まず初めに、「成長への自信」というテーマでお尋ねします。御社の短期的あるいは中期的収益の成長予測について、どの程度自信をお持ちですか?
成長に対して自信がないと答えるCEOはいないだろう。こういう分野に自信があるという話として説明しよう。
世界経済は、さまざまなリスクを抱えていて非常に不安定だ。欧州の問題もあるし、新興国が減速しているという問題がある。米国は政治や医療、メディケア(Medicare、高齢者用医療保険制度)の問題もあるし、日本は財政の問題、少子高齢化問題がある。中国は環境問題を含めてさまざまな問題があり不安定だ。しかし、世界経済は少しずつ成長していくという基本的なトレンドは変わらない。われわれとしては、基本的な成長より、もっと高い成長で売上、利益を伸ばしていきたいと思う。
当社は2000年以降、写真フィルムというコア中のコアを失った。それに代わる事業を見出して、リーディングカンパニーとして存続し、成長し続けるために、事業を多角化してきた。また、多くの日本企業は異常な円高や、リーマンショックによる市場の縮小、大震災といろいろな問題に痛めつけられてきた。 今期は売上が2兆4000億円、営業利益が1400億円となる見込みで、営業利益の面から見るとまだ谷間にある。この状況に対して、今、さまざまな手を打っている。基本的には、製品の性能を上げて競争力を高め、シェアを向上させていくことに注力している。その結果、世界の成長よりも高い成長を狙っていく。収益的には、対売上高の営業利益率10%程度を目指していきたいと思っている。2013年度で中期経営計画が終わり、2014年度からの3年で新たな中期経営計画を実施するが、そうなるように挑んでいく。
われわれは成長分野として、デジタルイメージング(デジタルカメラやプリント、フォトブック)、ドキュメント(富士ゼロックスのオフィス関連製品)、光学デバイス(レンズ)、高機能材料(液晶用フィルムなど各種材料)、ヘルスケア(医療機器や医薬品、化粧品)、グラフィックシステム(印刷用材料やデジタル印刷機)である。われわれの製品の性能は、ほとんどの分野でナンバーワンである。デジタルカメラは、高級コンパクトカメラやミラーレスカメラで世界最高の性能である。化粧品も同様だ。富士ゼロックスの複合機は性能としてナンバーワンで、日本、東南アジア、オセアニアで、とても順調に売上を伸ばしている。特に富士ゼロックスは、複合機を何台売るというビジネスではなく、「文書管理システムとしてのソリューション」を販売しており競争力が高い。大型のデジタル印刷機も順調に伸びている。メディカル分野では、超音波診断機をはじめとしてさまざまな診断機器の売上が順調に伸びている。高機能材料では、タッチパネル用のセンサーフィルムや太陽電池のバックシート、有機ELの保護膜といったシートやフィルムに当社の強みがあり、大きく伸びてくるだろう。
課題は、これらの製品群を、収益性に結び付けていけるかどうかということだ。良い製品を出しているから収益性がナンバーワンかというと、必ずしもそうではない。そのため、何が良くないのか、何が足りないのかを常に見直している。鍵は、生産、販売、R&D、そして間接部門という、4つの現場力を磨いていくことだと考えている。コスト競争力のある製品を生産しているかどうか。性能に見合った値段で売れているかどうか。製品の開発にコストと時間がかかりすぎていないかどうか。間接部門にいるホワイトカラーが十分な付加価値を生み出しているかどうか、を見直す必要がある。
こういう状況ではあるが、未来は見えているし、展望はできている。その展望に向かって進むだけである。
御社の場合には、事業が多角化しているため業界というものがあるのかどうか分かりませんが、業界としての成長についてどのように予測しますか?
医薬品や医療の分野は、まだまだ大きくなる。世界で一番大きな問題は、健康の問題である。健康に生きるというのが人間にとっての一番の価値である。医療分野は解決されていない問題や病気があまりにも多い。結局、医療分野ではそれだけイノベーションを求められている。
例えば、がんを治す薬はほとんどないと言っても良いし、アルツハイマー等の脳中枢神経系の病気に対する特効薬が求められている。こうしたアンメットニーズに対して、薬、治療法は大きなニーズがある。われわれもメーカーの一つとして、この分野に乗り出していかなければならない。経営者としては、世の中のためになることで収益を上げていくという形にしたい。
そのような成長を遂げていく上で、経済的脅威、政治的脅威、各国の政府の規制などさまざまな脅威があると推測します。大きなリスク、脅威にはどのようなものがあるとお考えですか?
経済的リスクは、先ほど述べたように、いろいろとある。しかし、経済というのは基本的にアップトレンド(上昇傾向)である。世界の人口が増えているということもあるが、人々は常により良い生活を望む。今日より明日、明日よりあさって、もっと良い製品が欲しい、もっとおいしい食べ物が欲しい、新しい服が欲しいと考える。したがって、一時的なリセッションやさまざまな問題が起きるにしても、経済上のリスクはクリアできるだろう。
解決できない問題は、政治の問題、国家の問題である。老齢化が進んで社会保障費が増大する、政治がポピュリズム(populism)に揺さぶられて財政収支が合わないということが起こっている。日本は大丈夫だと思うが、赤字国家が増えてしまって、破綻する国家が出てこないかどうか。国が崩壊してしまうというリスクが一番怖い。
「Fit for The Future」ということで、企業が未来に適応するための準備と言う観点で質問させていただきます。今後10年間を考えた時に、ビジネスに最も大きなインパクトを与えるものは何だと考えますか?
リスクというよりもポジティブな影響も含めて最も影響を与えるのは、やはり技術のイノベーションだ。
例えば、再生医療はものすごいイノベーションである。現在の再生医療では、皮膚や軟骨の移植が始まったばかりである。そのうち、網膜、歯、歯根、肝臓、心臓、腎臓まで再生医療で作ることができるようになるだろう。
もう一つが、情報のイノベーションだろう。ICT、特に情報を入手するためのコストが劇的に安価になっている。情報のイノベーションをうまく活用したものが勝つ。情報のイノベーションは、チャレンジ&オポチュニティーである。
ICTが当社ビジネスにどのような影響を与えるか、活用できるかということに関してはチームを作って取り組んでいる。一例として言われていることではあるが、店舗に入った客の視線がどこに向いているかについてたくさんのデータを取ることで、どこに客の関心があるかが分かる。
当社は、肺がんの画像診断において、過去の症例データベースから、病変の特徴が類似した症例を瞬時に検索し、似ている順に表示するシステムを開発した。この技術は、人工知能の技術を用いて医師の画像診断をサポートするものだ。
さまざまなイノベーションが起こっていく一方で、食品偽装の問題や、化粧品の品質が悪くて消費者の信頼を失うような出来事が世の中では起こっています。消費者、従業員、株主、地域社会とさまざまなステークホルダーがいる中で、信頼の喪失というのは大きな問題です。どういう要因が御社の信頼を高めていくことにつながるとお考えですか?
企業は基本的に、社会に対してフェアでオネスト(honest)でなければならない。社会に対して誠実に向き合い、フェアな態度で良い製品を提供していく。一番不誠実なことは、偽の商品や品質が良くない商品を出すということだ。性能や信頼性の高い製品を提供し、顧客や社会の課題解決に貢献していくことが一番大事である。
そして、製品そのものだけでなく、不正が行われない仕組み、環境保護対策、透明性も重要である。ステークホルダーに対して適切な対応、報い方ができることも必要であり、地域社会にも貢献しなければならない。
最後の質問になりますが、従業員をはじめとしたステークホルダーから、どのようなCEOとして記憶されたいですか?
私は、CEOに就任した2003年以降、経営改革を断行してきた。この改革の中では、厳しいこともやらざるを得なかった。しかし、プライオリティを考えて、あれだけのダイナミズムで、あれだけ思い切って改革をやれる人間が、自分以外にいただろうかと考える。
私は経営者として、危機を乗り越えるチャンスをいただき、非常に幸せだったと思う。会社を再建するために社長に任命されたとき、武者震いがした。「やってやろうじゃないか。この困難こそ俺が待っていたものだ。俺はこのために生まれてきたのだと」。
私は、「勇気を持って改革を成し遂げた経営者」として人々に記憶されたい。
インタビューに同席したプライスウォーターハウスクーパース株式会社 取締役会長 内田士郎
古森 重隆氏プロフィール
1963年東京大学経済学部卒業後、富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス)に入社。96~2000年富士フイルムヨーロッパ社長。2000年代表取締役社長、03年代表取締役社長兼CEOに就任。デジタル化の進展に対し、経営改革を断行し、事業構造を大転換。業績をV字回復させた。12年6月から代表取締役会長兼CEO。公益財団法人日独協会会長。日蘭協会会長。07~08年NHK経営委員会委員長。