将来の国内水素市場におけるビジネス構造分析

  • 2023-11-22

近年、カーボンニュートラルの達成に向けた国際的な取り組みが加速しています。国際機関や各国政府は、相次いで2050年に向けたマイルストーンや国家戦略を設定し、GHG削減量およびその達成に向けた取り組み方針を打ち出しており、脱炭素に貢献する研究開発投資やビジネス開発のインセンティブを高める政策の拡大が期待されます。

各国のカーボンニュートラル政策の中で、重要な役割を果たすと位置づけられるエネルギー源の1つに水素があります。水素は、発電用の燃料としての活用に加え、電化が困難な重工業や陸運、航空、海運といった分野での活用が期待されます。例として、鉄鋼分野における水素還元製鉄、化学産業における化石燃料由来資源を代替する基幹原料としての活用、電力貯蔵、長距離輸送向け水素自動車の普及に向けた動きが活発となっています。

足元での各国政府の動きも活発化しています。米国では、2022年8月に成立した「インフレ削減法(IRA : Inflation Reduction Act)」によって、クリーン水素製造と、クリーン電力や炭素回収・貯留への投資に対する税額控除が導入されています。EUでも、2021年の「Fit for 55」や2022年の「RePowerEU」などにおいて、気候変動に対応するイノベーションへの投資を掲げました。2050年のGDPで世界1位、2位になると見込まれる中国およびインドも政府主導での取り組みに注力しており、主要各国は引き続き水素産業への支援を拡充していく見込みです。

日本も、2020年に菅政権が発表した2050年カーボンニュートラル宣言を皮切りに、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」の策定や「水素基本戦略」の改定を行い、さまざまな取り組みが官民一体で進められています。

図表1:海外のカーボンニュートラルおよび水素利用に係る政策動向

対象国 主要政策 概要
米国
  • インフレ削減法(2022)
  • 国家クリーン水素戦略・ロードマップ(2023)
  • クリーン水素製造や、それと関連したクリーン電力・炭素回収・貯留への投資に対して、税額控除による広範な支援を実施。
  • 要素技術に対する研究開発や、水素ハブの形成にも注力して、2050年には国内で年間5,000万トンの水素製造量を目指す。
EU
  • Fit for 55(2021)
  • RePowerEU(2022)
  • ネットゼロ産業法案(2023)
  • クリーン水素の域内生産の強化や、水素の現代的な規制枠組みの整備を通した水素産業の強化を打ち出す。
  • 最終的に年間計2,000万トンの水素をEU域内に供給することを目指し、そのための水素関連設備・インフラに270億ユーロ規模の投資が必要としている。
中国
  • 2030年までのカーボンピークアウトに向けた行動方案(2021)
  • 水素エネルギー産業中長期発展規画(2022)
  • 2030年にGDP当たりCO2排出量を、2005年比で65%以上削減する目標を掲げており、そのための水素活用が重要としている。
  • 水素技術の実証事業を国内各地で推進しており、今後、水素製造設備や水素供給ネットワーク等のインフラ整備を進めるとしている。
インド
  • 国家水素ミッション(2023)
  • 将来的に、クリーン水素製造能力を年間500万トンまで拡充することを目指す。
  • 初期の水素産業振興のための予算として約1,974億ルピーを充当し、総額8兆ルピー以上の投資を行う方針。

出所:PwC作成

その一方で、水素の普及にはビジネス面の課題が山積しており、期待とのギャップが大きいのが現状です。足元の市場では、需要が顕在化するに至っておらず、企業が十分な売上を見込めているとは言えません。また、将来における不確実性も大きく、企業にとっては投資予見性が低い状況と言えます。このような状況は、長大な水素サプライチェーンにおける有望な投資領域の特定や、自社が参入すべきポジションの決定といった経営判断を困難にしていると考えられます。

本稿では、世界的な脱炭素のトレンドの中で重要な役割を求められる「水素」にフォーカスし、中長期の市場環境やビジネス構造の変化について考察しています。具体的には、日本政府の「水素基本戦略」が掲げたシナリオに沿って、水素ビジネスの構造を定量的に分析しています。水素サプライチェーン全体にわたる、プロフィットプールやコスト構造を把握するとともに、水素の製造、輸送、変換・貯蔵といった領域ごとの、市場拡大を促すドライバー、成長性、課題を分析し、今後投資すべき領域などを考察しました。これらの検討が、水素ビジネスの拡大、ひいては、カーボンニュートラル達成の一助となり、社会における重要な課題の解決に貢献することを期待します。

将来の国内水素市場におけるビジネス構造分析

はじめに:カーボンニュートラルにおける水素の役割と課題

  1. 国内水素市場のビジネス構造分析結果
    • 国内水素市場の特徴|2050年 グリーン水素が65%まで拡大
  2. バリューチェーンごとの水素ビジネス機会と課題
    • 製造|稼働率の上昇とOPEX低減の両立が重要
    • 変換・海運|コスト効率性ではアンモニアに優位性、柔軟な海運ネットワークの構築も鍵となる
    • 再変換・貯蔵|既存設備を保有するプレイヤーが優位も投資余力も必要

おわりに:今後の水素市場の拡大に向けて

将来の国内水素市場におけるビジネス構造分析

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執筆者

中谷 尚三

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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赤坂 祐太

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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石川 直樹

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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鈴木 啓

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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郷原 遼

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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村松 伸一

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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