~第二次量子革命が引き寄せた新たなガバナンス構築の波~

インパクトを追求する社会を支える「責任ある研究とイノベーション」

 
  • 2024-11-08

世界的な感染症パンデミックにより変化を迫られた日常生活は、デジタル技術の急速な普及により新たな利便性様式を獲得しました。新興技術(エマージングテクノロジー)は今後、「経済的価値の追求」と、国際的な経済社会の課題を解決しつつ人々がデザインする望ましい未来を実現する「社会的価値の創出」の両立を可能にする重要な要素としてその進歩を加速させると予想されます。

量子技術は未来社会のゲームチェンジャーとして注目され、世界的に公的な政策的投資が増加している新興技術の1つです。量子コンピュータの実装によりこれまで扱うことのできなかった膨大な量のデータを解析することが可能になると期待されています。また量子センシング技術は、高感度で小型の医療機器開発や高精度な環境計測を実現すると予想されています。一方で、量子コンピュータは現在最も堅牢とされる暗号の解読を可能にします。また、多くの量子技術は軍事的な二次利用が可能とされるなど、社会への負の影響も指摘されています。さらに、量子技術の研究開発はインフラに依存せざるを得ず、かつ研究・開発費が高騰するという特徴があり、テクノロジーへのアクセスの可否が企業、国、地域の間で無視できない経済格差を生むであろうと予想されています。加えて量子技術の知的財産に係る国際競争は既に地政学的な国家間の力学バランスを刺激しています。

第二次量子革命*1が経済・社会にもたらす正・負の影響はともに、これまでの科学技術よりも大きなものです。量子特有の物理的性質故に原理が複雑で直観的には理解し難いため、私たちの多くは量子技術のもたらす成果のみをインパクトとして受け入れることになるでしょう。したがって、量子技術によるインパクトの創出に係る研究者や企業などの関係者は、研究開発が萌芽的な段階から、技術革新の実行のあり方や意図しない影響が生じた際の対処法について、意思決定を慎重かつ透明な形で進めていく必要があるのです。そして今、欧州を中心に、競争原理を働かせつつも、説明性や透明性を担保し、地域や社会、地球環境を考慮した新しいイノベーション・プロセス・ガバナンスの必要性に関する議論が活発化しています。

本稿では、量子技術開発への公的な政策的投資の拡大により注目されている「責任ある研究とイノベーション(RRI)」という考え方についてその重要性を紹介するとともに、国際的なイノベーションガバナンスの変革に適応していくために政府機関、アカデミア機関、民間企業、およびエンドユーザーが実践すべき行動について「量子技術分野」を例に解きます。

*1「第一次量子革命」とは、20世紀前半に量子力学が確立され、物理学の基礎が大きく変わったことを指します。この革命により、トランジスタやレーザーの開発が可能となり、それが後のコンピュータ、電気通信、衛星ナビゲーション、スマートフォンなどの技術の基盤となりました。「第二次量子革命」は、現在進行中の技術革新であり、原子、光子、電子などの単一量子オブジェクトを直接検出・操作する技術を指します。これにより、量子センシング、安全な量子通信、量子コンピューティング、量子シミュレーションなど、実際のアプリケーションで量子システムを応用できるレベルにまで技術が発展しています。

(目次)

はじめに

第1章 倫理的・法的・社会的課題(ELSI)と責任ある研究とイノベーション(RRI)

科学技術政策への倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の導入
責任ある研究とイノベーション(RRI)の登場

第2章 量子技術を例としたRRIの実践

STEP1:量子技術に関するELSIの発見
STEP2:量子技術に関するELSIへの対処

第3章 RRIガバナンスを実践するための政府・アカデミア・産業界の役割

日本の量子技術政策
提案1:規制のありかた
提案2:ELSI/RRI人材育成
提案3:パブリックエンゲージメント

おわりに

インパクトを追求する社会を支える「責任ある研究とイノベーション」 ~第二次量子革命が引き寄せた新たなガバナンス構築の波~

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主要メンバー

大橋 歩

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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一山 正行

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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藤根 和穂

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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