
PwCコンサルティング合同会社は2024年9月3日、株式会社東京証券取引所および株式会社日本取引所グループ、証券会員制法人福岡証券取引所とともに、九州地方を中心としたエリアの上場企業を対象に「上場会社経営者の集い in 福岡」と題した講演会を共催しました。
東京証券取引所では、2023年3月31日に上場会社に対して、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を要請し、当要請に対する具体的な取り組みへの着手が多くの企業で進んでいます。本講演会では、財務および非財務の両面で上場会社の長期的な企業価値向上に貢献すべく、主催企業より情報提供を行いました。
(左から)⻑ 宣也氏、岩永 守幸氏、桂 憲司、⼩林たくみ
本記事では、第2部講演の要旨をご紹介します。
東京証券取引所は2024年8月30日に「日本市場の魅力向上に向けて、上場企業の数ではなく質(投資家の期待に応えた企業価値向上の実現)を重視」すると表明しています。
しかし、日本企業の多くは、情報開示に注力する一方で、価値向上に向けた投資家との対話に必要な要素を具備できておらず、具体的な「価値創造」には踏み込めていないのが現状です。日本企業における価値創造経営の実践例の一つとして、投資家との対話を活性化させる上で不可欠な「説明性の獲得」に取り組んだ事例を通じて、東京証券取引所の要請に応えるために必要な要素を探ります。
現在、価値創造経営が求められる背景には、外発的な要因と内発的な要因の両方があります。まず、外発的な要因では、PBR1倍割れ問題に代表される市場の危機感や、日本企業を取り巻く開示制度の変化が挙げられます。
これに対して、内発的な要因では、経営者自身の危機感が挙げられます。PwCが実施した第27回世界CEO意識調査によると、「自社の現在のビジネスのやり方を変えなかった場合、経済的にどの程度の期間存続できるか」という問いに対し、日本のCEOの64%が「10年持たない」と回答しています。これは、世界平均の45%と比較して、多くの日本企業の経営者が経営の持続性に対して危機感を抱いていることを示しています。また、第26回世界CEO意識調査でも同様の回答が得られており、2回連続で日本企業の経営者が持続性に危機感を抱いているという結果が出ています。
PwCコンサルティング合同会社 執⾏役員 パートナー ⼩林たくみ
企業価値を本質的に向上させるためには、現状と目標の差を把握し、目標達成に向けた具体的な道筋を描く必要があります。しかし、多くの企業はその過程で次の3つの課題に直面しています。
「測定できないものは管理できない、管理できないものは改善できない」という大原則には否定の余地がない反面、企業価値向上を目指しているにもかかわらず、「現状の企業価値」と「目標とする企業価値」のギャップを定量的に把握できていない。
価値創造ストーリーを統合報告書で開示している反面、現状と目標を結びつけるだけで、その過程や施策の妥当性を検証できていない、また、投資家に対して帰結を論理的に説明できていない。
ESGや狭義のサステナビリティへの対応が要請される昨今、財務指標だけでなく、自社の成長と企業価値向上の源泉となり得る無形資産も重視されつつある反面、知的資本や社会関係資本が具体的に価値構造のどの要素に影響を与え、どの程度貢献するかを認識・説明できていない。
これらの課題を解決し、経営が「企業価値を起点に戦略的な価値創出活動を管理している状態」、すなわち「価値創造経営を実現している状態」に到達するためには、次の3つの要点をおさえる必要があります。
今後の市場において東京証券取引所の要請に応え、株主や投資家の視線を意識した経営を実現するためには、企業価値を評価する投資家などの外部ステークホルダーとの対話が欠かせません。また、投資家との対話の際には、「説明性」を持って自社の経営方針を提示することが求められます。たとえ企業価値を向上させるための取り組みがストーリー化され、ロジックツリーで示されていたとしても、その連鎖が明確な計画や計算式に基づいていなければ「説明性」は欠如し、投資家を納得させることはできません。
企業価値向上のためには、前述の「価値創造経営を実現している状態」に必要な3つの要点をおさえることに加え、投資家に対する説明性を担保し、彼らの理解と納得を得る必要があります。この価値向上を実現し、投資家への説明性を担保するために具体的なアクションを実践している企業の事例を3つ紹介します。
当企業では、価値創造ストーリーの合理性と説明性を確保するために、財務・非財務属性が企業価値に与える影響を定量的に把握する必要があると考えました。そこで、PERを構成する「資本コスト」と「期待利益成長率」に対して、財務・非財務の各属性がどの程度影響を与えているかについて、統計的推定を用いて明らかにする取り組みを行っています。
資本コストに関する上記のグラフは、横軸に財務および非財務の企業属性、縦軸に企業属性のプレミアム値を示しています。オレンジで示された部分は、特に資本コストに影響を与える項目を統計的推定により算出したものです。このグラフを見ることで、資本コストに影響を与える企業属性が明確になり、必要なアクションが自ずと浮かび上がります。
投資家に対しては、「資本コストを下げるためにこの項目に注目することが統計的に有意である」という主張を、説明性を担保しながら伝えることができます。期待利益成長率についても同様に、「自分たちの会社は期待利益成長率を高めるために、統計的に有意なこの要素に焦点を当てた改善を行っている」という根拠に基づいた説明が可能です。
さらにこの企業では、投資家が注目する「資本コストに影響を与える企業属性」について、自社と競合他社の状態を各属性で比較します。競合他社に対する自社の「優位点」と「劣位点」を定量的に把握することで、経営改善のポイントを特定する取り組みも行っています。
次に紹介するのは、会社業績を目的変数とした場合に、財務および非財務データのどの要素が業績に特に影響を与えるかを分析し、業績を向上させるために注力すべき要素をデータによって解明しようとしている企業の事例です。
近年、多くの企業がロジックツリーを活用し、その結果を統合報告書で開示する取り組みを実践しています。ロジックツリーの作成過程では、現場、企画、経営層の社員が集まり、ディスカッションやワークショップを通じて経験や知見を共有し、それを可視化している企業も多いことでしょう。しかし、人間の経験や知見による方法では明瞭な根拠を付与することは困難です。また、作成に多くの時間を要するという課題も生じます。
そこで、この企業ではテクノロジーを活用した科学的な解析を試みました。次の図表は、人的資本のデータを分析ツールによって解析し、統計的に算出された因果関係を可視化した図です。この樹形図は、「プロパー(新卒)比率」「女性比率」「平均勤続年数」「提案件数」といったビジネスや人事領域に関する各項目の会社業績への影響度合いと因果関係を示しています。
テクノロジーを活用した因果関係の解析により、価値創造ストーリーの論理性を証明し、経営判断に客観性と理論性を持たせることができます。これは、企業が社会や従業員に対して、自社の価値創造のストーリーを説得力を持って説明するための有効な手法です。さらに、AI活用を通じて分析にかかる工数および期間を大幅に短縮できます。
価値創造ストーリーは、社会、環境、人の変化により日々進化します。こうした変化に対して持続的かつ科学的に対応し、企業価値向上に直結する分野にキャッシュアロケーションをする取り組みを実践している企業の事例を紹介します。
この企業では、KPI間の相関関係と傾向を持続的かつ科学的に分析するため、ダッシュボードを用いて継続的な価値創造経営ストーリーの見直しをしています。分析の結果、企業価値を向上させるそれぞれの施策の相関が低いと評価される場合は、価値の連鎖のつながりを見直し、より効果的な価値創造の連鎖を再定義するアクションを行います。
さらに、この企業ではKPI間の相関をマッピングし、投資金額と比較することで、投資すべき領域と投資を控えるべき領域を明確にしています。さらに、こうした分析に経年変化を加えることで、「現在の資源配分は正しいが、1年後はどうか」「昨年は適切だったが、今年も同じで良いのか」といった、投資に対する限界効用の判断や効用の逓減を配慮した資源配分の妥当性を検証することができます。
ここまでの日本企業の実践例を踏まえると、東京証券取引所の要請に応え得る「経営に説得力を持つ企業」には次の4つの要素が不可欠であることが分かります。
これらの状態を常に維持し、「定量的かつ科学的施策によって説明性を担保すること」が企業の価値向上につながり、今後の市場で求められる企業像であると私たちは考えています。