CEOインタビュー:株式会社日本取引所グループ 取締役兼代表執行役グループCEO 斉藤 惇氏

中期的な世界経済はこの先どのように動いて行くと考えていらっしゃいますか?

ひとことで言えば、米中時代の到来です。世界経済において、G7のGDPシェアは今はまだ大きいですが、あと10年ぐらい経つと低下していき、一方で、中国をはじめとするアジアのシェアが非常に高くなっていくとみています。

中国は完全に目覚めました。第二次世界大戦から戦後70年ほどは、アメリカが中心となり世界を統治してきましたが、中国はアメリカがどのようにしてそのような中心的な役割を果たしてきたかをよく勉強し実践しています。

地政学と経済的な観点では、アメリカを中心とする世界銀行体制に対抗して、BRICSを中心とする新開発銀行が設立され、それとは別に、中国が主導権を握ってAIIB(Asian Infrastructure Investment Bank)という銀行を作りました。また、中国は「一帯一路」というシルクロード経済ベルトと海上シルクロードの構想を打ち出しましています。アメリカが戦後実践してきた地政学的な経済のコントロールを中国が着々とやろうとしているのです。

アメリカは世界の統治の中心的役割を担ってきましたが、同時に世界的な負担を負っているのも事実です。エボラ出血熱のような世界経済を揺るがす疫病が発生すると先導して支援に入り医者を派遣しています。中国も世界のために自らがコストを払ってアメリカと同様の役割を演じることができるようになれば、中国の影響力はもっと大きくなって行くと思います。

体制にも違いがあります。アメリカをはじめ多くの先進国は、民主主義、自由主義経済、市場主義経済で動いている体制なわけですが、中国の場合は、市場主義経済とはいうものの、自分たちの定義による市場主義ですし、一党独裁の体制です。いずれの体制でも、表面的には似ていますが、根っこのところは違います。

この2つの体制が地球の上に散らばっており、両体制をつないでいるのが、情報革命です。南米にある国も、アジアの大中小国も、情報的にはまったく均等なテーブルに着けるのです。情報が均等化するということは、結局、政策とか意見というものもだんだん似てくるので、その境界線でのせめぎ合いになります。アメリカを中心とするゾーンと中国を中心とするゾーンのぶつかりあいが、すでに始まっていて、世界経済はそういうテーブルの上で動くと思います。

そのような中でも、中国の14億人という市場は、消費者の知的レベルは高く、将来消費の主役となる中間層の予備軍、すなわち20歳以上の消費者は6億人もいると言われており、とても魅力的です。米中間は、情報のリークやテクノロジーのコピーなどいろいろな問題があり、その点では今も緊張関係にありますが、その他の点では実に両国は細やかに会話を続けています。ヨーロッパも同様で、特にドイツやイギリスは、どうやって中国とうまく付き合えるかを考えているように思います。中国と協調していくことを重要視しているわけです。

株式会社日本取引所グループ 取締役兼代表執行役グループCEO 斉藤 惇氏

経済にとってのリスクは何でしょうか?先ほどもエボラ出血熱の話がありましたが。

パンデミックといった現実の病的なリスクというものはもちろんありますが、やはり世界的なデフレが大きなリスクです。

日本でデフレが発生した理由の一つがオーバープロダクションと言われています。従来、人口が1億人いる日本は、製品のテストをする市場でもあり、日本でテストして成功した製品を、中国をはじめとする大きな市場に売り込めば、それで景気が良くなるというサイクルでした。しかし、それが通用しなくなりました。

日本がモノを売ろうとした先は、もうすでに自分でモノを作っているのです。日本の冷蔵庫よりも、日本の洗濯機よりも、もっとすごいモノを作っている国が、数多く出現しています。日本はそうしたことに気づかないといけないと思います。

それでは、日本はこれからどうしたら良いでしょうか?

世界で何が起きているかということを分析できる能力を持った人材を増やさなければなりません。今は、中国、韓国、あるいはインドネシアやインドで、何が起きているか、政治のリーダーが何を考えているかということを徹底的に分析する必要があります。これをやらないということは、いわば目隠し状態でアプローチしているようなものです。

アメリカは、非常に戦略的で、情報を収集する機関があり、素晴らしい分析能力を持っています。中国も、高い分析能力を持っていて、日本で何が起きていて、何が起きるか、どういう方向に行くかということを徹底的に分析しています。私は、日本でも情報収集センターを作って、政府と官民が情報を共有して戦略を立てることが重要と考えています。

日本の強みを自己分析するのもいいかもしれません。先日も、中国の人たちが大勢日本を訪れていて、日本製の歯ブラシを100本買っているのを目撃しました。「なぜそんなに日本の歯ブラシを買うのですか?」と尋ねてみると、「日本製は色がきれいで非常に安全に作ってあるから。」というお答えでした。日本人の細やかさを活かした製品は非常にバリューがあると思います。細やかさに力を入れて行くというのも一つの戦略だと思います。

証券取引所というのは、業務を法律で規制されている世界ではありますが、今後、貴社と競合するところが出てくるとすれば、どういうところでしょうか?

証券取引所というのは、各国の法制度等に依っているところが大きく、自らが他の取引所に出て行くというのは難しいと思います。海外の投資家に自国に投資をしてもらうとか、海外の企業に自国に上場してもらう、という競争です。

われわれは幸い、現物市場では世界で3番目の規模ですし、システムも制度も整っています。日本には、莫大な金融資産もあります。われわれは、中国が考えているであろうことも視野に入れつつ、アメリカ、アジアを中心に世界に日本の巨額のリスクマネーを提供できる体制を敷きたいと思います。

株式会社日本取引所グループ 取締役兼代表執行役グループCEO 斉藤 惇氏

さまざまな分野で破壊的な変革が起こっています。グーグルのドライバーレスカー(自動運転車)やスポティファイ(Spotify)の音楽ストリーミングサービスなど、これまでのビジネスモデルを刷新した企業も出てきています。貴社が置かれた業界の中で、どんな変革が起きていますか?前回の第17回世界CEO意識調査によると、今後5年間の世界的なトレンドとして事業に最も大きな影響を及ぼすものはテクノロジーであるという結果となっています。御社におけるデジタルテクノロジーの重要性をおきかせください。

通常、商品にはデリバリーというのがあります。例えばインターネットで買ったモノが手元に届いて初めて自分が買ったモノに触れます。最近はどんどん短くなってきていますが、注文してから入手するまでに時間のズレがあります。しかし、金融というのは、その時間のズレがほとんどありません。ITを駆使して売買、決済が瞬時にできる産業です。

証券取引の世界では、非常に短い時間、ミリセカンドとかマイクロセカンドといった時間軸で取引が行われるようになっています。金利とか為替とか、さまざまな金融に関係した膨大な数の言葉をコンピューターに覚えさせておき、ニュースで関係した言葉が流れたら、コンピューターが自動的にその用語を捉えて、オーダーが執行されるといった仕組みもあります。何者もこの技術の進化を止めることはできません。この技術をどのようにして自分のコントロール下で使うかというのがノウハウです。

取引のスピードはさらに上がっていくでしょうが、事故を起こしてはいけません。JPXでは事故が起こらないような仕組みをビルトインしています。例えば、制限値幅制度や特別気配制度といった市場秩序を守る機能を備えており、米国でのフラッシュクラッシュのようなことは起こりえません。他国の取引所から参考にしたいという声もあります。

日本を代表するような証券会社は対面で顧客との関係を構築しており、情報と注文をくっつけて、「情報を差し上げますから、注文をください」という形のビジネスを展開しています。それに対して、ネット証券会社は、取引と情報を分離して提供しています。近年、こうしたネット証券会社の取引シェアが高くなっています。

われわれもネット証券会社と同様で、取引と情報を分離して展開して行きます。取引は、フェアさが大事であり例えば、高速で取引がしたいと望む投資家がいれば、それができる機会を平等に提供するということが必要です。それから、インフォメーションも重要です。株価が形成されるにあたって発生する情報、あるいはその原因となる情報などを、速やかに、均等に、広く関係者にお伝えしていく。いずれもベースは全てITです。

競争力を維持していくためには提携戦略が重要です。どんな戦略をお持ちですか?

取引所の提携は非常に難しいと思います。われわれは、たまたま日本にいて、大阪は派生商品、東京は現物商品(株式等)を取り扱うということで、相乗効果を生じさせ経営統合がうまくいきました。アメリカでは、ICE(インターコンチネンタル取引所)という派生商品を中心とする取引所が、現物を中心とするNYSE(ニューヨーク証券取引所)を買収しました。いずれも自国内での話です。しかし、世界をみても国境を越えた取引所の統合が上手くいっている例はあまりききません。

したがって、中国の取引所が日本の取引所を買収するとか、逆にわれわれが中国に行って取引所を買収することはないでしょう。いまや世界中どこにいても、各取引所の情報はオン・ザ・スポットで見ることができます。取引所が合併して何かを提供するという価値がほとんどなくなっています。

株式会社日本取引所グループ 取締役兼代表執行役グループCEO 斉藤 惇氏

いま企業経営において、ダイバーシティとインクルージョンが重視されています。それに対して、どのような取り組みをされていらっしゃいますか?

新入社員として入ってきて終身雇用されるという仕組みを私は全面的に否定するものではありせんが、この仕組みを続けていると、その企業の色が単色になってしまう気がします。違う色の人が入ってくるマルチな価値観がある企業でないと、競争力、生存力がないと思います。やっぱり、変化力がある企業が栄える。生きていくためのキーポイントです。

今年のJPXの新入社員は、4分の1が女性で、外国人も複数います。外国人は、継続的に採用しており、問題は外国人を組織の中でどのようにしてうまくハーモナイズするかだと思います。人事部の中にダイバーシティ推進グループを作って施策をすすめています。単色の会社ではなく、七色の会社に変えようとさまざまな取り組みを行い、だいぶ色が広がってきています。

競争環境に置かれているというのはどの産業でも当たり前になってきており、御社も同様です。こうした競争環境の中で、明日を担うCEOとして、ご自身にとって最も重要な能力、今後伸ばして行こうとされている能力は何でしょうか

重視している能力は、マルチなモノの見方です。私は、絶対に一方向からだけで物事を見ないようにしています。周囲の人から、「これはおいしいですよ。」「これはきれいですよ。」と言われたら、「そうなのだろうな。」と思いつつも、「果たして本当にそうかなあ。」ということも考えます。

こういう風に考えたうえで、納得できる価値を見い出せないとすれば、そこに時間やお金を投入することはほとんどありません。大事なのは、“複眼”です。

私がアメリカの優れた点だと思うのは、複眼であることです。あるエコノミストが「こういう政策は良い」と言うと、必ず「そうかな?」という意見が他の学者から出てきます。

日本の場合、3人ほどの学者が「こうだ」と言うと、みんな黙ってしまい、これが絶対的なものになって、マスコミも囚われていくということがよく見受けられます。この風潮は、怖いというだけでなく、同時にものすごく国を弱くするし、人も育ちません。もっといろんな意見が表に出て、みなで冷静に分析していく必要があります。

特にグローバルな観点でものごとを考えなければなりません。どの国にも良い面も悪い面もあります。日本人として、やっぱりこの国が愛しいし大事だとは思いますが、愛しいがゆえに、この国が知恵を持って生きていくにはどうしたら良いのかを考えなければなりません。強がっても仕方がありません。相手が納得して、相手にリスペクトしてもらえるように仕向けていく必要があります。

以上

斉藤 惇氏プロフィール

1939年生まれ。1963年慶応義塾大学商学部卒業後、野村証券入社。1995年副社長。1999年住友ライフ・インベストメント社長に就任。同社会長職を退いた後、2003年産業再生機構社長に就任。同機構解散後の2007年に東京証券取引所社長に就任。2013年大阪証券取引所との経営統合に伴い現職。

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