LIBOR移行対応アップデート―ハイライト(2022年3月1日~3月31日)

今号では米国におけるLIBOR法案の可決と、米国フェデラルファンド(FF)金利の引き上げによるSOFRレートの動き、ISDAのイベントにて業界関係者より発信された米ドルLIBORの公表停止に向けた対応などにかかるコメントを取り上げます。

1.米国LIBOR法(The LIBOR Act)

バイデン米大統領は、より広範なオムニバス形式の歳出パッケージの一部として議会で可決された「調整可能金利(LIBOR)法(The Adjustable Interest Rate Act)」に署名しました。この法律は、ニューヨーク州、フロリダ州、アラバマ州で制定された州レベルの法案をモデルとしており、米ドルLIBORの恒久的公表停止に対応する適切な規定を持たない米ドルLIBORベースのレガシー契約のLIBOR移行を推進するものです。米ドルLIBORの恒久的公表停止(2023年6月30日以降と発表済み)に伴い、1カ月、3カ月、6カ月、12カ月のテナーの米ドルLIBORは、これらに代わる推奨金利指標であるスプレッド調整後担保付翌日物調達金利(SOFR)に基づく金利指標に置き換えられることになります。また、この法律では、発行者(issuer)または代理人(agent)に代替金利指標を選択する裁量を与える契約において、SOFRベースの金利指標の選択に関するセーフハーバーが規定されています。

代替参照金利委員会(ARRC)はこの法案の可決を歓迎する声明を発表しています銀行政策研究所(The Bank Policy Institute)ストラクチャードファイナンス協会(Structured Finance Association)証券業金融市場協会(Securities Industry and Financial Markets Association)も同様の声明を発表しました。これらの団体は、以前より、容易に修正できない契約、いわゆる「タフレガシー」契約に対する立法的解決策を支持するとしていました。LIBORの恒久的公表停止に対処する契約条項がない契約は、法的不確実性や訴訟リスクをもたらす可能性があります。当該法案の原案者であるBrad Sherman氏(民主党、カリフォルニア州)は、「この法案が構造的な橋渡し役となり、(LIBOR移行に関する)不確実性を取り除き、システマティックな負の影響による市場の混乱を軽減する」と述べています

この法律は、米国連邦準備制度理事会(FRB)に対し、法律制定後180日以内にSOFRベースの代替金利指標と商慣行(コンベンション)を指定する規制を導入するよう要求するほか、現在施行されているさまざまな州の法案に優先します。連邦法案は、州レベルで制定されたものとほぼ同じ仕組みを採用しているものの、若干の違いがあります。この法律では、1939年信託法(the Trust Indenture Act of 1939)も改正し、信託証書(indenture securities)の参照金利が変更された場合の影響を明確にしています。また同様に、1965年高等教育法(the Higher Education Act of 1965)も改正しており、連邦家族教育ローン制度(the Federal Family Education Loan Program)に基づいて、学生ローンの貸し手に支払われる米ドルLIBORベースの特別補助(special allowance payments)に対応しています。

PwCの見解

タフレガシー契約に対処する連邦法の可決は、LIBOR移行における大きなマイルストーンです。過去数年にわたり、あらゆる資産クラスでLIBORの恒久的公表停止に対処する取り組みが行われてきました。2021年に導入された国際スワップデリバティブ協会(ISDA)のIBORフォールバックプロトコルは、大半のLIBOR参照のデリバティブの移行経路の基礎となっています。LIBOR参照のローン契約への改良したフォールバック条項の取り込み、多くの消費者向け商品の移行を促すためのレギュレーションZの改正、変動金利住宅ローンのLIBORからSOFRへの移行は、幅広いローン商品に対し確実性をもたらしています。また、既存のLIBOR参照契約に関する可能な限りの再交渉の継続や、新規商品を発行する際の米ドルLIBORから代替金利指標への移行により、全体的なLIBORエクスポージャーは減少しています。最終的に、立法的解決策は既存のエクスポージャーのごく一部にしか適用されないかもしれませんが、米ドルLIBORの広範な利用を踏まえると、数兆米ドル相当の契約になる可能性があります(絶対額としては依然として巨額)。

多くの金融機関が移行により顕在化する経済的影響をコントロールしたいと望むことを踏まえると、市場参加者は、LIBOR法の制定をきっかけに、LIBORの恒久的公表停止前にエクスポージャーの積極的な改善を行う努力を止めるべきではありません。法律が整備されれば、代替金利指標に関して確実な情報が得られるほか、適用されるスプレッド調整を当事者間の交渉の出発点とすることができるため、こうした取り組みが実際に加速する可能性があります。

また、LIBOR環境下で事業を継続する場合には、追加的なコストが発生します。規制当局のガイダンスにより、新規契約における米ドルLIBORの使用は事実上禁止されており、LIBOR商品の新規取引は既存ポジションのリスク管理などに限定されています。流動性が代替金利指標(SOFRなど)へと移行する中で、LIBOR参照ローンに対するヘッジコストはますます高くなることが予想されます。大きなLIBORエクスポージャーを持つ市場参加者は、多数の契約を同時に移行する手段として、フォールバックと立法的解決策のどちらを使用するのか慎重に検討する必要があります。英ポンド、日本円、ユーロ、スイスフランのLIBORテナーは、2021年末に恒久的公表停止または代表性を喪失したため、多くの市場参加者は年末より後に到来したリセット日にレガシー契約を代替金利指標に移行する業務を手作業によって実行しなければなりませんでした。米ドルLIBORのエクスポージャーの大きさは桁違いであり、作業の大半を手動プロセスに依存することは、以前よりも大きなオペレーショナルリスクを伴うと考えられます。

金融機関は、対象となる契約を明確に把握しておく必要があります。金融取引における米ドルLIBORの広範な利用を踏まえると、米国のLIBOR法が適用されない可能性のある契約や証券のLIBORエクスポージャーはまだ存在するはずであり、これらは立法的解決策以外の代替的な解決策が必要となる可能性があります。今後、州議会が、参照金利の変更によって影響を受ける契約に関し、州独自の税制に対する影響への対応を検討する可能性もあり、金融機関は、州レベルの法律について引き続き注視する必要があるでしょう。

2.米国金利の上昇

FRBがフェデラルファンド(FF)金利の目標レンジを引き上げたことは、ここ数年続いた低金利環境からの緩やかな脱却を示唆しています。以下のグラフは、3月のSOFRと米ドルLIBORの動きを捉えたものですが、FRBの発表前後に金利が徐々に上昇していることを示しています。金利は実際の発表日のものを示しており、3月15日の30日間SOFR平均は、過去30日間の日次SOFRレートに基づいています。

出展:FRB NY、CME、MarketWatch(2022年4月1日に閲覧)

PwCの見解

それぞれの金利が何を表しているかを踏まえれば、全てが期待通りの動きと言ってよいでしょう。SOFR自体は、翌日物金利であるため、市場が資金調達コストの変化を織り込めば、すぐに反応します。SOFRの後決め平均金利も時間とともに反応し、3月15日のFRB発表後の数日間の利上げを徐々に反映するでしょう。

これに対し,LIBORとターム物SOFRはともにフォワードルッキングな金利であり、金利上昇を同時に予期していたと思われます。LIBORがやや顕著に上昇したのは、そのタームクレジットに関する構成要素に起因するものです。また、ターム物SOFRの上昇幅は、翌日物金利の複利平均を反映しているため、LIBORに比べてややマイルドな動きとなっています。

いつの時代も、市場の変化に対して個々の金利が反応するタイミングには本質的な違いがあります。資産負債管理(ALM)では、昔から、このようなタイミングの違いやバランスシートにもたらす影響を考慮する必要がありました。例えば、LIBOR参照ローンは、かなりのリードタイムを伴って金利変化を予測する傾向にありますが、FF金利に基づいてプライシングされた預金は、目標金利(target rate)が実際に変更されてから即座に変動します。プレイヤーの名前は変わっても、ゲームの内容は変わらないのです。

3.ISDA金利指標戦略フォーラム(Benchmark Strategies Forum)

ISDA主催の金利指標戦略フォーラムの冒頭で、最高責任者であるScott O’Malia氏は、市場参加者に対し「まだ終わっていない」と注意を促しました。またLIBOR移行が、2023年まで公表が継続される米ドルLIBORテナーだけでなく、他のIBORにも拡大する可能性があることを強調しました。スピーチに続いて行われたパネルディスカッションでは、主に米ドルLIBORからの継続的な移行に焦点を当てながら、残された課題についてのディスカッションが行われました。

ISDAはTwitterアカウントで、本イベントの様子を伝えています。以下ではその投稿の一部を紹介します。

「米ドルLIBORが公表停止した後も、この取り組みが止まることはありません。今後、他のIBORも公表を停止していく可能性があり、業界全体で注視していかなければなりません」

Scott O’malia氏

「企業は、2023年6月末の米ドルLIBORの公表停止に向けて、運用上の準備をしておく必要があります。公表停止日以前にLIBORエクスポージャーを積極的に移行すること(事前移行)は有用と言えます」

Nate Wuerffel氏

「最近の連邦法(LIBOR法)の制定は、LIBOR移行における法律・運用上のリスク、市場の混乱が生じるリスクを最小化するものです。約10兆米ドルのタフレガシー契約が存在しており、これは無視できない金額です」

Nate Wuerffel氏

「既存ポジションの流動化とヘッジ目的のための米ドルLIBOR市場は依然として存在しており、米ドルLIBORとSOFRは一定期間共存することになるでしょう。これら2つの商品の挙動は異なり、流動性も変化していくと考えられます」

Jack Hattem氏

「米ドルLIBORベースのレガシー契約ポートフォリオの早期の移行は複雑性を回避するという意味で賢明と言えます。顧客の取り組みとその機運は継続していますが、この流れが止まることないようアクセルを踏み続けなければなりません」

Alice Wang氏

「米ドルLIBORの流動性や流動性の減少とともに高まるボラティリティが問題になるでしょう。LIBOR移行が遅れるほど、状況は悪化し、移行はよりコスト高で困難なものになるでしょう」

Alice Wang氏

「2021年の最後の数カ月間では、若干調整不足なフォールバック条項の適用を待たずに、LIBORから積極的に事前移行する様子が見られました」

Chris Dickens氏

「市場では信用感応度の高い金利指標を使用する余地が覗えますが、私たちの意見はこれが必要不可欠なものではないという国際的な動向と完全に一致しており、リスク・フリー・レートに移行するべきであると考えます」

Tilman Luder氏

※本コンテンツは、PwCが2022年3月に発刊した「LIBOR Transition Market update: March 1-31, 2022」の一部を抜粋し翻訳したものです。

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