ウクライナ避難民との地域共生に向けて

ウクライナ避難民との地域共生に向けて
  • 2024-07-12

まえがき

2014年3月、ロシアによるクリミア併合、ウクライナ東部での戦闘が開始され、2022年2月、ロシアによるウクライナへの侵攻が開始されました。以降、世界中で多くの難民が発生しており、地理的に離れた日本にも多くの方が避難しています。

このような状況に対して、PwC Japanグループ(以下、PwC Japan)の有志メンバーは、プロボノ支援(SPDP)1という形で解決の糸口を探しました。本稿では、PwC Japanが行ってきた社会課題解決に対する取り組みの一環として、日本へのウクライナ避難民支援の実例を取り上げ、その軌跡と結果を示すとともに、支援を通して浮き彫りになった日本社会が抱える課題とその解決方法について考察します。

1日本社会におけるウクライナ避難民の現状

日本におけるウクライナ避難民の受け入れ

2014年3月のロシアによるクリミア併合、ウクライナ東部での戦闘開始から約10年、2022年2月のウクライナ侵攻からは、およそ2年が経過した今もなお、停戦・和平交渉への道は見えていません。侵攻以降、より安全な場所を求めて国外へ避難するウクライナ国民が増加しています。

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、2022年2月から2023年10月3日現在までの間に、ウクライナから国境を越えて避難した避難民の数は620万人と、非常に多くの人々が住む場所を追われており、そのうちEUの国々へ逃れた避難民は583万人、EU外へは37万人となっています2

日本の出入国在留管理庁によると、日本国内へ逃れた避難民の数は2023年10月13日時点で2,523人となっています。男女別に見ると、男性705人、女性1,818人、年代別では、18歳未満が447人、18歳以上61歳未満が1,742人、61歳以上が324人となっています3

ウクライナ避難民の定義と運用

日本におけるウクライナ「避難民」とは、ロシアによるウクライナ侵攻の影響を受け国外への避難を余儀なくされた人であり、難民条約で定義されている「難民」とは異なる位置づけとなっています。

今日のウクライナ「避難民」の受け入れは、官邸主導の政治的判断によりなされ、ウクライナから逃れた国から迅速に日本への入国を可能にするために、現行の査証(ビザ)発給手続きの簡素化によって短期滞在査証(ビザ)が発給され、入国後、速やかに短期滞在から特定活動への在留資格の変更を受けるという特例措置による運用となっています。

日本においては、欧州と異なり国民健康保険の無償化や住民税の免除など手厚い待遇で「避難民」を受け入れている一方で、認定プロセスを通し受け入れる「難民」「準難民(補完的保護対象者)4」とは異なって、永住権を認めない暫定的な受け入れ体制となっているのが実情です。

図表1 受け入れ制度の比較

2ウクライナ避難民に対する国内の支援状況と課題

日本国内における支援状況と課題

日本国内におけるウクライナ避難民に対する支援者としては、「国」「地方自治体」「公的支援団体」「民間支援団体」が挙げられ、それぞれの支援内容は以下のように整理されます。

ビザ発行手続きや身元保証人手配、渡航支援、在留資格手続き支援など、主に「避難入国」における支援を提供している。

地方自治体

社会保険、免税手続きの他、公営住宅や物資提供、一時支援など、「居住生活」における支援を提供している。

公的支援団体

「避難入国」「居住生活」「社会参画」の各段階において、渡航費・住環境整備費・生活費等の資金的援助や国際交流の促進を目的とした支援活動を行っている。

民間支援団体

主に「社会参画」時において、交流イベントの開催や語学支援・通訳、就労支援の他、防災や言語対応機関など地域情報の提供やメンタルケアを中心に支援活動を行っている。

国、地方自治体や公的支援団体による避難民の受け入れプロセスは、定住に向けた環境整備が中心であり、避難民特有の課題を踏まえた支援制度の確立には至っていません。

そのため、難民・避難民の「心身のケア」や「社会参画」の観点から、在日外国人・コミュニティが中心となって運営する民間支援団体の役割・存在が重要になっています。

図表2 日本国内における支援者と主な支援内容

PwCコンサルティングの取り組みとNPO法人KRAIANY

このような状況を踏まえ、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)では、2022年6月から国内最大の在日ウクライナ団体であるNPO法人KRAIANY(以下、KRAIANY)に対して、ウクライナ避難民の支援および社会課題解決に向けた支援活動(SPDP)の提供を開始しました。

KRAIANYでは、在日ウクライナ人の組織であることを活かし、ウラクイナ避難民に対して避難民が行政からは得られない細やかな支援を提供しています。

KRAIANYの主な活動

  • 日本特有の手続き・慣習に関する支援(印鑑登録、銀行口座の開設、生活インフラの契約、ゴミ出しルール、災害や緊急対応)
  • 語学講座の提供、通訳・翻訳支援(医療機関への同伴なども含む)
  • ウクライナ語による生活支援に関するセミナー、ラジオ、SNS、ポータルでの情報発信
  • 在日ウクライナ人コミュニティの提供(隔週開催の在日ウクライナ人児童・生徒向け日曜学校にて、保護者や避難民向けコンテンツを提供)
  • 日本語が話せない避難民のNPO活動内での就労機会の提供
  • ウクライナ本国への支援活動や避難民支援の活動資金創出のためのチャリティ活動

PwCコンサルティングがKRAIANYと連携した支援活動を通して、ウクライナ避難民に対する支援を十分なものにするために必要な、以下の課題が浮き彫りとなりました。

見えてきた課題

  • 行政の生活支援情報や体制が市区町村ごとに異なるため、支援者の間で暮らしに関する問い合わせ対応に苦慮しており、支援情報のハブ化が必要であること。⇒①避難民の生活基盤を整える支援の拡充
  • 避難民の社会参画を促す上では、民間支援団体単独ではなく、行政や地域住民を巻き込んだコミュニティ・共生活動が必要であること。⇒②避難民の社会参画支援の拡充

次章以降では、ウクライナ避難民の「①生活基盤を整える支援」「②社会参画支援」の2点から見えてきた社会課題について触れていきます。

3 KRAIANYの支援を通して見えた社会課題と解決への方向性

1 避難民の生活基盤を整える支援

日本国内の行政による生活基盤支援の現状(背景)

前述のとおり、避難民の生活支援にあたっては、入国から定住まで、国、地方自治体、公的支援団体、民間支援団体といったさまざまなレイヤーで支援が展開されています。その中で、生活基盤を整える支援や社会参画支援など、より生活支援に近い領域は、基礎自治体や民間に近い国際交流協会やNPO法人などの団体が主に担うことになります。

ロシアによるウクライナ侵攻後、避難民を支援する動きは国内各所で活性化しましたが、より生活に近い領域での支援を提供する自治体による避難民支援は、体制や内容がそれぞれ異なることが、私たちのプロボノ活動を通じて浮き彫りになりました。

例えば、一定の自治体では社会保険料の無償化、生活一時金の支給、公営住宅の提供などを行っていますが、専任窓口の設置、語学支援などの詳細については自治体間で対応が異なります。2023年1月~2月に行われた、避難民を受け入れている自治体を対象としたアンケートでは、25%の自治体が「十分な支援ができていない」と回答しています5。通訳が不足していたり、働く場が提供できていなかったりなど、課題を抱えている自治体が一定程度あることがうかがえます。

なお、これらの課題は避難民特有の課題ではなく、在日外国人にも共通します。外国人共生支援は基本的には自治体・地域単位で行われ、充実度にばらつきがあるのが現状です。

一体的な情報提供・支援の必要性(課題)

避難民が日本社会での生活基盤を整えるにあたっては、日本独自の慣習や手続きに一定のハードルがあります。KRAIANYは同胞としてそれらの相談の受け皿となっており、問い合わせに対しては、集中的に支援を行っています。例えば、印鑑、ライフライン(ガス・水道・電気・通信)、ゴミ出し、語学支援(語学講座、医療同伴)といったものについては、サポートニーズが特に高くなっています。

ただし、支援にあたっては、避難民の居住自治体ごとに提供される支援や制度等が異なるため、KRAIANYとしても、アドホックな支援になりがちという課題がありました。

ウクライナ避難民支援の現状を見ると、各地域において、さまざまな支援団体が独自の取り組みを行っている様子がうかがえます6。行政やNPOがそれぞれに支援を充実させることは非常に重要である一方で、地域を超えた支援にあたっては、地域ごとの取り組みの差異は、連携のしづらさという新たな課題につながるとも言えます。

このように、団体間での情報共有といった連携や、情報の集約化・ハブ化が構造的な課題となっていることを受け、私たちは、東京都の避難民在住自治体の支援情報を市区町村ごとに整理し、支援情報を一覧化することで、自治体ごとの支援体制の可視化を試みました。一覧化したデータベースは、ウクライナ語を含む多言語対応とし、避難民自らによる情報検索を一定程度可能にすると同時に、KRAIANYが避難民から問い合わせを受けた際に、どういった支援が必要なのか理解できるものとしました。

多くのステークホルダーが関わる避難民支援では、一体的な支援提供にあたって、情報集約やステークホルダー間の連携機能が求められます。PwCコンサルティングの支援は一例ですが、例えば今後、ピアサポートを提供している在日ウクライナ人団体が自治体とのリレーションを構築したり、団体として公的支援補助金を得たりといった局面では、手続き・制度を読み解ける日本人の支援が入ることで、よりスムーズな連携が可能になると考えられます。

図表3 自治体支援情報データベース(一部)
図表4 支援情報の集約経路

2 避難民の社会参画支援の拡充

紛争の長期化に伴う避難民にとっての社会参画の重要性

避難から一定程度の時間が経過し、多くの国内ウクライナ避難民の最低限の日常生活は、行政や民間の支援により整いつつあります。

その一方で、避難民という性質上、言語の壁もあり依然として就労が難しく、社会的役割を果たしたり地域コミュニティへ参画したりするための足掛かりが得られず、社会から孤立している避難民も一定数います。

特に紛争に対する自身の無力感、故郷を離れた罪悪感、解決の見通しが立たない将来への不安・焦りの増幅も予想されます。紛争長期化から欧州各国で顕在化しているような、各国内での支援に対する支持率の低下を防ぐとともに、ウクライナ避難民の尊厳を守るためにも、避難民が経済的・社会的に自立することが次のステージの支援として求められています7

言語支援と並行して行う、社会参画へのピアサポート

避難民の社会参画において最も大きな障壁は「言語の壁」であり、それをサポートしながら社会的役割を果たせる居場所を提供する支援が必要です。しかし日本国内にはウクライナ語話者が少ないこともあり、行政による支援は避難民特有の事情に寄り添った社会参画支援にまでは至っていません。

そうした言語の壁に対し、ウクライナ避難民支援における公民の架け橋となっているのが、関東圏最大の在日ウクライナ人コミュニティであるKRAIANYのピアサポートです。

2022年2月より児童向けウクライナ日曜学校の避難民無償受け入れ、日本語や日本の生活講座の開催、国際交流活動団体であることを活かした地域住民向け国際交流イベントでの食品や伝統工芸ワークショップの運営スタッフとしての雇用創出など、コミュニティ全体で避難民の居場所づくりに貢献してきました。

そのKRAIANYがピアサポートの仕組みづくりの一環として2023年4月から本格的に始動させたのが、「ウクライナカフェ・クラヤヌィ(KRAIANY)」を拠点とした避難民雇用と地域住民との交流を創出する、地域共生に向けた取り組みです。

図表5 KRAIANYga目指す避難民と地域住民との共生事業のコンセプト

ウクライナ避難民と地域住民との共生事業

2023年10月時点で5名の避難民スタッフが従事するウクライナカフェ・クラヤヌィ(KRAIANY)では、ウクライナ避難民と地域住民との地域共生事業として、ウクライナ避難民の尊厳を実現しつつ、その支援活動が地域住民にとっても有益であるWin-Winの関係が長期にわたり持続可能であることを目標に、コンセプトづくりを行いました。

モデルはKRAIANYの国際文化交流活動での飲食提供やワークショップなどの海外文化体験提供であり、それらをサービスとして提供し、その報酬をウクライナ避難民の雇用へつなげることを目的としています。

事業の具体化に向けては、ウクライナ語話者の確保や活動資金獲得などさまざまな課題がありますが、次章では、KRAIANYがどのように地域住民を取り巻くステークホルダーとの関係構築を進めたのかを紹介します。

図表6 KRAIANYが目指す国際文化交流を通した日本人とウクライナ避難民の持続可能な共生モデル

公民一体となった共生事業の枠組みづくり

本取り組みにおいては、「いかに多くの地域住民に関心を持ってもらうか」が共生事業自走化の鍵となるため、積極的に大きな地域コミュニティへ入り込み、ワークショップなどのサービスを提供することを目標としました。

本事業ターゲットのウクライナ避難民スタッフには、女性高齢者や、小さな子どもを抱える母親が多いことを踏まえ、「シニアクラブなど高齢者コミュニティ」「母子コミュニティ」「小中学校」など、平日の日中に交流機会を持ちやすく、避難民スタッフに近いコミュニティをターゲットとしました。

これらの多くが行政の管轄するコミュニティであり、どのように協力体制を構築するかがNPO法人としての課題となりました。そこで仲介役となったのが、2022年よりKRAIANYと深い親交のある地域国際交流協会です。

地元自治体では2022年の侵攻以降、避難民へ国保税と介護保険料の独自免除を行うだけでなく、国際交流協会、世界連邦運動協会、スポーツと文化財団、青年会議所などをあげてウクライナ文化の理解を深める特別企画事業を推進してきました。

地域国際交流協会には、国際文化理解を深める企画においてウクライナ文化や侵攻に関するテーマを取り扱うなどの交流を積み重ねた背景実績をもとに、KRAIANYと避難民支援活動に関する情報交換を行っていただきました。さらに行政との橋渡しに協力いただき、地域行政管轄のコミュニティへのアプローチを実現しました。

また地域国際交流協会からは地域就労支援団体からも避難民の就労支援の申し出があるなど、地域国際交流協会を中心に避難民支援活動が公民ともに広がる動きがあります。

単独でウクライナ避難民支援を行う団体は全国に多々ありますが、地域の自治体や各支援団体のハブとなり、各支援団体とつなぐ活動は多くありません。今回は地域の国際交流協会との継続的な対話が、公民一体となった事業の大きな推進力となりました。

図表7 ウクライナ避難民と地域住民との共生に向けた取り組み

3 地域共生に向けて

以上のように、日本国内のウクライナ避難民支援にあたっては、生活基盤を整える仕組みづくりと、社会参画を促す地域共生の仕組みづくりが重要であるため、PwCコンサルティングではプロボノ活動を通じて両方の支援を行ってきました。避難民支援にあたっては、ピアサポートを提供できるKRAIANYのような在日ウクライナ人コミュニティや行政に加え、両者を媒介できる民間団体など、さまざまなステークホルダーの協力により、総合的な支援が可能となります。避難民の来日から約2年が経過し、時間とともに必要な支援の内容が変化することも踏まえると、地域での共生に向けては、バックグラウンドの異なるステークホルダーがコミュニケーションを取りながら必要な支援を行っていくことが、今後も重要だと考えられます。

第4章・第5章では、「PwCコンサルティングのSPDP活動における今後の取り組み」と「子どもの学習権に関する座談会」について取り上げています。

全文はPDF版を参照ください。

1 PwCのPurposeである「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」を体現する活動として、2017年4月に開始したプログラム。コンサルティング業務等で培った経験や知見・能力をNPO・NGOといった非営利団体に無償で提供するとともに、従業員に対して、社会課題解決の現場で活躍する機会の提供を通し、成長を促している。これまでに35の団体を対象に68のプロジェクト支援を行い、延べ400名以上のコンサルタントが参加した。

2 https://data.unhcr.org/en/situations/ukraine?_gl=1*1ji6t91*_ga*MTg5MDExNDc2NS4xNjk2OTcxNzU5*_ga_0M3C3220SN*MTY5Njk3MTc1OC4xL(2023年10月18日閲覧)

3 https://www.moj.go.jp/isa/content/001388202.pdf(2023年10月18日閲覧)

4 難民認定には至らないものの、母国が紛争中で帰国できない外国人らを「準難民(補完的保護対象者)」として認定し、在留を認めて保護対象とする制度が2023年12日1日に施行。

5 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230223/k10013989111000.html(2023年11月14日閲覧)

6 https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2023/09/wha_pro_sup_ukraine_in_jap_05.pdf(2023年11月14日閲覧)

7 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240221/k10014365931000.html(2024年4月1日閲覧)

主要メンバー

宮城 隆之

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

田中 大介

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

下條 美智子

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

折原 涼太

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

沼 智晶

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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レイチェル チョウ

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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