オランダの半導体産業

危機に瀕するオランダの半導体産業のエコシステム

‘Ecosysteem semiconductor-industrie staat nu al op het spel’
  • 2025-02-21

オランダの複数の企業が半導体業界をリードしていることは、広く知られています。調査レポート「オランダの半導体産業」では、総売上高約300億ユーロで、60,000 FTE(フルタイム当量)に相当する労働力を雇用する、この国の半導体産業の優れたエコシステムについて説明しています。このエコシステムに、不安視すべき点はあるのでしょうか?PwCオランダのSteven PattheeuwsとJoost Eyckは、政府も企業も今こそ目を覚ます必要があると考えており、「半導体セクターが次なる成長の波にしっかりと対応できるよう、迅速な決定が求められています。衰退への転換点は4年以内に訪れると思われます」と述べています。

オランダの半導体業界の5大企業(ビッグ5)は、グローバル市場で事業を展開しており、その革新を生み出す力には目を見張るものがあります。オランダにおける研究開発への全投資額の3分の1は、半導体セクターに関連しています。ただし、この大手5社はばらばらに活動しているわけではありません。PwCオランダでパートナーとテクノロジー・メディア・テレコム(TMT)分野のインダストリーリーダーを務めるSteven Pattheeuwsは、オランダの状況を次のように簡潔に説明しています。「オランダの半導体業界は、オランダに本社を置く国際的な大手半導体企業、すなわちビッグ5に加えて、こうしたビッグ5の成功を支える約300社のサプライヤーから構成されています」。

セクターの売上高の41%

TMTチームでマネージャーを務め、テクノロジーと半導体を専門的に扱うJoost Eyckは、具体的な数字を挙げて、「ビッグ5以外の300社は、このセクターの売上高の41%、さらに雇用の59%を占めています。これらの企業は、近年著しい成長を遂げていますが、この成長を近い将来も継続するにはサポートが必要です」とコメントしています。

最近リリースされた、PattheeuwsとEyckが携わったレポート「オランダの半導体産業」では、半導体セクターとその課題ならびに考えられる解決策の概要を解説しています。企業、政府、研究機関の意思決定者40名にインタビューを行い、そこで得られた洞察と独自の分析を組み合わせた報告となっています。

エコシステムの輝きの減少

レポートでPwCのStrategy&が強調しているのが、このエコシステムの持つ輝き、いわば「後光」の減少です。Eyckによると、「ここでの『後光』とは、ハイエンドな技術を必要とする他のセクター、例えば医療、防衛、エネルギー、自動車、農業、通信、航空宇宙といったセクターにまで及ぶ、半導体企業の専門知識とイノベーションを意味します」。

2019年まで、半導体サプライヤーが半導体セクター外であげる収益は、セクター内での収益の2.5倍でした。近年では、この「後光」が1.6倍まで減少しています。Eyckによると、「これらの企業は、オランダでの成長を制限する要素によって、ビジネスの機会を逃しています。インタビューした人たちからは、『スペースやキャパシティ面での制約を理由にどちらかを選ばなくてはならないとすれば、半導体の方を優先します』という説明もありました」。PwCは、何も手を打たない場合、2028年までにサプライヤーの半導体以外の分野での収益は半分以下になると予測しています。

技術面での主導的地位の喪失

後光の減少が、このように懸念される理由は何でしょうか?Pattheeuwsは次のように説明しています。「第1の理由は、オランダ経済の衰退や、技術面での主導的な地位の喪失につながるからです。ハイエンドなテクノロジーに依存するこうした関連セクター全てで、オランダは国内市場のシェアを他国に譲り渡しつつあります。そしてフランスや米国などの国が、このシェアをオランダから奪うことに熱心になっています」。

「第2に、個々の企業が1つのセクター内の少数の顧客への依存度を強めることには問題があります。景気後退が起きたときに脆弱性が高まるからです。この個々の脆弱性は、オランダが現在享受している堅牢なエコシステムの安定性に悪影響を与えます。これまで長年にわたって苦労して築き上げてきた多様性も、急激にモノカルチャーへと姿を変えつつあります。魅力が残っていることは間違いありませんが、脆弱性が増し、経済的な強さも低下しているのが現状です」。

半導体技術は戦略的優先技術の1つ

2024年の初めに、退陣が決まっていた内閣が、「プロジェクト・ベートーベン」という旗印の下、主要半導体企業を引き留めるため、アイントホーフェン地域に数十億ユーロを投資することを決定しました。退任するアドリアーンセンス経済・気候政策大臣の国家技術戦略において、半導体テクノロジーは、政府が優先する10の戦略的技術の1つに挙げられています。このことは十分だと言えるでしょうか?

Eyckによると、「大手企業の意見を聞きサポートするのはとても大切なことですが、エコシステム内のもっと小規模な企業の抱える課題が魔法のように消えるわけではありません。半導体セクターを支える300社の大半は小規模で、そのうち60%以上が売上高1,000万ユーロ未満です。これらの企業には、大臣と話をするための手段が全くありません。しかも、波及効果も限られています」。

エネルギーとスペースの優先

Pattheeuwsは、PwCオランダが本報告書の作成のために実施したインタビューで、数多くの会話の内容に驚かされたといいます。「起業家が次の成長の波に加わるための自身の能力と意欲について疑問を呈するという状況は、何かが深刻に間違っています」。彼は、政府が直接支援することができる2つの主要な課題領域として、エネルギーとスペースを挙げています。「半導体セクターを戦略的に重要だと考えるのであれば、この業界の企業に送電網への優先的なアクセスを与えるべきです。そして、物理的なスペースについては、市町村や州などとの交渉が長引くことが少なくありません。それが必ずしもやる気の低下を招くわけではないにせよ、拡大のための拠点として自治体が約束したスペースが、2年後に新しくできる工業団地に設けられるとしたら、完全に遅すぎます。戦略的セクターというだけでは不十分ではないでしょうか?特に中小企業のために、長期のビジョンを策定し、積極的にスペースを作り出して、送電網へのアクセスを優先すべきです」。

半導体産業の成長の準備は不十分

このセクターで新たな成長の波が間近に迫っているというのは、どの程度確かなことでしょか?Eyckは、半導体のエンドマーケットは、経済全体の成長よりも進化が速いと指摘します。彼は、「チップは私たちの生活のデジタル化を支える基盤であり、21世紀における石油のような存在です。ソーラーパネル、人工知能、電気自動車、モノのインターネット(IoT)などの応用分野は、半導体セクターなしでは成り立ちません」と述べています。

Pattheeuwsによると、直近の5年間で、サプライヤーの42%が売上高を倍増させたといいます。「これらの起業家たちは、需要に応えるために背伸びをしなければなりませんでしたが、持続可能な成長を達成することはできませんでした。そのため、次の成長期間への準備ができているかどうか、疑念が生じます。多くの企業は、全くその準備ができていません」。

半導体業界が成長に備えるためにすべきこと

これらの企業が、成長に備えるために自社でできることは何でしょうか?「オランダの半導体産業」の中で、PwCオランダは、強化が必要な6つの領域を特定しています。Eyckによると、「一例として、スケールメリットを達成するための標準化があげられます。これを実現するには、特に状況が比較的落ち着いている現在だからこそ、一歩後ろに下がって、作業プロセスを設計しなおす必要があります。もう1つの領域は、テクノロジーの活用です。このハイテクセクターでは、テクノロジーの活用が十分に確立されていると考える人もいるでしょうが、小規模企業にとっては、まだテクノロジーから得られることが多いのが現状です。こうした企業はこれまで、データ分析のためのキャパシティを設けたり、オートメーション技術を完全に実装したりする機会を得られなかったのです」。

半導体業界のポテンシャルを最大限に引き出すために

政府にとっても、半導体業界の企業にとっても、やるべきことが数多くあるのは明らかです。今回刊行された「オランダの半導体産業」において、PwCオランダは、スタートアップや投資家、研究機関、業界団体向けのものを含む、多くの行動提案の概略を示しました。Pattheeuwsは締めくくりとして、こう語っています。「このように急成長したセクターに関してサポートを呼び掛けることは、異例に思えるかもしれません。それでも、業界の近年の成長を見ると、多くの小規模企業の限界が露呈しています。半導体業界の豊かなエコシステムは、すでに危機に瀕しています。この優れた業界のポテンシャルが最大限に発揮されるよう、力を合わせて取り組んでいきましょう」。

日本とオランダとの比較

日本とオランダの半導体産業には共通点が多く、両国ともに競争力を持つ半導体製造装置メーカーが存在します。オランダのASMLがEUV露光技術でリードしているのに対し、日本では東京エレクトロンやニコンなどの世界有数のメーカーが各種半導体製造装置を提供しています。さらに日本でもオランダと同様に高い世界シェアを持つ中堅・中小企業があり、精密加工技術を活かして医療機器や航空宇宙産業向けの部品など、半導体以外の分野でも事業展開を行っています。

一方、日本とオランダの相違点に政策の違いがあります。オランダは特定分野の強みを維持・強化する方針をとっているのに対し、日本は半導体産業の復活を目的にファウンドリの立ち上げや専用多品種生産を進めています。専用多品種生産で競争力を高めるためには、大手だけではなく中堅・中小企業の技術力も不可欠です。大手が少量多品種生産を実現する新しい生産システムを開発しているのに対し、中堅・中小企業は大手が手掛けにくい特殊な少量半導体製品に取り組むことができます。さらには特定製品の特定工程で使う装置の開発や検査業務などの受託に特化することもできます。中堅・中小企業がこれらを実現する方法としては、大学や研究機関と連携した効率的な技術開発や、大手メーカーとの共同開発プロジェクトや研修プログラムの提供による技術移転などの取り組みが考えられます。

オランダでは、大手企業や研究機関に加えて中小・中規模企業を含めた共走・融合・協調により独自のエコシステムを構築し、半導体産業の競争力を高めていますが、日本においても同様の取り組みが求められます。 「グローカル化」の流れを受けて大手企業が海外に進出する中で、取引のある中堅・中小企業も現地にハブを設けることが求められています。大手企業が現地で競争性を高めるには中堅・中小企業を含めた強固なエコシステムを再現することが有益です。  

そのため、大企業では意思決定のスピードを高める施策もあわせて検討する必要があります。

オランダの半導体産業

半導体業界における豊かなエコシステムの概要

※本コンテンツは、‘Ecosystem of the semiconductor industry already at stake’を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

主要メンバー

内村 公彦

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

坂野 孔一

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

酒井 健一

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

田 洪涛

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

加藤 貴史

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

登島 隆

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

インサイト/ニュース

20 results
Loading...

HRデジタルトランスフォーメーションサーベイ2024 HRテクノロジーを最大限活用するための5つのFindings

HRテクノロジーに対する投資は堅調であり、2020年時と比較して増加しています。近年、生成AIなどのテクノロジーの発達も著しく、今後全ての業務領域でシステム化が進むと考え、人事施策と連動したテクノロジーの活用がより必要となってくることが予測されます。

Loading...