日本のデータ流通・利活用に関する調査から見える課題と今後の方向性

  
  • 2024-06-10

PwCコンサルティング合同会社(東京都千代田区、代表執行役CEO:大竹 伸明、以下「PwCコンサルティング」)は、一般社団法人AIデータ活用コンソーシアム(本社:東京都港区、代表理事・会長:坂村 健、以下「AIDC」)と連携してデータ流通事例調査を実施しました。本稿では、この調査から見えたことの分析、未来の予測、そしてデータ流通の取り組みを加速させていくための提言を行います。

データ流通事例調査とは

AIDCは、AIとデータを取り巻く課題を解決するために4つのテーマに取り組んでいます。

現状、企業や行政機関からデータは提供されているものの、それらを利用するためのユースケースやAI技術が不十分です。この課題を解消するために、AIDCでは事例調査、ワークショップ、そしてオープンデータチャレンジという3つの取り組みを進めています。

本稿の前提となる事例調査は、以下の通り実施しました。

事例調査から見えてきた現状と課題

調査を通じて、データ流通事例には共通した特徴や課題があることが見えてきました。

1.データ流通の現状

データ流通においては、現状、業界全体をリードするような新しい大きな枠組みやプレーヤーは登場しておらず、革新的な進展が難しい状況が続いています。一方で、既存の事業圏内においてデータ流通によってサプライチェーンなどの連携を強化する動きが見られます。

既存の事業圏内における連携強化

既存のビジネス関係を有する企業間では、既に信頼関係が築かれ、共通の目標に向けて効率的にコミュニケーションができる環境が存在しています。このような背景が、データの流通を推進する有利な要因となっています。特に、お互いのビジネスに対する深い理解と相互依存関係があることから、各企業のニーズや期待に応じたデータの共有が実現できています。

また、サプライチェーン上では、統一されたデータフォーマットとリアルタイムでのデータ共有が欠かせません。これにより、在庫管理や物流計画、需要予測などの業務効率が向上し、企業間の協力関係が一層強化されます。

企業間のデータ流通を促進し、連携を強化することでビジネスの効率化と高度化が実現されます。

2.データ流通における課題

以下は、事例調査を通じて読み解くことができたデータ流通の課題です。

価値あるデータの独占

多くの日本企業は、グローバルでのビジネス展開には至っておらず、グローバル企業が主に市場とデータを支配している状況です。これは、資本やリソース、ネットワークなどの面でグローバル企業が優位に立っているためです。

大規模なビジネスに至っていない

データ連携は、個社間で独自の連携仕様を定義して実装することが可能です。そのため、実装は比較的容易ですが、複数企業間でのデータ連携をスケールアップすることは困難です。

個人情報の同意取得と活用

消費者から個人情報の同意は形式的に得られているものの、消費者自身が情報を十分に理解していない可能性があります。これが企業側にとってリスクとして残り、データ活用に慎重になる理由となっています。

データ流通の展望

データ流通の現状や社会動向から、今後のデータ流通には「現状の延長線上にある未来」と「規制や技術の進化によって生まれる未来」という2つの将来像が期待できます。

現状の延長線上にある未来

サプライチェーンの拡大による広範囲な情報共有の実現

サプライチェーンの拡大に伴い、これまでの発注元と発注先との関係に限定されていた流通が、より大規模かつ包括的な形態に進化しています。今後はサプライチェーン全体を網羅し、そこに参加するさまざまな企業や工程が密接に連携することが予想されます。

この変化により、情報の共有が従来の垂直統合から水平統合へと拡大し、サプライチェーン全体でリアルタイムなデータ共有が可能になります。製品の透明性や品質管理を向上させるためには、デジタル製品パスポート(DPP)の導入や、製品の持続可能性や環境への影響を評価するLife Cycle Assessment(LCA)の導入も重要です。これにより、先行工程から後工程までの効率的な調整やリスク管理が実現でき、サプライチェーン全体の効率性が向上することが期待されます。

【DPPの概念】

デジタル製品パスポート(DPP)は、製品の生産過程から消費までのデータを一元化し、追跡可能にするためのデジタルな身元証明書です。製品の特性や生産方法、材料、品質管理の情報などが含まれ、消費者が製品の起源や品質を確認できるようになります。製品の持続可能性や環境への影響を評価し、改善するためのデータも提供されます。

【LCAの概念】

Life Cycle Assessment(LCA)は、製品のライフサイクル全体にわたる環境への影響を評価する方法であり、製品の製造、使用、廃棄段階におけるエネルギー消費、排出物、リサイクルなどを考慮します。製品の環境への負荷を定量化し、持続可能な製品設計の実現やサプライチェーンの改善に役立ちます。

競争から協調へ

従来のビジネスモデルでは、企業は主に自社の利益を最大化することに焦点を当てており、「競争」が基本的な戦略でした。しかし、SDGsの普及に伴い、企業は社会全体の持続可能性に寄与する方法を模索するようになりました。これは、社会課題の解決をビジネスの一環と見なす「協調」のスタンスです。

SDGsの広がりを背景に、企業は「競争」もさることながら、社会課題の解決に焦点を当てる「協調」を前提としたデータ利活用に移行しています。企業や業界ごとの課題だけでなく、社会全体に影響を与えるより広範な課題に対処する必要があり、この流れから、協調領域でのオープンなデータ流通も進展することが期待されます。

【欧州の事例】

「協調」型のデータ利活用が進んでいる欧州では、Gaia-Xと呼ばれるイニシアティブが立ち上がっています。これは、EUの欧州データ戦略の一環であるデータの自由な流通とその利活用を積極的に支援しつつ、さまざまな産業や企業間でのデータ共有を促進する取り組みです。こうした取り組みを通じて、企業の競争力向上や社会課題の解決、さらにはSDGsの達成にも寄与することが期待されています。

規制や技術の進化によって生まれる未来

個人情報の活用

現在、個人情報の活用には課題が存在しますが、同時に個人情報への需要は高まっています。今後はデータの迅速な流通(効率性)と個人のプライバシー、許可に基づく利用(倫理性)のバランスを維持しながら活用が進展することが見込まれます。さらに、法制度や技術の進歩により、大きな変化が期待されます。EUでは、自己主導型のアイデンティティ(SSI)や秘密計算技術に関する議論が進行中です。こうした新しいアプローチによって個人情報活用に関する課題が解決され、データ流通が促進することが期待できます。

【SSIの概念】

Self-sovereign Identity(SSI)は、個人が識別情報を独立してコントロール・管理する概念で、情報の迅速かつ安全な共有を可能にします。SSIを個人情報の利活用に取り入れることで、効率的な情報提供、本人の同意の確保、オプトイン方式の採用、そして本人の納得感の強化が実現し、持続可能かつ個人の納得感に基づく情報共有が可能となります。

【秘密計算の概念】

秘密計算は、暗号化における鍵管理を行わない方式で、データを単一では意味を持たない複数の断片に分けて計算を行うことで秘密情報が推測されるリスクを分散化します。データの暗号化でプライバシーを保護しつつ、第三者による解析処理やデータの外部への持ち出しが困難な場合での安全な統計処理などで活用します。

国際的なデータ連携の仕組み整備

国内のデータ流通は、前述のとおり既存の事業圏内を中心に展開されており、今後もある程度自然な進展が予想されます。一方で、国際間でのデータ連携においては、各国が定めた法規制やセキュリティ上の問題などが障害となり、データ流通に関連する課題が顕在化しています。EUは国際的なデータ連携において先行していますが、データ流通は主にEU域内に限られています。国や地域を超えた真の国際連携を実現するためには、特定のテーマごとに適した規則を策定し、それを各国が法的に支える取り組みや、国々の差異を調整するためのルールの制定が必要です。データ連携の仕様や法的な仕組みを整備し、国際連携を促進することで、新たなビジネス機会が創出される未来が期待できます。

まとめ

データ流通は確実に進展していますが、まだ大規模な展開には至っていません。国際的な連携、個人データの活用、データのオープン化などには課題が存在し、これらの問題を解消するために各国が独自の取り組みを進めています。同時に、技術的な解決策も模索されています。急激な変化は期待できませんが、確実に変化が進む中で、企業はこれに備える必要があります。

これからもPwCコンサルティングはAIDCとの連携を通して日本におけるデータ流通の普及に向けた調査・取り組みを継続していきます。

執筆者

辻岡 謙一

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

小幡 陽輔

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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佐久間 壮太

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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