―WICIジャパン統合報告[向上]セミナー2024より―

統合報告書の役割と価値創造ストーリーを充実させるために実施すべき事項

  • 2025-04-07

価値ある統合報告のあり方を日本において普及推進するWICIジャパンが、2024年11月、「WICIジャパン統合報告[向上]セミナー2024」を開催しました。当セミナーにおいてPwCコンサルティング合同会社の小倉健宏が講師として解説した内容を紹介します。

セミナーの主催者であるWICIジャパンは、民間部門から事業会社、財務アナリスト、投資家、さらに官公庁や大学などの研究者が参加し構成されているWICI(World Intangible Capital Initiative )の日本における活動拠点として、2008年に設立された組織です。

「WICI ジャパン 統合リポート・アウォード」の表彰などを通じて、ステークホルダーが当該企業の価値創造活動を一層適確に捉えられるようになる報告書の作成を企業に促す活動を推進しています。

サステナビリティ情報開示媒体の潮流

2023年、有価証券報告書にサステナビリティ情報の記載欄が新設され、サステナビリティ情報の開示が求められることとなりました。いま、環境や社会との関係においてサステナビリティのある経営が求められており、非財務情報開示の流れは加速の一途をたどっています。今後も、日本のSSBJ(サステナビリティ基準委員会)やSEC(米国証券取引委員会)気候関連開示規則、EUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)の影響により、法定開示媒体におけるサステナビリティ情報開示の潮流はさらに加速することが予想されます。

このような潮流の中、多くの企業は、統合報告書やサステナビリティレポートなど任意で複数の媒体を発行していますが、各媒体の情報量が増大し、内容の重複や不整合が発生していることを課題と感じる企業が増えています。開示媒体ごとの役割を明確にすることをはじめ、効果的な情報開示を実現するための取り組みが今後より一層求められると考えられます。

統合報告書の役割

IRフレームワークに準拠すると、統合報告書は「財務情報と非財務情報の両方を記載し、価値創造ストーリーを発信する媒体」です。将来性や独自性を盛り込むことが肝要です。

統合報告書に必要な価値創造ストーリーとは

IRフレームワークでは、統合報告書に含まれるべき(価値創造ストーリーの発信に必要な)要素として以下の8項目が挙げられています。

図表1:統合報告に含まれるべき8つの要素

出所:IFRS財団,2021.「国際統合報告<IR>フレームワーク」をもとにPwC作成 https://www.integratedreporting.org/wp-content/uploads/2021/09/IR-Framework-2021_Japanese-translation.pdf

8つの要素と価値創造のプロセスに基づき、財務資本および非財務資本(自然資本、人的資本、社会関係資本)をどのように活用し、どのようなアウトカムを社会に創出しているかを説明することが、価値創造ストーリーそのものとなります。

統合報告書に関する調査と企業における課題

私たちは、日本の上場企業における統合報告書の現在地と課題を把握するため、調査を実施しました。

調査内容

統合報告に含まれるべき8つの要素のうち、以下4点が統合報告書にどのように記載されているかに着目して調査しました。

A.組織概要/外部環境
C.ビジネスモデル
D.リスクと機会
E.戦略と資源配分

調査対象

日本の上場企業のうち売上7,000億円以上の会社からランダムで200社を抽出し、2023年11月時点の最新の統合報告書を対象としました。

調査方法

Step1
以下4つの観点でレベル分けしました。

図表2:統合報告書のレベル

1

経営計画

長期経営計画と中期経営計画の位置づけを確認

2

外部環境・社会課題

記載内容が全社レベルのものか事業レベルのものかを確認

3

アウトプット・アウトカム

記載内容が全社レベルのものか事業レベルのものかを確認

4

強み(資本)

記載が全社レベルのものか事業レベルのものかを確認することに加え、無形資本を具体的に特定できているかを確認

Step2
Step1で全ての要素が事業レベルで記載されているとされた統合報告書のうち、インプットからアウトカムまでが具体的なストーリーで記載されているか(例:インプットを単純に従業員数ではなく、「デジタル人員」のような価値創造に必要な特定の能力を有した従業員数としてアウトカムにまでつなげているか)を確認しました。

調査結果

調査を経て、各統合報告書の価値創造ストーリーを以下の5段階に振り分けました。

図表3:統合報告書に関する調査結果

調査結果から示唆される課題

浮かび上がってきた課題は、「開示の質を上げるための課題」とその裏にある「実質の課題」に分類できると考えられます。

図表4:調査結果から示唆される課題

課題解決の糸口

各課題を解決するための方向性として以下の各3点が挙げられます。

開示上の課題を解決するための方向性

  1. 理念、マテリアリティ、戦略(長期戦略・中期戦略・事業戦略)の関係性の整備=価値創造ストーリーの検討
    企業の理念とマテリアリティ(重要課題)を戦略と連携させることで、企業の長期的なビジョンと具体的な取り組みを一貫性を持って伝えられます。
  2. 指標のあてはめ
    適切な指標を設定し、それを基に進捗状況を評価することで、企業の取り組みの効果を客観的に示すことができます。これにより、ステークホルダーに対して透明性の高い情報開示が可能となります。
  3. 統合報告書作成チームメンバーの整備
    統合報告書の作成には、各部門から専門知識を持つメンバーを集めることが重要です。これにより、報告書の内容が多角的かつ包括的にカバーされ、質の高い情報提供が実現します。さらに、全媒体間での内容に一貫性を持たせることで、読み手に対してどの媒体を通しても発信内容の意図を適切に伝えることができます。

実質の課題を解決するための方向性

  1. 適切なマテリアリティの設計
    企業にとって重要な課題を特定し、それを基にマテリアリティを設計することが必要です。これにより、企業の価値創造に直結する取り組みが明確になります。
  2. マテリアリティを軸とした企業価値向上に必要な戦略・取り組みの設計
    マテリアリティを中心に据えた戦略を策定し、それに基づく具体的な取り組みを設計することで、企業価値の向上を図ります。特に、企業価値との相関関係、フレームワークとの整合、各戦略や施策との相関関係、提供価値と自社のマテリアリティとの整合性を考慮することが重要です。
  3. ステークホルダーエンゲージメントを有効活用するプロセスの整備
    ステークホルダーとの対話を通じて、企業の取り組みや戦略に対するフィードバックを得るプロセスを整備することが重要です。特に、効果的な投資家との対話を実現するためには、対話する相手の理解、対話アジェンダの設定、使用媒体の選定、会社対応者の選定を検討することが求められます。これにより、ステークホルダーの期待に応えるとともに、企業の取り組みの改善が図られます。

価値創造ストーリーを充実させるための留意ポイント

説得力のある価値創造ストーリーを作成するためには以下のようにポートフォリオ戦略、事業戦略、投資戦略の全てを連携させていく必要があります。

図表5:価値創造ストーリーを充実させるための留意ポイント

各戦略において、以下の留意ポイントを抑えることをおすすめします。

1.ポートフォリオ戦略

  • 資本コストに加え、複数の視点で分析・説明ができるか
    複数の視点とは、メガトレンド、マーケット、ビジネスモデル(物売り・コト売り)、自社の強み、社会課題(特にマテリアリティ)などが考えられます。

2.事業戦略

  • 各事業戦略間、または事業戦略と企業価値間の連携ができているか
    必要な作業として、現状と目標の事業領域それぞれにおける自社の価値創造ストーリー、必要な強みの整理、ギャップ分析などが含まれます。
  • 不足している強みに対応した戦略・取り組みが整理できているか
  • 戦略・取り組みの進捗を表現できる指標(バリュードライバー)が整理できているか

3.投資戦略

  • 資本コストを意識した投資基準、投資の優先順位を整理できているか
  • 現状の稼ぎ柱からの資金獲得シナリオは整理されているか
  • 投資額不足部分を補うにあたり、DEレシオ、WACC(加重平均資本コスト)を意識した資金調達戦略が整理できているか
  • 株主還元方針と投資のバランスは検討できているか

おわりに

統合報告書の重要性がますます高まる中、企業はこれを単なる情報開示ツールとしてではなく、価値創造ストーリーを伝えるための重要なコミュニケーション手段として活用することが求められます。

PwC Japanグループは、国内外の動向理解、サステナビリティ先進企業の統合報告書の分析・理解に関する知見を基に、戦略の整理、無形資本の特定と評価、ステークホルダーとの対話など、企業のニーズに合わせた統合報告書の企画立案や価値創造ストーリー作成を支援します。

主要メンバー

小倉 健宏

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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