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近年、実業界では環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する課題が極めて重要であるとの認識が共有されつつあります。しかし、企業がESG目標を推進するために投資収益率が低下することを許容しない投資家もいます。企業は、こうした投資家にどう対応すればよいのでしょうか。
PwCの最近の調査では、企業が優先すべき5つのアウトカムは何かという質問に対し、世界の投資家は「効果的なコーポレートガバナンス」や「温室効果ガス排出量の削減」といったESG関連の目標を挙げました。しかし81%の投資家は、ESG目標(事業関連の目標と社会に利益をもたらす目標の両方)を推進するために許容できる投資収益率の低下を「1パーセントポイント以下」と答えました。しかも、その約半数は投資収益率の低下を頑として拒み、低下は一切受け入れられないと回答しました。
企業と投資家の間に見られるこの断絶は、経営陣と取締役会にジレンマをもたらしています。企業が投資家の期待に沿う業績を上げながら、明確なESG戦略を追求することは可能なのでしょうか。
PwCの答えは「可能」です。ただし、短期的な業績達成と、長期的なESG目標に必要な投資の両方にバランス良く取り組むことが条件となります。もちろん、企業がESG関連の取り組み、例えば将来の規制や自社のネットゼロ目標に対応するための技術やシステムに投資する場合、その過程で何らかの抵抗にあったり、株価が短期的に変動したりする可能性はあります。
しかし、気候変動が企業価値の維持と長期的な収益力に与える影響は高まっているため、長期的に見ればESGに投資しないことがもたらす累積価値の合計は、ESGに効果的に取り組んだ場合の累積価値を大幅に下回るでしょう。
重要なのは、説得力のある長期的なESG戦略を策定することで、投資家の期待する短期的なKPIを達成しながら、新たな価値を創造できるようにすることです。この長期的なビジョンの実現にステークホルダー、特に株主を巻き込むことで、企業は短期的な収益圧力と長期的な事業機会の両方に対応できるようになります。
長期的なビジョンには一貫性のあるストーリーが必要です。そして一貫性のあるストーリーは、企業がESGに対する戦略的スタンスを正しく設定し、それを価値創造と明確に結びつけることではじめて生まれます。
ESGに対する戦略的スタンス(または究極の目標)が明確な企業は、ESGに関する自社の大枠や方針(取り組みの内容や分野、自社で開発するケイパビリティ、エコシステムのパートナーから調達するケイパビリティ)を投資家やその他のステークホルダーに理解してもらいやすくなり、意思決定や資源配分も明確になるでしょう。
会社の究極の目標を明確に伝えることで、会社が顧客や社会のために創出する独自の価値も明確になり、ひいては投資家が求める一貫性のあるストーリーを作成できるようになります。現在の企業戦略は、ESGの観点から策定されたものでしょうか。単に法令などの要件を満たすためのものでしょうか。それとも、その中間でしょうか。
ESGに対するスタンスを正しく設定することで、もうひとつの重要な問題――会社が参加している、または参加すべきビジネスのエコシステムについても考えやすくなります。
なぜエコシステムが重要なのでしょうか。それは、エコシステムが市場での勝敗を決めるケースが増えているからです。
ここでいうエコシステムとは、企業や組織のネットワークを指します。このネットワークは参加者間の連携を可能にするだけでなく、(戦略や規制、その他のリスクを軽減することなどにより)企業や組織がESGのような複雑で広範な課題に取り組むための唯一の方法となる可能性があります。
エコシステムが企業の価値創造や価値の獲得に果たす役割はかつてないほど大きくなっています。しかし、ESG目標の推進に必要なエコシステムの多くはまだ初期段階にあるか、新たに構築しなければなりません。輸送・エネルギー関連のエコシステム、サプライチェーンのスコープ3の排出量を削減するためのエコシステムなどがこれに当たります。
企業がエコシステムの構築や発展に取り組み、その周囲に生まれる価値プールにアクセスするためには、自社と自社が参加するエコシステムの関係を管理する必要があります。これは多くの企業にとって経験のないことでしょう。過去のパートナーシップで見られたような場当たり的な対応では、エコシステムとの関係は管理できません。
本稿では、ESGに対する戦略的スタンスを正しく設定する方法と、ESGのリスクに対処し、新たな価値プールに照準を合わせるために必要なエコシステムの能力を開発する方法を説明します。
エコシステムに参加するメリットのひとつは、ESGに必要な全ての能力を自社で用意し、強化する必要がないことです。エコシステムのパートナーが構築している能力を利用して、さまざまな人材や技術、プロセス、知見を巧みに組み合わせることができます。その結果、投資家やその他のステークホルダーの目に映る自社の姿をより魅力なものとすることができるでしょう。ストーリーが持つ力は広く知られていますが、ESGにおいても、魅力的なストーリーは投資家を引きつけ、エコシステムの参加者を共通の有益な方向へ導く力を秘めているのです。
ESGの成功事例が増えるにつれて、ESGに取り組む企業も増加しています。例えば、フィンランドに本社を置く石油精製・販売会社のNesteは再生可能燃料に大きく舵を切りました。特にマクドナルドとの提携は大きな話題を呼び、新たなエコシステムを生み出しました。
このエコシステムでは、マクドナルドが使用した揚げ油やその他の動物性脂肪廃棄物をある企業が回収し、別の会社がそれをNesteに輸送し、Nesteがそれをディーゼル燃料に加工して、パートナーのトラック会社に販売します。Nesteはダラス・フォートワース空港などとも、使用済み食用油の回収に関して同様のパートナーシップを結びました。
また、シンガポールの製油所には14億ユーロ(13.7億米ドル)を投資し、再生可能燃料の年間生産量を最大130万トン拡大しました。Nesteはこうした投資を通じて自社のブランドを刷新し、「食品廃棄物を原料に変える新しい方法を生み出している持続可能な企業」と目されるためのスト-リーを作り上げたのです。
企業の成功物語は、ESGに対する戦略的スタンスを明確にすることから始まります。本稿ではまずこのテーマを論じ、続いて自社に適したエコシステムを構築する方法、ケイパビリティ、ストーリーを考察します。
ESGは、少なくとも2006年の責任投資原則に関する国連報告書で言及されて以来、20年近くにわたって重要な論点となってきました。気候変動を示す証拠が次々と明らかになるにつれて、ESGへの注目も高まっていきました。注目度と緊急性の高まりは、ESGの「E(環境)」に対する懸念を引き起こすだけでなく、企業は社会の一員として責任ある行動をとり、政府の規制およびその精神に則ったガバナンスを実践しているかが問われるようになりました。
ESGに注目する必要性は今後も高まっていくでしょう。ネットゼロ目標を掲げる政府が増えるなか、規制当局は企業に持続可能性の向上をさらに求めるようになっています。投資家も(投資収益率が大幅に低下することは望まないにせよ)ESGに積極的に取り組んでいる企業に投資したいと述べています。環境活動家などの社会的圧力を受けて、企業をESGの基準で評価する顧客、従業員、求職者も増加の一途をたどっています。
時が経つにつれて企業は、ESG課題が重要視されるのは、単に批判するためだけではないと認識するようになりました。ESG課題への関心が広がるにつれて、大きな事業機会も生まれています。例えば、あらゆるコンシューマー向けプラスチック容器に使用できる、リサイクル性が極めて高いポリマーを発明できれば、巨大な市場を制することができるかもしれません。優れた企業市民という評判を獲得できれば、顧客や投資家だけでなく、優秀な人材も引き付けられます。規制当局に良い印象を与えることもできるでしょう。
しかし、まずはESGの観点から自社の本当の姿、究極の目標を明らかにしなければなりません。一般に、会社の究極の目標とは、その会社が顧客にもたらしたいと考えている、他では得られない中核的な価値のことです。それは短期計画でも、もっと言えば中期計画でもなく、新製品の構想でもありません。10年後、数十年後に会社がいる場所です。ESGについても同じように長期的な観点から、会社の究極の目標との整合性を考える必要があります。
会社の究極の目標を見極めるためには、まずESGに対する4つのスタンスの中から、自社に当てはまるものを選ぶ必要があります。長期的に見て、会社は「順応型」、「実務型」、「戦略型」、「理想追究型」のどれに該当するでしょうか。「ESGに対する戦略的スタンス」の図は、この4つのスタンスの特徴をまとめたものです。
ESGに対する戦略的スタンス
ESGに対する意欲のレベルが決まったら、次はどの課題に注力するかを検討します。廃棄物削減とリサイクル? 生物多様性の促進? 公正な権利? デジタルサイバーセキュリティ? 適切な課題を選ぶためには、外的要因が自社の業界に与えている影響と将来与える可能性のある影響を把握する必要があります。
例えば、自社を実務型と決定すること自体が大きな影響をもたらすこともあります。化石燃料を扱う会社なら、環境問題が原因で石油の需要が減少し、新素材の登場によって今後数十年間に石油・ガス会社の埋蔵資源が不要になるシナリオを検討することになるかもしれません。同じ業界でも実務型の会社は、すでに代替策を探っているでしょう。何の手も打たなければ、大量の石油・ガス資源が座礁資産化する恐れがあります。
パタゴニアやHonest Teaのような理想追究型の企業は、他社よりも早く、積極的に行動するでしょう。もちろん、Honest Teaは製品の味の改良にも注力する必要がありますが、環境に責任を持ち、その多くは途上国にいるサプライヤーに経済的機会を創出することも重要な方針です。パタゴニアのミッションステートメントは、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」です。この目標は、同社の原料調達や製品の製造・輸送・販売から、従業員やパートナーとの関係のあり方まで、あらゆるものに影響を及ぼしています。
究極の目標を定めることは、ESGに対する取り組みの方向性や投資規模、会社が採用し、伝えたいESGのストーリーを定義する上でも役立ちます。たとえESGに対する意欲のレベルが低く、戦略的スタンスは「順応型」だとしても、こうした点に対するアプローチは明確にしておく必要があります。究極の目標は、会社が参加すべき、または発展を支援すべきエコシステムを見極める上でも有用です。
会社の究極の目標が定まると、ESGに対する一貫した考え方が決まるため、ESGに関する取り組み内容、分野、(エコシステムのパートナーから調達するのではなく)社内で構築する能力の大枠を決定しやすくなります。また、意思決定や資源配分が明確になり、投資家が必要とする一貫性のあるストーリーを作りやすくなります。こうしたストーリーは、本稿の冒頭で述べたESGのジレンマを乗り越えるために欠かせないものです。
実務型の企業(例えば、環境問題が需要を冷え込ませる可能性を研究している化石燃料会社)であっても、単独でESG目標を達成することはできません。現在起きているシフトは、単にエネルギー源を石油から非化石燃料に変えることでも、発電所の動力を石炭から太陽光や風力由来の電力に変えることでもありません。消費者の行動の変化も考慮に入れて、消費者との接点を持つ多くの企業と手を組む必要があります。製品・サービスの設計を根本的に見直し、新しいつながりや連携を模索することも欠かせません。
究極の目標を定義したとしても、その実現に必要なエコシステムはまだ存在していないことが多いものです。例えば、急成長市場に参入したいという実務的な理由と、さまざまな環境問題への懸念から、電気自動車市場に進出しようとしている自動車メーカーがあるとしましょう。この会社は、顧客やコミュニティ、従業員の社会的な関心事や、政府の公害規制に倫理的に対応するためのガバナンス慣行にも注意を払っています。電気自動車を製造するだけでは、ESG目標は達成できません。川上や川下の問題も深く考える必要があります。
現在、川上では電池の主要材料の採掘工程で、環境破壊につながりかねない問題が起きています。これらの材料は、貿易関係が複雑な国(中国など)や、紛争や強制移動、経済不安といった問題を抱えている国(コンゴ民主共和国など)からも供給されています。この自動車メーカーは、リチウム、コバルト、レアアースなどの調達先を新たに開拓したいと考えるかもしれません。あるいは、こうした材料を必要としない、新しい種類の電池の開発に取り組む可能性もあります。
川下では、この自動車メーカーは自動車のリサイクルを実現したいと考えていますが、部品の設計上の問題から、現状ではリサイクルは難しいことも認識しています。例えば、電池に使われているプラスチックや電池セルの外装から金属だけを分離することは困難です。使用済みの自動車を可能な限り速やかにリサイクルプロセスに移行させ、主要なパーツを取り外し、再利用できるようにするためにはエコシステムと連携する必要があります。リサイクルを容易にするためには、新しい材料やプロセス、材料工程を開発できるパートナーを見つける必要もあるかもしれません。
多くの企業がESG目標を追求するようになったことで、新たなエコシステムが次々と誕生しています。例えば、2023年末には低炭素排出技術(LCET)に関するイニシアティブが誕生する予定で、現在は設立に向けた準備が進められています。すでにAir Liquide、SIBUR、Dow、BASF、Clariant、SABIC、DSM、三菱化学、Solvay、Covestroが参加を表明しています。直接の競合企業が手を組むケースもあります。
例えばAllbirdsとアディダスは、靴の製造から梱包、発送まで、あらゆる工程で二酸化炭素排出量を削減するための共同研究を推進しています。調達企業の間では、これまでにないタイプの協同組合も形成されつつあります。例えば、50社以上が参加するFirst Movers Coalitionが目指すのは、2050年までに世界規模でネットゼロを達成するためには必要でも、初期段階ではコストが高すぎて一般市場では十分な需要を見込めない技術を支えることです。
この他にも新たなエコシステムの形成や既存のエコシステムの発展が待たれています。例えば交通セクターでは、マイクロモビリティ、電動化、水素の充填・供給インフラ、持続可能な航空といった分野で、新たなエコシステムが形成されつつあります。消費財セクターでは、包装や配送、材料、労働投入に関するエコシステムが必要となるでしょう。農業セクターには、肥料、農機具、代替肉などのタンパク質に関するエコシステムが必要です。しかも、これはほんの一例にすぎません。
これらのエコシステムの構築や適切な発展を、会社が重要な役割または主導的な役割を果たしながら支え、かつESGに対する戦略的スタンスも維持するためにはどうすればよいのでしょうか。事業を柔軟に、かつスピード感をもって運営するためには、いくつかの条件を満たす必要があります。
ESGのエコシステムには、企業と外部ステークホルダーの動的に進化する関係が体現されています。一口にステークホルダーと言っても、事業に直接的な影響を与える身近なステークホルダー(サプライヤー、競合他社、顧客など)と、広いマクロ経済的視野から見たステークホルダー(NGO、規制当局、投資家など)があります。企業は、こうした外部ステークホルダーが共有する目的(場合によっては競合する目的)をマッピングし、どの関係が価値プールの変化や補完的な能力の調達に役立つかを慎重に見極める必要があります。
重要なのは明確な見通しを持ち、不測の事態を回避することです。例えば、重要なサプライヤーが全製品のリサイクル対応を目指している場合、何らかの要件や期待を課される可能性はあるでしょうか。業界内に水素利用に関するパートナーシップが設立されることで、環境に配慮したエネルギー利用への期待が高まる可能性はあるでしょうか。欧州連合(EU)が2030年、またはもっと早い時期に取締役会の多様性に関する新たな法律を導入したら、何が起きるでしょうか。
ESGに関する投資家の動きや動向はきわめて流動的です。そのため、最適な投資家構成を維持するには投資家の細分化が必要となる可能性もあります。ESGのリバランス、社会影響投資、テーマ(E、S、G)別投資など、的を絞った投資スタイルを投資家は採り入れているからです。後述するESGのストーリーも、同じように細分化する必要があるかもしれません。
上場企業の株価は、会社の目標と投資家の目標が一致していることを示す指標であり、言うまでもなく重要な問題です。しかし、企業は顧客やその他のステークホルダーのニーズに対する理解も深めなければなりません。これまでの企業は、こうした深い理解を仲介業者を通じて得る傾向がありました。
例えば、シェルは原料の供給業者であり、最終消費者とは距離があるため、仲介業者を通じて消費者のニーズを探ってきました。しかし、現在では次々と混乱が生じることから、シェルなどの企業はステークホルダーのニーズを自社で直接追跡し、理解しなければなりません。
ESGの領域で世界が直面している未解決の問題の中には深刻かつ複雑なものも多く、一社だけで解決することは困難です。こうした問題に対応するためには、複数の企業や機関が集まり、共通の目的に向かって共同で取り組む必要があります1。解決に必要な能力を確保するための資源を単独で用意できる企業はなく、ESG関連のニーズの変化に単独で迅速に対応できる企業もないからです。
エコシステムに参加すると、他の参加企業から補完的なケイパビリティを調達できるようになります。そのためには、自社が現在保有している能力、社内で構築可能な能力、エコシステムから調達したい能力と価値の提供手段を理解することが不可欠です。まずは、自社のステークホルダーとエコシステムのステークホルダーに関連するESG領域に必要なケイパビリティを整理し、次に、そのうちのどれくらいを自社で用意し、どれくらいをエコシステムのパートナーの協力を得て調達できるかを考えます。
最初のステップは、ケイパビリティ評価ツールを使って、会社に最低限必要なケイパビリティと差別化に必要なケイパビリティを明らかにすることです。こうしたツールを使うことで、人材と資金を最も重要な能力に適切に充当できているか、その能力は業界の最高水準と比べて、どの程度の水準にあるかが分かります。その結果、ESGに悪影響を与えている弱みを減らし、差別化が可能な強みを育てられるようになるのです。
次に、参加を検討しているエコシステムや、構築を支援したいエコシステムについても同様の分析を実施するために、エコシステムが提供する技術、ケイパビリティ、新たな価値プールへのアクセス、現在の提携関係を評価します。
有望なパートナー候補が特定できたら、次は適切なパートナーシップの構造を選びます。「目的に合ったパートナーシップ構造の選択」の図は、4種類のアプローチを示したものです。
目的に合ったパートナーシップ構造の選択
ケイパビリティを育てるか否か、どのケイパビリティを育てるかの判断は当然、企業によって異なります。200年近い歴史を持つドイツのソーセージ・肉製品専門店Rügenwalder Mühleは、2014年に食肉を使用しない商品の販売を開始し、その後ヴィーガン用代替肉に力を入れることを決定しました。また、BASFはエコシステムを利用して、化学品のリサイクルを強化することを決定しました。
重要なのはESG戦略の観点から会社のケイパビリティを見直すことです。そのためには最新のシナリオモデリング技術を駆使するとともに、技術や規制、市場の状況の変化に機敏に対応するケイパビリティも強化する必要があります。
脱炭素化が具体的にどう進むのか、新たな技術革新は将来のエネルギー構成にどのような影響を与えるのかなど、ESG課題に対する最善の解決策やアプローチの多くはまだ存在していません。将来の規制シナリオもまだ完全には明らかになっていません。企業は短期的な課題(地政学上の課題を含む)に迅速に対応し、常に機敏に行動する能力も身につける必要があります。
結婚と同じく、パートナーシップの基礎も信頼関係にあります。エコシステムのパートナーを信頼するためには、パートナーの動機や行動の理由を深く理解しなければなりません。例えば、規制のゆるい業界の企業は、規制の厳しい業界の企業とは異なる文化、実務慣行、プロセスを持っているものです。理解できない組織と効果的に協働することはできません。エコシステムのパートナーを理解するために時間と労力をかける価値はあります。
企業のネットワークが「エコシステム(生態系)」と呼ばれるのには理由があります。多数の種が生息し、その繁栄が集団のプロセスに依存している点が、自然界の生態系と重なるのです。ビジネスのエコシステムには、共通の実務やプロセス、(オフィスや設備の共有による)対面の交流、そして互恵性が欠かせません。互恵性には経済的インセンティブの側面があり、繁栄するエコシステムでは全ての参加者、特にまとめ役の企業が、自社の取り分を増やすよりも全体の利益を増やすことに注力しています。エコシステムの参加者はリスクを共有するだけでなく、共に価値を創造し、獲得します。
小さな約束を交わし、それを果たし続けることも互恵性のひとつの側面です。こうした行動は、パートナーやエコシステムの参加者にシグナルを送る重要な役割を担っています。まとめ役を務める場合は、(例えば投資を通じて、一時的な後退や障害があっても長期的に関わる意思を示すことにより)エコシステムに対するコミットメントを示すことで、参加者を引き付け、補完的な投資を促進できます。
企業経営者の平均在職期間は約5年ですが、戦略的提携の平均期間は4年にすぎません。他社と提携する前に、企業はESGに対する自社の戦略的スタンスが各パートナー候補や全体のスタンスと一致しているかを評価する必要があります。賢明なパートナーは、提携の解消につながる可能性のある状況をあらかじめ検討します。
例えばビジネス環境の変化、新しいパートナー候補の登場、特定または複数のパートナーが新しい能力を独自に開発した場合などが考えられます。その上で、どのような状況でどのような仕組みが機能するか、どのような場合に提携を解消できるか、提携解消後に資産や人材はどうなるかについても、事前に合意しておく必要があります。
ESGのエコシステムを構築する上で、最も難しいことのひとつは組織文化に起因する制約と関連しています。企業は、外部から切り離された環境で働くこと、自社の資源を厳密に管理できることを当然のように考えていますが、エコシステムでは通常とは異なるレベルの透明性や連携が求められます。中には自社のこれまでのアプローチや処理とは相反するものもあるかもしれません。これまでは企業秘密だと考えられていたデータを共有する必要が生じる可能性もあります。
パートナーの従業員を社内チームに受け入れる場合も、自社の従業員をパートナーのオフィスに派遣する場合もあります。場合によっては、優秀な人材がたとえ一時的でも自社を離れ、パートナーのもとでフルタイムで働く可能性も念頭に置く必要があります。こうした変化は、既存の組織文化と対立するように見えるかもしれません。
ESGでは、政府、企業、慈善団体、学術機関、市民社会が手を組み、組織の枠を越えた文化を育むことが求められます。その一例が、インドの大手企業が立ち上げた「India Climate Collaborative」です。官民パートナーシップのエコシステムでは、異なる組織文化を融合させることも欠かせません。例えば、持続可能性に関する案件を多く手がけるアドバイザリー企業のSystemiqは、公的資金と慈善団体の資金を組み合わせて炭素排出量の少ない食品システムの実現に取り組んだ際に、組織文化の融合に挑みました。
PwCの調査では、資本を頻繁に再配分している企業は、変化を嫌う企業よりも高い業績を上げる傾向があることが分かりました。つまり、重要なのは行動です。現状維持は安心感があるかもしれませんが、またとないチャンスを逃しかねません。
しかし、多くの初期投資は金額に見合う利益をもたらさないことも分かっています。また本稿の冒頭でも述べたように、投資家はESGへの取り組みを支持すると言いながら、投資利益率の低下は嫌うことも忘れてはなりません。
一貫性のあるストーリーは、全てのピースをつなぐ出発点です。まずは会社の本当の姿を把握し、次にステークホルダーのニーズに基づくストーリーを作ります。このストーリーは、投資利益率が低下するのを嫌う投資家だけでなく、顧客、従業員、コミュニティ、当局など、幅広い利害関係者の関心を満たすものでなければなりません。
ストーリーには事実と目標を盛り込むとともに、感情的な要素、例えば会社のESG戦略の緊急性、信頼性、価値、透明性、希望にも触れます。つい大きな約束をしたくなりますが、言行の不一致は許されません。実態を伴わない「グリーンウォッシング」はすぐに見破られ、信用を失うことになるでしょう。
ストーリーにはさまざまな受け手が存在することに留意します。ストーリーは投資家、従業員、ステークホルダー、そして何よりエコシステムへの参加を検討している組織、つまりエコシステムに資源と能力を投入する前に、その方向性を把握するために一貫性のあるビジョンを知りたいと考えている組織を想定して作成します。
ストーリーがビジネスに対する会社の考え方を変える可能性にも留意します。会社は短期的な利益ではなく、長期的な価値に重点を置くようになるでしょう。長期的な価値には業績だけでなく、環境や社会にもたらす価値も含まれます。
ストーリーには、ある程度の柔軟性も必要です。世界はめまぐるしく変化しており、どの企業も不確実性に直面しています。特にESGを取り巻く環境は流動的です。規制は変化し、技術は進化し続けています。市場はまだ成熟しておらず、新たなエコシステムが次々と生まれています。会社を取り巻く世界が変化するにつれて、ステークホルダーのニーズも変化します。そのため、製品やサービスを変化に適応させること、そのために必要な能力、こうした能力を開発し、製品やサービスを市場に投入する助けとなるエコシステムを見直すことが必要となるでしょう。
投資家は今後も短期的な利益を求め続けるでしょう。しかし会社は説得力のあるストーリーを使って、初期投資は短期的な業績予測に許容範囲ながら明確な影響を与えるものの、将来的には大きな利益をもたらす可能性があることを投資家に説明できるはずです。こうしてESGの機会に積極的に取り組むためのロードマップが完成します。このロードマップは投資家だけでなく、他の多くのステークホルダー、ひいては社会全体に大きな価値をもたらすものとなるでしょう。
※本コンテンツは、PwCが2022年12月6日に発表した「The CEO’s ESG dilemma」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。
PwCは、企業がESGの理論を行動に移すための的確かつ実用的な情報を提供しています。ESGがもたらす経済的影響から、ネットゼロ目標と現実のギャップを埋める方法まで、リーダーシップに関するあらゆるテーマを取り上げています。
服部 真
パートナー, PwCコンサルティング合同会社