{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
経営環境が目まぐるしく変化する中、「企業経営の俊敏性向上にITは貢献しているか」との課題意識から本調査を行いました。単に新技術を導入しているかだけでなく、人材育成や組織作りの面からも企業におけるIT関連のモダナイゼーション(近代化)の進捗を分析しています。
その結果、「既存システムの刷新遅れ」や「アジャイル開発手法導入へのためらい」などの実態が浮き彫りになりました。
前向きに取り組もうとする意思は見られるものの、過去の失敗やしがらみが足かせとなる状況が続いています。一方、座学と実践を両輪にした人材育成が効果を発揮するといった明るい兆しも見えました。
本レポートでは、調査を踏まえ、企業が今後取り組むべき施策を5つの提言にまとめています。
2022年を振り返ってみると、長引く新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行、ロシアによるウクライナ侵攻、その後の急激な円安など、企業を取り巻く環境は大きく変化しました。そしてその変化は加速度的にスピードを増すばかりでなく、予測することも非常に難しくなっています。
このように不確実性が高まる経営環境において企業が勝ち残るには、変化に対する俊敏性と弾力性を高めることが重要です。そのためには、時代遅れのITシステムは足かせとなります。企業が急激な変化への対応力を会得するにあたり、ITモダナイゼーションを避けて通ることはできません。
昨今、「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation、以下DX)」という言葉を耳にしない日はありません。
2018年に経済産業省が「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」1をリリースして以降、日本ではDXという言葉が定着し、DXを経営のテーマに掲げていない企業を探すほうが困難な状況といえます。
しかし実態を見てみると、最新の国際経営開発研究所(IMD)の国際デジタル競争力ランキング2では、日本は全体63カ国中29位と過去最低となり、アジアでも8位という結果に。順位を下げている要因はいくつかありますが、その中でも「Business Agility(経営の俊敏性)」は62位と調査対象国のうち下から2番目となっています。
このような背景の下、PwC Japanグループは、日本企業のDX意識調査の一環として、2022年9月に第2回となる「ITモダナイゼーションの取組状況に関する意識調査」を実施しました。
ITモダナイゼーションとは、単にITの構造を変革するだけでなく、企業における組織やプロセス、人材なども視野に入れ、あるべき姿を包括的に模索する抜本的な変革を指します。この変革こそが、企業の市場の変化への対応力、すなわち企業の俊敏性と弾力性を向上させる重要なポイントです。
本レポートでは、調査結果から明らかになった日本企業のITモダナイゼーションの取り組みに関する5つの傾向を紹介するとともに、ITモダナイゼーションについて日本企業が目指すべき方向性と、日本企業が取り組むべき今後の方策について提言します。
本調査では、売上高500億円以上のさまざまな業種で、自社のITモダナイゼーションの取り組みに何らかの関与をしている部門・役職の524名の方々から回答を得ました。回答者の属する上位3つの業界は、製造業32%、流通業20%、金融業18%です(図表1)。また、回答者の所属部門を見てみると、経営企画13%、事業部36%、コーポレート管理部門15%、IT/デジタル推進36%となっており、企業内の各部署から網羅的な回答を得ることができました(図表2)。
図表1:回答者の業界内訳(n=524)
図表2:回答者の所属部門内訳(n=524)
回答の傾向を分析するにあたり、2021年の第1回調査3に引き続き、「アジャイル開発手法展開状況」「パブリッククラウド活用状況」「マイクロサービス、コンテナ、サーバーレスなどのクラウドネイティブ4と呼ばれる新技術要素の活用状況」の3つの質問への回答に着目しました。いずれもITモダナイゼーションの狙いであるビジネスの俊敏性と弾力性に大きな影響を与えると想定されるためです。
ITモダナイゼーションの成熟度に関し、これら3つの要素を全面的に採用している組織を「先進」、これら3つの要素を一部本番で活用している組織を「準先進」、これらに該当しない組織を「その他」と定義し、調査結果の考察を行いました。
今回の調査の回答者全体を、ITモダナイゼーションの成熟度ごとに分類してみると、「先進」は7%、「準先進」は29%、「その他」は64%となっています(図表3)。
2021年と比較すると、「先進」は同ポイント、「準先進」が4ポイントの増加にとどまり、ITモダナイゼーションの成熟度に関する大きな進捗は見られませんでした。
図表3:回答者の ITモダナイゼーションの成熟度内訳および前年との比較
さらに踏み込んで前年度との比較を見てみましょう(図表4)。
アジャイル開発手法の展開状況(質問1)に関しては、「全面展開中」が14%、「一部展開中」は31%となり、2つを合わせると45%の組織でアジャイル開発が適用されています。前年の調査と比較すると13ポイントの減少となっており、アジャイル開発手法を展開している企業の比率は減少していることが分かります。
一方で、PoC(概念検証)を実施している企業は前年より18ポイント増加しており、アジャイル開発に取り組もうとしているが本番活用に踏み切れていない様子がうかがえます。
パブリッククラウドの活用状況(質問2)に関しては、「幅広い業務で本番稼働」19%、「一部本番で稼働」65%となり、2つを合わせると84%の組織で活用されています。前年と比較し11ポイントの増加となり、パブリッククラウドの活用は組織にとって当たり前の選択肢となっていることがうかがえます。
サーバーレスやコンテナなどのクラウドネイティブ技術の活用状況(質問3)に関しては、「幅広い業務で本番稼働」18%、「一部本番で稼働」35%となり、2つ合わせて53%の組織で活用されています。前年と比較すると、活用している組織の割合はあまり変化がないものの、「PoC実施中」の組織は前年と比較して8ポイント増えており、システム構築に際し、新たな技術を積極的に活用していることがうかがえます。
図表4:ITモダナイゼーションの成熟度で使用した質問項目の回答内訳および前年との比較
続いて、企業の売上規模によるITモダナイゼーション成熟度(図表5)を見てみましょう。
「先進」の比率は、売上規模が500億円以上1,000億円未満3%、1,000億円以上2,500億未満2%、2,500億円以上5,000億未満7%、5,000億円以上1兆円未満11%、1兆円以上で13%となり、売上規模が大きくなるにつれて「先進」の比率が徐々に高まっています。
一方で、「準先進」の割合を同様に売上規模別に見ると、それぞれ23%、34%、31%、22%、33%となり、「準先進」は売上規模に関わらず一定の割合で存在する結果となりました。
図表5:企業規模ごとのITモダナイゼーション成熟度
「先進」の回答内容を詳細に見てみると、「貴社のDX推進体制」に関して37%が「CEOがリード」と回答、「経営状況を示すデータの可視化と当該データに基づく経営の意思決定の実施状況」に関して84%が「全社レベルで展開中」と回答、「デザインシンキングなどの利用者視点に立った課題解決プロセスやビジネス設計の実施状況」に関して71%が「全社レベルで展開中」と回答しました。これらの設問において、「先進」と「準先進」「その他」の間で回答結果に大きな差が出ています(図表6)。
上記調査結果から、「先進」はCEOが自らDXをリードし、データの可視化とデータによる意思決定をしつつ利用者視点でビジネス課題を解決し、その上でIT面では、クラウドネイティブ技術をパブリッククラウド上で活用し、アジャイル開発を採用してシステム開発を行っていることが推察できます。ここにDX成功のヒントが隠されている可能性が高いため、ぜひDX推進の参考にしてください。
本調査では、全体の傾向を分析するとともに、「先進」の取り組み状況と「準先進」「その他」にどのような差があるかに着目し、現状の日本企業の傾向を分析するとともに、これらの傾向を踏まえてPwCからの提言としてまとめました。
今回の調査結果が、読者の方々のDX推進およびITモダナイゼーションを実施していく上で、少しでも参考になれば幸いです。
図表6:「先進」における特徴的な回答結果(n=524)
業務アプリケーションの更新頻度を調査したところ、「先進」は「毎日」、「変更のあった都度/随時」もしくは「週に1回程度」と回答した企業が71%に及び、週1回以上の頻度で業務アプリケーションの更新を行っています。
一方、「準先進」「その他」はそれぞれ33%、19%と「先進」と大きな差が見られる結果となりました(図表7)。
このことから「先進」は、ユーザーからの要望に応じて、IT側が迅速に対応できる環境が整っていることが推察され、本レポートで定義したITモダナイゼーションの成熟度が高まるにつれITの俊敏性が高まることが確認できました。
業務アプリケーションはビジネス遂行に不可欠なものであり、ビジネスの変更に応じて業務アプリケーションも更新されることが求められますが、もし対応が遅れれば、それだけ機会損失が発生します。
しかし今回の調査結果を見てみると、ユーザーから業務アプリケーションに関する変更依頼が来ても、IT側での対応が数カ月後になってしまうケースもあるのではないかと推察します。ユーザーの要望を業務アプリケーションに反映させるリードタイムが、今後の企業の競争力を左右すると言っても過言ではないでしょう。
今回の調査では、ITモダナイゼーションの成熟度に応じて、業務アプリケーションの更新頻度に大きな差が出る結果となりました。
本レポートではITモダナイゼーションの成熟度を定義する際に、アジャイル開発方法の展開状況、パブリッククラウドの活用状況、クラウドネイティブ技術の活用状況に着目しましたが、これらの要素が業務アプリケーションの更新頻度と深く関わっており、企業の俊敏性に寄与していることが確認できました。
図表7:業務アプリケーションの更新頻度(n=524)
デジタル人材の育成状況について調査したところ、「先進」の61%が「期待以上の効果が出ている」と回答し、「準先進」「その他」と大きな差が確認できました(図表9)。
既に効果が出ている理由を探るべく、デジタルスキル育成プログラムの展開状況と、システム開発における自社社員の担当範囲に着目しました。
デジタルスキル育成プログラムの展開状況に関しては、「全社で展開中」と回答した企業は「先進」が82%となり、「準先進」「その他」と大きな差が出る結果となりました(図表8)。
また、システム開発における自社社員の担当範囲については、「先進」の66%が「企画、開発、運用全てにおいて主に自社社員が対応している」との調査結果となりました(図表10)。
このことから、全社的に育成プログラムを展開し、システム開発・運用を自社内で完結(内製化)することにより、人材育成を期待以上に進めることが可能と推察されます。以下、調査結果を詳述します。
「デジタルスキルの育成プログラムの実施状況」(図表8)の調査結果では、「全社で展開中」との回答には、「先進」と「準先進」「その他」で大きな差が見られました。
「全社で展開中」「事業部門ごとに展開中」「部門ごとに展開中」を合わせると、「先進」98%、「準先進」98%、「その他」67%となり、デジタルスキル育成プログラムの展開には多くの企業が積極的に取り組んでいることがうかがえます。
図表8:デジタルスキルの育成プログラムの実施状況(n=524)
「社内デジタル人材における採用/育成状況」(図表9)についての調査結果は、「期待以上の効果が出ている」もしくは「一部効果が出ている」と回答した割合は、「先進」98%、「準先進」63%、「その他」20%です。
育成プログラムが「全社レベル」もしくは「事業部門ごと」で展開している割合が多くなると、デジタル人材育成に一定の効果が出る傾向が見られました。
図表9:社内デジタル人材における採用/育成状況の割合(n=524)
「先進」においてデジタル人材育成が既に期待以上の効果が出ている理由を考察するために、自社社員が現場でどのような実践を経験しているかの指標となる「システム開発における、自社社員と外部業者との役割分担」に着目しました。
調査結果を見ると、「先進」は「企画、開発、運用全てにおいて主に自社社員で実施している」と回答した企業が66%となり、「準先進」19%、「その他」8%と大きな差が確認できました(図表10)。
これはあくまで推察になりますが、「先進」がデジタル人材育成において期待以上の効果が出ている理由は、単なる育成プログラムを展開するだけでなく、実際に現場で自社社員がシステム開発全般を自ら行っていることが大きな要因ではないかと考えられます。
自社社員が育成プログラムで学んだ内容を現場で活用し、時には想定通りに行かないことも出てきますが、試行錯誤を重ねてスキルを蓄積し、結果としてデジタル人材の育成が順調に進んでいるのではないか、ということです。
すなわち、実際の現場で学ぶ機会が増えることで、座学だけでは得られないスキルが積まれ、その結果としてデジタル人材育成の効果が高まっていくのではないかとも言い換えられます。
図表10:システム開発における自社社員の担当範囲(n=524)
今回、パブリッククラウドに関して、ビジネス視点およびIT視点でどのような効果を享受しているかを調査したところ、「ITコスト削減」「運用工数削減」という守りの効果だけでなく、攻めの効果とも言える「イノベーションの加速」「市場変化への対応」などの回答が上位に入り、パブリッククラウドが企業の俊敏性を向上させる手段として活用されていることがうかがえました。以下、分析結果を詳述します。
ビジネス視点でのパブリッククラウド活用の上位3つの効果(図表11)としては、「先進」「準先進」「その他」のいずれにおいても、「市場変化への対応スピードの向上」「イノベーションの加速」「より良い顧客体験の提供」が上位3つを占めています。
「先進」においては「準先進」「その他」と比較して、「市場変化への対応スピードの向上」が25ポイント以上、「イノベーションの加速」が15ポイント以上高く、企業の俊敏性向上を目的としてパブリッククラウドを活用していることが推察されます。
図表11:パブリッククラウド活用におけるビジネス視点での効果(上位3つを選択、n=524)
IT視点でのパブリッククラウド活用の上位3つの効果(図表12)としては、「先進」「準先進」「その他」のいずれにおいても、「インフラ領域の作業オフロードや自動化などによる運用工数の削減」「システムコストの削減」「ビジネスの状況変化に応じたシステム拡張性や柔軟性」が上位3つを占めており、「先進」「準先進」「その他」で大きな傾向の差は見当たりませんでした。
パブリッククラウドは、量子コンピューターや5G関連などの新しい技術に関する新サービスも続々リリースしていますが、「最新テクノロジーの活用」を効果として挙げた企業は、「先進」を含めて少数にとどまっています。
また、昨今の環境問題への意識の高まりから、パブリッククラウド企業は積極的にグリーンエネルギーに転換しCO2排出量を削減していますが、「CO2削減」を効果として選択した回答者はわずかでした。
興味深い調査結果として、ビジネス視点、IT視点どちらにおいても「リターン(効果)を認識していない」と回答した「先進」は0%であった一方、「その他」では「リターン(効果)を認識していない」と回答した比率は、ビジネス視点で17%、IT視点で14%の結果となりました。
効果を認識していない企業は、パブリッククラウド活用の当初の目的が曖昧であったか、活用後その効果についての検証を行っていない可能性があります。
図表12:パブリッククラウド活用におけるIT視点での効果(上位3つを選択、n=524)
今回、基幹システムにおける現状の課題に関して調査を行ったところ、いまだシステムの保守切れの対応に追われ、ブラックボックス化によって抜本的な改革が行えず、技術的負債から抜け出せていない状況にあることが推察される結果となりました。
これは、2018年のDXレポートの頃から言及されており、そこから数年経った現在でも状況に大きな変化がないことを示唆しています。
基幹システムにおける上位3つの課題に対する調査結果(図表13)を見ると、全体で「システムがブラックボックス化していて、保守や変更が困難」が60%、「システムの採用技術が時代遅れになっており、そのスキルセット(人材)を確保するのが困難」が60%、「既に保守切れを起こしている、もしくは保守切れを迎えるシステムへの対応が追い付いていない」が55%となっており、「先進」「準先進」「その他」で大きな差は見られませんでした。
図表13:基幹システムにおける課題(上位3つを選択、n=524)
「既存システムの再構築や大規模システムの更新を実施する場合、今後どの手段を採用するのが最も多くなりそうか」という質問に対しては、全体で「SaaSやパブリッククラウドを活用する」(46%)、「プライベートクラウドやオンプレミスの活用」(48%)がほぼ同じ比率での回答でした(図表14)。
図表4の質問2で見たように、パブリッククラウドを活用する企業は増加していますが、既存システムの刷新や大規模システムの更新については、引き続きオンプレミスなど、現行の環境で再構築する傾向がうかがえます。
図表14:比較的大規模なシステム構築の際の実現手段 (n=524)
パブリッククラウドの活用における上位3つの課題に対する回答結果を見ると、「既存のシステムおよびデータとの連携」が最も多い回答となりました(図表15)。
既存システムのうちでも、ブラックボックス化している基幹システムとパブリッククラウドの連携が特に難しいと想定され、前述したように大規模なシステムを再構築するにあたっては、現行の環境を踏襲せざるを得ない状況であると推察します。
SaaSやパブリッククラウドを活用すれば、ユーザー企業にとってハードウェアの保守切れ対応は不要になるとともに、ソフトウェアやオペレーティングシステムの保守切れ対応の負担も大幅に軽減されます。しかし、既存システムを踏襲する限りこの恩恵を得ることはできません。
企業内のシステムの中央に鎮座する基幹システムを抜本的に刷新しない限り、ブラックボックス化と保守切れ対応の呪縛から逃れることは難しいといえます。しかし本調査では、日本企業がシステムの抜本的刷新に向けていまだ苦慮している状況が明らかとなりました。
図表15:パブリッククラウドの活用における課題(上位3つを選択、n=524)
アジャイル開発手法導入に伴う社内プロセスの変更状況に関する調査結果では、「変更済または変更に着手している」と回答した企業が「先進」(100%)、「準先進」(96%)、「その他」(52%)となり、アジャイル開発適用に備える姿勢がうかがえました(図表16)。
しかし冒頭で述べたように、PoCを実施している企業は増加しているものの、本番の業務でアジャイル開発を適用している企業は減少しています。
阻害要因を分析したところ、「社内のスキル/経験不足」「過去の失敗のイメージが払拭できていない」との回答が上位2位に入りました(図表17)。過去に取り組みは開始したものの、そこで想定通りに行かなかったトラウマが、本格運用に踏み切れない大きな原因の一つであることがうかがえました。
今回の調査では、「社内でアジャイル開発を推進する上での導入の障壁は何か」「アジャイル推進のために社内のプロセスや制度を変更したか」という設問を新たに設けました。これらの回答結果を以下に詳述します。
アジャイル開発推進においては、従来の予算承認や品質管理のプロセスがそぐわなくなるケースがあるため、新たな社内プロセスが必要になります。
今回の調査では、「先進」の100%、「準先進」の96%、「その他」においても52%が既に社内プロセスの変更に着手しており、企業はアジャイル開発適用に向けた準備を着々と進めていることがうかがえました(図表16)。
図表16:アジャイル開発導入に伴う社内プロセスの変更状況(n=524)
アジャイル開発を推進における上位3つの導入障壁に関する調査結果における最も多い回答は「スキル/経験不足」であり、「先進」「その他」では最多、「準先進」においても2番目でした(図表17)。
しかし着目すべきは、アジャイル開発推進上の障壁として、「準先進」においては65%が「過去、アジャイル開発で失敗したケースがあり、そのイメージを払拭できない」と回答しており、最も多い結果となったことです。「先進」「その他」においても、それぞれ47%、58%と非常に多い回答となり、全体として2番目に多い結果となっています。
アジャイル開発の現場を見てみると、「計画を策定せずに、まず始めることが重要」「ドキュメントを作成せずに、プログラミングする」「品質を疎かにしてでもスピードを重要視する」などの誤解も少なくありません。
これらの誤解が、過去に失敗してしまった一因である可能性があります。しかし、アジャイル開発においても計画策定は重要であり、ドキュメントも必要であれば作成し、当然のことながら品質を疎かにすることは許されません。アジャイル開発の理念や手法に対する間違った理解が失敗につながったものと考えられます。
一方で、「先進」の39%は、障壁に対して「特にない」と回答していることも着目すべきです。正しい理解さえあれば、アジャイル開発導入への障壁は「ない」といえるのかもしれません。
図表17:アジャイル開発導入への障壁(上位3つを選択、n=524)
以上のように、今回の調査から日本におけるITモダナイゼーションの5つの傾向が見られました。これらを踏まえ、PwCが国内外のさまざまなクライアントを支援してきた経験や知見から、日本企業が今後取り組むべき下記5つを提言します。
企業が競争に勝ち抜く上で、いかに優秀な人材を抱えるかが重要であることに議論はないでしょう。ついては、速やかに全社レベルでの育成プログラムの展開と、そこで学んだ知識を現場で経験できる環境を用意することを提言します。
傾向2で見たように、多くの企業で何らかのデジタル人材育成プログラムに取り組んでいますが、全社レベルで展開している企業はまだ多くありません。もちろん事業部ごとにビジネスの内容は異なり、必要なスキルは異なるかもしれませんが、全社レベルで展開し、企業としての明確なメッセージを社員に伝えることにより、企業全体で変革の気運を醸成することが可能になります。
また、人材育成は一朝一夕に実現できるものではなく、中長期的な視点が必要になるため、CEO自らが旗振り役となって展開することが必要です。
デジタル人材育成は、当然のことながら現場社員に加えて、経営層まで含めたものであるため、その必要性を理解してもらうためにも、経営層自ら学ぶ姿を見せるとともに、スポンサーとなって推進しましょう。
一方で、プログラムを展開するだけでは十分でなく、座学で得た知識を体得し、その知識を組織内に定着化させる必要があります。
そのためには、規模は小さくても現場で実践を重ねることと、従来外部業者に委託していた作業範囲を徐々に自社社員による内製化に切り替えていくことが有用です。
例えば、ビジネス部門において「見える化」に向けた各種ダッシュボードの構築を内製化することから始めるのはどうでしょうか。昨今、プログラミングをすることなくアプリケーションを構築できるサービスは進化しており、従来と比較すると驚くほど簡単に構築可能なものもあります。
またIT部門においては、外部業者に委託していた運用の一部を自社社員で担当し、パブリッククラウドに移行しながら運用の自動化などを内製化していくことも有用な方法です。
その後、徐々にその範囲を広げながら、システム開発の一部も内製化に移行し、最終的には、自社における戦略的業務に関連するシステム企画・開発・運用に関して、内製化することを推奨します。自社社員が現場での経験を重ねることにより、組織としてスキルが蓄積され、結果として現場で活躍できるデジタル人材の育成が加速するという好循環が創出されると考えます。
また社内でプログラムを展開し、実際の現場での成功事例やノウハウを共有し、部門を超えた横展開や定着化を図っていくために、部門横断的なバーチャルなコミュニティを組成すること、これらを専門に推進する組織(CoE)を設立することも有用です。
傾向5で見たように、企業はアジャイル開発推進に向けた準備を着々と進めて、PoCも実施しているものの、人材不足と、過去の失敗のトラウマから、本番活用に踏み切れていません。ここはアジャイル開発の理念や手法を正しく理解して、積極的に全社で推進してほしいと考えます。
アジャイル開発における重要な理念の1つは「経験主義」です。事前に正解を定義/模索するのではなく、実際に起きた事象に目を向け、そこで起きている事象を振り返り、そこから得た学びを次の活動につなげることが重要視されています。
よく比較されるのがウォーターフォール型の開発ですが、これは事前に要求整理や詳細な計画の策定、費用対効果を明確にしてからプロジェクトを開始するもので、その後は計画通りに進捗しているかを確認することが重視されます。
テクノロジーリソースが高額で、何が正解かを事前に把握できる(法制度/規制対応や商習慣など)時代においてはウォーターフォール型は有効な手法でした。
しかし、現在はパブリッククラウドの普及でテクノロジーリソースが安価かつ機動的に入手できるようになりました。また、世の中や技術の趨勢は日々刻々と変化するため、事前に詳細な計画を確定する意味も薄れています。
このため現状や今後においては、ある程度方向性を決めたら仮説を構築して速やかに実行に移し、仮説検証を繰り返すアジャイル開発のほうが有効性は高いと推察されます。
アジャイル開発方法の推進でリーダーに求められるものは、計画をレビューし、細かい進捗管理の結果で部下を叱咤激励する従来型の手法ではありません。優先順位を明確にし、仮説検証後にプロジェクトの加速や減速などを日々意思決定することが重要です。
アジャイル開発をうまく活用している企業は、定期的に振り返りを行い、過去に学び改善を重ねることで、この手法を組織に浸透させています。
実際に推進する際のステップは以下を推奨します。
不確実性が高まり先の読めない時代だからこそ、再度アジャイル開発手法を学び直し、振り返りと継続的な改善を重ね、仮説検証型でプロジェクトを遂行することを推奨します。
傾向3で見たように、パブリッククラウドを提供する企業は、日々新しいサービスを拡充・提供しています。
従来はハードウェアの代替となるストレージやコンピューティングが中心でしたが、昨今ではIoT、AI、デジタルツイン、ブロックチェーンなど、よりビジネスに直結する領域に拡大してきています。さらに、利用者は量子コンピューターなどの最新テクノロジーも購入することなく気軽に使え、実験ができるようになりました。
パブリッククラウド上であれば共通の仕組みを利用するため、他社との連携も容易になり、オープンイノベーションの加速も期待できます。今後はこうしたパブリッククラウドの期待効果も視野に入れて、積極活用することを推奨します。
従来、ITリソースは自社で購入しなければ使用できませんでした。しかしパブリッククラウドの普及により、企業はインターネットにさえ接続していれば、必要な時に、必要な場所で、必要な量だけのITリソースを瞬時かつ安価に調達できるようになりました。
不要になれば即座に利用を停止し、無駄なコストを削減することも可能です。新規サービスを開発する際にはもはや大規模な初期投資は必要なく、ビジネスが拡大するにつれて徐々に投資を増やせば問題ありません。
さらには、専門的なスキルを有する人材だけがITシステムを構築できた過去と比べて、現在はパブリッククラウドやローコード・ノーコード開発ツールの進化により、特別な知識や経験がなくても簡単に構築できるようになりました。今後のさらなる進化で、現在の表計算ソフトやプレゼンテーションソフトのように誰もが使いこなせるようになるでしょう。
2021年のレポートでも余談として述べましたが、環境問題への世論の関心が高まる中で、パブリッククラウドを提供する企業は積極的にグリーンエネルギーへの転換に取り組んでいます。
一部では、既にカーボンニュートラルを実現していたり、原発数基分のグリーンエネルギーを発電したりするベンダーも出てきています。近い将来は全てグリーンエネルギー化することで、カーボンフリーを実現する企業も出てくるでしょう。
企業にとっては、パブリッククラウドを活用することにより、CO2削減に貢献する可能性が生じます。現状ではあまり注目されていませんが、一つの大きな効果として、脱炭素が脚光を浴びる日がそう遠くない未来に到来することが予想されます。
以上のように、パブリッククラウド活用の効果は計り知れず、さらなる進化が見込まれます。傾向4(図表15)で見たように、活用に向けた障壁は依然として存在するものの、今後積極的に採用することを推奨します。
傾向4で述べたように、日本企業の多くは長らく基幹システムの保守切れ対応やシステムのブラックボックス化に悩まされており、一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)「企業IT動向調査報告書 2022」5によると、IT予算の8割弱が現状維持に割かれています。
特に保守切れ対応は、ベンダーのサポートが受けられなくなるので一定期間内に手を打つ必要があり、優先順位を上げざるを得ません。結果として、人材も予算も保守切れ対応に集中投下しなければならない状況に陥ります。このような状況では、基幹システムの抜本的な刷新は難しく、現行踏襲せざるを得ないといえるでしょう。
保守切れ対応自体が企業にとって価値を生みにくい領域であるほか、システム刷新の計画もビジネスニーズよりも保守切れの時期を優先させて検討しなければならない状況を生み出します。
IT人材をよりビジネスに貢献できる領域に再配置し、保守切れ起点のITロードマップから脱却するためにも、パブリッククラウドやSaaSの活用によって基幹システムの抜本的な刷新(モダナイゼーション)に踏み切ることを推奨します。
ただ、基幹システムを一括で置き換えるビッグバン型の更新の場合、影響範囲が極めて広く、予算規模も多額に膨らむことが想定されます。成果が出るのは数年先になるため、想定通りの刷新を実現できないリスクも極めて高くなります。
このため本レポートでは、数年先の一括型ビッグバン更新ではなく、既存システムの機能を目的ごとに分類し、ビジネスの優先度の高いものから段階的に、かつ短いサイクルで新しいシステムに移行するアプローチを推奨します。
具体的には、基幹システムの機能を切り出し、新規アプリケーションやSaaSなどに徐々に置き換えながら、システムを段階的に移行する方式です。
この実現には従来の基幹と呼ばれるシステム範囲を見直し、効率化や標準化を求める領域と俊敏性を求める領域を分割する必要があります。特に俊敏性を求める領域は柔軟な更新ができるようにシステム単位を細分化し、システム間は疎結合で連携を図る全体アーキテクチャを検討することが重要です。
また、基幹システムの刷新を図っても、従来と同じ運用のプロセスや体制、考え方を前提とする限り、刷新後も変更に時間を要する基幹システムができかねません。
傾向1で述べたように、利用者からのフィードバックを取り入れ、迅速・柔軟にアプリケーションが更新できる運用プロセス、外部ベンダーとの役割の見直しなど、ビジネスの変更にITが素早く追随できる仕組み・プロセスを並行で導入する必要があります。
図表18:基幹システム刷新時のポイント
従来、ITシステム構築は専門的な知識と技術を必要としましたが、アプリケーション開発技法やツールの進化、パブリッククラウドの普及により、一定の訓練を受ければ誰でも手掛けられるようになりつつあります。
こうした中で、IT部門のあり方も新しい時代に即したものに再定義する必要があります。
具体的には、業務部門が必要とするアプリケーションは、企画から開発・運用まで業務部門に移管します。IT部門は業務部門の指導・相談役となるほか、デジタル/システムに関する高度な専門家部隊として、部門横断的なアプリケーションの開発や運用、サイバーセキュリティや各種規制への対応を担うのが望ましい形です。こうした体制を最終目標として、速やかに移行することを推奨します。
業務部門の現場でシステム構築が完結できるようになれば、変化への対応スピードは高まります。
また、IT部門が高度な専門家部隊となることで、市場変化に即応しながらリスクを最小化し、最新技術を活用したビジネスも展開できます。デジタル系のスタートアップでユニコーンに成長した企業の多くがこうした体制となっており、デジタル時代で勝ち抜くための重要な要素だと考えます。
業務部門でシステム構築を完結できる体制を整えるためにも、人材を育成して部門内のITリテラシーを高めつつ、IT部門の一部人材を各業務部門に移管させることが望ましいといえます。しかし、歴史のある大企業が一朝一夕に同様の体制に移行することは難しく、段階を踏む必要があるでしょう。
まずは、業務系とIT系の人材を混在させて、業務部門でシステムを完結できるパイロット的な位置づけの組織を設立しノウハウを蓄積します。
現在、多くの企業でDX推進のためのデジタル専門組織が設立されていますが、それに近いイメージです。これらの人員を、全て自社人材でまかなうのはスキル面的にも工数面的にも現実的ではないため、システム開発や保守を委託しているITベンダーや外部の専門家との協業を推奨します。
また、多くの企業でITベンダーに開発運用を委託しているので、立ち上げ時期にはこうした関係を維持しながら外部委託業者との関係を再定義することも必要になるでしょう。
次のステップは、この組織に残りビジネスを遂行していくメンバーと、組織を離れ全社展開に備えるメンバーとに振り分けることです。
後者は、高度なスキルを有するセキュリティスペシャリストやデータサイエンティストなどが該当し、これらのメンバーを独立させ、専門家集団としての新たな組織を設立させます。
この組織は、蓄積したノウハウを部門横断的に広める役割を担います。並行してパイロット的に立ち上げた当初の組織を横展開し、他の事業部門でも同様の取り組みを開始する。これを地道に繰り返し、最終ゴールを目指します。
この変革は10年スパンで考慮すべき、時間のかかる取り組みです。だからこそトップ自らが方向性を示し、覚悟を持って速やかに着手すべきだといえます。
図表19:業務部門とIT部門のあり方の再定義に向けたステップ(イメージ)
本レポートでは、524名の回答結果をもとに傾向を探り、最終的に5つの提言をまとめました。
変化の激しい時代が到来したと言われて久しいですが、特に2020年に始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、人々の行動様式を激変させました。
この変化に日本企業のITは十分対応できているのかという課題認識が、2021年から本調査に取り組み始めたきっかけです。
確かに日本においても、QR決済やバーコード決済が一気に増加するなど、新たなビジネスモデルも創出されていますが、ITを活用した事業変革が企業の間に広く浸透しているようには見受けられません。
ぜひ、この変化をチャンスととらえ、自社の新たな製品やサービスに反映することで、自社のビジネスを拡大してください。その際に、ITは不可欠のものになっており、ITの俊敏性がより大事な時代に突入していると考えます。
2022年の調査結果を見ると、残念ながらITモダナイゼーションの取り組み状況は十分であるとは言えず、前年と比較しても大きな進展が見られない結果となりました。
一方で、局所的には効果も出始めています。パブリッククラウドを活用して市場変化への対応スピードを向上させるほか、デジタル人材育成に関しても着々と効果を出し始めている企業が存在することを確認できたのは明るい兆しです。
今回の提言の中でも述べましたが、不確実性が高まり正解を見つけることが困難な昨今においては、仮説検証を繰り返し、継続的な改善を高速で実施することが、競争に勝ち抜く唯一の手段であると言っても過言ではありません。
継続的改善は、日本企業のお家芸であり、そこに俊敏性が加われば成功への糸口がつかめるはずです。今回提言した5つの施策は、どれも継続的改善を高速に実現するための示唆であり、ぜひ参考にしてください。
本レポートが、日本企業のITモダナイゼーションを加速させ、企業の俊敏性の向上のための次の一手を検討する際の一助になれば幸甚です。
Cloud Transformationチーム一同
1 経済産業省, DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~ https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
2 IMD, World Digital Competitiveness (WDC) ranking
https://worldcompetitiveness.imd.org/countryprofile/JP/digital
3 PwC Japanグループ, 2021年DX意識調査―ITモダナイゼーション編―
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/it-modernization-survey2021.html
4 CNCF Cloud Native Definition v1.0
https://github.com/cncf/toc/blob/main/DEFINITION.md
5 一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)「企業IT動向調査報告書 2022」
https://juas.or.jp/cms/media/2022/04/JUAS_IT2022.pdf