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気候テックベンチャーへの投資家にとって、この2年は決意と適応性が試される期間でした。地政学的な混乱、評価額の下落、インフレ、金利の上昇などが相まって、あらゆるタイプの未公開市場が後退を強いられました。例えば、ベンチャー投資とプライベートエクイティ投資の総額は、2023年には前年から50.2%減って6,380億米ドルとなりました1。未公開市場における気候テックスタートアップへの株式投資と助成金支給はそれほどの下落幅ではなく、同じ時期に40.5%の減少でしたが、それでも気候テックスタートアップに対する資金供給は5年前の水準に逆戻りしています。
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セクター日本語訳
2023年の気候テックスタートアップへの資金供給は5年前の水準にまで減少。
こうした減少は、気候変動を緩和・測定し、気候変動に適応する革新的な方法がますます必要とされる中で起きています。世界の脱炭素化は今なお遅々として進んでいません。最近のPwCの調査によると、地球温暖化を産業革命前の平均から1.5℃の上昇に抑えるためには、現在の7倍のスピードで脱炭素化を進めなければなりません。脱炭素化のペースを速めるにはテクノロジーが重要な役割を担いますが、国際エネルギー機関(IEA)のネットゼロシナリオでは、2050年の排出量削減の3分の1以上が、現在まだ開発中のテクノロジーに依存しています。したがって今後の数十年は、現状の金額を大きく上回るイノベーション資本が必要不可欠になります。
しかし、わずかながら希望もあります。未公開市場の株式投資と助成金投資のうち、気候テックが占める割合は2023年第3四半期に11.4%に増加し、年初来ここまで、年率10%の拡大を見せています。10年間の上昇トレンドがさらに継続する勢いです2。初めての投資家が数多く取引に加わり続けています。またこれまでと違って、特に地域レベルで、排出量が比較的多いセクターに投資が向かうようになっており、排出量削減ポテンシャルが高い技術への投資も増える傾向にあります。スタートアップ投資以外にも、気候関連の支出を示す幅広い指標が明るい材料を示しています。IEAの予測によれば、2023年には、再生可能エネルギーや送電網をはじめとするクリーンエネルギー技術に1.7兆米ドルが投じられると言います。これはかつてない水準の金額で、6年連続の増加です。
スタートアップ投資全体に比べて、気候テック投資は増加傾向。
ベンチャーキャピタルおよびプライベートエクイティ投資に占める気候テック投資の割合
こうしたトレンドは今後も続き、有望な気候テックコンセプトがある程度の規模に達する助けになるでしょうか。その可能性を探るため、私たちはスタートアップのライフサイクルの全ステージに及ぶ資金調達ラウンドにまで分析範囲を広げ、4,900億米ドル以上に相当する、過去10年間の全世界の株式投資および助成金投資、つまり8,000以上の気候スタートアップが関わる3万2,000余りの案件を評価しました。また投資家に対して、彼らが感じるトレンドや市場へのアプローチ方法について尋ねました。気候テックは確かに、ベンチャー投資家だけでは提供できない幅広い支援を必要としています。それでもなお、たとえ限られた資金調達環境の中でも、気候テックのベンチャー投資家は気候と財務リターンの両方にプラスの効果をもたらすチャンスが豊富にあります。
気候テック企業が近年、どれだけ多額のイノベーション資金を調達しても、そこには、世界の排出量に占める割合が最大規模のセクターへの投資が比較的少ないという決まったパターンが見られました。しかしこの1年、そのバランスがよい方向へ変わってきました。
最も著しい変化が見られたのは、工業・製造業・資源管理(以下「工業」)です。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新数値によると、工業セクターは排出量に占める割合が最大です(34%)。セメントやスチールなど、工業の中のいくつかのサブセクターは、特に厳しい排出量削減を迫られます。気候テック投資家は今年、工業からの排出をターゲットとするスタートアップへの資金配分の割合を増やしました。2013年第1四半期~2022年第3四半期は工業に向けられた資金は8%未満でしたが、2022年第4四半期~2023年第3四半期はそれが14%になりました。
セクター日本語訳
スタートアップ投資のうち、最大規模の排出源に対する気候テックソリューションへ向けられる資金は比較的少ない。
工業以外のセクターは今なお、排出量の割合に比べてスタートアップ資金が大きく不足しています。排出量が多いセクターに焦点を当てた気候テックスタートアップへの投資比率は小さく、しかも減少傾向を示しています。建築環境(排出量比率17%、スタートアップ投資比率5%)、食品・農業・土地利用(排出量比率22%、スタートアップ投資比率8%)などがそれに当たります。
しかし、テクノロジーの排出量削減ポテンシャル(ERP)と資金供給の関係を見ると、両者の整合性が高まる傾向にあります。ほんの5年前の時点では、資金供給とERPの関係が連動していませんでした。軽負荷バッテリーEVやマイクロモビリティのような、ERPが低い技術への資金供給比率が今よりも高かったのです。太陽光発電や風力発電を手がけるスタートアップへの投資も、以前より割合が減っています。特に2013年や2015年には、気候ソリューションへのイノベーション資金全体の約3分の1がそうしたスタートアップに投じられていました。このように投資の比率が下がっているのは、これらの技術やその市場が成熟してきたこと、また投資家が他の気候技術ソリューションも受け入れるようになってきたことが要因です。投資家は今や、二酸化炭素の回収・有効利用・貯留(CCUS)、グリーン水素、代替食品などの高ERP技術を手がけるスタートアップへの資本注入を増やしつつあります。
セクター日本語訳
食品廃棄物管理やグリーン水素など、排出量削減ポテンシャルが比較的高いテクノロジーへのスタートアップ投資比率は小さい。
気候目標を達成するためには、工業や電力など、削減が困難なセクター向けの技術ソリューションに対する投資をさらに増やさなければなりません。これらの技術はグローバルな排出量削減効果が大きいからです。なぜまだ、そうなっていないのでしょうか。
理由の1つは、セクターによっては効果的な技術がすでに存在するため、排出量削減に必要なイノベーション資金が少なくて済むからです。したがって、これらのセクターの脱炭素化に関する最大の資金要件は、イノベーションを促すための株式投資ではありません。企業やインフラ所有者がむしろ必要とするのは、再生可能発電、送電網、エネルギー貯蔵などの技術展開の大幅拡大を支えるための資本です。この種の資本は通常、ベンチャーキャピタル(VC)ファームをはじめ、本レポートで焦点を当てるプライベートキャピタルではなく、銀行や政府によって提供されます。
投資家はまたインタビューの中で、合理的な期間内に財務リターンと排出量削減を実現することに関心があると強調しました。そして、その同じ期間中に一定の技術をそれなりの規模で生み出し、利益をあげることが課題だと述べました。エクスタンシア・キャピタルのパートナー、Yair Reem は次のように言います。「私たちは2つの軸に注目します。その技術が気候変動に及ぼし得る影響はもちろんですが、影響を及ぼすまでの時間も大切です」
これに関して、VCファンド、ペイル・ブルー・ドットのゼネラルパートナーであるHampus Jakobssonは、「どのようにしてその科学的方法を顧客が使える技術に変えるか、それが顧客の既存システムと連携することをどのようにして彼らに納得させるか、どのようにして全当事者が受け入れられるコスト水準を実現するか」を考えるのも役に立つと言います。これは工業や食品・農業・土地利用など一部のセクターで、スタートアップが国際的に規模を拡大し、大きなエグジット・マルチプル を達成するのを難しくする可能性があります。工業の場合、新しいテクノロジーのレガシー資産との統合が必要ですし、食品・農業・土地利用は地域差が大きいからです。
米国を中心とする北米市場は、長らく気候テック投資の主な対象になってきました。2022年、世界的に投資の減少が見られましたが、この地域の減少がその大部分を占めました。今年も北米への投資は減り続けています。他の地域でも縮小傾向にありますが、それでも年末の水準は2019年(投資がピークだった2020~21年以前の直近年)を上回りそうです。
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セクター日本語訳
近年の北米市場は他の地域に比べて気候テック投資の変動が大きい。
気候テック投資によるスタートアップ資金が多い4つの地域を見ると、投資家が新しいセクターにチャンスを見いだそうとし始めたことが分かります。最近までは明らかにモビリティセクターが中心で、2013年第1四半期から2022年第3四半期までの投資の51%を集めていました。現在は、北米(主に米国)での投資も中国での投資も、モビリティ関連のスタートアップから他のセクターへ移行しています。北米では、気候テックスタートアップ資金に占めるモビリティの割合は、2018年の59%から2023年(第3四半期まで)にはわずか24.4%へと減少しました。新興市場の動向も分析したところ、中国でもモビリティへのスタートアップ資金が(北米ほどではないにしても)大きく減っています。気候テック投資に占める割合が2018年には94%でしたが、今年は71.5%でした。
スタートアップ資金が世界的にモビリティから高排出セクターへ移っているのは、こうした減少によっておよそ説明がつきます。ただし、これは普遍的な傾向ではありません。中国を除くアジア太平洋地域では、この2年間、モビリティ投資の比率が増えています。
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セクター日本語訳
北米と中国での気候テック投資はモビリティから他のセクターへ移行しているが、アジア太平洋や欧州ではそこまでの傾向は見られない。
対照的に、排出量が最大の工業セクターは投資比率が増えています。同セクターが北米のスタートアップ投資に占める割合は、2022年の9%から2023年の16%へとほぼ倍増しました。北米の気候テック投資がモビリティから工業へ移行したのは、米インフレ削減法をはじめとする政策による助成金、奨励金などの資金調達オプションが原因だと投資家は言います。
一方、エネルギー関連の気候テックへの投資は、全ての地域で増加しました。特に注目すべきは中国で、エネルギー関連の気候テックがスタートアップ投資に占める割合は2018年の2%から2023年には22.2%に増加しました。
心配の種がまだあります。アーリーステージの案件に関するものです。しかしまた、投資の初心者による資金が新たに流れ込み続ける可能性もあり、こちらは明るい材料です。まずは懸念についてですが、昨年あたりからアーリーステージ案件の成約が減り続けており、成功のチャンスを手にするスタートアップが少なくなりかねません。やがて有効な気候テックソリューションが出てこなくなる可能性があります。
いずれにせよ、2020~21年のピーク時を含め、この数年間に投資家がアーリーステージの案件から離れてきたのは明らかです。2018年と2019年には、アーリーステージのディールが気候テックの全案件の3分の2以上を占めていました。それが2023年の現時点では半分以下になっています。重心はむしろミッドステージの案件に移っており、レイトステージの比率は横ばいです。
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セクター日本語訳
ミッドステージに比べてアーリーステージの案件が減少。
私たちがインタビューした投資家は、アーリーステージの案件が相対的に減っている主な理由を2つ挙げました。1つは投資家の判断です。エクスタンシア・キャピタルのReemは「ポテンシャルが高く興味深いものは実にたくさんありますが、投資には適していません」と言います。カプリコーン・インベストメント・グループのパートナー、Robert Schultzも同じ見解です。「私たちはこんなふうに言うことがあるでしょう。『このテクノロジーは信じがたいほど見事だが、投資するのは難しい。なぜなら拡張できないから』」
投資家が挙げた2つ目の理由は、スタートアップの創業者やリーダーが、弱体化した市場での資金調達を嫌がることです。「自社の評価を下げたくないので、外部資金の調達を回避できる企業は実際に回避している、というのが私たちの見立てです」と、VCファーム、ベリンジアのディレクターで、業界団体ESG_VCの創設者でもあるHenry Philipsonは言います(懸念されるのは、ミッドステージの資金調達ラウンドに参加する投資家が、それまでのラウンドよりも低く会社を評価し、既存株主の持ち分の価値を損なうことです)。「したがって彼らは内部での資金調達やつなぎの資金調達などに依存し、できるだけわが道を進もうとします」
アーリーステージ案件は投資家にアピールできなくなっているかもしれませんが、気候テック全体はまだ魅力を失っていないと思われます。初めての投資家が着実に市場に参入しているのです。四半期当たりの新しい気候テック投資家(つまり気候テック案件に初めて投資する人)の数を比べたとき、2023年は過去10年間の平均よりも比較的安定しており、投資市場全体よりもはるかに低いダウン率でした。
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セクター日本語訳
気候テック投資のパイプラインに流入するアーリーステージ案件は減っているが、新しい投資家はなおこの分野に魅力を感じている。
インタビューの中で、気候テックのベテラン投資家は新規参入者を歓迎すると述べています。ペイル・ブルー・ドットのJakobssonは「私たちの最大の強みが気候テックに特化した投資家であることにあったとしても、ここへきて投入資金がはるかに増えるのだから喜ばしい」と言います。カプリコーンのSchultzは考え方の変化に言及しました。「リターンに100%左右される従来のLP(有限責任)投資家は、気候に影響を及ぼすための投資によってリターンを増やすこともできると考え始めています」
ここまで見たように、気候テックへの投資額は減少していますが、投資家にとっての魅力はなお健在です。そして、気候ソリューションの必要性はこれまでになく高まっています。経験豊かな投資家によれば、こうしたダイナミクスが厳しい市場環境を生みます。ただし、適切な判断と規律を実践できる企業にとっては、実りある市場となる可能性があります。気候テックVCへのアプローチ方法について、投資家の考え方をいくつか紹介します。
投資家はインタビューに対して、政策は企業が気候変動に確固たる対応をする後押しになると認めましたが、すぐさま、気候テックスタートアップはやはり基本的に健全経営でなければならないと指摘しました。エクスタンシアのReemは次のように言います。「私たちは企業レベルや消費者から要求を受けるだけでなく、政治家からも圧力を受ける必要があります。しかし、気候テック企業が儲けを出せなければ、規模が拡大することも、影響を及ぼすこともできません」。カプリコーンのSchultzは補助金への過度の依存を戒めました。「政府からの資金を前提とするビジネスモデルは、ビジネスモデルではありません」
ベリンジアのPhilipsonは言います。「気候テックはいわば流行やトレンドのようになっているので、私たちは目下、優れた企業をつくるという基本をもっと大切にしようとしています。投資ラウンドが終わっても首尾よく儲けを出せる、そんな強固な企業を探しているのです」
現在の投資の落ち込みは、2020~21年の「浮かれ気分」から立ち直るために必要な通過点だと考える投資家もいます。「あの2年間は、気候テックスタートアップならとにかく資金が得られるような時代でした」とJakobssonは言います。「ようやく市場が機能し始めました。気候テックスタートアップだからというだけで資金調達できるのではなく、スタートアップとして資金調達するのです」
つまり、経験・知識が豊富な投資家にとっては大きなチャンスです。「評価額は間違いなく下がっているので、完全な買い手市場です」と、VCファーム2150の共同創業者兼パートナーのChristian Hernandez Gallardoは言います。Schultzも同意見です。「揺るぎないことが確かな投資機会を探すべきです」
しかし、ベンチャー資金が相対的に不足しているため、案件の成立が何らかの形で困難になる可能性もあります。投資家にとって1つの課題は、新たな環境に適応するようターゲット企業を説得することではないか、とHernandezは考えています。「市場の実態に合わせて自らの期待をリセットできていない創業者も中にはいます」
優れた気候テック企業を築くには、革新的なアイデアを出すだけでは足りません。成長のための資本が必要です。「投資家の立場から言うなら、ディールのテーマは必ずしも技術リスクだけではありません。事業を拡大するのに必要な資金水準も問われます」とPhilipsonは述べます。「気候テックの多くの垂直的分野では、工場の建設であれ、インフラの拡大であれ、規模拡大の資金がたくさん必要になります」
これだけの投資額――IEAによると、例えば2023年にはクリーンエネルギーに1兆米ドル以上――が必要だとすれば、VCやプライベート・エクイティ・ファンドでは到底まかないきれません。Hernandezは言います。「2030年までに25ギガトンのCO2排出を緩和しなければなりません。小規模なベンチャーポートフォリオでは無理です。莫大な資金が必要です。ベンチャーやプライベートエクイティだけでなく、成長が求められるのです」。したがってスタートアップ創業者は、政府の貸付金や奨励金など、当初のベンチャー投資家にとどまらない資金源を全て検討する必要があります。
気候テックイノベーションが(特に高排出セクターで)必要とされる以上、気候変動との戦いにはベンチャーステージの資金がなくてはなりません。しかし、気候テックが大きなインパクトをもたらそうとするなら、現在の投入レベルをもっと上回る資金が必要です。ベンチャーキャピタルだけでなく、スタートアップが急拡大するための成長資金や、企業・政府が気候テックソリューションを大規模に展開するための資金が求められます。さらに政策や基準の変更、あらゆる規模やセクターの組織間の協力強化も不可欠です。世界が気候アクションを重要視すればするほど、イノベーションの最前線に立つ投資家にとってのチャンスは増えるのです。
脚注
[1] スタートアップ投資の総額は、2022年第4四半期から2023年第3四半期までの金額を、その前の12カ月(2021年第4四半期から2022年第3四半期まで)と比較しています。
[2] 今年のレポートは、プライベートエクイティとベンチャーキャピタルの投資フロー範囲を広げて分析しています。レイトステージの資金調達および新興市場をさらにカバーしながら、昨年の2倍以上のスタートアップを追跡しています。中国のカバー範囲も増やしています。こうして方法を変えた結果、本レポートのデータは過去のレポートと直接には比較できません。つまり新たな時系列データを計算してトレンドを分析したことになりますが、それでも、昨年の方法を使って示されたのと同様のトレンドが明らかになっています。すなわち、ベンチャー投資市場に占める気候テックの割合は増加しているのです。
※本コンテンツは、State of Climate Tech 2023を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。