などの方々が使えるものをつくることが最優先となります。ただ、一般の民間企業も危機管理として災害対応が必要です。一般企業の方も使えるようなプロダクトをつくっていかなければならないと考えています。

山崎:衛星や地上センサーの活用範囲を広げるにあたり、どのような課題があるとお考えですか。

田口氏:非防災目的のセンサーの話をしましたが、センサーのデータを提供していただける方に収益等メリットを持つことができるかという点が課題になると思います。防災目的だけに特化すると、なかなか収益があげられないのではないかと思います。そのため、非防災分野の活用で、収益を得られる仕組みをつくった上で、防災にも活用するという事例をつくっていく必要があります。私は防災の研究者なので、どうしても防災の視点からセンサーの利用を考えてしまいがちですが、別の視点で収益化ができる仕組みを考えていくことが重要です。

もう1つ非防災目的のセンサーにかかわる課題があります。例えば家電センサーを使い、何らかの異常があると停電が起きたり、建物が倒壊したりすることで通電が途絶えることになります。そうした家電からの情報を集めることで災害が発生している場所を把握できる可能性があります。
ここで課題となるのが、家電は建物内に設置されており、そのセンサー情報は建物内にいる個人の情報ともかかわってきます。個人のプライバシーに配慮した形でセンサーデータを集計したり、安心してセンサーデータを提供したりできる仕組みづくりも今後の課題になると考えています。

山崎:防災に限らず、プライバシーの問題はデータ流通の領域では論点になる課題です。民間企業などでのデータ利活用に関する課題といえば、プロダクトを提供する際、利用料が必要なのか、無償で使えるような形になるのか、という点があります。何かお考えはありますか。

田口氏:プロダクト提供の継続性、収益の安定性を考慮すると無償での提供は難しいと考えています。非防災目的のセンサーを使う場合、当然のことながら、対価を支払わなければならないと思います。ただ、プロダクトの利用者にとってコストに見合うもの、魅力的なものが提供されることを訴求する必要があります。SIPのような研究プロジェクトを通じて、成果を社会に伝えていきたいと感じています。

山崎:SIP第3期の研究プロジェクトでは衛星と地上のさまざまなセンシングデータを活用するとのことですが、注目しているセンサーはありますか。

田口氏:家電の話をしましたが、電力に加えて、断水の情報が課題と考えています。例えば、洗濯機や給湯器など水回りの機器は断水すると使えなくなるのでセンサになれば、断水の特定に利用できる可能性があります。また、防犯カメラやライブカメラなどの映像系は災害発生直後の状況を端的に示すことができます。さまざまなセンサーを活用することで被害状況把握の精度も上がってきます。思いもよらないような新しいセンサーが登場することを期待したいと思います。

山崎:防災領域での衛星データの活用について、今後の意気込みを聞かせていただけますか。

田口氏:能登半島地震の災害対応で現地に伺いましたが、災害時の衛星データの活用はまだ十分ではないと感じています。そこで、災害時に必ず活用されるような研究開発、社会実装を含めた研究を続けることにより、災害発生直後に被害状況の把握が速やかに行えるようにしていきたいと考えています。

主要メンバー

山崎 徹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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