日本企業の宇宙ビジネスの可能性―第1回―

要約

宇宙ビジネス市場の成長性を見込み、これまで宇宙に直接関わりがなかったさまざまな異業種企業が新規参入を表明している一方、未成熟で不確定要素の高い宇宙ビジネスへの参入には依然多くの課題があります。

第1回では、異業種から新規参入を目指す企業(=Nebulas企業)が直面している主な課題である、①市場理解・法規制への対応、②リソースや知財に関する課題、③ユースケースの創出の3点に焦点を当て、成功するためのキーファクターを論じていきます。

1. これまで宇宙への関わりが薄かった「Nebulas企業」の台頭・進出

序論で述べたとおり、昨今の宇宙ビジネスは、従来の官需中心による大手重工業系・製造業系企業によるロケットや衛星の製造・開発に加え、衛星データの利活用や宇宙エンターテインメントといった新たな事業領域でのビジネス展開が進みつつあります。

日本国内でもこの新たな領域を含めた宇宙ビジネスにおいて、スタートアップ企業だけでなく、これまでおよそ宇宙とは関わりのなかった業界の大手企業による参入が多数見受けられます。

なぜ、これまで宇宙ビジネスとは関わりがなかった大手企業が今、宇宙ビジネスに参入しようとしているのでしょうか。

その1つは、序論でも述べた「宇宙ビジネス全体の市場規模が拡大する見込み」が挙げられます。今後10年、20年の間に市場規模は大きく成長すると見込まれており、市場として有望であると考えられています。

また、特に国内においては市場、業界としては未成熟であると考えられ、現時点ではプレーヤーも限られているため、早期参入することで将来的に先行者利益として大きなリターンにつながることを見越している企業もあるでしょう。

例えば、直近の2~3年ではなく、10年、20年先の人類が本格的な宇宙進出を始めた世界を想定し、その世界で有用となり得る製品やサービスを構想し始めている企業も出てきています。

近年では、不確実性が増した環境に対応するために、多くの国内大手企業の間で新規事業創出やオープンイノベーションなど、従来のサービス・プロダクトの枠を超えた新たな活路の検討が増えていますが、そのテーマの1つとして宇宙ビジネスが大きく注目され始めています。

大手企業における新規事業創出の社内コンテストにて宇宙ビジネスに関する事業案が提案されたことを契機に、事業化に向けた取り組みの検討を始めている企業や、社内起業制度などで出たアイデアがきっかけとなり、実際に海外の宇宙ビジネス企業の買収などを行い、事業化までつなげた企業もあります。

さらに「宇宙」という、新しく、夢があり消費者の目を引く事業を手掛けることで、企業のイメージアッププロモーションを狙うといった企業戦略に取り組む企業も存在するでしょう。
 
いずれも、市場の大きな成長性を念頭に置いた「未来への先行投資」が大前提にあり、さまざまな企業が宇宙分野でのチャンスを先んじてつかもうと宇宙ビジネスへの参入を表明していると言えます。

しかし、市場が未成熟かつ不確定要素の多い領域であることから、これまで宇宙ビジネスに関わってこなかった、ナレッジやノウハウの蓄積がない企業が宇宙ビジネスでプレゼンスを発揮することは、非常に難易度が高いチャレンジです。

このように、宇宙ビジネスへの参入を表明しているものの、まだ宇宙ビジネスに関して自社の資産・人財・組織・技術などを活用した具体的な事業実績を有していない企業を本レポートでは「Nebulas(ネビュラス)企業」と定義します。

以降は、Nebulas企業が宇宙ビジネスに参入し、事業を拡大するにあたって直面するであろう課題やキーファクターについて考察していきます。

2.Nebulas企業における課題

Nebulas企業は、宇宙ビジネスへ参入し、事業を成功に導くにあたってどのような課題を抱えているのでしょうか。
本章では、Nebulas企業が直面し得る主な課題について、宇宙ビジネス全体に共通するもの、個別の事業領域で特に課題となるもの、それぞれの切り口から課題発生の背景を考察していきます。

宇宙ビジネス全体に共通するものとしては、主に下記が挙げられます。

①市場理解・法規制への対応
②リソースや知財に関する課題

また、個別の事業領域としては、最近非常に注目を集めている「リモートセンシングや位置情報などの衛星データ利活用ビジネス」に着目します。本領域においては、下記が特に大きな課題として挙げられます。

③ユースケースの創出

Nebulas企業の中には、明確なVisionと戦略、ロードマップを定めたうえで、実現に向けた実行フェーズで課題に直面している企業も存在しますが、今回はVisionを明確化し、ロードマップを描いて投資判断を得るところまでを考察の対象としています。理由は、市場が未成熟であることや法規制など宇宙ビジネスならではの観点により、事業の具体化や投資判断を得る際の難易度が高く、ここで壁にぶつかるケースが数多く見受けられるためです。

それでは、それぞれの課題を具体的に見ていきましょう。

①市場理解・法規制への対応

宇宙ビジネスへの参入にあたり、宇宙ビジネス全体の市場について理解を深めつつ、自社が展開しようとしている事業領域について深掘りしていく必要があります。

ただし、序論でも述べたとおり、宇宙ビジネスは各国・各社がさまざまな考え方で事業領域を定義しており、グローバルで明確に統一された考え方は現時点では存在していません。

そのため、調査のアプローチが立てにくく、市場理解に多くの時間・費用を費やしてしまったり、適切な理解が得られないまま事業を進めようとしたりするケースが見受けられます。

また、宇宙ビジネスの市場規模として、グローバルの占める割合が大きいことから、グローバル視点での市場調査が必要となる一方で、海外市場を含めたマーケットの具体的な定量調査まで実施できず、適切な投資判断を得られないといった課題も散見されます。

さらに、事業領域によっては参考となるような先行事例が少なく、デスクトップ調査のみでは実際にビジネスを進めるうえで必要となるような詳細な情報まで収集しきれないケースも多々あります。

同様に法規制についても、宇宙ビジネスという特質から、宇宙に関わる国際的な法規制や許認可、各種申請など日本国に限らず海外の政府・企業との調整が必要な局面も多いため、ビジネスを推進する事前準備として、以下に記載するようなグローバル基準でのルールや技術的な専門知識を理解する必要があります。

なお、宇宙ビジネスに関する法規制については、まだまだ整備が不十分でルールが曖昧な部分が多く、昨今各国それぞれで法規制の整備が進められているような状況であるため、自社が展開する事業領域に加えて、宇宙ビジネスに関する法規制のトレンドをタイムリーに押さえなければなりません。

  • 宇宙ビジネスの実現に必要となる専門知見(一例)

・グローバルトレンド
宇宙ビジネス全体の動向として、政府機関や古くから航空宇宙産業が進めてきた従来型の宇宙開発(Old Space)に対して、異業種からの参入やベンチャー企業、民間宇宙団体などの新興勢力によって進められる宇宙開発(New Space)の台頭が目覚ましくなっています。

中でも、リモートセンシングなど衛星データの利活用ビジネスは、これまで宇宙ビジネスと関係のなかった企業にとってもイメージがしやすく、ロケットやローバー(惑星〔衛星〕探査車)などの莫大な費用を要する専用機開発が不要であるうえ、新規参入における障壁が比較的低いこともあり、参入企業が増えています。

また、衛星通信領域についても、各国の衛星事業者や通信事業者が本格的にビジネスとして事業展開する動きが出てきています。衛星だけではなく、「HAPS(グライダー型の中継基地局)」などの成層圏を無人飛行する基地局も活用する動きが出てきており、地球上で地上ネットワークがないエリアにインターネットを提供することを目指しています。生活をより豊かにするための宇宙利用という観点で今後大きな発展が見込まれる領域です。

さらに最近では、2020年代中頃以降に本格的な月面進出を目指す動きが各国で始まっており、経済圏がいよいよ月面にまで拡大しようとしています。米国主導の月面探査プログラムである「アルテミス計画」など、中長期的な国際連携プログラムも存在し官民連携で月面を目指しており、日本企業も数多くの企業が月面ビジネスを見据えて活動を始めています。

・自社Visionに関連するキープレーヤー
宇宙ビジネスの中でも、事業領域によってキープレーヤーが異なります。自社が掲げるVisionに関連するキープレーヤーを把握することで、「競合」としてだけではなく「協業先」としての可能性を見いだし、自社ビジネスのさらなる広がりを模索できます。宇宙ビジネスの実現には多くの情報・技術が必要となるため、すでにキープレーヤーとして宇宙ビジネスに参画する組織とのコネクションは重要かつ有益です。

・法律
宇宙に関連した法律として、日本国内では「宇宙活動法」「衛星リモセン法」「宇宙資源法」など、国際的には「宇宙条約」「宇宙救助返還協定」「宇宙損害責任条約」「宇宙物体登録条約」「月協定」などがあります。これらは宇宙ビジネスに参入する企業にとって押さえておくべき重要な法律であり、自社で検討している宇宙ビジネスにどのように関連するかを理解しておくことも重要です。

また、十分に法律が整備されていない領域のため、各国がそれぞれの思惑を持って動いている面もあり、タイムリーに動向を把握しておくことも必要です。ビジネスと法律は密接に関係し、特に宇宙ビジネスでは実現しようとしていることと、各国それぞれの法律との関係について把握をしていないと事業破綻につながる大きなリスクになり得ます。

②リソースや知財に関する課題

Nebulas企業が宇宙ビジネスへ新規参入する際、リソースや知財に関連して大きな課題となり得るものとして、以下の3点が挙げられます。

A.社内的なリソース確保
B.技術活用のための知財戦略
C.経営層による投資判断

前項「市場理解・法規制への対応」で触れたように、宇宙ビジネスはまだまだ市場そのものが未成熟な領域であることから、経営層からすると宇宙ビジネスに参入する意義や、参入した結果得られるものが見えづらく、事業化のための十分な投資判断が得られないなど、事業化そのものを断念せざるを得ないケースもあると考えられます。

A.社内的な人的リソース確保

Nebulas企業においては、宇宙ビジネスへの参入について、トップダウン型ではなく、ボトムアップ型による社員などの「想い」主導で始まるケースも散見されます。その際、他業務との兼ね合いで、Visionに関する想いを持ったメンバーがフルコミットできず、事業化におけるプロジェクト推進力に課題を抱えることがあります。結果としてマンパワー不足に陥り、業界のスピード感についていけず、上手く事業化につなげられないケースも発生します。

また、他部署や社内の協力を得られず、意思決定ができる人や客観的にプロジェクトを俯瞰できる人・アイデア出しができる人がいない状態で、具体的な事業化に結びつかないといったパターンも存在します。

こういった課題の発生背景としては、上層部からの理解を得られず必要なリソースを十分投入できない状況によるところが多いと言えます。

B.技術活用のための知財戦略

これから宇宙ビジネスに参入するにあたり、技術活用は不可欠であり知財戦略は非常に重要な要素の1つです。宇宙ビジネスに関しては、前述したとおりそもそも市場理解が難しく、法規制対応も必要な中で、他の企業がどの分野に・どの程度特許出願を行っているのかを十分に把握し、自社の置かれている状況を知ることが肝要です。研究開発投資を行った結果、すでに他社にて特許化されていた場合には、投資の回収が困難となってしまうので、研究開発前の段階から特許調査を行う必要があります。

また、自社が検討した事業において特許出願が多かった場合は、研究開発の実施や、製品・サービスの展開の際に、それら既存の特許を侵害しないことはもちろん、どの分野に・どのような特許出願をしていくべきなのかを検討することが求められます。

その際、海外を含む他社の特許動向を詳細に把握することは難易度も非常に高く、グローバル視点での技術・ビジネスケースの調査に時間がかかるケースが多くあります。さらに、これらの調査結果を踏まえて自社が狙うべき分野の特定やマーケットへの参入戦略を立てることに難航するケースも想定されます。

C.経営層による投資判断

宇宙ビジネスにおいては、コストインパクトも巨額で回収目処も不確定要素が多く、長期的な計画になりがちです。そのため、経営層にとっては投資判断が難しく、必要なリソースが得られずに事業化を断念するケースも見受けられます。

巨額な投資が必要となる背景として、例えば、宇宙空間や月面など地球とは異なる環境下でのビジネスに関して、技術的な難易度から研究開発コストがかさんでしまうことが最も大きな原因だと言えます。さらに、研究開発に向けての人的リソース確保や、専門知識を有する人財とのネットワーク構築が不可欠であることも原因の1つに挙げられます。

また、回収目途を立てにくい背景としては、以下2点が原因として考えられます。

・投資回収目処を判断できるような先行事例やナレッジが少なく、事業性評価が難しい。
・既存事業とのシナジー効果の評価が難しい。

上記のように、宇宙ビジネスにおいては投資金額の規模が巨額になること、投資回収目処の判断が難しいことから、十分な投資に踏み切ることができていない企業が多いと言えます。

加えて、Nebulas企業においては異業種からの宇宙ビジネス参画になるケースが多く、経営層の宇宙関連情報に対する理解不足により、根本的に興味関心を抱いてもらいにくい可能性があります。

そのため、宇宙ビジネスにおいては、経営層への市場規模やトレンドに関する徹底的な情報共有を踏まえ、副次的効果を加味した投資回収の可能性をいかに感じさせられるかが投資判断を仰ぐうえでの重要な課題となります。

③ユースケースの創出

個別の事業領域として特に最近注目されているのが、リモートセンシングや位置情報に関連する衛星データ利活用ビジネスです。本領域はロケットや衛星開発などと比較すると、自社でハードを開発する必要がないため多くの企業が参入を検討しています。

衛星データの利活用を検討する際にまずぶつかる壁として、ユーザーサイドとデータプロバイダ間では衛星データに関する大きなGAPが発生することが挙げられます。

ユーザーサイドは、衛星データ関連の知識やノウハウ不足から「何にでも活用可能、どのような課題でも解決できるソリューションである」といった高い期待値をもって活用を検討することが多いと言えます。

一方、データプロバイダ側は各社それぞれの衛星規格でデータを取得・提供しており、プロバイダ間での規格統一が難しいことから、各社のデータを収集し、分析・データ活用することへの難易度は非常に高くなっています。

また、昨今は改良が進んでいるものの、現在の技術的要因から衛星より取得できるデータは質・量的に限りがあり、実際に使えるデータとユーザーニーズとの間のGAPは非常に大きく、想定以上にコストや時間がかかってしまうことが多いのが実情です。こうしたGAPを乗り越えられず、事業化を断念するケースも度々見受けられます。

3.解決に向けた観点・キーファクター

前章では、①市場理解・法規制への対応、②リソースや知財に関する課題、そして③ユースケースの創出という3つの切り口から課題を考察しました。

Visionを明確化し、ロードマップを描いたうえで投資判断を得るところまでを対象とした課題の多くは、情報収集における課題や上層部の協力体制における課題など、ビジネス化を本格検討する前の“そもそも”といった根本的なものです。

宇宙ビジネスという「未成熟だが、今後大きな発展が予想される市場」に新規参入するには、現在の市場の概要やビジネスの特質などを社内の関係者が理解するとともに、自社の目指すべきゴールについて社内で共通認識化したうえで協力体制を構築することが不可欠です。また、社内だけでなく社外のリソースや知見を活用し、より効率的な手段で情報収集し検討を進めていく必要があります。

Nebulas企業が事業化に向けて具体的なアクションを取るために、前章で挙げた課題に対するアプローチを考察していきましょう。

①市場理解・法規制への対応

グローバルで明確に統一された事業領域の考え方・法整備が不十分な点、また市場としてグローバルの占める割合が大きいことで海外資料を含めたマーケット調査が必要な点から、調査のアプローチが立てにくく、市場理解に多くの時間・費用を費やすといった課題が挙げられました。

実際に宇宙ビジネスを全体像から整理し、グローバル規模の情報収集を社内で実施するには限界があり、宇宙ビジネスの全体像を整理するにもカテゴリやトレンドなど、ある程度の知見が必要です。

そこでポイントとなるのが、専門機関や外部の調査機関を活用したインプットの効率化です。専門機関や大学の研究室、国家プロジェクト、ビジネスアドバイザーなどの外部組織や専門性・技術力のある他社と共同で取り組むことで、専門知見や宇宙ビジネスの領域において先進的に活躍する欧米の先行事例や情報を効率的に収集することができます。

また法規制対応に関しては、「現状曖昧な部分が残っており、各国がそれぞれの思惑で法整備を進めている」と前述しましたが、国際的にまだ定まっていない領域があり、自社の事業にも関連し得る場合は、自社が主体となって新たなルールメイキング(ソフトローなど)に積極的に関与したり、政府や関連機関に働きかけたりすることも検討すべきでしょう。

表 1

②リソースや知財に関する課題

リソースの課題に対して共通する重要な点は、下記のような手順で、会社として宇宙ビジネスへの参入する意義を共通認識として持ち、新規参入するにあたって社内でできることとできないこと(負荷が高すぎること)を明確化することです。その結果、自社に何が足りておらず、どのようなリソース調整が必要となるかが見えてきます。

【STEP1】自社が宇宙ビジネスに取り組む理由の明確化
Visionを踏まえ、改めて自社が宇宙ビジネスに取り組む理由を「そもそも、なぜ自社が宇宙ビジネスに参入するのか?」という観点で明確にします。宇宙ビジネスに参入する理由が曖昧だと、実現方法の選択に根拠がなく、最終判断に時間を要したり、ロードマップの軸がぶれたりする可能性があります。

【STEP2】取り組む理由を基に、自社にできること・できないことの明確化
【STEP1】で明確化した理由を踏まえ、自社の既存事業の技術や考え方が転用できるのか、活用できるものがないのかを明確にします。

【STEP3】自社事業に関連するプレーヤーとの連携方法の明確化
既存事業の技術や考え方などのアセットが活用できる場合は、自社事業に関連するプレーヤーとパートナーを組んだり、自社開発を行ったりすることで事業化につながります。一方で自社の既存アセットが全く活用できない場合は、M&Aで他社の技術・知見を獲得する、パートナリングによって補うことなどを検討します。

これらは自社のみで進めることもできますが、第三者の対外的な視点を踏まえ進めていくことも一考の余地があります。

特に【STEP2】については、自社のみで検討した場合、「自社が保有する強みに気付かない」「国内では技術的に高いレベルでも、グローバル規模で見ると強みにならない」などが起こり得ます。一方で宇宙ビジネスに知見のある第三者から見ると、自社内では挙がらなかった強みや、強みとして考えていたものが強みではなかった点が見える可能性があります。

また、Nebulas企業が宇宙ビジネスに参入する起因の1つとして、社員の「想い」主導で参入が決まるものの、宇宙ビジネスのVision実現に想いを持つメンバーがフルコミットできない課題が挙げられました。

想いを持ったメンバーがフルコミットできないことで、当初思い描いていたVisionとは異なり、また実現性を重視するあまり他社が先行しているような類似サービスになってしまったり、明確な意思がないことからプロジェクトの推進力が低下し具体的な事業検討が進まなかったりなど、Visionの具体化からサービス実現化まで完遂できない状況が起こり得ます。

新規事業の立ち上げ、特に宇宙ビジネスのような不確定要素が多い領域は、プロジェクトのドライバーとして発起人のフルコミットが重要です。

プロジェクトで判断を迫られた際に当初のVisionの実現に向けて最適な選択ができ、プロジェクトが苦境に入った際に最後までやりきる力を持っているのは、Visionに関する想いを持っているメンバーであり、そのメンバーの参画度合いがプロジェクトの成功を大きく左右するといっても過言ではありません。

また、知財に関連して技術活用に向けた戦略策定については、他社がどの分野に・どの程度特許出願を行っているかなど、自社が新規参入を狙う領域の特許申請状態を正しく把握し、自社の置かれている状況や今後取るべき戦略を検討する必要があります。

なぜなら課題でも述べたとおり、研究開発費に投資した後に特許の申請がすでになされていることが判明した場合、投資回収が難しくなるリスクがあるからです。

一方、社内で事前に十分なグローバル規模での特許調査を行うには多大な労力が必要になり、調査したとしてもその結果をどのように今後の知財戦略に結び付けて良いか明確に描けているケースは少ないでしょう。

宇宙ビジネスのような最先端かつ多くの技術が求められる事業領域に参入検討するうえで知財戦略は、欠かせないポイントです。知財分析を通じてマーケットの過去の技術トレンドや競合の事業トレンドを確認でき、今後の将来予測にもつなげられます。リスク回避のためだけではなく、事業戦略を立案するうえで多いに有効となり得ます。知財戦略についても自社で全て対応するのではなく、専門知見を有する外部組織も巻き込みながら検討・立案していくこともアプローチの1つとして挙げられます。

経営層による投資判断については、宇宙ビジネスの市場そのものが未成熟、またコストインパクトが巨額なため、経営層から参入意義や投資対効果が理解されない点が課題として挙げられました。

経営層の投資判断を仰ぐには、副次的効果を含めたストーリーの組み立てがポイントとなります。宇宙ビジネスに新規参画する場合の投資判断は、どの企業でも挙げられる課題の1つです。

特に宇宙分野では、前章で述べたとおり不確実性が多分に含まれるにもかかわらず、巨額の投資となる傾向があります。そのため市場規模や収益予測を踏まえ算出した事業単体の投資回収計画だけではなく、副次的効果として、既存事業への波及効果や企業のイメージアッププロモーションなどの要素も投資回収の説得材料になる可能性があります。

投資判断の要素としては、主に下記が挙げられます。

・新規事業で生み出す直接的な利益
宇宙ビジネスにおける市場規模、収益予測から、事業化が実現した場合の投資回収ロジックを組み立てます。そのためには、確実性の高い情報と精度の高い仮説が不可欠です。

・既存事業への波及効果
宇宙空間での技術開発・サービス開発は、地上とは全く異なる環境および条件下で行うため、非常に難易度が高いと言えます。その一方、制限された環境下で実現したいことを検討するにあたり、既存サービス開発では検討もしなかったような観点での気付きが生まれたり、宇宙環境を踏まえた技術開発が、地上で活用できる技術に転用・応用されたりすることもあり得ます。

また、例えば衛星通信の領域で見られるように、宇宙ビジネスの新たなプレーヤーや新しいビジネスモデルが、自社の既存事業を脅かす存在になり得るケースも存在します。

つまり、宇宙ビジネスの最新動向への対応・対策不足のために将来的な既存事業の収益や発展性の毀損につながることもあり得るため、自社既存事業に対する将来的な脅威への対応が求められるケースもあると言えます。

・企業のイメージアッププロモーション
訓練された宇宙飛行士ではない一般人の宇宙旅行が実現するなど、最近の宇宙関連技術の発展には目覚ましいものがありますが、人類が宇宙に本格進出するための課題はまだまだ山積みであり、市場としても未成熟です。

言い換えると、“宇宙”は伸びしろがあり、高成長が見込める領域として、関心度は国内海外問わず高いのです。未知の領域へのチャレンジという観点で、宇宙ビジネスへの参画を自社の企業価値の向上につなげるケースも出ています。宇宙ビジネスに参入することで企業のイメージアップやプロモーションという効果を得られる場合、副次的な効果として定量化することも有効でしょう。

表 2

③ユースケースの創出

ユーザーサイドと衛星データプロバイダ間での、衛星データの利活用ニーズと実際に衛星データでできることに大きなGAPが発生するという課題に対しては、実現に向けた仮説検証の効率化がポイントとなります。

現状、衛星データは主に技術的側面が課題となり、データの質・量的に制限があることが多く、ユーザーサイドからは活用しづらいデータと認識されることが多いと思われます。ただし、フリーで使える衛星データも増えてきており、有料データについても地球観測衛星事業者が増えてきていることから選択肢も増えつつあります。

また、各国のスタートアップ企業含め地球観測衛星事業者は、今後多くの地球観測衛星を打ち上げる計画を立てており、今後5年、10年という時間軸で見ると衛星データは質・量的にも大幅な改善が見込まれます。

将来的な動向も踏まえると、現時点ではユーザー側のニーズを全て実現する方法を模索することに時間をかけたり、あるいは衛星データは使えないと判断したりするのではなく、現状のデータを活用して実現可能な範囲からユーザーと擦り合わせを行い、仮説検証を短サイクルで回すことで、たとえ今見えている効果が小さくても実現可能なユースケースをまずは生み出していくことが重要であると考えます。

表 3

4. 総論

ここまでNebulas企業にとっての課題とその解決に向けた観点・キーファクターを論じてきましたが、やはり宇宙ビジネスが未成熟で不確実性の高い市場であることがいずれにも大きく影響しています。

そのため、宇宙ビジネスの専門知見を持つ外部組織の活用は有効になってくるわけですが、その際の自社の立ち位置や意識づけから見直すことはNebulas企業として成功するために重要な観点であると考え、3点提言します。

1つ目は、「市場が未成熟=“自身はアーリーアダプターであり、自らソリューションやビジネスモデルを生み出していく立ち位置である”」という意識づけです。

計画の最初期に最終形が見えないことは大前提で、自社が形づくったビジネスの最終形が宇宙ビジネスのモデルの1つとなり、後続の企業が指針とする先進事例やアプローチとなっていくのです。自らが先頭に立ち後続企業を牽引することは、今後の宇宙ビジネスの潮流を自社に有利に導くことにつながり、先行者利益を大いに享受できる可能性が広がるでしょう。

また、前述した社内コンテストや若手社員の発案が契機となり、事業化に至ったケースも存在することを念頭に置き、「自らが宇宙ビジネス市場を切り拓き、第一人者になるのだ」というフロンティアスピリットも重視する必要があります。

2つ目は、Nebulas企業が宇宙ビジネスへ求めるものは「未来への先行投資」である、ということです。

一般的に新たな事業へ乗り出すにあたっては、収益化の成否が最も大きな判断基準の1つであり、経営層や投資家に対して納得性のある説明が求められます。しかし、市場が未成熟で不確定要素の多い宇宙ビジネスでは明確な解が出せないことも大いにあり得るため、経営層や投資家に宇宙ビジネスへの投資に合意してもらうことが事業化の最大のハードルとなるでしょう。

短期的な投資回収だけにとらわれず、長期的な視野をもつべきであることを強く意識しつつ、前章で述べたような、直接的なリターンだけでなく副次的効果や既存ビジネスとの相乗効果なども考慮に入れた多角的な観点で事業案を構想すべきだと言えます。
 
3つ目は、「自社が主体となり自社が掲げるVisionの具体化を主導していく」ことです。

Nebulas企業はもともと宇宙関連の知見に乏しい傾向にあるため、どうしても外部の専門機関を活用すると、その専門性に依存してしまうことも珍しくありません。しかし、外部機関はあくまでサポートやアドバイザーの立場であり、意思決定はVisionを核に自社が確固たる意志をもって行うべきです。

自社のVisionをいつも立ち返る場所として見失わないようにし、コラボレーション先の企業・研究機関がもつ技術や知見ありきのサービスにならないよう気を付けることも重要です。

構想着手からどの段階においても、積極的に外部の専門機関の活用や他社・他団体とコラボレーションを推進することは成功に近づくカギです。ただし、あくまで宇宙関連のノウハウや技術補完のためであり、アクションの起点や主導権は常に自社で握っているよう意識しましょう。


宇宙ビジネスにおける市場規模の拡大は、グローバルで今後ますます加速していくことが予測されます。早期にプレゼンスを獲得できれば、10年後、もしくは数年先の近い未来には、グローバル市場において、先進的な企業としてそのプレゼンスが大きな強みや武器となっているはずです。

これは、日本企業が国内だけではなく、グローバルで他企業を牽引するような影響力のある存在になることにもつながります。かつてはさまざまな分野で名を馳せた日本企業の多くが、今では各業界のディスラプターの猛進により、事業形態の転換などを余儀なくされています。しかし、宇宙ビジネスへの参入が、それらに対抗するための創造的新事業の1つとなることは大いにあり得るでしょう。

海外では従来の宇宙関連企業、もしくはスタートアップ企業が中心となって宇宙ビジネスの市場を支えていますが、グローバルに後れを取りつつある日本が宇宙ビジネスの市場に食い込むには、これまでおおよそ宇宙ビジネスと関わりのなかった異業種からの参入が、欠かせない要素です。

多くの日本企業が宇宙ビジネスへの参入を成功させることで宇宙ビジネス産業全体が成長し、既存の宇宙ビジネス企業にも相乗効果が生まれることを見据え、Visionを掲げる日本のNebulas企業の宇宙ビジネスへの挑戦と成功をぜひ期待したいです。

執筆者

榎本 陽介

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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明吉 菜津子

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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豊島 明子

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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川崎 真波

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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