持続可能な地域共創のための産学官連携構築に向けて

持続可能な地域共創のための産学官連携構築に向けて
  • 2023-07-20

まえがき

産学官連携の制度整備は、大学が生み出す研究開発成果を民間に移転し、イノベーションの創出を促進する目的で、1990年代後半から開始され、さまざまな取り組みが展開されてきた。現在、大学による研究成果の技術移転により大学知財を活用した企業の事業開発が進んでいるが、個別企業ニーズに対する知財マッチングであることから確率論的な取り組みになりがちという課題がある。また、産学官連携の目的や参画する各組織の考え方や役割を調整し、横断的に取り組みをコーディネートできる人材が配置されておらず、取り組みの持続性や拡大が困難な状況となっている例が多く見受けられ、人材面での課題も大きい。

一方で、第二次安倍政権において取り組みを開始し、現在はデジタル田園都市国家構想に引き継がれる地方創生の取り組みは約8年の蓄積がある。各地域において地域課題の解決を目指す事業が多く立ち上がる中で、産学官連携の取り組みの重要性はさらに高まっており、地域発展を目指す事業として、なくてはならない枠組みとなっている。しかし、現時点では社会課題解決の視点が強く、地域への経済的なインパクトの創出につながるかは未知数である。

今後は、地域において持続的に経済的/社会的価値が生み出されるエコシステムを産学官で創出し、相互補完的な役割の中でその仕組みを維持していくことが求められるだろう。PwC Japanグループ(以下、PwC Japan)では、産学官民による自律的かつ継続的な価値創出を可能にするために、大学と一体となって体制構築や産学官連携によるエコシステムの具体化について伴走しており、2022年7月に地域共創推進室を立ち上げた他、2023年には九州大学、パーソルテンプスタッフとともに、福岡県における経済成長を支える経営人材を確保するための仕組みづくりを開始するなど、さまざまな形でその実現に向けた取り組みを実践している。本稿では、産学官連携において、共創実現のための諸条件を検討し、持続可能なエコシステム創出に向けた体制構築について考察する。

なお、本稿は、九州大学 副理事/学術研究・産学官連携本部 大西晋嗣教授、PwCコンサルティング合同会社 品田誠司顧問との共著として執筆した。

第1章 産学官連携が目指すもの

産学官連携は、さまざまな政策の展開と連動して推進されてきており、大学機能の変化を伴う環境変化に影響されている。本章ではまず、政策の展開と大学機能の変化について概観する。

科学技術政策の進展と大学機能の変容

日本における産学連携は、1998年に「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律(TLO法)」、1999年に「産業活力再生特別措置法(日本版バイ・ドール条項)」の制定により本格化した。TLO法では、大学の研究成果を特許化し、民間企業などへの技術移転が促進され、また日本版バイ・ドール条項の制定により、国の資金を基にする研究開発成果の知的財産権が民間企業に帰属することが可能になった。2000年には産業技術力強化法の制定により、研究者などに対する特許料などの減免措置が取られ、技術移転の増加が見られるなど進展があった1

「第2期科学技術基本計画」(2001~2005年度)では、産学官連携を促進する制度が整備され、大学内に産学官連携や知財管理(以下、知財)を行う部門設置がなされ、「第3期科学技術基本計画」(2006年~2010年度)以後はイノベーション創出が強調され、主に政府、文部科学省、経済産業省によりさまざまな政策が展開されてきている。2014年には経済産業省が主導する「研究開発型ベンチャー支援事業」が開始するなど、ベンチャー支援やアントレプレナーの育成が図られている。

近年では、研究者等と相手組織の個別の取り組みから発展し、大学組織と当該組織での組織全体の連携や複数組織が関わるコンソーシアム型の連携により、大学が多様な連携の取り組みをコーディネート・マネジメントすることで組織間連携を推進する実績も増えている2。これらに加え、自治体や地域企業等と提携し、具体的な地域でのインパクトを目指す動きもある。

また、2006年には教育基本法が改正され、大学は、教育・研究に加え社会貢献も役割として担うことが明示された3。また、国立大学経営力戦略4では、各国立大学に対し、以下の3つの支援枠組みを設定し、各国立大学も自身の役割を再定義する必要性が生じている。

このように、産学官連携は、大学における知財の民間転用の促進から始まり、イノベーション拠点の創出、その持続化のためのプラットフォーム形成といった形で政策が進展してきている。

地方創生政策の進展

デジタル田園都市国家構想という形で取り組まれている地方創生だが、少子高齢化・人口減少、地域における既存のビジネスモデルの行き詰まりによる地方産業の衰退という課題があり、それに伴って雇用、交通などの生活インフラ、教育など多方面で表出する社会課題の解決を産学官連携によって図る動きがある。

地方自治体においては、地方創生の取り組みの開始以来、地元の有志を核とする個別プロジェクトの形成は一定程度進み、自治体を中心に地域の社会課題解決を目指し、モビリティ、教育、観光などさまざまな領域で注目すべき試みが創出されている状況である。

一方で、「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン(2014)」では人口減少という課題に対して、東京への人口集中の是正、若い世代の就労・結婚・子育ての希望の実現、地域の特性に則した地域課題の解決を基本的視点として設定しており、地方の人口減少の課題解決に向けて、一定の雇用を吸収できる規模の産業創出という視点で産学官連携による取り組みも推進されている。

現時点では、地域で社会課題解決に取り組む意志の強い人材の努力によって、数々の好事例が生まれているが、長期的な人材育成や、自治体と大学、地域企業が持続的に地域の課題解決を図りながら、新たな産業を創出し続ける仕組みをつくる視点が今後さらに求められていくと思われる。

人材育成に関する取り組み

地域において持続的な社会的インパクトを創出するという観点で、人材育成は重要な要素だと考えられる。大学教育を通じた研究人材の持続的な輩出はなされているものの、卒業後に研究内容と関係のない業務や仕事に携わる人材も多い。

岸田政権は、人への投資を最重要課題ととらえ、成長領域により労働者が移動しやすいよう労働市場の流動性を高めると同時に、変化の激しい外部環境に即応できるよう企業内でのリカレントを促進しているが、産学官連携推進の文脈では、大学教育を通じた専門人材育成や、企業や自治体が関連機関をネットワーキングしながら事業化につなげることができるファシリテーション型人材の育成、そうした分野に優位性・関心がある人材の移動を容易化することが必要となっており、産学官連携による地域共創の観点から、地域におけるコーディネート人材の流動性の確保や育成に向けた投資は重要なテーマである。

多様な側面から推進されてきた産学官連携であるが、地域経済の活性化という目的を共有しながらも、各ステークホルダーの目指す目標や利益、提供可能な役割は異なる。また、産学官連携において、産学官のコーディネート人材、事業化段階での経営人材など、それぞれ専門スキルを備えた人材が必要であり、産学官連携を進展させるにあたって重要な課題である。

本稿では、地域の課題を解決し、新たな価値を共創する仕組みとしての産学官連携に向けて、イノベーション拠点としての大学、地方創生を担う自治体、多様な人材を提供する企業の視点が緩やかに共有される領域に注目しており、ステークホルダーの理解を深め、持続的に相互補完しながら展開する仕組みの構築の一助となることを目指している。

次章では、各ステークホルダーの行動原理の違いを理解し、地域における共創を実現し、持続可能なエコシステムを創出するための体制構築について考察する。

図表1 産学官連携のエコシステム

1 日本の科学技術イノベーション政策の変遷2022
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2022/FR/CRDS-FY2022-FR-01.pdf(2023年2月22日閲覧)

2
経済産業省『「組織」対「組織」の本格的産学連携 構築プロセス実例集』(2019年7月19日)
https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/jitsureishu.html(2023年2月22日閲覧)

3
教育基本法第2章第7条(大学)「大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。」
https://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/mext_00003.html(2023年2月22日閲覧)

4
国立大学経営力戦略(2015年6月16日)https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2015/06/24/1359095_02.pdf(2023年2月22日閲覧)

全文はPDF版をご参照ください。第2章以降の構成は以下のとおりです。

  • 第2章 産官学連携を推進する大学のニーズと共創に向けた課題整理
  • 第3章 共創のための産官学連携
  • 第4章 PwC Japanの取り組み・提言

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産官学連携による課題解決と「場」づくり

これからの日本が対峙する課題解決のためには、産官学の3つのプレイヤーが独立しつつも相互に作用する「産官学連携」が必要です。PwCは解決に向けた手段の構築と、新たな形でのコラボレーションを促進するための「場」づくりを進めます。

執筆者

宮城 隆之

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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草野 秀樹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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鈴木 亜希子

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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