2019-07-10
株式会社 電通
取締役執行役員 曽我 有信 氏
――まずは、電通が海外のM&Aによって変容していった経緯と曽我さんの関わり方を教えてください。
曽我 氏 私は海外が長く、2003年にロサンゼルスのコンテンツビジネスの事業会社を買収した翌2004年から2009年まで同社の管理部門の仕事に携わりました。次の赴任地はニューヨークでした。当時、電通の海外事業規模は大きくなく、2009年あたりからニューヨークを欧米のヘッドクォーターとして位置づけ、買収しつつ欧米での事業を広げ始めていました。当時の私の上司(現・海外事業担当役員)と当時のCFOと一緒に、クリエイティブブティックのマクギャリーボウエンや、デジタル系のエージェンシーである360i(スリーシックスティーアイ)などの買収に携わりました。
2013年、ロンドンに上場する世界ランキング8位(当時)のイージスグループの買収が完了し、ヘッドクォーターもロンドンに移りました。約4,000億円というこのイージス買収は東京中心で進められました。私はあまり関わっていませんでしたが、イージスは金額も大きいし、拠点数も事業規模も大きい。これを買収すると電通グループ全体の文化や価値観、クライアントに向けたありようや立場が変わってくるのであろうと思いました。同年3月に英国赴任の命が出て、2年間イージス(現・電通イージスネットワーク)の管理部門の統合を中心としたPMIを担当しました。2015年に東京に戻り2017年からは海外事業部門のM&Aコミティのメンバーに入り、ここ10年ほどは海外のM&Aを見ています。
――イージス買収前後で電通グループにおけるM&Aの位置づけも変わってきた?
曽我 氏 イージス買収の意思決定をしたときは、買収後の5年間で100件以上のM&Aを行うとはおそらく誰も考えていなかった(笑い)。当時からイージスは独立系のエージェンシーとしては評価の高い会社でした。そうした会社が我々のグループに入ることで、いわゆる電通ブランドのバリューも上がるし、配当や連結上の利益等も安定的に確保できる。失敗する要因の少ない静的案件であったと思います。イージスを買収したことで、海外での事業地域の拡大やサービス内容のキャパシティの拡大など、「圧倒的にM&Aで成長していく」と当時の経営陣が認識していったのだと思います。それまでM&Aの経験のない日本人が、ソーシングやバリュエーション、デューデリジェンス、そして買収後のPMIなどを、イージスのシニア・マネジメントの皆さんと一緒にやりながら、大きく変わってきた。
客観的に数字で見ると、イージス買収前の2012年グループ全体の売上総利益に占める国内の割合は85%でした。15%であった海外比率は5年後の2017年、59%を占めるまでになりました。
――PMI成功の「カギ」はどのあたりにあるとお考えですか。
曽我 氏 M&Aという“道具”に対する考え方が、日本人(もともと電通の社員)と英米人(イージスを支えていた人たち)で全く異なります。日本人は事業を買収した後の統合やシナジーに対する問題意識を明確に認識していないように思います。おそらくイージス買収を判断した当時の当社役員たちもよくわかっていなかった。経験不足であったということでしょう。私を含めてコーポレートの人間が買収後、イージスの経営に入って一緒にM&Aをやろうとしたとき、まず驚いたのはそこでした。我々は買収後、新しい事業や人材、キャパシティをグループの中に取り込み、その事業を引き続き成長させていくことに巧みでなければならないという意識が非常に強い。そのためにソーシングやバリュエーション、デューデリジェンス、PMIに真剣に向き合っています。
業界の5大エージェンシーは我々も含め各社積極的にM&Aを行っていますが、電通イージス・ネットワーク(以下DAN)のM&Aチームは「他のエージェンシーよりも総体として上をいっている」という意識はあります。そのカギは、やはり買ったあと、買収先の事業計画、バリュエーションの中に織り込んだシナジー、インフラの統合やカルチャーの融合に真剣に向き合うことを真摯に継続することだと思います。
そうは言いながらも、成功しているという自信があるわけではありません。もちろんポートフォリオ全体としてのROIやROICは見ています。全体としては良好なリターンを出してはいても、個別にみれば、うまくいくものもあれば、うまくいかないものもあります。業界全体がデジタル化という大きな変化の波のうねりの中にあり、今のポートフォリオがこの先、成長を続けられるかについては常に不安感を持っています。だから成長を続けるにはどうしていけばいいのかを懸命に考え、決定し、実行する。
買ったあと、事業の責任者が「だから、これが買いたい」と言ったことに対して忠実に実行する責任を負い、我々管理部門側が事業計画に対してきちんとビジネスが軌道に乗っていることを確認する。長いプロセスで捉えて、長い目で評価することに真面目に取り組む。そうした文化を持つことが重要だと思います。
――電通グループの中でのM&Aの意味合いとCFOとしての関わり方について教えてください。
曽我 氏 海外でM&Aを行うときは、「インフィル」(新しい機能を持ってくる)、「スケール」(マーケットシェアやクライアントに向き合ったときのキャパシティの拡大)、「イノベーション」(事業成長のために全く異なる新しいものを取り込む)という3つの大きな目的があり、目的や戦略との整合性を大切にしています。
私も今の立場に立つ前から成功も失敗も経験しながら、さまざまなM&Aに関わってきました。しかし、自分の関わり方が変わるスピードよりも世の中の変化のほうが圧倒的に速く、イノベーションなど理解できないビジネスもありますから、かなりの部分を事業側やM&Aチームの判断によらなければなりません。自分がわかっていると思っていても、オープンでなければならない。
同時に、計数やバリュエーションといった部分では守る。合理的なストレッチの中で収めたバリュエーションが、結果として正しかったかどうかは、その後の中長期の事業実績をトラックしていかなければなりません。それを続けていくことが、CFOとしての統制のかけ方であり、関わり方であろうと思います。
大きな変化のうねりの中でM&Aに抵抗感や恐れ、逡巡があると負けてしまう。キャッシュもマーケットポジションでも、今、日本は圧倒的に強いけれども節目の年と言われる2020年以降、生き残っていくためにもここで手を抜いてはいけないと思っています。
――数多くのM&Aを経験されている中で、M&Aのシナジーはどの程度実現されているとお考えでしょうか。
曽我 氏 総じて言えば、50点程度だと思います。当初の期待以上の結果を出すものもあれば、及ばないものもあります。この先、一件一件、期待する統合のシナジーが実現できているかを丁寧に見ていくことで、我々の持っている資産を腐らせないことが重要だと思います。
――2017年度、御社は新規事業で52億ドル(約6,000億円)という大きな数字をあげておられます。新規事業の伸張をM&Aで実現するためのポイントは?
曽我 氏 52億ドルという数字は、いわゆるメディアを中心としたクライアントからの新しい取扱高であり、かなりの部分はメディアに流れているので我々の収益になる部分はそれほど多くはありません。そうは言っても、競合他社と比べれば圧倒的に大きな金額でした。そうしたポジションを我々が獲得できたのは、M&Aを通じて我々が得たものが評価されたことは間違いないと思います。我々が新規に獲得している強みや優位性は、全く新しいものです。我々ができることをクライアントに見せていくためにM&Aをやっている。それが、うまくいっているのであれば、それはフロントの目利きでしょう。そこには、やはり「M&Aで必要なキャパシティを維持・向上させていく」という文化がある。
そうした文化があって、日常的に案件をこなして、新しい人や事業が入ってきて、どんどん脱皮を繰り返しながら進化していく集団にグループ全体がなっていること。それが、おそらくPMIがうまくいくための必要条件でしょう。
M&Aは事業を買収するだけではなく、人材の獲得に大きな意味がある。特に我々のようなビジネスは「人」が最大の資産です。リーダーによって驚くほど実績が伸びる。事業会社レベルでも、国や地域という単位でも同じです。リーダーシップやマネジメントの重要性を痛感します。例えば、例年開催する海外事業部門のグローバルカンファレンス(DANカンファレンス)に参加した顔ぶれは、イージスを買収した2013年と2018年では約60%がM&Aで入ってきた人に入れ代わっています。
M&Aによって入ってきた優秀なタレントが長く働いてくれることを、我々はKPIの一つと考え大事にしています。アーンアウト(買収後の一定期間の業績に連動した買収対価の延べ払い契約)があって、その間は一生懸命に働くけれども、アーンアウトが終わればやめるような文化があるとすると、やはり定着率は落ちる。あるサーベイによると他のエージェンシーは30~35%程度しか残らないが、我々は少なくとも7割残るという結果も出ています。もちろん、その後のターンオーバーはあります。そうした人の循環やグループ全体の脱皮を奨励する文化を持ち続けることが極めて大事だと思います。
――優秀なタレントを獲得する循環をつくるために気を付けられていることは?
曽我 氏 成長しているグループの定着率はやはり高いですね。勢いがなくなっていくとどうしても離職者が増える。WPPやPublicisは厳しいと言われていますが、そうしたところから人が出ていく。一方、我々はマーケットで見ると少なくとも業界全体の中でトップから2番目ぐらいの内部成長する勢いをまだ持っています。勢いを活かしつつ成長し続けることが、定着率を保つカギでしょうか。
――困難なシチュエーションとそれに対する対処法があれば教えてください。
曽我 氏 やはりマルチマーケットに事業を拡大していく案件をシナリオどおりに進めるのは難しいですね。先に申し上げた3つのカテゴリーの中では、「イノベーション」はボラティリティが高く、成功もあれば失敗もあります。新しいことへのチャレンジは大事ですから、合理的なバリュエーションである限りやってみたいと思いますが、大けがをするのは困るので、「やめたほうがいいのでは?」ということもあります。
――そのあたりの判断基準は?
曽我 氏 最終的に事業を計画どおり伸ばしていけるかどうかはフロントの問題です。我々は定期的にモニターして、「失敗した事業を隠さない」ことを徹底する。隠されると学びがなくなります。我々も迷うときはたくさんあります。迷った案件を「やろう」と判断したら、その判断が正しかったか否かを、1年後、2年後、3年後までは見ていきたい。そこでうまくいかなければ、その原因を考える。
そもそもイノベーションという視点で難しかったのか、あるいは事業、M&A、新規顧客獲得の責任者のコミットメントが低かったのか、あるいは業界全体の大きなスピードの変化に、事業そのものが追いつけず時代遅れになってしまったのかを失敗から学ぶ。結果をきちんと追跡していくことが、判断を磨いていくことになると考えています。
――トラックするとき、財務結果に出てこない非財務部分についてはどのようにお考えですか。
曽我 氏 定性的な部分もだいたい数字に反映されますよね。最大の問題は「数字に出ない」ことだと思うので、数字に出てくるかどうかをきちんと見る。当初の事業計画に対して各年の状況をしっかりと把握していくことだと思います。これを地道にやるかどうか。ローカルなマネジメントが協力してくれるかどうか。協力してくれないのであれば、中でネゴしてでも、あるいは上下関係の中ででも、トラックしていかなければなりません。隠してもいいことなんてないのですから。そこをどうできるかは、多くの日本人マネジメントにとっての課題なのかもしれません。
――本日は内容の濃いお話をどうもありがとうございました。
※本インタビューは日本CFO協会のM&A部会の企画にPwC Japanグループが協力し実施しました。
【聞き手】
日本CFO協会
主任研究委員 野島 篤 氏
PwCアドバイザリー合同会社 M&Aトランザクション
パートナー 石崎 豪朗
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
戦略の策定からDealの実行、バリュークリエーションの実現まで、あらゆるステージにおいて、多様な専門性を有するプロフェッショナルが一体となってクライアントの変革の実現に貢献します。
M&Aアドバイザーとして、ソーシングから取引実行まで高い専門性を持ち一貫して支援します。また、クロスボーダーや不動産などの領域においても幅広い経験を有しています。
PwC(PwCアドバイザリー合同会社)の、ディールアドバイザリー(事業再生、コーポレートファイナンス、トランザクションサービス、バリュエーションなどのM&A全般、PPP)が提供するサービスについてご紹介します。