国内外600社の人的資本開示から読み解く

人的資本を通じた企業価値の向上に向けて、国内企業は今何をするべきか

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  • 2023-06-13

調査結果ハイライト

  • 人的資本開示における国内企業の取り組み状況は、開示基準やガイドラインの整備が先行する海外と比較して遅れている
  • 人的資本に関する取り組みの目的は企業価値の向上であり、海外企業において、人的資本指標と株価純資産倍率(PBR)の動きに相関性がある
  • 国内企業の大半は、企業価値の向上につながる取り組みを実現できていない

1. はじめに

海外での人的資本開示に対する関心の高まりを受け、日本でも人的資本に関する取り組みが急速に進んでいます。2022年1月の岸田内閣総理大臣の施政方針演説以降、情報開示に向けた具体的な検討が本格化し、人的資本可視化指針の公表、女性活躍推進法改定に伴う男女の賃金の差異の開示義務化、有価証券報告書に記載すべき項目の制定等がなされました。

人的資本に対する注目が急速に高まる今、企業に求められているのは、基準やガイドラインに定められた人的資本情報を開示することだけでしょうか。

PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)は、国内外約600社のレポートを独自に調査し、国内企業の人的資本に関する取り組みにおける課題とポイントを考察しました。国内企業が人的資本に関する取り組みの本質を理解し、今後の取り組みを高度化する上で、本レポートが一助となれば幸いです。

2. 海外に大きく劣る日本の人的資本指標の開示率

人的資本指標の開示状況に関するPwCコンサルティングの独自調査では、先行的に情報開示の枠組み制定が進む欧州・北米に対し、国内企業の開示率が大きく劣っていることが明らかになりました。

※さまざまな人的資本指標のうち、注目度が高く比較可能性のある指標を選定

2021年度の日本の開示率はいずれの指標においても最も低く、欧州は日本の約4~6倍、北米は日本の約2~3倍の開示率

2021年の開示率は、いずれの人的資本指標においても、欧州が最も高く、北米が2番目、日本が最も低いという結果でした。欧州においては、社員1人当たり育成コストについては約半数、退職率に関しては半数以上の企業がすでに開示しています。一方で、日本においては、社員1人当たり育成コストとエンゲージメントスコアの開示率が10%を下回っており、欧米の開示率は、日本の開示率の約4~6倍の水準となります。また、北米の開示率に関しても、欧州と日本ほどの違いはありませんが、いずれの指標においても、日本の開示率に対して2倍以上の水準です。

8年間(2013年~2021年)の開示率の増加ポイントも、日本が最も低い

2013年から2021年にかけての増加ポイント(2021年の開示率から2013年の開示率を引いた値)は、2021年度の開示率と同様に、いずれの人的資本指標においても、欧州が最も高く、北米が2番目、日本が最も低いという結果でした。欧州においては、社員1人当たり育成コストが8年間で約34ポイントも増加しており、他の指標においても20ポイント以上増加しています。北米は、2013年度の時点では、いずれの指標においても日本と開示率に大きな差はありませんが、その後8年間で日本と大きく差をつけています。日本は、いずれの指標においても、10ポイント未満の増加にとどまっています。

3. 法律やガイドラインの制定が加速させる人的資本指標の開示

さまざまな人的資本指標の開示状況推移を、国内企業に限定して調査した結果、女性管理職比率のみ開示率と増加ポイントが突出して高いことが判明しました。

2021年度は半数近い企業が女性管理職比率を開示している一方、その他の主要指標の開示率は相対的に低い水準で推移しており、その中で最も高い退職率の開示率でも、女性管理職比率の1/3未満です。

この結果の背景としては、2015年に成立した女性活躍推進法(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)において、企業に対して女性の活躍に関する情報公開が求められたことが大きいと考えられます。また、欧州・北米においても、人的資本開示に関するガイドラインの整備やペナルティの制定が進んだことが、開示率向上に大きく影響していると考えられ、企業を取り巻く人的資本の外的な枠組み制定が開示率向上を牽引していることがうかがえます。

4. 人的資本指標の開示は、事業成長の可能性を伝える手段

投資家が人材関連情報に着目する理由は「企業の将来性への期待」であり、多くの投資家は、企業の投資による人材力の向上が、企業の中長期の事業成長につながると考えています。国内企業は、法的な要請に応えることに加え、自社の事業成長に対する投資家の期待を獲得することを目的に、人的資本情報の開示を進める必要があります。

海外企業においては、人的資本に関する取り組みが企業価値向上と連動している

人的資本に関する取り組みと企業価値向上の関連性を明らかにするために、さまざまな人的資本指標の増減とPBRの増減との相関関係を分析したところ、「社員1人当たり育成時間」と「女性管理職比率」が特にPBRの向上に寄与することが明らかになりました。

  • 「社員1人当たり育成時間」が1年間で25%増加した場合、PBRは増加から3年後の1年間で10%増加
    例)2013年度から2014年度にかけて「社員1人当たり育成時間」が25%増加した場合、2016年度から2017年度にかけてPBRが10%増加する
  • 「女性管理職比率」が2年間で2倍に増加した場合、PBRは増加から3年後の2年間で10%増加
    例)2013年度から2015年度にかけて「女性管理職」が2倍に増加した場合、2016年度から2018年度にかけてPBRが10%増加する

人的資本への取り組みと企業価値の向上について、改めて定量的な関連性を実証することができたと考えます。

5. 人事施策の紹介が主目的となっている国内企業の人的資本開示

国内企業の人的資本開示において、自社の中長期的な事業成長や、事業成長を実現するための人的資本マネジメントについて言及しているかを調査するために、以下の2軸で国内企業各社の人的資本開示状況を分類したところ、「3. 施策紹介型」が最も多い結果となりました。

2017年から2021年にかけて、分類される象限に遷移があった場合、その企業の人的資本開示においては、最大で2つの変化が生じていますが、「人事と事業の関連性がより詳細化・明確化される」という縦軸の変化は少なく、「人事としての取り組み内容がより詳細化・明確化される」という横軸の変化が多いことが明らかになりました。

図表6:2017年から2021年にかけた遷移から読み取る人的資本開示の変化
図表7:2017年から2021年における国内企業の開示の変化

6. 人的資本に対する取り組みのポイントは、「人事施策と事業成長の関連性の可視化」と「人的資本マネジメントの推進」

多くの国内企業の人的資本開示が「3.施策紹介型」である点を踏まえると、国内企業が人的資本開示において今取り組むべき課題は、人事施策を事業戦略と連動させ、人的資本が事業成長へどのように貢献するかということを、投資家に対してより明確にしていくことであると言えます。また、すでに開示している各人事施策が、人材の力を事業成長につなげるための人的資本マネジメントに資する取り組みであるか、改めて検証した上で推進することも重要です。

7. おわりに ⸺今後、取り組みの中心は、人的資本「開示」から人的資本「経営」へ

人的資本開示に関する内容を中心に本レポートを作成しましたが、PwCコンサルティングは、人的資本開示が注目されるのは一時的であり、今後は、人的資本経営に注目が移ると予想しています。
人的資本に関して取り組む目的は、人材という資本の価値を最大化し、事業成長や企業価値向上につなげることです。人的資本開示とは、あくまでこれらを投資家にアピールするための手段であり、本質的に重要なのは、開示の中身となる戦略やマネジメントに対する実効性であると考えます。
PwCコンサルティングは、こうした本質的な理解に基づいて取り組まれている企業を先進企業と捉えており、各先進企業は、人的資本情報開示の舞台裏で、人材戦略に沿った各人材マネジメントが経営課題の解決や財務/非財務価値の創出につながるよう、日々取り組みを推進しています。足元の人的資本に関する取り組みを改善している企業が近年急速に増加していますが、先進企業は、国内でまだまだ少ないと感じています。

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セミナーのご案内:投資家に対する本質的な人的資本取り組みの実現とは

執筆者

北崎 茂

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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齋藤 冠郎

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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岩井 佑介

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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尾野 有菜

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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島崎 康平

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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程 明

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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