2020年代後半に向けて大胆な改革を

Next in pharma 2025:未来を決めるのは今

  
  • 2025-03-24

はじめに

自社のビジネスモデルが次の10年間持続できるかどうかについて、多くのCEOが疑問を持っています。今こそがゲームチェンジの時であり、今日の経営者の選択が明日の製薬業界における成功ポジションの獲得につながるのです。

本稿では、経営者が将来における製薬企業の価値創出を実現するために考慮すべき、4つの戦略的アプローチと求められる能力(スキルやケイパビリティ)について論じます。

  • 動き続ける価値
  • ビジネスモデルへの投資選択
  • 必要不可欠な4つの能力
  • 今できること

引き続く停滞:製薬業界は価値創出において劣後している

エネルギー、農業、モビリティ、建設といった経済の各分野では、大きな変化が起きています。革新的なテクノロジー、米国の政策や規制アジェンダの変移、そして急速に移り変わる社会の期待が、形成される価値観に影響しているのです。製薬業界もこの破壊的な力から逃れることはできません。2024年、製薬業界の株主へのリターンはまたしても他業界に劣後したままでした。もはや現下の要求に対して「ただ実行あるのみ」というお決まりのフレーズでは通用しないでしょう。

直近のパフォーマンスを分析すると、製薬業界における改革の必要性が改めて浮き彫りになります。PwCでは、製薬業界における総株主リターンのパフォーマンス分析のため、50の製薬会社を対象とする均等ウエイト指数(Equal-weight index)をS&P 500全体の均等ウエイト指数と比較しました(図表1)。その結果、S&P 500全体が2018年から2024年11月までの間に株主にもたらしたリターンが15%以上だったのに対して、製薬インデックスが株主にもたらしたリターンはわずか7.6%にとどまっています。2024年、この傾向はさらに顕著となり、同年11月までのS&Pのリターンが28.7%あったのに対して、製薬インデックスはその半分以下の13.9%でした。

製薬業界では、2018年以降にプラスのリターンに影響を与えた企業の数が他産業に比べて限定的です。いわゆる「Magnificent 7」の企業群がS&P 500の2018年以降の価値増加の40%を占めていますが、製薬業界での偏りはさらに顕著であり、PwCが分析した50の製薬会社の中のわずか2社のみで業界全体の価値成長の約60%を占めていました(図表2a、2b)。成長を牽引するこれらごく少数の際立った企業を除く大半の製薬会社は、2025年を「これまでのダイナミクスをいかに変革するかを考える年」にする必要があります。

マクロやミクロのさまざまな要素が科学的なブレークスルーを急増させ、イノベーションとビジネスを加速させています。これらの破壊的な力と業界が引き続き直面している価値創造の課題の中で、経営者が自社のビジネスモデルの持続性に疑念を持つのは当然とも言えます。

図表2a、2b:製薬・ライフサイエンス業界とS&P 500企業の時価総額

図表1:製薬・ライフサイエンス業界のマーケットパフォーマンス

出所: PwC分析

出所: PwC分析

健康の未来:予防、パーソナライズ、予測、そしてケアの現場へと向かう価値創造

疾病を治療・治癒させることの価値と重要性は不変です。バイオロジーに対する理解の深まりと新たなテクノロジーの発展に伴い、健康リスクの特定、治療のパーソナライズ化、ケアの提供といったさまざまな場面において、大きな期待を抱かせる新しい可能性が次々に生まれています。例えば、肥満のようなかつては治療困難だった分野においても画期的な薬剤が開発され進展を遂げており、またアルツハイマーのような疾患領域に関しても、新薬が登場し患者に希望をもたらしています。ただしこれら画期的な薬剤の誕生は、一方で引き続く医療費負担に関する課題や不平等な治療結果の要因ともなっており、現行の医療システムのアプローチそのものの転換を迫る可能性もあるでしょう。

健康エコシステム全体を俯瞰すると、次のような方向で新たな価値が創造されています。すなわち、健康を低下させる要因への対処に注力する「予防」、遺伝情報や行動様式などのデータに基づきカスタマイズされた治療を行う「パーソナライズ(個別化)」、よりよい治療結果や健康維持のために健康状態を積極的に分析し早期介入を図る「予測」、そして、アクセスと利便性を向上させる「ポイント・オブ・ケア(ケアの現場)」です。

時代に応える:2025年以降に重要となる5つの変革的なトレンド

製薬業界の未来を形作る重要なトレンドについて識者の見解はおおむね一致しており、健康エコシステムが広範に変化し続ける中では、現在進行形の次の5つの動向が際立っています。

  • AIの指数関数的な影響増加:仕事の進め方や意思決定のあり方が大きく変わります。その結果、精度の高い予測や行動の迅速化、より大きな成果を生み出すことにつながるでしょう。AIは未来の組織を支える力となり得ます。
  • 人体のバイオロジーに関する知識の急速な進歩:データとコンピュータ解析により、人体に対する理解がさらに深まります。健康リスク要因の特定が進み、新たな治療方法が解明され、画期的な医療や治療薬の発見を促進するでしょう。
  • 薬価引き下げを求める継続的な圧力:世界中で、もちろん現在プレミアム価格が付けられている米国市場を含めて、薬価を引き下げるための取り組みの強化が進みます。薬価引き下げの圧力には、インフレ抑制法(Inflation Reduction Act:IRA)のような政府の直接介入もあれば、市場競争の中での戦略的な薬価引き下げもありますが、背景には、薬剤や治療法の選択肢の増加という事実があります。
  • 患者中心主義と患者のエンパワーメント:多くの人々(患者)にとって健康は最優先事項ですが、それは、健康が人の経済状況や生活の質に大きな影響を与えるものだからです。人々は近い将来、遺伝歴やウェアラブルデバイスからのバイオマーカーのデータ、ChatGPTのようなツールを用いて、より良い意思決定ができるようになるでしょう。そして、意思決定における患者自身の役割とともに、価値に対する患者の期待もますます高まるでしょう。
  • 常態化する危機の受け入れ:サイバー攻撃、地政学的な不安、自然災害、社会の分断や格差などにより、世界は新たな不安定の時代を迎えており、この状態は継続すると考えられます。

これらのトレンドは、米国に誕生した新しい政権によって作られる、2025年の政策変化の中で生じていきます。米国市場の規模と収益性の大きさを鑑み、製薬企業の戦略プランナーはトランプ新政権の政策を分析し、健康・医療政策、関税、税制、M&A動向を注視しつつ、自社の変革を加速させることが有益となります。

製薬市場を変化させる5つのトレンド

上記の5つのトレンドは、世界中で発生するであろう政策および規制の変化とともに、製薬市場に根本的な変化をもたらすでしょう。革新的な製薬会社のリーダーは、今後のマーケットに次のような要素が含まれることを想定しています。

  • サイエンスを実用化する競争:医薬品や競争相手の増加、そして度重なる標準治療やニーズの変化を考えると、スピードこそが重要となるでしょう。これは患者にとっては良いニュースですが、製薬業界では迅速な実行力を持つ企業と、ペースについていけずに脱落する企業との格差がさらに広まることになるでしょう。
  • 旧来の製薬ビジネスモデルの停滞:製薬会社による価格決定力は、薬価交渉などの政府の直接介入や、治療選択肢の増加を盾に買い手側がさらなる値引きを要求することによって低下します。またパーソナライゼーション(個別化)や精密医療(Precision Medicine)の進展は、マーケットである対象患者の規模がますます小さくなることを意味しています。
  • 患者中心主義から新たに創出される価値:人々の健康とウェルネスに関連する支出と需要は増加していくと予想されます。この傾向は医療消費者の種類によって異なることから、これまで以上にセグメンテーションが重要になりますが、発生する健康格差・医療格差への対応も課題となるでしょう。
  • 差別化要因としてのアジリティ:脅威と闘い、状況の変化に目を配りつつ迅速に行動することや、危機的状況から回復することがより重要となります。すなわち、切り抜け、方向転換し、立ち直ることができる者が優位に立つことになるでしょう。

製薬会社の戦略がこれらの困難なトレンドを乗り越えられるかどうか、すでにマーケット(資本市場)からは疑問を投げかけられています。これは、PwCによる分析結果で製薬業界の指標において企業価値対EBITDA(EV/EBITDA倍率)の中央値が2018年以降に低下している(13.6倍から11.5倍へ)ことからも分かります。このような製薬業界の将来に対する見通しの低下は、S&P 500全体の指数がマルチプルエクスパンションである状況で発生しており、投資家は多くの製薬ビジネスモデルが限界に達していると見なしていることが示唆されます。

投資戦略決断の時

ビジネスモデルを変える4つの選択肢

薬価の引き下げ圧力、継続的なコスト増、企業間競争の激化に直面する中、変化が求められていることに疑いはありません。例外はあるにせよ、2025年は多くの製薬会社にとって、価値創造モデルを真剣に見直す年になるはずです。PwCは、製薬会社が経済的利益を獲得するために、いずれの企業にどのように投資すべきかについて再構築するうえで有用と思われる4つの選択肢を示しています。製薬各社は、将来に向け自社のビジネスモデルを強化・再構築するのに、これらのうちのどれが有効か、また各モデルから何を得られるのかを検討することが望まれます。

図表3:価値創造のための新たな投資戦略

1.「R&Dの変革者」型モデル

ほぼ全ての製薬会社が取り組むであろうR&Dの生産性向上に対し、このモデルの企業は、ディスカバリーから臨床開発に至る創薬の方法を根本的に変える可能性があります。このモデルでは、製薬会社は新しい才能と人材を取り込み、AIやその他の新しい技術を活用して、バイオロジーに基づく新規の分子や化合物を予後改善につながる治療法として確立させるプラットフォーム作成のために、必要な投資を行います。また、デジタルエージェントを活用して作業を大幅に削減し、精度を高め、薬の開発プロセス全体のタイムラインを短縮することも目標とします。さらにベンチャーキャピタルのような厳格なポートフォリオ管理を取り入れ、R&Dの資金が患者と投資家の双方にとって価値を生み出す製品に集中していることを確認します。その結果、新薬を市場に投入するコストとタイムラインが大きく変革し、充足されていない医療ニーズ(Unmet medical need)を満たす可能性を広げることができます。このようにR&D変革の投資を行う企業は、自社とその投資家のために、根本的に新しい展望を形作ることができるでしょう。

未来に共通する4つの必須能力

上記の戦略モデルに対しては、いずれか1つに長期的な投資を行うことを決定する、または複数のモデルを同時に追求する、あるいはいずれも採用しないなど、さまざまなケースが想定されます。その決定は、各企業それぞれの現状、将来への独自の見解、そして差別化された強みがどこにあるのかなどによって左右されるものです。ただしどのような選択をするにせよ、PwCは、いずれのシナリオやモデルにおいても考慮されるべき4つの重要な能力があると考えています。

1.次世代型のポートフォリオ管理能力

今日、各社のパイプラインは同じことについてあまりに多くを追い求めすぎており、将来のマーケットの現実が見えていない可能性があります。競争の激化が予想されることを踏まえると、ポートフォリオ管理は、ホワイトスペース(未開拓領域)に方向転換することへの価値を再評価するべきです。そのために業界をリードするようなデータとデータ分析の手法を取り入れ、投資家の視点でのステージゲートの決定やポートフォリオ価値のシミュレーションを行う必要があります。

注目すべき「ワイルドカード」

製薬企業の経営陣や戦略プランナーには2025年、考慮すべきいくつかのワイルドカード(予測不能な要素)があります。これらは大規模な混乱を引き起こす可能性があるものの、発生する確率や影響の大きさについては現在のところ不確定です。ですが、いずれも戦略的計画プロセスを進める中で真剣に理解し、追跡し、分析する必要があるものです。

  • GLP-1のインパクト
    PwCの調査によるとGLP-1は消費者の行動に大きな影響を与えており、それらの影響は食品、飲料、フィットネスといったカテゴリーにまで及んでいます。GLP-1が他の疾患領域にも変革をもたらすことで、現在使われている薬剤のいくつかを無意味にしてしまう可能性はあるでしょうか。また、どのようなマーケットイベント(例えば、画期的な経口減量薬が承認されること)であれば、このGLP-1に関連するリスクの再評価を促す可能性があるでしょうか。
  • 中国の地政学リスク
    米国と中国の外交関係は、とりわけ新たな米国大統領の下では、どのように展開するでしょうか。マーケットとしての中国、もしくはサプライチェーンの一部である中国に対する製薬企業の捉え方には、どのように影響するでしょうか。
  • 米国における医療制度改革の変化
    新たな米国政府は、製薬サプライチェーンの側(いわゆる「Middlemen(ミドルマン)=仲介業者」)側を改革するでしょうか、医師側のインセンティブを改革するでしょうか、あるいは両方を、でしょうか。
  • 低~中所得国の優先順位づけ
    米国や西側諸国での薬価が引き下げられているとはいえ、それは販売量を確保するために低・中所得国への投資と注力の優先順位を引き上げなければならないほどの緊急事態なのでしょうか。

2025年のアジェンダ:今、製薬業界の経営者ができることは?

今こそ、2025年とそれ以降の成功に向けて組織を再定義する時です。次に挙げる4つのアクションは、製薬業界のリーダーとそのチームが変革を加速するのに役立つでしょう。

  1. 未来への見通しを体系化し、事業モデルをストレステストにかける。市場の動向の影響をアップデートするとともに定量化し、現計画を投資家の視点で分析して将来の競争優位性にアラインし、上振れ・下振れの要因を推し量ること
  2. 将来の事業モデルの方向性を設定する。ポートフォリオのために戦略的な投資を分析し、どこに賭けるかについて合意を得て、新しいビジネスの拡大計画を含む改革ロードマップを作成すること
  3. 新しい能力の構築を加速する。必要となる新しい能力の見立てとその投資計画を調整し、ケイパビリティを最新化するプログラムをスタートさせ、(人材、プロセス、テクノロジーについて)設計と構築を実行すること
  4. 変化への準備とアジリティを強化する。新しい環境で強化すべき行動様式を特定し、コミュニケーションと従業員のエンゲージメントを強化、KPIとピボットポイントを設定すること

今こそチャレンジで成功をつかむ

漸進的な変化の時代は過去のものとなりました。製薬業界は、患者には革新的な医薬品を提供し続けているものの、投資家に対するパフォーマンスは低いままだと言えます。製薬会社には新しいアプローチが求められています。すでに2020年代の終わりが見え始めています。2030年のリーダーたちは成功に向けて大胆な行動をとるはずです。

ケイパビリティを構築するための取り組みを加速し、新たな戦略的投資を行い、業界の不確実要素に備えることができれば、製薬会社は2025年以降も生き残り、繁栄することができるはずです。未来には大胆なリーダーシップ、戦略的な先見性、そして変革へのコミットメントが不可欠です。次時代の医療イノベーションは、これらの課題に立ち向かうことによって初めてもたらされるでしょう。

※本コンテンツは、PwC米国が2025年に公開した「Next in pharma 2025: The future is now」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

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主要メンバー

堀井 俊介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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佐久間 仁朗

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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宮崎 勝年

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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