CEOインタビュー:日本電信電話株式会社 代表取締役社長 鵜浦 博夫氏

まず初めに、「組織が未来に適合するための準備」というテーマで質問させていただきます。多くのメガトレンドの中で、御社のビジネスに最も大きなインパクトを与えるものは何でしょうか?

情報通信の世界における現在のトレンドで言えば、クラウドへのシフトがある。サービスの形態がセンター集中型から分散型になり、それがさらに集中型になるというサイクルの繰り返しがあった。クラウドというのは、その流れの中で生まれてきたものだ。クラウドは集中型でもあり分散型でもある。いわば集中・分散のサイクルの最終形だ。

従来のNTTのビジネスの主軸であった電話サービスというものは、設備とサービスが一体化していた。しかし、クラウドの時代には、設備とサービスは別々になっていく。例えば、音声を伝えるサービスと言えば、以前は固定電話だけであったが、現在はさまざまなプレーヤーが私たちのネットワーク上で、無数のアプリケーションによりサービスを提供している。

私は、お客さまに対して一方的に、「こういうサービスを作ったから使ってください」という時代は終わり、お客さまやサービスプロバイダーとコラボレーションしていく時代になったのだと認識している。こうしたコラボレーションをしていくためには、私たち自身も従来の「プロバイダー」から変化していかなくてはいけない。

2012年6月に社長就任の際に、NTTという文字を使って私の思いを表した。「Next Value Partner for Transformation by Trusted Solutions」というものだ。

企業のお客さまは、お客さま自身のビジネスモデルを変革させていく。クラウドコンピューティングをはじめとするさまざまなメガトレンドの中で、私たちはその変化(Transformation)のお手伝いをするパートナーでありたいと考えている。また、個人のお客さまは、デジタルな社会の中でより豊かで便利な生活を求めていく。そうしたライフスタイルの変化についてもパートナーとして支えていきたい。こうした想いを込めたのが「バリューパートナー(Value Partner)」という言葉だ。

今までは、私たちはお客さまに対して、通信というサービスを直接提供してきた。しかし、さまざまなメガトレンドの中で、お客さま自身がビジネスモデルを見直している。私たちは、そのお手伝いをする。そういったビジネスモデルに私たちも自己変革していく。

例えば、日本の人口が減っていくことは、通信というBtoCのビジネスモデルであれば、リスクである。しかし、人口が減ることをビジネスチャンスと捉える企業もあるはずだ。私たちがそうした企業にBtoBでサービスを提供することができるのであれば、私たちにも多くのビジネスチャンスが生まれる。したがって、さまざまなメガトレンドは、私たちにとってはリスクであるとともに、チャンスでもある。

プロバイダーというと、BtoCのイメージが強いのだが、先ほど申し上げたとおりクラウドの時代になり、私たちが提供するブロードバンドサービスの上で、グーグルやアマゾンやアップルといった企業がサービスを提供するようになってきた。そうした中で、ICTインフラやICTサービスを提供する私たちが向かう方向性を考えると、今述べたようなBtoBのウエイトが高まってくるのではないか。私たちの事業のポートフォリオをBtoCからBtoBにスピーディに移していくことが、私たちのビジネスの持続性という面から非常に重要であると考えている。

日本電信電話株式会社 代表取締役社長 鵜浦 博夫氏

世界的な経済力のシフトについてはどのようにお考えですか? 経済力が今、米国からほかの地域にシフトしてきていると思いますが。

マーケットという視点で見ると、米国を中心とする先進国だけではなく、経済力を高めつつある新興国といわれるところに、私たちのビジネスチャンスがある。

だだ、私たちの戦略としては、直接新興国にアプローチするのではなく、「北米発新興国」といったビジネスの流れを作ろうとしている。あるサービスを開発する場合、まず北米で開発し、それを新興国に展開していくということだ。北米は、さまざまな点で自由度が高く、クラウドサービスの開発を最もスピーディに行うことができる。2013年4月に、米国西海岸にR&D拠点として「NTT I3」(NTTアイキューブ)を設立したのだが、これもそうした理由からだ。

北米のグループ会社との議論でも、北米のマーケットに近いところに開発体制を作ってほしいという声があった。海外向けのサービスは北米でスタートする方がいい。北米でマーケットインのプロダクトを作り、新興国を中心とした世界中のマーケットに展開していきたい。もちろん、いいプロダクトは、日本のマーケットでも展開していくつもりだ。

ビジネスリーダーの間で企業・組織に対する信頼の喪失が大きな話題となっています。貴社の業界でステークホルダーに対する信頼を高めていくための要因は何だとお考えですか?

ICTの世界で「信頼」というと、もちろん技術や品質も重要だが、基本はセキュリティだと思っている。これまでのNTTのビジネスにおいても、信頼の根幹はセキュリティであり、それは電話サービスが中心だった時代と全く変わらない。したがって、私もM&Aや業務提携を進めていく中で、セキュリティ関係の案件には、積極的かつ慎重に取り組んできた。

ただ、今の時代のセキュリティに関して言うと、1社単独でお客さまにセキュリティを提供するのは不可能になってきている。例えば、同業他社と連携し、さまざまな技術や情報を交換するといった取り組みをしていかないとセキュリティは担保できない。ここでもコラボレーションが重要になってくる。

コラボレーションをするためには何が重要かと考えると、それはお互いの信頼関係だ。つまり、信頼を提供するためには、まず自分自身が信頼される存在になることが必要だ。先ほどお話しした「Next Value Partner」の中でも、こうした想いを込めて「Trust」という言葉を使っている。

日本語の「信頼」という言葉は、信じて頼る、一方向の意味が強いように思う。それに対して、英語の「Trust」という言葉には、双方向の意味があるそうだ。「Trust」という言葉のように相互に信頼する関係を築いていくことが大切だ。

ステークホルダーからの期待に応えるという観点では、どのような展開をお考えですか?

お客さまという観点に立てば、お客さまのパートナーとなり、ライフスタイルやビジネスモデルの変革をサポートするというのが、期待に応えることになるのだろう。

通信ビジネスは、定額制料金が主流になり成長が難しくなってきた。従量制料金のモデルのときは、いわば、料金と利用時間の掛け算の世界だった。ところが、この10年間ほどで定額制の時代に入った。そうすると、今後はもう足し算だ。投資家や株主の立場から見ると、足し算の世界での成長力が問われる時代になっている。これは私たちに限った話ではなく、世界中の通信キャリアも同じだ。これにどう対応していくかがこれからの大きなテーマだ。

私たちのサービスをいわば道具としてお客さまに使ってもらい、お客さまのビジネスを伸ばしていただく。そして、その中で私たちも収益を上げられるモデルを作る。したがって、先ほども申し上げたとおり、私たち自身も自分たちのビジネスモデルの変革にチャレンジしなくてはならない。

少し話を変えると、日本においては、映像サービスは無料という例が多い。これに付加価値をつけ、有料でサービス提供する方法を考えることも、一つのチャレンジになるかもしれない。

日本電信電話株式会社 代表取締役社長 鵜浦 博夫氏

最近考えているのは、例えばスポーツをさまざまな角度から見て、楽しむことができるマルチビューと呼ばれるサービスがある。従来どおりプロが編集した映像は無料で見られるが、マルチビューで特定の選手だけをずっと見ていたいといったニーズに応えるサービスは有料とする。

その時に、サービスを提供する人たちと、私たちがパートナーになって、私たちが持つ技術をどう活用していくか、どういったものを作り、どうやって収入をシェアしていくか。お客さまが望む新しいサービスを、サービスを提供する人たちと私たちとが、パートナーとして連携し提供していく。このように、ビジネスモデルを変革していくことが非常に大事になる。

ステークホルダーは、私たちのサービスを利用されるお客さまであり、投資家、株主であるわけだが、そうした方たちに、今、お話ししたような私たちの進むべき方向性をお見せしていく。あるいは、パートナーとして一緒にビジネスをやっていく。こうしたことがステークホルダーの期待に応えるということだと考えている。

今後、世界経済はどのように進むとお考えですか?

私は経済の専門家ではないが、世界中のすべての地域で経済状態が全て良くなるということはありえないのではないか。どこかが良くて、どこかが悪いというのが基本的な姿だ。ただ、企業をマネジメントしていく立場としては、世界経済全体が良くなること期待しているし、それにつながる取り組みをしていくつもりだ。

先ほど申し上げたが、クラウド化するということは、お客さまにとってはコストダウンになる。現在の経済環境で、企業にとってコストダウンが必要なのであれば、クラウドサービスによって、私たちがそれをサポートできる。またクラウドはビッグデータと親和性が高いので、私たちはビッグデータを利用したお客さまのビジネス拡大もサポートできる。つまり、経済の動向に関わらず、お客さまが次のステップに進むためのお手伝いを私たちはできるのではないかと考えている。

私たちが提供する道具が良いものになればなるほど、お客さまの数は拡大していくし、お客さまのビジネスは伸びていく。

私たちの役目は、企業が困難を克服するためのプロセスをパートナーとして一緒に歩んでいくことだ。お客さまの発展が、経済の改善にもつながるのであり、私たちはお客さまを全力でサポートしていく。

CEOとして、ご自身は従業員をはじめとしたステークホルダーから、どのようなCEOだったと記憶されたいですか?

このように記憶されたい、という思いがあるわけではないが、CEOとしてどういう仕事をしたいかという思いはある。社長に就任したとき申し上げたことになるが、次世代を担う人たちから、「あの時に舵を切っておいてくれてよかった」と将来言われる仕事をしていきたい。正確に未来を見通すことが困難な、変化の激しい時代であるから、全てをパーフェクトにできるとは思っていない。しかし、変化に対して舵取りをすべき局面では、抵抗があっても、信念を持ってしっかり舵を切りたい。それが、「あの時に舵を切っておいてくれてよかった」ということにつながるだろう。

鵜浦 博夫氏プロフィール

1949年生まれ。73年3月 東京大学法学部卒業。同年4月 日本電信電話公社入社。2002年6月 日本電信電話株式会社(NTT) 取締役 第一部門長。05年6月 取締役 第五部門長。07年6月 常務取締役 経営企画部門長。08年2月 NTTインベストメント・パートナーズ株式会社 代表取締役社長。同年6月 NTT代表取締役副社長。12年6月より現職。

第17回世界CEO意識調査 グローバル版