サステナブルな企業のためのソフトウェア:単なる報告から企業の価値創造への進化

Man walking across a natural, stone bridge over water in Iceland
  • February 06, 2024

企業は、サステナビリティパフォーマンスに関する信頼のおけるデータを作成する、という課題に長い間取り組んできました。しかし今、経営者は投資家向けの報告に対応したシステム構築に乗り出し、その状況は変わりつつあります。適切なアプローチをとれば、このシステムを利用して価値創造のための意義ある機会を発掘することも可能です。

Gunther Dütsch, Sammy Lakshmanan, Robert Pedler and Nadja Picard

サステナビリティの管理や開示の義務化、排出削減ルール、カーボンプライシング制度、グリーン税制・税優遇措置の拡大などを背景に、多くの経営者がサステナビリティパフォーマンスのデータを管理するためのITシステムとプロセスを改善する必要があると考えるようになっています。特に、投資家の精査に耐えうるサステナビリティ開示の準備には、そのデータを財務データ管理と同じ厳格さで管理することが欠かせないと経営者は認識しています。これは往々にしてかなりの労力と費用を要する作業になります。

しかし、コンプライアンスにより必要とされる作業のように思えたものが、ビジネスに明確な利益を生み出すこともあります。投資家が満足するレベルのサステナビリティ報告に対応したITシステムなら、経営者や管理職層が、効率改善、コスト削減、レジリエンス向上に役立てられるようなパフォーマンス情報を提供できるでしょう。さらには、意思決定者がこうしたシステムとデータを活用して成長機会を見つけ出し、追求することもできるようになるでしょう。このような、報告からパフォーマンス最適化へ、さらに成長へという進歩は、より大きな価値創造につながる可能性があります。PwCの調査において、投資家の大半が投資判断の際にサステナビリティ開示を重要だと見なすと回答していることが、その理由の1つです。

多くの企業において、自社がサステナビリティデータをどう活用すべきか明確にし、取り組みに沿ったシステムの設計と導入を進める上で、最高財務責任者(CFO)と最高情報責任者(CIO)が、連携して仕事を行う最適な立場にいます。必要なプロセスと人員リソースを判断しつつ、サステナビリティに要するソフトウェアとデータを組織全体に導入する際に生じる課題への対応も必要になります。本稿では、サステナビリティデータの3つの主要目的(報告、パフォーマンスの最適化、ビジネスの成長)を考察し、ビジネスにおけるこれらの目標それぞれに合わせた技術アーキテクチャとデータ管理アプローチの実際を先端企業の例から紹介します。

報告:新たな透明性の水準に備える

サステナビリティ報告の在り方は進化しているだけではありません。新しい要件が次々と出されて企業の情報開示の性質とスコープが大きく変わり、一から見直されているのです。世界中の企業、特に複数の法域で事業を運営している企業は、これまで以上に広範かつ厳格な法的義務への対応を迫られています。例えば、EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)とIFRSサステナビリティ開示基準は、どちらも世界的な広がりを見せています。このような規制は、企業によっては今はまだ収集すらしていないパフォーマンス指標の開示も義務付けています(例えば、現在、マイクロプラスチックの生産について報告している企業はどのくらいあるでしょうか)。さらに、企業に第三者保証の取得を求める開示要求もあります。

その結果、企業は、従来の任意で開示されるサステナビリティ報告書ではよくあるような、手作業による非公式なプロセスやスプレッドシートに頼ることはもう不可能になります。代わりに、監査人が容易に検証できるような方法でサステナビリティデータを収集しなければなりません。開示基準に合わせたITシステムの導入とビジネスプロセスの整備は、多大な労力を伴います。現在、サステナビリティ報告書の外部保証を得ていない企業には、今後多くの作業が待ち受けています。しかも、時間はないかもしれません(EUに拠点を置く企業の一部は、2024年に収集したデータに基づいて、2025年にCSRDによる開示を開始します)。新たな種類の報告要件に備えるためにCFOとCIOが何をすべきか、以下にチェックリストをまとめました。

スコープを絞る。IT機能を追加する前に、経営者は、適用される新しい要件の下で管理と報告が必要になるサステナビリティのトピックが何であるかを決定するべきです。例えば、CSRDでは、EUの基準が定める1,000以上のデータポイントに加えて、企業によっては他にも定性的情報の報告義務があります。ただし、企業に義務があるのは、自社にとって「重要性がある(マテリアリティがある)」と見なすサステナビリティトピックの開示のみです。これは、企業の財務パフォーマンスに重要な影響を及ぼすか、企業の活動が環境や社会に重要な影響を与えるか、どちらかの意味で「マテリアリティがある」トピックです。マテリアリティ評価を入念に実施すれば、その結果は自社の技術要件とデータ要件の明確化に役立ちます。

既存のITシステムを起点にする。多くの企業は、サステナビリティ報告に必要なデータの一部については、データの作成や管理に役立つ財務やその他のシステムを持っています。例えば、製造業者なら、ERPシステムでエネルギー消費を追跡していたり、工場に電力消費量を測定する機器を設置していたりするかもしれません。こうしたソースからの消費データとエネルギー源ごとの炭素強度(炭素排出原単位)に関する第三者情報を組み合わせれば、炭素排出量を推定できます。また、これらのデータは全て、監査人が追跡できる方法で収集し、処理してから、報告する必要があります。

一般的に、企業は2つの方法のどちらかでサステナビリティ報告システムを構築しています。1つは、既存の財務システムをサステナビリティ用のモジュールと機能で補強する方法です。もう1つは、幅広いデータにアクセスできるようなサステナビリティ関連情報用のデータレイクを構築した上で、専用のサステナビリティ報告システムをインストールする方法です。この報告システムは、データを最新状態に保つ、変更の「監査証跡(オーディットトレイル)」を維持する、外部開示用と社内報告書用にデータをフォーマットするという機能を果たします(下図参照)。あるグローバル食品飲料企業は後者のアプローチを選択し、サステナビリティデータをAIモデルによる分析に利用しやすくしています。

職責を割り当てる。報告対象のサステナビリティデータが把握できれば、次に経営者がすべきことは、必要なデータを収集し、外部保証に耐える精度のデータであるよう徹底するための担当者を組織全体に配置することです。企業によっては、部門、地域、子会社全体でサステナビリティデータの新しい「データオーナー」を50人以上選任する必要があるかもしれません。CFOは予算管理のために企業全体にわたって役員などとの関係を構築済みであり、データに対する責任が適切に割り当てられているか確認するのに適任であることが多いでしょう。

基準を設定し、基準の採用を支援する。新しく任命されたサステナビリティデータのデータオーナーに財務報告の経験がない限り、データ管理の研修が必要になるでしょう。経験があったとしても、スキルを更新するに越したことはありません。オフィス家具を購入する調達責任者を例にしましょう。財務データは、おそらく請求書が処理されるときに自動的に収集されます。しかし、椅子や机の製造からの炭素排出量に関するデータはそうではないかもしれません。そこで、調達責任者や新しくデータオーナーに任命された他の従業員には、研修を受け、データの請求とデータの品質評価を行うための時間を確保させなければなりません。

組織全体にわたるこうした変更を企業が管理する方法はさまざまです。例えば、ある大手製薬会社は、サステナビリティデータのガバナンスを財務データに匹敵するレベルに強化するというタスクを内部統制と内部監査部門に任せました。チームは、過去のサステナビリティ報告書で使われていた主要指標のデータソースを特定し、そのデータの網羅性と正確性を確認するための統制手段を整備しました。次に、ここまでの取り組みを正式なものにするために、その統制手段を財務報告用の既存のエンタープライズシステムに統合し、データガバナンス体系を詳細に定めました。最後に、データを効果的に管理・監視するための従業員研修を実施しました。その結果、規制要件や自社が掲げているコミットメントに沿って、社内外のステークホルダーに向けて信頼できるサステナビリティ指標を作成できるようになりました。

パフォーマンスの最適化:サステナビリティデータでパフォーマンスを向上させる

サステナビリティデータを外部開示のためだけに使う必要はありません。現在、顧客転換率などの事業活動の測定値がパフォーマンス改善の指針に使われているのと同じように、サステナビリティデータをパフォーマンス改善の取り組みにおける指針にすることもできます。こうした経営努力は自社の事業運営以外にも展開することが可能です。例えば、サプライヤーから収集した排出量データを、独立したサステナビリティ格付け機関などの第三者データとともに活用して、サステナビリティ目標に向けた取り組みを加速させるべき分野の特定や、目標の達成方法の提案などに活かす企業もあります。

私たちが知る限り、ビジネスの意思決定でサステナビリティ指標を考慮するように経営陣が管理職側に一貫して求めている企業はごくわずかです。したがって、サステナビリティデータを組織の意思決定プロセスに組み込もうとすれば、おそらくテクノロジーと経営慣行の両方を変える必要があるでしょう。

テクノロジーの変更は、ある意味、実行しやすくはあります。しかし、サステナビリティデータは意思決定のペースに応じた頻度で更新し、提供しなければなりません。例えば、資本配分や予算決定に計画中のプロジェクトから想定される炭素排出量が含まれる場合、意思決定は四半期ごとに行われるため、社内の炭素予算や(新しい計画案と比較するための)過去のプロジェクトに関する報告書などのコンテキストデータも四半期ごとに更新する必要があります。一方、工場のオペレーターならば、機器がエネルギー効率の一定のしきい値内で機能しているかどうかを1時間ごとに知る必要があります。また、データバンク、セルフサービスツール、管理レポートなどの仕組みを通して、管理者によるサステナビリティデータへのアクセスと把握を容易にすることも必須条件となります。

例えば、再生可能電力や電動テクノロジーの利用を増やすために不可欠な材料である銅について、1ポンドあたりの炭素強度を考えてみましょう。銅採掘会社は、報告目的で、特定の時点か、ある期間の平均値として銅1ポンドの炭素強度の値を開示します。しかし、採掘される銅鉱石の等級など複数の要因が変動するため、重量あたりの銅の炭素強度は日々変動する傾向があります。採掘現場の管理者が、こうした要因をリアルタイム表示するダッシュボードを持っていれば、機器を調整して操業効率を上げ、炭素排出量を削減するのに役立ちます。

車両を大規模に保有する企業にも同様の例があります。IoTシステムで車両の動きを詳細に追跡し、AIアプリケーションを構成して、ルートや配車パターンの変更による燃費向上や排ガス低減の余地はないか探索しているのです。また、データを利用することで、車両の購入、ファイナンスやメンテナンスプログラムにおけるコストと環境への影響に対する理解が深まります。その結果、電気自動車の購入や車両アップグレードに対する優遇税制の利用などにより、さらなるコスト削減の機会が見出されています(下図参照)。

サステナビリティデータを考慮した上で意思決定に達するためには、管理者にはデータの入手以上のことが求められます。経営陣がガイドライン、目標、インセンティブ、その他のリファレンスポイントを定め、会社の優先順位に沿った意思決定ロジックを明確にすることも欠かせません。例えば、ある健康食品関連のグローバル企業がエネルギー調達計画の評価を実施した際に、管理者は評価にさまざまな要素を含めることにしました。エネルギーコストや設備投資などの財務要素や炭素排出量などの環境要素だけでなく、従業員エンゲージメントなどの社会的要素とブランド価値などの企業レピュテーション要素からも評価を行ったのです。このアプローチをとることで、あるエネルギー源を他のエネルギー源より優先して選択した場合のトレードオフの関係が理解できるようになりました。

ビジネスの成長:価値創造の可能性を引き出す

経営陣がサステナビリティデータを利用して自社の製品・サービスをきめ細かく顧客の好みに合わせるようにすれば、さらに多くの価値を生み出すことが可能になります。データを気候シナリオなどの第三者データと組み合わせて活用する道もあります。設備投資、新規市場への参入、製品・事業ポートフォリオの再構築、M&Aの追求のような、企業価値や資本コストに影響を与える問題について立案し、結論を出すために有効となるでしょう。

B2Cの消費者とB2Bの買い手は、サステナビリティ要素を念頭に置いて商品やサービスを購入する傾向がますます強くなっています。最近のPwCの調査によると、消費者の10人に8人が、持続可能な方法で生産された商品なら高くても買うと回答しています。しかし、企業がサステナビリティパフォーマンスとレピュテーションを向上させ、プレミアムを上乗せしても許されるに至るまでにはコストがかかる可能性があります。そのため、経営者としては顧客調査などの手段で、顧客にとってサステナビリティのどの属性に価値があるのか(そして、それはどれくらいの価値か)、その価値を実現するには何が必要か、どうすれば買い手に付加価値のある提案を認識してもらえるかを理解したいと考えるでしょう(下図参照)。大手化学会社の中には、顧客がサステナビリティ目標を達成するのに貢献できる新製品を、顧客と協力して考案しているところもあります。

テクノロジーツールは、リーダーがサステナビリティ関連プロジェクトの間でリソースを割り当てる際にも役立てることができます。ある企業の経営陣は、炭素排出量の削減を目的とした投資候補リストを作成し、それをシミュレーションエンジンにかけて、さまざまなシナリオで将来のキャッシュフローに及ぼす影響を見積もりました。その結果、魅力的な投資収益が得られると確信できるプロジェクトを選び出して優先することになりました。このような分析は、CEOやCFOにとっては、企業がサステナビリティにフォーカスした投資を行う理由に関心がある投資家との対話において、提示できる情報にもなります。

サステナビリティデータとテクノロジーを活用して、サステナブルエコノミーへの移行に伴う市場規模の変化や、気候変動や自然損失によるリスクレベルの上昇のような不測の事態に対処する方法について、戦略的な決定を下している経営者もいます。CFOは、サステナビリティのデータとシナリオをモデルや予測に組み込むことで、経営幹部と取締役会にこうしたダイナミクスの理解を促すことが可能です。例えば、ある企業は、低排出シナリオ下における将来の炭素税の影響をモデル化し、特定の施設に炭素回収技術を導入することで達成できる削減量を試算しました。


 

企業がサステナビリティパフォーマンスを管理し、それをステークホルダーとの対話を通じて価値創造の追求につなげようとするならば、意思決定プロセスや社外コミュニケーションに信頼できるデータを組み込む必要性が高まります。サステナビリティ報告に利用するシステムを構築することは、価値創造アプローチの中核にサステナビリティを据え、その進展を加速させる機会にもなるのです。

Gunther Dütsch
PwCドイツ サステナビリティサービス・気候リスク担当パートナー

Sammy Lakshmanan
PwC米国 サステナビリティ・ESGサービス担当プリンシパル

Robert Pedler
デジタルESGソリューションアドバイザー、PwCオーストラリア マネージングディレクター

Nadja Picard
PwCのグローバル・レポーティング・リーダー、PwCドイツ パートナー

本稿の執筆に貢献したSabrina Damian、Eleanor Larner、Alexander Müllerに謝意を表します。

※本コンテンツは、Software for the sustainable enterprise: Going beyond reporting to create business valueを翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

主要メンバー

田原 英俊

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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パトリック アルブレヒト

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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横田 智広

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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