企業のサステナビリティへの取り組みに対する投資家の見解

PwC「グローバル投資家意識調査2022」

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本レポートは、PwCが2022年12月に発表した「PwC’s Global Investor Survey 2022」の日本語訳です。

PwCが新たに実施した調査では、投資家はサステナビリティを企業の優先課題と考え、財務規律と透明性の向上を求めていると回答しています。投資家の見解は、企業のリーダーがESGに関するイニシアチブを発揮するために取りうる行動を示しています。

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経済の不確実性、政治的混乱、環境および社会における懸念は、今日のビジネス環境に緊張状態をもたらし、消費者と企業にも影響を及ぼしています。PwC「グローバル投資家意識調査2022」では、こうした緊張状態が今日の意思決定に与える影響を把握し、その展開について洞察を得ることを目的としました。現在の状況が投資家の優先課題、意思決定、戦略に及ぼす影響と、企業の対応方法に対する投資家の見解を得るため、サステナビリティの重要な問題についての投資家を対象とした詳細な調査を行いました1

当然のことながら、投資家は企業にイノベーション(革新的であること)と高い収益性を重視し続けることを望んでいました。投資家はそれらを企業における優先課題の最上位の2項目として位置づけ、温室効果ガス排出量の削減はそれらより下位に位置付けられました。しかし、今後5年間のスパンでみると、投資家は気候変動とサイバー関連(ハッキングや虚偽の情報など)の脅威が大幅に増すと予想しています。また、企業には気候変動およびイノベーションへの対処と、それらの報告の両方においてより効果的に行動する余地があるとも考えています。

投資家は対応策のアイデアを示しています。財務規律はこの対応策の一部であり、投資家の10分の7は、企業はサステナビリティの戦略との関連性、サステナビリティの取り組み(気候変動に対する目標を含む)を達成するためのコスト、およびサステナビリティのリスクと機会が財務諸表の前提条件に与える影響を報告する必要があると述べています。加えて、報告される情報の信頼性向上も重要です。投資家が報告内容の信頼性向上を望んでいるのは明らかであり、大多数(87%)は企業の開示に何らかのグリーンウォッシュが含まれていると疑っています。また、回答者の多くが、外部保証によってサステナビリティレポートの信頼性が高まるだろうと述べています。

Chapter one

現在および将来の優先課題

投資家は、企業の最優先課題は革新的な製品、サービス、操業方法の開発と述べています(83%)。2位は、高い収益性を維持することです(69%)。また、環境、社会、ガバナンス(ESG)のアウトカムも優先課題として選ばれており、データセキュリティとプライバシーが3位(51%)、効果的なコーポレートガバナンスが4位(49%)、温室効果ガス排出量の削減(44%)が5位となっています(図表1)。

さらに、投資家は事業環境が変化し続けると確信しています。インフレとマクロ経済環境は今日の大きなリスク要因ですが、投資家は今後5年でそれらの影響は弱くなると考えており、その一方で気候変動リスクの脅威とサイバーセキュリティの脅威が高まると予想しています。投資家が優先課題の最上位と考えているイノベーションは、企業がサイバーリスクと気候リスクの両方を軽減する上で役立ちます。また、迅速に行動する企業にとっては新しい市場機会を切り開くことも可能になります。

Chapter two

有効性のギャップ

本調査に回答した投資家は、投資家にとって重要なアウトカムを実現することと、それらの取り組みを報告するという2つの面で、企業による有効性が顕著に不足している点がいくつかあると伝えています。投資家が企業に提供してほしい上位5つのアウトカムのうち3つ、すなわち、高い収益性の追求、効果的なコーポレートガバナンスの確立および、データのセキュリティとプライバシーの確保については、企業の実際の活動が投資家の期待するアウトカムの水準と一致していると投資家は考えています。

しかし、他の優先すべき分野では、投資家の期待と企業の活動に対する認識において有効性のギャップを感じています。投資家は、革新的であることおよび温室効果ガス排出量の削減について、それらの優先度と比較して、有効性は低いと考えています。革新的であることは、投資家が考える企業が取り組むべき最優先課題であるため、経営陣がより多くの注意を払う必要があるのは間違いありません。また、今後12カ月または今後5年間の脅威に関する調査結果が示すように、企業の気候変動への対応状況が、今後数年間で投資家の関心事として優先度が高まった場合、それに合わせて企業も対策を強化する必要があります。

もちろん、優先すべきアウトカムに対する企業による有効性に関する投資家の認識の一部は、企業の活動と業績を評価するためのさまざまな情報源の1つである企業報告によって形成されます。本調査の回答によると、投資家は企業報告の有効性に著しいギャップがあると考えています。財務報告とコーポレートガバナンスに関する報告は、それぞれの優先レベルと比較して有効であると認識されていますが、革新的であること、データセキュリティ、温室効果ガス排出量に関する報告の有効性ははるかに低いものになっています(図表2)。投資家がイノベーションを重視していること、さらに、気候変動やデータに関する複雑さへの対応をより重視する可能性があることを考えると、企業はこれらのトピックにどのように対処しているかについて開示を強化する必要があるでしょう。

「サステナビリティレポートに目を通してみれば、よく分かると思います。私は企業が『サステナビリティ』という言葉を使っている回数と対応する具体的な説明があるかを数え始めるつもりです。企業のサステナビリティの説明が曖昧であるほど、また私が得る情報が少ないほど、私が抱く警戒心は強くなります」

—米国を拠点としている投資家

企業報告が効果的であるためには、目的適合性と信頼性が必要です。しかし、私たちの調査から信頼性についての認識の違いが明らかになりました。すなわち、調査対象の投資家の大多数(87%)は、サステナビリティのパフォーマンスに関する企業報告にはグリーンウォッシュが含まれていると認識しています。米国を拠点としているインタビュー対象者の1人は、それを「企業とのESGに関する対話における欺瞞」と呼んでいました。日本を拠点としている別のインタビュー対象者は、「企業は自社を良く見せるために、国連の持続可能な開発目標(SDGs)のアイコンを描いているのか、それとも真剣に取り組んでいるのか、私には分かりません」と語りました。以下では、報告の信頼性を高める方法について詳しく説明します。

このような信頼性についての認識の違いにもかかわらず、投資家は、企業が優先すべきアウトカムの実現を支援するために資本配分を決定する上で企業報告は一般的に有益であると信じています。しかし長期的には、全体的な経営陣のパフォーマンスや報告の質に対する投資家の認識と資本配分が連動している場合などにおいて、それらの有効性に関する投資家の認識が重要になります。

87%

の調査対象の投資家は、企業報告には裏付けのないサステナビリティの主張(グリーンウォッシュなど)が含まれていると思うと回答した

規制のナッジ。サステナビリティに対する投資家の関心を高める主な要因は、規制リスクです。投資家の4分の3以上(78%)が、規制リスクへの対処が自身の投資判断にサステナビリティを含める上で重要な要因であると回答しています。これは、ポートフォリオにESGレンズ(ESGの視点)を取り入れるという顧客のニーズ(82%)に次ぐ比率です。しかし、調査対象者の多くは、対象を絞った政府の行動も、サステナビリティに関する企業の取り組みを促す上で効果的な方法になると考えています。半数以上(54%)が、持続不可能な活動に対する課税は変化を促す効果的な方法と見なしており、同程度が政府が義務付けた開示と透明性を望ましいものと考えています。政府の気候変動の優先課題に沿った企業による取り組みに対する補助金は、投資家の48%が効果的と見なしており、それほど低評価ではありません。

これらの調査結果は、企業が規制リスクに対する強力なガバナンスを維持する方法を投資家に示すことの重要性を浮き彫りにしています。これは、規制環境の変化に遅れず、対応するために備えることを意味します。また、コンプライアンス、法務、リスクの各部門に投資し、変化に対処するためのリソース、人材、能力を確保することも意味します。

Chapter three

財務規律の強化

投資家は企業が気候変動に関連するリスクと機会に対処するための措置を講じるべきだと考えていますが、その行動の事業上の合理性と財務面の影響も知りたいと考えています(図表3)。投資家の10分の7は、企業が温室効果ガス排出量削減に取り組み、気候変動に配慮した製品とプロセスを開発する必要があることに同意しています。同程度の投資家が、企業はサステナビリティと自社のビジネスモデルとの関連性(69%)やサステナビリティの取り組みを達成するためのコスト(73%)を報告することが重要であると述べています。欧州を拠点としているインタビュー対象者の1人が語ったように、「企業は全体像を意識する必要があります。また、財務を含む企業の全てのリスクの観点からサステナビリティのリスクを考慮する必要があります」。

投資家には顧客の収益を最大化する受託者責任があるため、ESGへの取り組みによって投資収益が低下しないことも同時に求められます。回答者の5分の4(81%)は、サステナビリティに取り組んでいるポートフォリオ内の企業の投資収益率の低下が1%以下であれば許容すると述べています。企業の取り組みには、社会や環境に有益な影響を与える活動と、事業の業績や見通しに関連するサステナビリティ活動の両方が含まれます。

財務規律の強化の一環として、投資家は企業のサステナビリティに関する取り組みの経済的な影響について透明性の向上を求めています。現状では、まだ合意された方法論がありませんが、投資家の3分の2は、企業の行動が環境や社会に与える影響の金銭的価値を開示してほしいと述べています。このような開示は、投資家にとって価値があるだけでなく、企業のリーダーにも長期的なサステナビリティ戦略の方向性、資金調達、実行のためにより意味のある指標となる可能性もあります。

Chapter four

重要事項に対する信頼性の向上

投資家は、入手可能な他の情報と比較して、企業のサステナビリティ関連情報の開示をあまり評価していません。これは、企業がサステナビリティの目標と進捗状況について報告する内容に対する信頼性が欠如していることを示しています。複数のインタビュー対象者が、信頼を構築する方法として保証を挙げています。

回答者の4分の3は、サステナビリティレポートが企業の財務諸表と同じ水準(すなわち合理的な保証)で保証されれば、信頼性が大きく高まるだろうと述べています。英国を拠点としているインタビュー対象者の1人は、「サステナビリティレポートを保証するのであれば、報告された内容が合理的に正確で目的適合性があることを読者が安心できるように、保証の目的は財務諸表の監査と同じであるべきだと思います」と語っています。投資家は、企業が現在サステナビリティレポートの要素として広く求めている限定的保証意見にはあまり信頼を置いていません。最終的に、投資家は、職業的懐疑心の活用においてサステナビリティに関する高度な知識を持つ、独立した専門家を雇用している規制法人によって保証の実務が行われることを期待しています(図表4)。

また、インタビュー対象者は、他にも対処が必要な基本的問題があることを強調しています。その中には、投資家、企業および監査人が備えるべき知識の構築、将来の見通しに関する見積もりを評価する能力の構築、報告の完全性の確保および投資家が現在の財務報告の監査から得られる情報と同様の、サステナビリティ関連の保証報告書における「主要なサステナビリティ保証上の検討事項」の伝達などがあります。

今後、企業は報告の信頼性を高める努力をする必要があります。投資家は、これには時間がかかることを承知しています。サステナビリティレポートに関して除外事項を付した限定付監査意見や保証意見の表明を受けた企業についても、直ちにその企業の株式を売却するなどの行動を取る可能性は低いことが報告されています。まずは、投資家は、「除外事項を付した限定付の意見を、企業の報告プロセスと監督の成熟度を理解する方法として利用する」と述べています。それに加えて、企業の監査委員会(または同等のもの)により詳細な情報を要求する可能性もあります。企業は投資家に説明しエンゲージメント活動を行えるように準備する必要があります。

図表4

図表5

Chapter five

結論

今日のビジネス環境とそれに相反するさまざまな状況を考慮すると、企業は、厳格で組織的な取り組みと必要な投資を伴うサステナビリティ目標をさらに押し進めていく必要があるかもしれません。本調査で示されているように、投資家は、企業が実際に行動することと、その行動に関する透明性の高い報告を行うことが必要であると確信しています。以上の調査結果と、過去の調査結果、さらに気候変動に関する困難なビジネス上の意思決定を行う企業を支援している私たちの経験を踏まえ、経営陣がすぐに取り組みを始められ、投資家のニーズに応えるために役立つと考えられる3つの行動を提案します。

サステナビリティの要素を、コアビジネス戦略および意思決定と統合しましょう。本調査が示唆しているように、サステナビリティのアウトカムは投資家にとって非常に重要性が高くなっているため、企業はそれらを単なる追加要素として扱うべきではありません。その代わりにサステナビリティを、資本配分、投資、および戦略的実行に関連する活動における意思決定を行うための事業戦略とプロセスに組み込む必要があります。私たちの経験では、このような統合の取り組みは、企業が一連のサステナビリティの目標から開始すると最も大きな成功を収めます。そこから、企業は競争のための新しい方法を模索し、必要な組織能力を評価し、時間軸全体で思い切った行動を定義することができます。私たちが知っている、ある世界的な化学薬品企業は、この方法がどのように機能するのか、その事例を示しています。同社は、炭素集約的な製品が顧客から敬遠または禁止される可能性があることに気付いた後、多くの製品と製造プロセスを見直しました。環境への影響を測定し、何を変更する必要があるかを把握し、付加価値を最大化するために再設計できる製品を判断するために、広範囲にわたる製品群のレビューを実施しました。この企業のように、リーダーがサステナビリティと自社の戦略を結び付ける方法を投資家に示すことで、自社の方向性を長期的な価値に適合させる方法がよく伝わることが分かりました。欧州を拠点としているインタビュー対象者の1人が上手に語ったように、「会社全体が変革する必要があります。従業員の報酬と経営や財務の目標は、企業のサステナビリティの目標と一致している必要があります」。

現在の気候リスクの価値を測定しましょう。気候の混乱による事業、インフラ、サプライチェーンに対する脅威は高まっています。このことは、需要やエネルギーシステムを再構築する社会的変化から生じるリスクにも当てはまります。したがって、投資家が企業の戦略がどのようにリスクを軽減し、企業価値をどのように維持、さらには向上させるのかを示すことを望んでいるのは当然のことです。この目的のために、大手企業は気候リスクや関連する環境問題を特定して測定する方法を改善させています。まず、リスクの影響に焦点を当てることから始めて、リスクを個別のクラスに分けています。リスクには、移行リスク(企業価値評価への影響、将来の保険料、進化する規制に対応するためのコンプライアンスコスト、温室効果ガス排出量の多い企業に課せられる税金など)や、物理的リスク(悪天候による資産の損傷やリソースの可用性の混乱の可能性など)があります。また、より効果的な資源利用によるコストの削減、気候変動に配慮した製品に対する需要の急増、補助金やインセンティブの給付など、機会もあります。一部の企業は、モデリングツールを使用して、脅威と機会の見積もりの精度を高めています。調査結果を事業単位全体に適用して、リスクの全体像を作成しています。

財務報告と同じ厳密さとデータ品質でサステナビリティのパフォーマンスを追跡および報告しましょう。投資家は、企業のサステナビリティレポートを信頼したいと考えています。しかし、このようなレポートは、財務的または戦略的なコンテキストに欠ける経営指標であり、整理されていないことが多いため、新鮮味がなく、既述のように、投資家の大多数が何らかのグリーンウォッシュが存在すると信じているのは驚くべきことではありません。企業は、戦略と経営にサステナビリティを組み込む取り組みについて、利害関係者にとって最も重要な内容を報告することに集中する必要があります。策定中の新しいサステナビリティ報告基準により、明確さ、一貫性、比較可能性が向上する可能性があります。企業が今すぐ始めるべきことは、サステナビリティチームと財務チームを集めて一緒にデータソースを確認することです。サステナビリティレポートを財務的なコンテキストに位置付けることによって、レポートをより意味のあるものにできます。同時に、組織の中でデータが分断されている状態も解消できます。また、グリーンウォッシュのリスクを軽減するように努める必要もあります。効果的なシステム、管理、監督を報告プロセスに組み込み、正確で安定性が高く、信頼できるものにすることで、リスクを軽減できます。また、職業的懐疑心の活用における専門家である独立した保証実施者から保証を得ることも、信頼性の向上に役立ちます。

今後、投資家から企業に対する、気候変動に関する目標を達成するためのより効果的な行動と、進捗状況を評価するためのより高水準の透明性への要求は強まる一方です。ESGを戦略の最前線に押し上げるのは、組織とそのリーダー次第です。

1 2022年9月と10月に、世界43地域の投資家とアナリスト227名より回答を得たものです。また、10人以上の詳細なインタビューを実施しました。回答者の大部分は機関投資家であり、主にアナリスト(38%)とポートフォリオマネージャーまたは最高情報責任者(34%)で構成され、4分の3以上が業界で10年以上の経験を有しています(77%)。投資対象は、さまざまな資産クラス、投資アプローチ、期間であり、運用資産は5億米ドルから1兆米ドル以上です。

Cecile Saint-Martin、Gale Wilkinson、Miriam Pozza、Renate de Langeによるこの記事への洞察に満ちた協力に感謝します。また、本調査の回答者とインタビュー対象者の皆様がご自身の意見を共有するために時間を割いてくださったことに心からお礼申し上げます。

※本コンテンツは、PwC’s Global Investor Survey 2022 | The ESG execution gapを翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

主要メンバー

久禮 由敬

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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磯貝 友紀

パートナー, PwCサステナビリティ合同会社

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手塚 大輔

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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田原 英俊

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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鈴木 邦宜

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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