健康・環境に配慮した食の未来

~市場を牽引し、変化をもたらすには~

「健康」と「地球環境」のどちらにも配慮した食料システム構築の国際的な機運の高まりを受けて、日本においてもさまざまな取り組みが始まっています。本稿では、PwCコンサルティング合同会社が実施した消費者サーベイ1の結果を踏まえて、今後発展が予想される健康的で持続的な食の市場規模を推定し、市場拡大に向けて企業に求められる役割等を考察します。

1.食のサステナビリティに関する動向

食の持続可能性を考えるときに、個人での持続可能性という観点で「健康」は大事である一方、地球規模での持続可能性という意味では「環境」という観点も重要になってきます。しかし、栄養価の高い食品は多くの資源を利用する場合もあり、環境に負荷をかけることも多いため、健康と環境を両立する取り組みや検討が、国内外で進み始めています。

①海外の動向

EAT-Lancet Commissionが2019年に発行した、地球と人間双方にとって健康的な食事についてのレポート2では、2050年に100億人に拡大するとされる人口に対して、十分かつプラネタリーバウンダリーを超えないための健康的な食事と持続可能な食料生産のための科学的な目標値を設定し、目標値に到達するための戦略を提唱しています。具体的には、地球システムの中でも食料生産に影響を及ぼす6つの分野(気候変動、土地システムの変更、淡水の利用、窒素循環、リン循環、生物多様性の喪失)において、それぞれバウンダリーを設定し、①健康的な食事へのグローバルシフト、②フードロス・廃棄の減少、③食料生産方法の改善の3つの実行可能なアクションが、それぞれ、または組み合わさることで、どのような変化をもたらすかを可視化しています。

このレポートが公開されたことで、国内外において、健康的で持続可能な食料システム構築に向けた議論が加速し、日本の中央省庁の動向にも反映されています。

そのほかにも、健康的な食生活や持続可能な生産・消費を中心に、環境や健康に関する国際的な議論が活発になってきています(図表1参照)。

図表1:環境や健康に関する国際動向

組織名 概要
EU 新たな食品産業政策として「Farm To Fork戦略」を2020年5月に公表し、持続可能な食料システムに移行するために、サプライチェーンの各段階について、健康面と環境面に配慮した期限付きのアクションプランを策定している。
世界経済フォーラム 「健康的で持続可能な食料システム」の構築が必要であるとして、食料システムに関する包括的な報告書を取りまとめている。
国際連合

SDGsを中核とする「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の達成に向けて、2019年9月に6つの重要なエントリーポイントを設定し、今後10年間で緊急に対応すべき20の重点的施策を整理している。

6つのエントリーポイントには「持続可能な食料システムと健康的な栄養パターンの構築」が含まれており、重点的施策として「環境への影響を最小限に抑えながら、世界中で健康を促進し、栄養不良を解消する食料システムと栄養システムに移行するために、全てのステークホルダーは、既存のインフラストラクチャー、政策、規制、模範、嗜好に実質的な変革を起こすように取り組む必要がある」と掲げられている。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC) 2019年8月に公表した「気候変動と土地:気候変動、砂漠化、土地の劣化、持続可能な土地管理、食料安全保障および陸域生態系における温室効果ガスフラックスに関するIPCC特別報告書」では、陸域生態系から排出・吸収される温室効果ガス(GHG)の量に関する最新の知見と、気候変動への適応・緩和、砂漠化・土地劣化防止と食料安全保障に資する持続可能な土地管理に関する科学的知見を取りまとめており、気候システムは食料システムと複雑な相互作用を有していることが示されている。また、気候変動が、食料の栄養価の減少や、食料価格の高騰、栄養格差の拡大をもたらすなどの悪影響を及ぼす可能性があると予測している。
国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO) 2019年7月に、SDGs達成に資するものとして「持続可能で健康的な食事に関する指針」を協働して策定し、「持続可能で健康的な食事の実現のためには、健康面と環境面での対策が重要」であり、食料システムについて取り組みを強化していくためのアクション等を提言している。

出典:各種資料より当社作成

ただ、このように、健康・栄養と環境の両方に配慮した食料システムの機運は高まっているものの、国際的な制度設計は未だなされていないのが現状です。

②国内の動向

「持続可能」かつ「健康」に配慮した食料システムの構築に関する国際的な議論の加速を受け、日本においても農林水産省、厚生労働省、環境省などの各省庁において、食に関連するさまざまな取り組みが始まっています(図表2参照)。

図表2:環境や健康に関する日本の動向

組織名 概要
農林水産省 持続可能な食料システムの構築に向け、2021年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定し、中長期的な観点から、調達、生産、加工・流通、消費の各段階の取り組みと環境負荷軽減のイノベーションを推進することを目指している。その中で、重要な要素の1つとして、「バランスの取れた食生活の推進」に着目している。
厚生労働省 2021年2月より「自然に健康になれる持続可能な食環境づくりの推進に向けた検討会」を開催し、同年6月に公表された報告書では、食品へのアクセスの向上と情報へのアクセスの向上を踏まえて、「栄養面を軸としつつ、事業者が行う環境面に配慮した取り組みにも焦点を当てた取り組みとして、産学官等が連携して進めていく」という方針が示された。また、健康的で持続可能な食環境戦略イニシアチブを立ち上げ、産学官等の間における情報交換等を通じて各参画事業者の行動目標に関するプロセスを支援している。
環境省 2021年8月に「サステナブルで健康な食生活に関する意見交換会」を開催し、「食の地産地消・旬産旬消でおいしさや季節感を楽しみましょう!」「有機(オーガニック)食品などを生活の中に取り入れてみましょう!」など、サステナブルなライフスタイルへの移行につながる7つの食生活を提案している。

出典:各種資料より当社作成

2.健康的で持続可能な食の市場規模

前述した、PwCコンサルティング合同会社が2022年3月に実施した消費者サーベイ(以下、「本サーベイ」という)において、食の「健康」と「環境」に関わる調査を実施したところ、健康にも環境にも配慮した食事を摂っている消費者が全体の42.2%と、消費者の関心が高いことが分かりました。

その中でも、手間や金銭的なコストがかかる食生活を実践している人を「先進的消費者」として抽出したところ、全体の13.5%が該当する形になりました。

本サーベイ結果を踏まえて市場規模を算出したところ、「先進的消費者」の市場規模は4,300億円程度と見込まれます3

新しい製品・サービスの市場への普及率を表したマーケティング理論では、普及の過程を、イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードの5つの層に分類します(図表3参照)。アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間には深い溝(キャズム)があり、市場に製品・サービスを普及させる際に越えるべき障害を乗り越えることで、製品・サービスが一般的に普及していくと言われています。

本サーベイ結果をこの理論に当てはめると、「先進的消費者」の割合が13.5%であることから、市場においてアーリーアダプターの段階にあり、キャズムの直前に達していることが分かります。「先進的消費者」の割合がキャズムを超えることで、健康的で持続可能な食の市場規模がさらに広がることが期待されます。

図表3:健康的で持続可能な食の市場における「先進的消費者」の立ち位置

図表3 健康的で持続可能な食の市場における「先進的消費者」の立ち位置

3.健康的で持続可能な食の市場拡大に向けて

健康・環境に配慮した食生活を普及させるためには、「先進的消費者」が感じている課題を解決し、さまざまな人が、健康的で持続可能な食生活を実践しやすくする工夫が求められます。

本サーベイの結果から、「先進的消費者」が、健康や環境に配慮した食生活を実践するために感じている課題として、

  • 食品やメニューの価格が高い
  • おいしいものを食べる楽しみとの両立が難しい
  • 自身の食生活がどのような影響を及ぼすか分からない
  • 食品の健康・環境に関する情報が得られない

といったことが挙げられました(図表4参照)。

そのため、消費者が健康と環境に配慮した食生活をこれまで以上に実践していくためには、

  • 製品・サービスのコストダウン
  • おいしさを重視しながらも、健康や環境に配慮した製品・サービスの開発
  • 自社製品・サービスが健康や環境に及ぼす影響の可視化
  • 食と環境の分野における社会課題の情報発信

といった取り組みが企業に求められるでしょう。

図表4:「先進的消費者」のニーズと企業に求められる対応

図表4 「先進的消費者」のニーズと企業に求められる対応

食生活に密接な関わりがある食品産業、小売・外食産業だけではなく、さまざまな企業が、健康と環境に配慮した食生活の実践を自分ごとと捉え、新たな製品・サービスを開発していくことで、健康や環境に配慮した「先進的消費者」の市場が拡大し、さらに普及していくことが期待されます。

おわりに

国内外の動向から、健康的で持続可能な食に関する取り組みは検討が広がっているものの、まだ実行に至っていない部分が大きいと考えられます。しかし、当社が実施したサーベイ結果からは、健康や環境に配慮し手間や金銭的なコストがかかる食生活を実践している「先進的消費者」が一定数存在することが明らかになりました。この「先進的消費者」の市場を拡大するためにも、彼らが理想とする健康や環境に配慮した食生活の実現に向けて、企業は新たな製品・サービスを開発していくことが求められます。

健康的で持続可能な食生活は、自身の健康だけではなく、地球環境を守ることにもつながるため、今後、食品産業を中心に、さまざまな企業が健康と環境に配慮した食生活を支援するための製品・サービスを開発し、あるべき姿を念頭において、企業がトレンドを作り、消費者の食生活の変容をリードしていくような取り組みが期待されます。

なお、今回実施した本サーベイの調査結果詳細は、今後、当サイトにて公開の予定です。

1 PwCコンサルティング合同会社にて、日本全国の20~60代の男女1,030人を対象として、健康や環境に配慮した食生活の実践状況や意識している行動、今後有用と思われる製品・サービスなどについて、2022年3月に調査を実施した

2 EAT-Lancet Comission, Healthy Diets From Sustainable Food Systems, 2019,
https://eatforum.org/content/uploads/2019/07/EAT-Lancet_Commission_Summary_Report.pdf(2022年11月18日閲覧)

3 市場規模は、世帯数、平均世帯年収、エンゲル係数と、「先進的消費者」の割合を踏まえて算出

執筆者

中林 優介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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宮城 隆之

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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西本 光希

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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岩原 研

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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山口 美起

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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加藤 貴史

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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