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投資家が、財務情報だけではなく、「人」の観点で企業を評価するトレンドは、欧米を中心に世界的に広がりを見せており、人的資本開示や人的資本経営の重要性が急速に高まっています。
PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)がグローバル大手企業約300社を対象に、Annual Report等におけるさまざまな人的資本指標の開示割合を調査したところ、2013年から2021年にかけて、多くの人的資本に関わる指標の開示割合が増加しており、主要な指標※の増加率は平均して2.2倍でした。ISO30414といった国際基準の制定に加え、米国証券取引委員会(SEC)や欧州委員会(EC)が人的資本を含む非財務・サステナビリティ等の情報開示を義務化したことで、グローバル全体で開示に対する姿勢が強まっている影響であると想定されます。特に、「社員1人当たりの育成コスト」は2013年~2021年の8年間で増加率が4倍と開示の拡大が最も顕著であり、多くの企業が、中長期の事業成長に向けて、最大の経営資本である人材のパフォーマンス最大化を目指していると想定されます。
PwCコンサルティングはこうした変化を受けて、人的資本を通じた経営取り組みと企業価値の向上との関連性を明らかにするために、さまざまな人的資本指標の増減とPBR(株価純資産倍率)の増減との相関関係を分析したところ、「社員1人当たり育成時間」や「女性管理職比率」がPBRの向上に寄与することが判明しました。これまでも定性的には関連があると言われてきた人的資本への取り組みと企業価値の向上について、改めて定量的な関連性を実証することができました。
本レポートにおいては、国内における人的資本経営のさらなる推進と人的資本開示の拡大を企図し、グローバル企業における人的資本指標の開示状況および人的資本とPBRの相関関係に関する調査結果を速報版として紹介します。
※)社員1名当たり報酬,社員1名当たり人件費,女性管理職比率,エンゲージメントスコア,欠勤率,退職率,社員1人当たり育成時間,社員1人当たり育成コスト
図表1:PwCコンサルティングが調査した人的資本経営における主要3指標の海外の経年変化
PwCコンサルティングは、欧米のグローバル企業279社(欧州:136社、北米:143社)を対象に、さまざまな人的資本指標の開示状況推移を調査しました。2013年・2017年・2021年において、Annual Report等で所定の人的資本指標について開示をしている企業の割合を算出しています。調査対象とする開示媒体は、Annual Reportの他、Sustainability Report、CSR Report、HR Report等、各社が投資家や顧客に向けてリリースしているレポートを網羅的に選定しており、Webページにおける開示は対象外です。また、対象の279社は金融・サービス・製造の3業界から、売上または総資産が上位の企業を選定しました。開示割合は、ほぼ全ての指標に共通して増加しており、今回の速報版では増加推移が顕著な主要3指標を紹介しています。
社員1人当たり育成コストは開示割合の伸長が最も顕著であり、特に北米では5倍に増加しました。また、欧州では約半数に当たる46.3%の企業がすでに開示しています。投資家が企業の中長期的な成長を支える資本として人材を重要視しているため、各社が人材価値向上のために育成を加速させ、その投資実績を積極的に投資家や顧客へ開示・アピールしていることが想定されます。
エンゲージメントスコアの開示割合も、社員1人当たり育成コストと同様、北米で4倍、欧州で2.4倍と大きく伸長しました。人材の質を、スキルや知見だけでなくモチベーションやウェルビーイングの観点から高めることで、企業全体のパフォーマンス向上や事業の成長を目指していることが想定されます。また、エンゲージメントスコアに加え、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)情勢を踏まえた健康やワークライフバランス保持をサポートする医療施策等を記載する企業も少なくありません。
退職率の開示割合は北米において伸長が顕著であり、5倍に増加しました。人材育成やエンゲージメントの向上に取り組むことに対する企業の「通信簿」とも言える退職率は、人材価値向上を踏まえた中長期的な事業成長を実現するうえで、当然に重要な指標として投資家に開示されているものと想定されます。
これらの開示は、基準に定められた指標に該当する数値を記載するだけでなく、その数値の背景にある戦略・思想や目標値到達に向けた計画・施策といった定性的な情報とセットで語られることが多い、ということがグローバル企業における開示の特徴です。また、開示基準に定められた指標だけでなく、例えば退職率に関して、依願退職、定年退職、解雇といったケース別に見た詳細値を開示する等、投資家のニーズを想定してより幅広く深い情報を提供しているケースも多く見受けられます。
日本国内においては、開示基準に沿って数値だけ掲載するといった便宜的開示がまだまだ多く、投資家や顧客が今後の企業の成長性を期待できるよう、どのような人的資本情報を開示すべきか、といった点で開示の質を向上させる余地は大いにあると考えられます。
海外における人的資本開示が進む背景として、ISO30414を中心とした人的資本の開示に関する国際基準の設定・公表が近年急速に進んでいます。これらの国際基準はあくまでガイドラインである一方、投資家からの人的資本開示ニーズの高まりを受け、欧米それぞれにおいて、さらに踏み込んだ開示を求める動きも活発化しています。
米国においては、2020年に米国証券取引委員会(SEC)が「Regulation S-K」を改訂し、上場企業に対して人的資本に関する一部の情報開示を義務化しました。また、2021年6月には、上場企業に対して人的資本の情報開示を求める法案「Workforce Investment Disclosure Act of 2021」が下院を通過しており、人的資本開示の法制化が進んでいます。
欧州においては、すでに2014年に欧州委員会(EC)により非財務情報開示指令(NFRD)が施行されていましたが、対象となる開示情報や企業が限定的でした。NFRDの課題を解決すべく、2021年に、サステナビリティ情報の開示を企業に要求することを目的として、「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」が公表され、大企業や上場企業に対する情報開示が義務化されています。また、2022年にはCSRDの詳細な基準として「欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)」の草案が公表され、開示がさらに拡充されていく見込みです。
人的資本への取り組みにおいては、開示は重要な要素であるが、それ以上に投資家や顧客に対する企業価値向上を目的とするという視点が重要であると我々は考えており、PwCコンサルティングは、先に述べたグローバル企業279社を対象に、人的資本指標の変動とPBR(株価純資産倍率)の変動の相関性を検証しました。
さまざまな人的資本指標に対して上記の分析を行った結果、「社員1人当たり育成時間」と「女性管理職比率」の増減がPBRの増減と相関性が強いことが確認されました。
図表2:PwCが調査した人的資本指標のうちPBRとの相関が明らかだったもの
「社員1人当たり育成時間」は、企業が中長期的な事業成長に向けて、社員の知見・スキル面の向上を企図した研修実施等により増加するものです。PwCが行った第23回世界CEO調査によると、デジタル化が急速に進む中での事業競争力強化に向けて、74%以上のCEOが「主要なスキルの確保を懸念している」と回答しており、グローバル企業における人材育成への意識は近年急速に高まっています。
「女性管理職比率」は、企業が社会に対して新たな価値を創造するために、これまでにない価値観や視点の醸成を目的とした積極的な女性登用等を通じて増加するものです。企業が、女性ならではの視点を意思決定に取り入れながら、多様化するニーズに向き合うことで、新たなビジネス創出の可能性が生まれます。
このような状況を踏まえますと、例えば、企業が新たなスキルや、多様化するニーズへの対応力を獲得していることが、投資家や顧客がその企業に対する企業価値を判断する軸になっていると想定されます。言い換えると、投資家や顧客が期待しているのは、単なる人的資本の開示ではなく、その情報の背景にある、事業成長に向けた戦略、取り組みや実績であると言えます。
投資家や顧客といったステークホルダーが人的資本開示を通じて知りたいのは、その企業に対する中長期的な成長の可能性です。また、ステークホルダーのそういったニーズを満たすためには、各社は、自社独自の成長ストーリーおよびその実現に向けた計画や実績を分かりやすくアピールする必要があります。
こうした本質的な人的資本の実現に向け、各企業に意識していただきたい3つのエッセンスをPwCコンサルティングからの提言として示します。
図表3:本質的な人的資本開示実現に向けた3つのエッセンス
PwCの独自調査をもとにした人的資本開示のトレンドや人的資本とPBRとの相関性、そして企業が今後人的資本に取り組むうえでのエッセンスをご紹介しました。企業価値の判断軸として人的資本の重要性が高まっている今、各企業には、自社の中長期的な成長へと繋がる人的資本取り組みとその開示が強く求められています。投資家や顧客の心に響く、本質的な人的資本経営・人的資本開示を企業が今後実現していくうえで、本稿がその一助となれば幸いです。