「ESG」と「報酬」に関するグローバル経営者・投資家の意識調査

全ての人に利益をもたらす報酬慣行

ESGに連動した報酬体系はすでに一般的

「企業が持続可能な価値を創造するには、ESGを考慮した企業戦略の策定が必要である」という考え方が常識となっています。賃金に関しても、「国内外の人材の報酬戦略にESGを組み込むべきか」あるいは「組み込むにはどうしたらよいか」という問いが焦点となりつつあります。

世論でたびたび取り上げられるのが、上場企業の役員報酬と、ステークホルダーの利益にも配慮しつつ株主利益を実現することに対するCEOの説明責任です。しかし、多くの企業にとってもっと関心があるのは、「ESG要素を意識的に取り入れた事業戦略によりいっそう注力していくために、全従業員に対する報酬戦略をいかに活用すべきか」という問題です。

経営幹部、一般管理職、および全従業員に共通するテーマもいくつかある一方で、重要な違いもあります。私たちは、主要なテーマを洗い出すため、ロンドン・ビジネス・スクールの協力を得て、投資家と経営幹部を対象に、報酬とESGを連動させることへの期待と経験について世界規模の調査を実施し、最新情報を収集しました。また、グローバル企業においてこうした連動化を担当している人事担当責任者および取締役会メンバーへのインタビューも行いました。

報酬戦略にESGを取り入れる動きは加速しています。本報告書は、調査の結果と、ESGの統合を円滑に行うための提言について、その概要をまとめたものです。

投資家も経営幹部も「報酬とESGの連動化」を支持

ただし、報酬とESGの連動化について、経営幹部は投資家よりも慎重な姿勢を見せています。非常に深刻なESG問題に直面している企業は少数であり、「報酬とESGを連動させる必要があるのは、そうした企業だけである」と考えている経営幹部は3分の1を超えます。おそらくこれは、投資家よりも経営幹部のほうが、発生する恐れのあるリスクや障害をより強く認識しやすいためだと思われます。さらに、今回のインタビューで強く打ち出されたのが、「報酬は行動と戦略との整合性を示す1つの要素にしか過ぎない」という論旨でした。

また、インタビューを受けた人事担当者からは、報酬とESGの連動について、報酬に関する一時的な「流行」がまた1つ発生しただけなのではないか、と懸念する声も聞かれました。

しかし、連動化の勢いが衰えていないことは間違いありません。英国の大企業では、報酬にESG目標を導入している事業体の割合が、わずか2年前の45%から現在は86%へと増加しています。

PwC「全ての人に利益をもたらす報酬慣行 2022年版」

「まずはESGが自社にとって実際にどんな意味があるのかを定義することから始めなければなりません。当社では、1つか2つの個別の指標に焦点を当てるのではなく、より持続可能な事業分野の成長を加速する、報酬に組み込まれた目標を通じて、ESGアジェンダを最大限に追求すると決定しました」

生活必需品企業、グループ報酬責任者

出典:PwC「全ての人に利益をもたらす報酬慣行 2022年版」

出典:PwC「全ての人に利益をもたらす報酬慣行 2022年版」

ESGと報酬を連動させる理由について、投資家と経営幹部の意見は概ね一致

報酬に組み込まれたESG目標は、長期的な価値創造への足がかりであると見なされています。経営幹部(78%)や投資家(86%)の大半が、企業戦略においてESGを重視することは、株主価値の向上につながると考えています。

ESG目標を報酬に取り入れると、組織がその目標を重要視していることを、社内では従業員に、社外では会社のステークホルダーに示すことになります。ESG目標を組み込んだ報酬体系を望む理由として、投資家の86%が、「言葉で言うだけでなく行動で示す」べきだと思うから、と回答しています。

経営幹部は、ESG上の優先課題の設定において、投資家(そして、その結果としてアセットオーナー)が重要な役割を果たしている点を強調しました。これは、上場企業だけでなく、非公開企業にも当てはまることは間違いありません。企業は、単に株主価値の実現を理由とするよりも、投資家価値の実現を理由としたほうが、ESG上の優先課題をより広い範囲にわたって追求できる場合もあります。

ESGの優先順位については見解に隔たり

経営幹部は、報酬体系に組みこむべき最も重要なESG目標は、事業戦略と価値創造プロセスに最も直接的な関連性のあるもの、特に従業員満足度(56%)や安全衛生(56%)などの社内的な分野に関するもの、と捉えています。ダイバーシティ(41%)、脱炭素化(35%)、あるいはその他の環境目標(36%)も重要ですが、その度合いは低くなっています。

投資家がより重要視しているのは、気候変動(72%)やその他の環境上の優先事項(62%)など、顕著で市場全体にわたる、いわゆる「システミックな」要因です。

報酬とESGを連動させようとするとき、今の状況においてESGが何を意味するのか、またはESGをどのように採用するのかについて、関係者全員の同意が得られるとは限りません。そのため、企業とその投資家は慎重に対話を進める必要があります。

しかし、投資家はESGに対して、最も世間の注目を集めている問題を基準に、万能薬的なアプローチを選んでいるのではないかという懸念もあります。こうしたアプローチは、個々の事業の優先課題と切り離される可能性があります。

対照的に、今回インタビューした経営幹部は、特定のESG上の優先課題が、会社の具体的な戦略となぜ・どのように連動しているのかを含め、ESGに関する説得力のあるストーリーを展開することに焦点を絞ったアプローチの採用が不可欠であると考えています。

出典:PwC「全ての人に利益をもたらす報酬慣行 2022年版」

「従業員への報酬が、会社の目的に合致した方法で支払われることが重要です。また、会社の文化に合った、正しい考え方を持つ人材を採用する必要があります」

食品原料サプライヤー、最高事業開発責任者

「報酬」は全体像の一部に過ぎず、「文化」こそがカギ

経営幹部は、報酬が組織改革の実現における最も重要な部分であると考えているわけではありません。このことが、大半の企業でESGを報酬に連動させることが重要だとする回答者の割合が、投資家で68%、経営幹部で55%と、経営幹部のほうが低かった理由だと思われます。彼らは、むしろESGへの配慮と意思決定が一体化するような文化の育成が最も重要なタスクであると考えています。

インタビューの参加者は、「ESG戦略を策定する際に重要なのはエンゲージメントであり、従業員がその戦略に対する当事者意識、連帯感、および影響力を感じることが大切だ」と強調しました。

戦略の実現に向けて適切な行動を取れるようにするには、従業員にも権限を委譲する必要があります。目標や目的を設定する際に、こうしたエンゲージメントを確保することは、優れた慣行であると言えます。しかし、人材のエンゲージメントと定着自体がESG戦略を導入する主な目的であることも少なくないことから、ESG戦略の策定時には特に重要です。

「自分の行動が自社の成功にいかに貢献しているか」を従業員に理解してもらうには、この当事者意識をコミュニケーションによって支える必要があります。幸い、経営幹部の81%は、「自社が直面しているESG課題を十分に理解している」と考えています。

「それを当社の文化とDNAに行き渡らせることのほうが、インセンティブに組み込むよりもはるかに重要です」

ワイン醸造業、報酬委員会委員長

「最大のイネーブラーは企業文化だと考えています。同時にそれは、最も変革が困難なものでもあります」

金融サービス業、最高人事責任者

成功のための5つの推奨事項

ESG目標と報酬の連動化はしばらく続くでしょう。その勢いは止まるところを知らないように見えます。早いうちからこの連動化を実施した企業も、いまだに道を模索中ですが、より広範な文化にもたらす変化という面から見ると、報酬に組み込まれたESG目標は、有用な管理ツールであると考える企業が、今では大半を占めるようになっています。しかし、それは同時に、管理すべきリスクや予期せぬ結果を引き起こすことにもつながります。

以下は、こうした問題に対処する際の5つの主な推奨事項です。

従業員およびその他のステークホルダーは、ESG目標が自社の戦略や優先課題とどのような関連性があるかを理解する必要があります。この関連性が見えないと、目標は信頼性を欠くことになるでしょう。

ESG戦略を支える、持続可能な行動を推進するのは、報酬ではなく文化です。報酬は、文化を推進する唯一の力ではなく、文化を実現するイネーブラーであると見なさなければなりません。

ESG戦略の策定に従業員を関与させることにより、目標に対する当事者意識を高めることができます。従業員は、自分がいかにESG目標に影響を与えることができるかを理解する必要があり、そのために必要なツールと自由を与えられなければなりません。

ESGを報酬に取り入れるには、少なくとも人事とサステナビリティ部門との緊密な連携が必要です。また、両方に新たなケイパビリティが必要になる場合もあります。サステナビリティ委員会から報酬プロセスへの適切な情報提供を可能にするため、目標の設定と達成度の測定におけるガバナンスの監視を進化させる必要があるかもしれません。

優れたESG実績の達成は、価値を創出できないことの口実にはなりません。卓越した企業は、ESG実績と自社の長期的な財務業績との両立を実現していますが、報酬プランにもそれを反映させる必要があります。

本報告書について

2021年12月、PwCは、632社の経営者、投資家、および人事担当役員を対象とした世界規模の調査を依頼しました。同調査には、9つの国や地域と28の業界にわたり、上場企業、家族経営企業、プライベートエクイティ出資企業、パートナーシップ、およびオーナー経営企業の経営者から回答が寄せられました。

※本コンテンツは、Paying for good for allを翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

主要メンバー

磯貝 友紀

パートナー, PwCサステナビリティ合同会社

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安田 裕規

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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屋敷 信彦

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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